終章 向日葵の虚構
あれから数年が経った。
まだ幼かった自分の決断は、彼の人生に豊かさをもたらす結果となっただろうか――。
彼の負担になると、彼の義母から言われ、彼の元からいなくなることを決断した。
引っ越した先は、兄の療養先としてもちょうど良かったし、絵を描くことに集中できる環境でもあった。
おかげで、こうやって自分の個展を開けるようにまでなった。
あの時の選択に、全く後悔がないかと言われればそれは嘘になる。
けれども、概ね自分の人生には良い影響をもたらしたのではないかとも思っている。
彼は、自分とは違い、優秀で素晴らしい人物だと思っている。だからこそ、自分等とは付き合わずとも、他にも彼と釣り合いのとれる女性がたくさんいるはずだ。
一時の感情に惑わされて、彼の人生を台無しにはしたくなかった。
歪な始まり方だったし、今となっては虚構だったのだろうかと思うこともある――。
それでも、彼に愛された日々は、彼女の心を潤したのは間違いない。
その思い出だけでも十分だと思っているはずだった。
だけど、彼のそばを離れる決意をしたのは自分だと言うのに、今、自分は矛盾した行動を取っている。
あの雨の日、本当は追いかけてきてほしいくせに無視した時――。
その時の気持ちによく似ている。
彼女の個展は盛況だった。
「先生、この絵の男性は先生にとってのどういう人物なんですか? 以前、先生が高校生だった頃にも同じ題名で絵を出されていましたよね? 全く同じ題名で、だけど向日葵の中に男性が描かれている。とても気になっています」
レイナに、壮年の男性が話しかけてくる。
彼女の個展の目玉である『向日葵の虚構』について問われた彼女は、曖昧に笑って返した。たくさんの人々がその絵を目にしていた。
たくさんの人々が会場に訪れていた。
そんな中、入口の辺りでざわめきが起きる。
「ねえ、あの人――」
一人の人物が会場に入って来る。
彼を目撃した皆の間で、ひそひそと噂が飛び交う。
場が騒然とする中、事態に気づいたレイナが、自分の近くに歩み寄ってくる人物へと目を向けた。
彼女は驚き、声が詰まった。
レイナの元に現れた人は――。
色素の薄い髪に、蒼い瞳。身長が高くて、彫刻のような均整のとれた体格をした青年。
以前に比べると大人びているが――。
「探したよ」
昔と同じように、甘い口調でレイナに話しかけて来る。
周囲の人々は、遠巻きにレイナと青年のやり取りを見守っていた。
「君が俺から離れたのは、義母のせいだったって、後から知った」
レイナの瞳が潤む。
「他にも何人か付き合ってみたけど、君以上に好きになれる人は現れなかったんだ」
そう言う彼に、彼女は首を振った。
「私は、貴方のことなんて……」
自分など彼の未来の足を引っ張る存在でしかない。
絞り出すようにしてレイナは答えたが、彼は否定した。
「いや、この絵に描いてある俺を観れば分かるよ。強がりな君の、本当の気持ちは――」
レイナの瞳から涙が溢れて止まらない。
彼はゆっくりと彼女に近づいた。
「今度こそ、約束した向日葵を観に行こう」
そう言って、彼は彼女を抱きしめた。
状況をよく分かっていない周囲のどこかから、拍手の音が聴こえ始めた。
心地よい歓声が二人を包む。
今度こそ、虚構ではない幸せな日々が二人を待っている。
そんな気がした――。
お読みくださり、ありがとうございました。
まさかの異世界恋愛ファンタジー「癒し姫」が代表作になりましたが、はじめはこの作品を書きたいと思ってなろうに投稿しはじめました。なんとか完結の形にまとめることが出来て良かったです。
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