四月の距離
一学年年上のアヤトと付き合うと言う話になって以降、レイナは、しばらくの間、周囲に隠すことに成功していた。だが、四月に入って以降、アヤトがわざわざ校門の前まで迎えに来るものだから、目撃した人物たちが噂を流すようになってきた。
クラスの女子生徒からの、レイナに対するやっかみもひどい。
先日など、ロッカーに入れていた教科書が全てどこかに隠されていたり、靴の中に画びょうが入っていたりと、漫画でありそうな展開が起こった。哀しいと言うよりも、むしろ高校生にもなって、まだそんな子供じみたことしかできない周囲への蔑みの感情がわいた。
今日は夕方、美術室には寄らずに帰宅しようとしていたら、同じクラスの女子生徒に髪を引っ張られた。かと思うと、彼女はレイナに向かって吐き捨てるように叫んだ――。
「水商売の女の娘が、あんたなんてアヤトさんから遊び相手だと思われてるんだからね!!」
『水商売の女の娘』
子どもの頃から、幾度となく言われてきた言葉だ。
どうせ同じ中学出身の人間が、べらべらとレイナの家族関係を話したのだろう。
(どいつもこいつも、本当に不愉快だわ……)
「私の母の素性が、貴女にどう関係あるんですか?」
レイナがそう言うと、女子生徒は金切り声を上げて、さらに何か捲し立てた。
(こんな人たちのために、貴重な時間を無駄にしたくない)
そう思った彼女は、女子生徒の脇をすり抜けると、家路につくために校門へと向かった。後者からは、今日も野球部の練習する音が聴こえる。途中、応援部が声を張り上げている横を通り抜け、校門へと向かう。
すると、レイナは案の定、会いたくない人物の姿を目にした。
「あの、お願いですから、校門の前で待つのは、やめてもらえますか?」
レイナは青年に近づくと、そう問いかけた。
彼は、非常に端正な顔立ちをしており、しかも蒼い瞳をしているし、身長も高い。とにかく目立つ人物だ。
校門付近では下校中の生徒が多数存在し、レイナと青年の方をじろじろと見ていた。
「今日は、講義が昼までしかなくて……早く君に会いたくてさ」
軽口を叩く彼の在学中には、彼のファンクラブまであったという。だから、卒業した今でも、彼は学校の有名人と言える。
「そういうこと言うのもやめてください」
ツンとした口調でレイナが一蹴すると、アヤトは苦笑いを浮かべる。
「相変わらず、つれないね。俺たち、一応、いわゆる男女交際をする仲なんじゃないのかな?」
彼の問いに、レイナは歯噛みした。
レイナの出す条件通りの大学に、アヤトが合格することが出来たら交際する――。
そう彼女が約束してしまったがために、彼と付き合うことになってしまった。
レイナはアヤトの相手をせずに、そのまま校門から、家路に向かって歩みを進めた。そんな彼女を、彼は少し離れた位置から付いて来る。
(いつになったら、飽きてくれるのかしら――?)
――早く飽きてほしい。
腹立たしくなってきた彼女は、その怒りをぶつけるかのように、アヤトへと話し掛けた。
「先輩は、私ではなくてもたくさん女性がいらっしゃるでしょう? なんで私なんですか?」
そう問いかけると、アヤトは破顔しながらレイナに告げる。
「レイナ、君じゃなきゃダメなんだ」
少しだけレイナは怯む。
彫刻のように美しい青年にそう言われたからだろうか、異性とのやりとりに慣れていないせいだろうか、即答することが出来なかった。
しばらく経ってから、彼女はなんとか返答した。
「……答えに……なっていません」
『あんたなんてアヤトさんから遊び相手だと思われてるんだからね!!』
先程遭遇した女子生徒の甲高い声を思い出す。
(騙されたらダメよ……)
そう言い聞かせ、彼女は首を振ったのだった。