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フロスティガルツの戦い

……………………


 ──フロスティガルツの戦い



「準備できてるな」


「いつでもいいぞ」


 アベルが尋ねるのに、ハイデマリー王女が応じる。


「なら、派手に仕掛けようぜ。俺はもう我慢できねーよ」


 アベルは犬歯を剥き出しにしてそう告げる。


「ああ。私も我慢できない。いくぞ、皆のもの!」


「応っ!」


 そして、この戦いに集った男たちが応じる。


「私とアベル殿が道を切り開く! それに続け!」


「行くぜ、行くぜ、行くぜ!」


 ハイデマリー王女が長剣という名の鉄塊を手に駆けるのにアベルがさらにその先を進んでいく。ふたりとも普通の自動車程度ならば軽く追い越してしまいそうな速度だ。


「なっ……! 敵襲! 敵──」


「てめーは黙ってろ」


 城門の上にいた魔族にアベルが飛び掛かり、その喉笛を爪で引き裂いた。


「て、敵か!」


「敵だ! 敵だ!」


 しかし、城壁の上にいた魔族たちはそれに気づき、駆け寄ってくる。


「おおっし! いいぜ! 誰だろうと相手してやる!」


 アベルはノリノリだぞ。


「かかってこいや! いくらでも相手になるぜ!」


 アベルはそう咆哮し、襲い掛かってくる魔族を千切っては投げ、千切っては投げする。千切っては投げとシンプルに言っているが、アベルは内臓を潰し、脳をシェイクし、手足を引き千切って、血飛沫を撒き散らしている。


 スプラッタな光景だ。


「城門を開くぞっ!」


 そのような中、ハイデマリー王女が長剣を振りかざして叫ぶ。


「砕け!」


 ハイデマリー王女はそう吠えると、鉄塊のような長剣で城門を叩き切った。


 城門は砕け、内側の閂は破壊され、城門は内側に向けて爆ぜた。


「アベル殿!」


「おっしゃ! 任せとけ!」


 城壁の上の敵を片付けたアベルがハイデマリー王女に合流する。


「城壁の上はクリアだ! 後は街中の敵をぶっ飛ばすだけだぞ!」


「街中の敵の数は──350体あまりか」


 一先ず城壁の上の敵がいなくなったので、高所を取られる恐れはなくなった。


 今はハイデマリーの連れてきた兵士たちは城壁の上によじ登り始め、魔族たちへの逆襲を企図している。城壁という高所からの攻撃は人間にも魔族にも有効だ。


「俺たちに取っちゃ軽い数だろ?」


「ああ。まさしく。叩きのめそう」


 アベルが不敵に笑うのに、ハイデマリー王女も笑って返した。


「人間どもだ!」


「殺せ! 皆殺しにしろ!」


 やがて都市の大通りを進むアベルたちに、魔族が列をなして押し寄せてきた。密集陣形で盾を構え、槍を構えた魔族の兵士たちが、鎧の金属音を響かせて、大通りを前進してくる。その数300体前後。それに対して、大通りを進むのはアベルとハイデマリー王女のみ。


「はああっ!」


「おらあっ!」


 ハイデマリー王女が鉄塊のごとき長剣を横薙ぎに振りまわし、それに合わせてアベルが魔族の隊列に向かって飛び掛かる。


 ハイデマリー王女の長剣が魔族の群れをその盾ごと薙ぎ払い、魔族が一瞬で肉塊と化す。そして、そこに生じた空白にアベルが着地し、拳を振るう。


「人間風情が──」


「喋っている暇があるなら戦いやがれ!」


 盾を構えなおそうとした魔族にアベルが拳を叩き込む。


 ひとりの魔族が胸に衝撃を受けて心肺が叩き潰されたのち、凄まじい速度で後方に向かって飛翔する。それに巻き込まれた魔族たちが次々に死傷していき、魔族の隊列は今や完全に崩れた。残っているのは統率の取れていない有象無象だ。


「いろいろと調子こいてたみたいだけど、ここまでだぞ?」


「同胞の仇。討たせてもらう」


 アベルが拳を鳴らしながら魔族たちを見渡し、ハイデマリー王女が長剣を構える。


「ひ、怯むな! この程度でやられる誇り高き魔王軍ではな──」


「うだうだ鬱陶しんだよ! 戦え! 戦って死ね!」


 指揮官らしき魔族の胸を掴むと、アベルはそれをそのまま空高くに放り投げて、同じ高さまで彼も飛び上がると、上空で身動きの取れない魔族の腹部に握りしめた拳を振り下ろし、地面に向けて叩きつけてた。


 魔族の指揮官はその衝撃で完全に内蔵と背骨がいかれ、地面に向けて秒速15キロ以上で落下していった。その隕石の落下速度に等しい落下速度に魔族の体は耐えられず、空中分解しながら落下していく。


 そして、着弾。


 衝撃波が周囲に叩き込まれ、巻き添えになった魔族が吹き飛ばされる。落下した魔族の骨や肉片が飛び散り、それが魔族たちを死傷させた。


「私も負けてはいられないな!」


 ハイデマリー王女はにやりと笑うと、長剣を振り回しながら突撃する。


 一見すると無差別に長剣を振るっているように見えるが、実際は高度な計算が行われている。最大限巻き込める魔族の数を計算し、可能な限り敵を効率的に殺傷しながら、ハイデマリー王女は狂気じみた突撃を続ける。


「っと、片付いちまったな」


 アベルが最後に残った魔族の首をへし折るのに周囲は静寂に包まれていた。


「流石はアベル殿だ。頼りになる」


「貴様もかなり頼りになるぞ。これまでいろんな連中と一緒に戦ってきたけれど、貴様ほどに頼りになるのは片手で数えられる程度だ。セラフィーネ、ローラ、フォーラント、そういう連中に並ぶと思うぞ」


「そ、そうか!」


「だが、まだ動きに鈍さがあるな。もう少し機敏に動ければ文句なしだ」


「むう。鍛錬はまだ必要というわけか」


 アベルがまず他人とともに戦うという状況が少ないことをハイデマリー王女はしらない。アベルは一匹狼であることが多く、戦場で傭兵として雇われても、部隊としての行動はしない。単独で敵を薙ぎ払い、皆殺しにするだけである。


 なので、アベルが頼りになる仲間だと言っても、アベルの仲間自体が少なかったのだから、そこまで誇れることでもないのである。


 ちなみにアベルが傭兵として加勢する側は、常に侵略を受けて劣勢にある側である。侵略を受けているといっても周辺諸国を脅かしていたりなどの前科のある国は助けない。国際情勢というものが、弱い者苛めという言葉では片付けられないほど複雑なものであることは、アベルとて当然理解しているが、彼は己の信念を貫く。


「鍛錬などせずとも簡単な方法があるではないですか」


 不意に女性の声が響く。


「フォーラント。また何か言いに来たのか?」


「そう邪見にしないでくださいよ。私だっていい提案を持ってきたのですから」


 アベルが呆れたようにフォーラントを見るのに、フォーラントはにこにこと笑う。


「鍛錬などせずともいいとはどういう……?」


「悪魔を食えばいいんですよ。もっと多くの悪魔を」


 ハイデマリー王女がおずおずと尋ねるのにフォーラントはそう告げた。


「もっと多くの悪魔を食えと? 1体ですら苦戦したのだぞ」


「しかし、あなたは天然の“悪魔食い(デーモン・グリード)”。全くの不可能ではないと思いますよ? より強くなれるのですから、耳寄りな情報でしょう?」


 フォーラントの言葉にハイデマリー王女は考え込んだ。


 この悪魔は何かを隠している。親切心から言葉を発しているわけではないのは明白だ。それぐらいのことはハイデマリー王女でも見抜ける。だとすると、これ以上の悪魔を食らうという行為には何かしらの弊害があるということだ。


「ありがたい助言、感謝する。だが、我々は今の力で、鍛錬を積んで乗り越えていくことにする。悪魔をこれ以上食らうということは考えさせてもらう」


「そうですか。それは残念」


 フォーラントは唇を尖らせると、呆気なく引き下がった。


「それよりも囚われている連中を取り返すんだろう。急ごうぜ」


「ああ。行くとしよう」


 アベルの言葉にハイデマリー王女が魔族の死体だけになった通りを駆け抜ける。


「あの素直さは今に身を亡ぼすかもしれませんね。けど、“悪魔食い(デーモン・グリード)”の欠点を直観で知っているとは侮れない相手というものです」


 フォーラントはそう告げて街の通りを進む。


「た、助けてくれ……」


 そこにフォーラントに助けを求める声が響いた。


 魔族のひとりがあの殺戮の嵐を辛うじて生き延び、今にも死にそうな様子でフォーラントを見ていた。放っておけば数分で死ぬだろう。


「いいでしょう、助けてあげますよ」


 フォーラントはそう告げるとその魔族に近寄った。


「可哀そうに。あの傍若無人な殺戮の嵐に巻き込まれてこのような姿になってしまっているとは。あなたには救済が必要ですね。あなたを救って見せましょう」


 フォーラントはそう告げると魔族の頭をピンと撥ねた。


「あ、ああ、体が勝手に……」


「あなたはこれから次第にゾンビになっていきます。内臓が腐り、脳が腐り、何も考えられない生命体になってもゾンビとしてこの世を永遠に彷徨うのです。あなたが完全に死ぬには……。、そうですね。清らかな乙女の慈悲のある一撃を受ければとでもしておきましょう。永遠に満たされぬ空腹に悩まされながら、味方の死体を貪るといいですよ」


「そ、そんな……」


 魔族は呻いたが、遅かった。


 手足は勝手に動き、死んだ味方の肉を貪り始める。彼の臓腑に刻まれた飢えが、彼を突き動かし、ひたすらに死体を貪る。


「ちなみにあなたが食べられるのは死体の肉だけですからね。蛆が沸いていようと、腐りかけていようと、死体しか食べられません。よかったですね。助かって」


 フォーラントはにこりと微笑むと脳が壊死していき、次第に自分の意識を失っていく魔族の姿を嘲笑して、ふらりと姿を消したのだった。


……………………


……………………


「この先に人間の臭いがする。いっぱいだ。この先に間違いない」


 一方アベルたちは奴隷の解放を目指して行動中だった。


「しかし、強力な気配を感じる。魔王軍十三将軍がいるというのは間違いなさそうだ」


 ハイデマリー王女もアベルの尋常ではない脚力に、長剣を構えたままなんとか追いすがり、アベルの向かい先にあるものの気配に神経を尖らせていた。


「魔王軍十三将軍だろうとなんだろうと弱い者苛めしている連中はぶっ飛ばすのみ!」


 アベルはそう告げて通りから建物の屋上に跳躍する。ハイデマリー王女もそれに追いつき、アベルとともに屋上からの様子に視線を走らせる。


「いたぞ。あの野郎だな」


 アベルは不愉快そうに鼻を鳴らしてそう告げた。


 アベルたちの視線の先には鎖で繋がれた人間たちがいた。


 その周囲には魔族たちがいる。奴隷となった人間を鞭打ち、首輪を引っ張り、その襤褸切れのような布を剥ぎ、裸にして晒しものにしている。ここの魔族たちは襲撃に気づいていないのか、それとも襲撃は撃退されたと思っているのか、平然としている。


 そして、その魔族の中心に骸骨のような姿をしたものがいた。


 あれこそが死霊術を極め、自らをアンデッド化させた存在。


 その名をリッチーという。


 リッチーに至るまでは数多くの血に塗れた経験が必要だ。人間たちを生きたまま解剖して生命の本質を掴み、魂を捕らえて束縛し、そうすることによって魂を自在に操れるように経験を積む。そして、最後は自分の魂を別の朽ちることなき器の中に移し、不老不死の力を得るのである。


 リッチー自身、魔術を極めた強力な魔術師であり、ほとんどの場合において死霊術以外にも使える魔術を有している。このランクルも高名な魔術師として名を馳せ、死を恐れたがために死霊術に手を染め、不老不死の肉体を手にしている。


 ちなみにセラフィーネはリッチーのようなアンデッドではない。あれは魔女という人間を辞めた別の“種族”なのだ。魔女に至るまでもそれなり流血を必要とするが、どちらかと言えば必要とされるのは本人の強い意志だ。


「アベル殿。どうする?」


「俺が正面の骨野郎に殴り掛かるから、その隙に周りの魔族を吹っ飛ばせ。そしたら、捕まってる連中は一気に逃がせるだろ?」


 アベルはこう見えて戦術的なことも理解している。


 ただ相手に向けて突撃し、拳を振るい、牙を突き立てるのはそれが有効である場合だ。頭を使わなければそう簡単には勝利できない場面があることも彼は理解している。伊達にこれまで3000年も生きてはいない。各地で傭兵や義勇兵として戦った記憶から、彼は誰かに教わるまでもなく、戦術というものを学んでいた。


 もっとも、アベルはチェスや将棋でセラフィーネやローラに勝てたことがないが。


 さて、今ここでアベルが下した判断はふたつ。


 ひとつは敵の頭を叩くということ。明らかな強者であるリッチーに殴り掛かり、敵の動揺を誘い、その隙にハイデマリー王女に暴れまわってもらって、魔族たちを人質から切り離す。それがひとつめの判断。


 ふたつ目の判断は人質の脱出はハイデマリー王女に任せるということ。今回の作戦の目的はふたつだ。奴隷となっている人間の救出とフロスティガルツの解放。その目的を果たすためにはハイデマリー王女と奴隷になった人間たちが生きていなくてはならない。


「アベル殿はひとりであの魔王軍十三将軍と戦うつもりなのか?」


「そのつもりだが、何か不都合でもあるのか?」


「ふ、不都合どころではない。確かにアベル殿は強いが、魔王軍十三将軍を相手にして、そう簡単に勝利できるとは思えない。私の力も使ってほしい」


 アベルが尋ねるのにハイデマリー王女がそう告げた。


「そうしたら誰が奴隷になってる連中を助けるんだよ。あの骨野郎は恐らく強いだろう。戦闘はここら辺一帯を巻き込むかもしれない。そうしたら、せっかく救助に来た連中が死んじまうだろ。そうならないようにするためにも脱出させる人間が必要だ」


「だが……」


「貴様の大事な臣民だろ。守ってやれよ」


 渋るハイデマリー王女にアベルはそう告げて肩を叩いた。


「決まりでいいな?」


「アベル殿には逆らえないな。それで構わない。私が臣民たちを脱出させよう」


 アベルが告げるのに、ハイデマリー王女が頷いた。


 これで作戦は定まった。後は人質を救出するだけである。


……………………

本日9回目の更新です。

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