魔王ロキ
……………………
──魔王ロキ
「ここが魔王城か」
アベルが魔王城の内部に入って、辺りを見渡す。
魔王城の内部は廃墟の様だった。壁は崩れ、扉は壊れ、ここが魔王という王の座す城だという感じはあまり感じられない。見たままの廃城のように感じられた。
「膨大な魔力の気配がするな。かなり大きなものだ」
「確かにさっきの龍たちよりも濃い魔力の気配がするね」
だが、確かに魔王はここにいる。
その気配は確実にするのだ。人狼にも、魔女にも、吸血鬼にも感じられていた。
「他に魔族はいないみたいだし、一気にいこうぜ」
「慎重さの欠片もない奴め。だが、そいつらはどうするつもりだ?」
アベルが告げるのに、セラフィーネがハイデマリー王女とクリスを見た。
「非常食君は連れていくよ。万が一の場合に備えてね」
そう告げてローラがクリスを抱きしめる。
「ハイデマリー。貴様はここで引き返した方がいい」
「何故だ、アベル殿! 私とて戦える!」
アベルが告げるのに、ハイデマリー王女が叫ぶ。
「確かに貴様には命も救って貰った。だが、ここからの戦いはレベルが変わってくる。魔王ロキは大悪魔だ。俺たちは全力を出して戦うことになるだろう。そうなると、貴様の身の安全は保障できない」
「無論、私とて戦場が安全だとは思っていない。覚悟はある」
「ダメだ。それではダメだ。貴様はノルニルスタン王国のことを考えなければいけないだろう? ここで死んでいい人材じゃない。ま、俺たちに任せておけって」
ハイデマリー王女はノルニルスタン王国の再興のカギとなっている人物だ。ここで戦死してしまっては、ノルニルスタン王国は再興できない。
「……分かった。後のことは頼む、アベル殿。決して死なずに戻ってきてくれ」
ハイデマリー王女はアベルの手を握ってそう告げた。
「任せておけ。これでようやく戦争も終わるんだからな」
ハイデマリー王女の言葉にアベルがニッと笑った。
「んじゃ、行ってくる」
「気を付けて!」
そして、アベルたちは魔王城の中を魔力の源をたどって突き進んでいく。
やがて彼らはこの何もかもが朽ちた廃城で依然として元の形を保っている構造物に遭遇した。それは巨大な扉だ。金で飾られた巨大な扉が、魔力の源の手前にあった。
「いよいよこの先だな」
「セーブはしたかい?」
アベルが告げるのにローラがゲーム脳なことをのたまう。
「セーブもなにもなしだ。一気に突入して一気に片付ける。行くぞ」
セラフィーネはそう告げると、魔力の源に狙いを定め、扉越しに“変換型電磁投射砲”を叩き込む。
扉が吹き飛び、衝撃波が辺りの物体を薙ぎ倒していく。
「おやおや。随分な挨拶だ」
扉の向こうから声がする。
「貴様が魔王ロキか?」
「いかにも。ボクが魔王ロキだ。ようこそ、運命に選ばれた勇者たちよ!」
魔王ロキはフードを払い、その姿を露わにする。
黒髪に血のように赤い瞳。その姿はフォーラントによく似ていた。
違いがあるとすれば、魔王ロキの方が悪意に満ちた雰囲気を有しているぐらいだ。
「魔王ロキ! それともヴァルと呼んだ方がいいか?」
「魔王ロキで頼むよ。これは所詮は分身体。満足な力は振るえないんだ」
アベルが尋ねるのに、魔王ロキはにこりと微笑んだ。
「何にせよ、ここで覚悟して貰うぞ。貴様はここで終わりだ」
「おや。怖い怖い。どうされてしまうのかな?」
セラフィーネが告げるのに魔王ロキがにやにやと笑う。
「死んで貰うだけだよ。さあ、始めよう」
ローラがそう告げてレイピア“串刺し狂”を構える。
「そうかい。では、最後の殺し合いだ。決着を付けよう、勇者諸君」
そう告げて魔王ロキがパチリと指を鳴らす。
すると、魔王ロキの体から龍が姿を見せる。ぬるりと現れたその竜の鱗は緑色で、その巨大な顎を開きながら、アベルたちを睨みつける。
「風龍か。まだ龍を隠し持っていたとはな」
「叩きのめすまでだ。行くぞ!」
アベルとセラフィーネ、ローラが一斉に風龍に攻撃を仕掛ける。
「薙ぎ払え」
それに対して魔王ロキは風龍にそう命じる。
風龍の周りに魔法陣が浮かび上がり、そこから衝撃波がアベルたちに叩き込まれる。
「ちいっ! だが、この程度の攻撃でやられる俺じゃねえ!」
アベルは結界も何もなしに、風龍と魔王ロキに向けて突撃し続ける。
「猪口才な。その程度でどうにかなるものか」
セラフィーネは結界で攻撃を阻みつつ、風龍に向けて狙いを定める。
「“変換型電磁投射砲”」
風龍に向けてセラフィーネの魔術が叩き込まれた。
「オオオオオオォォォォォォォ……」
だが、風龍は低く唸るだけで攻撃が通用しているようには見えない。
それでもセラフィーネは魔術を叩き込み続ける。
それによって風龍は防御に専念することを余儀なくされた。風龍はセラフィーネの魔術攻撃を前に防御を続ける。
「それじゃあ、ボクがいただきだ」
そこで躍り出たのはローラだった。ローラはレイピア“串刺し狂”を風龍に体に向けると、その体に突き立てた。それによって魔力の流れが乱れ、生命力が奪われる。
「その程度でどうにかなるとでも?」
だが、魔王ロキは余裕の表情でローラを見ると、パチリと指を鳴らす。
それによって風龍の全身から何もかもを薙ぎ払う、核爆発にも似た爆風が生じ、ローラが吹き飛ばされる。
「舐めるなっ! まだまだこれからだぜ!」
そして、アベルが風龍の眼前に現れた。
彼は風龍の頭を殴る。殴る。殴る。殴る。
そこに小手先の技はない。ひたすらに相手を殴り続けるのみ。風龍は頭を激しくシェイクされて、身動きが取れず、そこでセラフィーネの“変換型電磁投射砲”の直撃を受けた。
だが、どれも致命傷にはなっていない。
「ヒントをあげよう。風龍はボクと繋がっている。ボクをどうにかしない限りは、風龍をどうこうすることはできないよ」
「なんだよ、それは!」
アベルは風龍を殴るのをやめ、魔王ロキの方向を向く。
「なら、貴様を殴る!」
「そう簡単には殴られてあげないよ」
アベルが攻撃の矛先を変えるのに、魔王ロキが手を振った。
その動きでアベルが吹き飛ばされ、彼は受け身の体制から素早く姿勢を整えなおす。
「さて、では諸君にボクの必殺技を見せてあげよう」
魔王ロキの手の中に炎が宿る。
「極大魔術“熱核融合反応”」
「不味いっ!」
魔王ロキが詠唱するのに、セラフィーネが叫んだ。
「アベル、ローラ! 結界の中に飛び込め!」
「了解!」
セラフィーネが叫ぶのに、アベルたちがセラフィーネの結界に飛び込む。
次の瞬間、アベルたちの眼前で核融合が起き、その膨大なエネルギーが放出される。それは魔王城の全てを薙ぎ払い、廃城を完全に消滅させた。
「ごめん。必殺技とは違う技を使っちゃったよ。まだ生きているかい?」
魔王ロキが告げるのに瓦礫の中から手が伸びる。
「なかなかやるじゃねえか。危うく吹っ飛ばされるところだったぜ」
現れたのはアベルだ。
「私のものより威力は低いな」
そして、セラフィーネ。
「全く。危うく非常食君が蒸発するところだった」
クリスを抱えてローラ。
「さあ、楽しいゲームを続けよう。どちらが勝つか。見ものじゃないか」
魔王ロキは余裕の表情でそう告げる。
「アベル、ローラ。作戦だ」
「なんだ?」
セラフィーネが告げるのに、アベルたちが集まる。
「あの風龍には構うな。あれは奴の魔力供給源に過ぎない。我々はあれを無視して本体を叩く。それぞれの渾身の一撃を叩き込み、あれを葬り去る」
「いい作戦だな。分かりやすい」
セラフィーネが告げるのに、アベルが頷く。
「ちょっと単純すぎない? そんなにうまくいくかな?」
「やるしかないだろう。やってやろうぜ」
ローラが首を傾げるのにアベルが力強くそう告げた。
「なにをこそこそと話し合っているのかな? ゲームは続いているんだよ。一時停止はなしだ。さあ、ゲームに復帰したまえ。それともゲームオーバーになるかい?」
魔王ロキはそう告げると、手の中に光を灯した。
「超極大魔術“天地開闢”」
魔王ロキがそれを詠唱した時、アベルが動いた。
「させるかっ!」
宇宙の生まれる瞬間のエネルギーが放出されようとした瞬間、アベルがその爪で魔王ロキの片腕を引き裂いた。
すると、どうだろうか。発動するはずだった魔術がキャンセルされ、効果を失った魔力が大気中に飛散する。その出来事を前に魔王ロキが目を見開いた。発動するはずだった、発動すればこの宇宙を破壊しつくすはずであった魔術が強制的に取り消されたのだ。
「なんと! 魔術殺しか! 人狼がその力に目覚めたというのか! 面白い!」
魔王ロキは楽し気にそう叫ぶ。
「魔術殺しだと……。それは伝説的な力ではないか」
「あらゆる魔術を打ち消す力。どんな呪いもそのものには通用しない」
セラフィーネとローラがそう告げる。
「これは負けてはおれんな。我々も本気で行くぞ」
「任せといて」
伝説を見せたアベルを前にセラフィーネたちが戦意を燃やす。
「行くよ。極大魔術“風神雷神図”」
ローラがそう詠唱し、暴風が吹き荒れるとともに雷が音を立てて降り注ぐ。
「魔術にはこういう使い方もある。大規模空間転移魔術“大陸落とし”」
セラフィーネはローラたちを引き連れて、魔王城の上空に転移するとともに、魔王ロキに向けてこのエウロパ大陸から抉り取った大地を上空から叩き込んだ。
大陸が大地を押しつぶし、魔王ロキの姿が一瞬消える。
だが、魔王ロキはまだやられてはいない。
「なかなかやってくれるじゃないか。この分身体も随分と痛んできたよ。そろそろ限界だね。その前にひとつぎゃふんと言わせてみよう」
魔王ロキは降り注いだ大陸を貫いて姿を見せると、再び手の中に炎を宿した。
「超極大魔術“四龍狂乱”」
魔王ロキのその詠唱で空気が揺れ動いた。
アベルたちに倒されたはずの火龍、金龍、水龍が姿を見せ、それに風龍が魔王ロキの体の中から飛び出して加わり、渦を巻きながらひとつのエネルギー体になる。
そして、それが炸裂した。
膨大なエネルギーが放出され、何もかもが薙ぎ払われる。
「やってくれる……」
「流石に不味いね……」
セラフィーネとローラは結界に魔力を注ぎすぎて倒れ掛かっている。
これで勝負は決したかのように思われた。
だが──。
「舐めんな!」
アベルだ。アベルがいた。
彼は思いっきり魔王ロキの顔に打撃を叩き込み、彼女を数百メートルに渡って吹き飛ばした。魔王ロキは大地を転がっていき、その姿が泥まみれになる。
「ハハハ! 君にもう魔術は通用しないというわけか。なるほど。どうしたものかな」
魔王ロキはアベルと対峙して考え込む。
「非常食君」
「な、なんですか、ローラさん?」
ローラが告げるのに、この乱戦を見ていたクリスが怯えながら尋ねる。
「献血にご協力を」
「そういうことですか。分かりました」
クリスが頷くと手のひらを切った。
「ローラさん。あんな奴、ぶっ飛ばしてやってください。お願いしますね」
「任せておきたまえよ」
ローラはそう告げると回復した魔力で巨体な魔法陣を描く。
「いざ導かん。極大魔術“黄泉比良坂”」
そして、今、炸裂した。ローラの魔力が空間を穿ち、黄泉の国への扉を開く。
その扉から無数の手が伸び、魔王ロキを掴む。
「なかなか面白い魔術だね。けど、これで葬れるかな?」
魔王ロキはそう告げると自分に纏わりついてきた手をあっさりと振りほどいた。
「残念だけれど、これだけでボクを葬るのは無理かな」
魔王ロキはそう告げて首を横に振る。
だが、しかし、これは必殺の技になったのだ。
アベルという存在の手によって。
「大人しく放り込まれろっ!」
アベルはそう告げて魔王ロキを殴りつける。
二度目の打撃が魔王ロキを襲い、彼女の体が黄泉の国の扉に放り込まれる。
「よし。成功だよ、アベル」
「オッケー!」
魔王ロキは黄泉の国の扉に入った。
「おお。よくやった、選ばれた勇者たちよ。この私の負けだ。だが、侮ることなかれ、いずれまた第二、第三の魔王がこの地を襲うであろう。それを心するのだ」
魔王ロキはパチパチと拍手を送りながら、黄泉の国に落ちていく。
「ハハハ! 決して悪は滅びないのだ!」
ノリノリの様子でそう告げた魔王ロキは瞬く間に黄泉の国に落ちていき──黄泉の国の扉が閉じた。
「勝ったな」
「ああ。勝った」
アベルが告げるのにセラフィーネが頷く。
こうして、彼らは魔王に勝利し、長年の戦争を終わらせたのだった。
……………………
……………………
魔王ロキ討伐完了。
「勝った!」
アベルは満足げにそう叫ぶ。
「やかましい。もう勝ったのは分かった。問題はこれからどうするかだ」
セラフィ―ネはそう告げてアベルたちを見渡す。
「私はあの我々をこの世界に呼んだ空間転移魔術に興味ある。魔王が討伐された今、私はそれを知る権利があるはずだ。あの王女を問い詰めて、尋問し、全て洗いざらい吐かせなければならない」
セラフィーネが興味があるのは、自分たちをこの世界に呼び寄せた魔術。
「ボクはもうちょっと可愛い子がいないか探してみたいな。非常食君を正式にボクの眷属にして、番となる存在を探しておきたいんだよ」
「え? ボクも吸血鬼になるんです?」
「嫌?」
「いや、そこまで嫌でもないですけど。その番って言うのが凄く気になります」
ローラが関心があるのはクリスのような可愛い眷属を増やすこと。
「俺はハイデマリーたちがノルニルスタン王国を再建できるかが気になるな。ハイデマリーは強い女だが、これからいろいろと困難が──」
「アベル殿!」
アベルがそう告げていたとき、ハイデマリー王女が現れた。
「ハイデマリー! まだこの付近にいたのか! 危ないだろう!」
「ああ。危ない場面もあった。だが、アベル殿を残して立ち去ることはできん」
アベルが告げるのにハイデマリー王女がそう返す。
「これからノルニルスタン王国はいよいよ再建だな」
「そうだ。魔王ロキは倒れたのだろう。そうなればいよいよ残存する魔族を排除して国を再建しなければな。アベル殿はここから去ってしまうのか?」
「ああ。俺も再建は気になるが、約束が終わった以上、戻らにゃならん」
「そうか……」
ハイデマリー王女がアベルの言葉に肩を落とす。
「だが、またいつか遊びにくるぜ。セラフィーネが双方の世界を行き来する方法を研究するからな。それに乗せて貰うとする」
「そうか。では、アベル殿が来るまでに立派な国にしておかなければな」
そして、ハイデマリー王女が笑みを浮かべた。
「さてさて、皆さん。お疲れ様です」
そんなときに姿を見せたのが、フォーラントだ。
「ついに魔王を倒し、世界に平穏をもたらしましたね、選ばれた勇者の皆さん」
フォーラントはRPGの登場人物のような言葉を告げる。
「でも、結局誰が最強の勇者なのかは分かりませんでしたね。魔王は皆さんが仲良く倒してしまわれたので」
そうである。これは世界最強の勇者決定戦だったのだ。
「トドメを刺したのは俺だろ?」
「ボクの魔術のおかげじゃん」
「そこまでの流れを作ったのは私だ」
3人がそれぞれの意見を主張する。
「ここは審判を兼ねているアーデルハイド王女に聞いてみるのがどうですか?」
フォーラントはにこりと笑ってそう告げる。
「よし、決まりだ! 世界最強の勇者は俺だ!」
「いいや。私だ」
「ボクだよ……」
これは世界最強の座を巡って争っていたとんでもない怪物たちの物語であった。
……………………
本作品はこれにて完結です! 応援ありがとうございました!
よろしければ同時連載中の作品なども覗いてみてください。
それでは!