決戦に向けて
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──決戦に向けて
「つまり、反撃は失敗したわけだ」
大陸東部に位置する魔王軍の拠点──魔王城にて魔王ロキはそう告げた。
「“岩窟のキンバリー”、“不滅のキメラ”、“深淵のダゴン”と“深淵のハイドラ”を失いました。もはや魔王軍十三将軍も生き残ったのは私だけです」
“呪殺のクラーマー”は顔を青ざめさせてそう告げる。
「所詮はまがい物の軍隊というところかな。立派な名前を付けてあげたけれど、それに相応する力はなかったわけだ。残念と言えば残念。当然といえば当然。悲しむ気も起きないよ。ただただ、呆れるだけだ」
「はっ……! 申し訳ありません……!」
魔王ロキがそう告げるのに、“呪殺のクラーマー”が低く頭を下げる。
「別にいいよ。そんなに畏まらなくても。ただ、そろそろ決戦の時が近そうだ。君には最後まで働いてもらうからね、“呪殺のクラーマー”」
「決戦の時というと、勇者を名乗るものたちとの?」
「その通り。そろそろ決戦だ。先の戦いで兵力の8割は損耗した。この魔王城を守るのは龍たちだけ。勇者が見事、龍を討ち取って、ボクたちのいる場所まで攻めてこれるか。とくと見届けさせてもらおうじゃないか」
魔王ロキはそう告げてクスクスと笑った。
まるでそれは破滅を待ち望んでいるかのようであった。
この王について行っていいのか? 一瞬“呪殺のクラーマー”の考えが揺らぐ。
だが、その考えも一瞬のこと。魔王ロキ以外に自分たちがついていく相手などいないのだ。魔族をここまでまとめ上げた人物は魔王ロキ以外にいないのだ。
「やあ、お久しぶりです」
そこで聞き慣れぬ女性の声が響くのに、“呪殺のクラーマー”が反射的に振り返った。そこには黒髪に赤い瞳の女性が立っていた。人間だ。
「貴様、何者だ!」
「私はフォーラント。大悪魔フォーラント。以後よろしく。それではあなたに用はないので退室していただけますか? 荒っぽいことはしたくないので、そちらが自分の意志で出ていってくれると嬉しいのですが」
フォーラントを名乗る女性はそう告げて微笑んだ。
「何をぬかすか! 魔王ロキ陛下の御前であるぞ! 貴様など決して──」
「出ていって、“呪殺のクラーマー”。これから大事な話があるから」
“呪殺のクラーマー”が身構えるのに、魔王ロキがあっさりとそう告げた。
「しかし、陛下!」
「出ていってて命令したんだよ。ボクの命令が聞けないのかな?」
「わ、分かりました」
魔王ロキが有無を言わさずそう告げるのに、“呪殺のクラーマー”が王座の間から退室していく。彼女はフォーラントを睨みつけ、それから王座の間を去った。
「それで、何の用事かな、フォーラント?」
「随分と面白いことをなさっていたようなのにちょっとばかり邪魔をしてしまい謝罪をと思いまして、大悪魔ヴァル」
魔王ロキのことをフォーラントはヴァルと呼んだ。
ヴァル。最悪のヴァル。大悪魔の中でももっとも嫌われた存在だ。
そして、フォーラントと同じく大悪魔の地位に長らくついている。
「謝罪はいらないよ。君たちが来てからようやく盛り上がり始めたところだからね」
「おやおや、豪気ですね。そのボディが仮初のものだからですか?」
魔王ロキが告げるのに、フォーラントがそう尋ねた。
「それもあるかな。ボクの分身体──力はかなり削って作ったけど──が、どこまでやれるのか見てみたいとも思ってるし。本体のボクはね」
「そうですか、そうですか。けれど、けれども、このゲームの敗者はもはや決まったようなものですよ。その分身体では勇者には勝てない」
「かもしれない。魔王と勇者という世界のバランスを結局、ボクは崩せないのかもしれない。その勇者というものが本来召喚されるものではなく、よじ曲げられて召喚されたものであったとしても」
魔王ロキはそう告げてニッと笑う。
「君の行動も案外、世界の法則に則ったものなのかもしれないね、フォーラント」
「そうかもしれませんね。あなたが魔王などと名乗らなければまた別の結果もあったかもしれませんが」
「挑戦したかったんだよ、ボクは。世界の法則という奴に」
フォーラントが告げるのに、魔王ロキがそう告げて返す。
「それでは今からゲームを仕切りなおします?」
「まさか。ボクは受け入れる準備があるよ。滅びの美しさっていうものをさ」
フォーラントが尋ねるのに、魔王ロキはそう告げて返した。
「私には理解できない感覚ですね」
「君もいろいろと試してみるといいよ。経験は感情を変える。物事の受け入れ方を変える。それもまた楽しいものだよ」
「そうですね。退屈を持て余している我々にはそれが必要かもしれません」
フォーラントはそう告げてにこりと笑った。
「それではそろそろ行きますね。ネタバラしをすることになりますが構いませんか?」
「構わないよ。君のしたいようにするといいさ」
フォーラントが尋ねるのに、魔王ロキが肩をすくめた。
「はいはい。それではまた逢う日まで」
「また逢う日まで」
そして、フォーラントの姿はすっと消えたのだった。
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「それでは皆さんに敵の正体について教えようかと思います」
ギムレーの温泉宿のひとつ。
そこで浴衣姿のフォーラントがそう告げた。
温泉会議である。先の温泉会議は急な戦闘で中止になったので、新しく仕切りなおして始めたのだった。
「敵の正体を知っているのか?」
「そうです、そうです。知っていますよ。敵の正体、魔王ロキの正体はヴァルです」
「ヴァル。大悪魔ヴァルか」
セラフィーネはフォーラントの答えに眉をゆがめる。
「それって相当やばい悪魔じゃなかったか?」
「相当、どこではない。性質の悪さから言えばここにいるフォーラントを上回る」
アベルが肉をむさぼりながら訪ねるのにセラフィーネがそう返した。
「何故、大悪魔ヴァルが魔王などをやっている。その理由も知っているのだろう。全てここで話してしまえ、フォーラント」
「はいはい。ヴァルが言うには経験を貯めたいそうです。いろいろな物事の経験を貯めて、退屈をつぶすということですね。それから彼女はこの世界の法則である魔王と勇者の関係を破壊することに挑もうとしていたようです」
「魔王と勇者の関係?」
フォーラントの答えにセラフィーネは困惑した表情を浮かべる。
「そうです。世界に魔王がいれば、勇者が生まれる。魔王が勝てば、勇者が強くなり、勇者が勝てば、魔王が強くなる。そういうシーソーゲームです。魔王は絶対に勝てないし、勇者も絶対に魔王を滅ぼせない。そういう仕組みです」
「ちょっと待ってよ。それだとボクたちも魔王には勝てないの?」
フォーラントの言葉にローラがそう告げる。
「勝てますよ。魔王が倒されても次の魔王が生まれるだけの話ですから。物語はリセットされて、一から仕切り直しになるのです。まあ、そういうものですよ」
「ゲームみたいな話だ」
「実際のところ、ゲームに近いですね。最初は意味があったんでしょうが、今ではすっかり形骸化したシステムですから」
フォーラントがそう説明する。
「ヴァルって相当ヤバい大悪魔だろ。俺たちの手でどうにかできるものなのか?」
「正確にはヴァルではなく、ヴァルの力の一部を持った分身体です。やれますよ」
敵は最悪の大悪魔と称されるヴァルそのものではない。
ヴァルの分身体。ヴァルの力を限定的に有する存在だ。
だからこそ、アベルたちでも魔王ロキに勝てる可能性は十二分にあった。
「よし! なら、やってやろうぜ! 魔王ロキだかなんだか知らないが、叩きのめしてやる! それで弱い者苛めは終わりだ!」
「そうしましょう、そうしましょう。目指せ、打倒魔王ロキ」
アベルが拳を突き上げるのに、フォーラントがそう告げた。
「悪魔同士の抗争に我々を巻き込もうとしているのではないだろうな?」
「いやですね。ヴァルとは仲がいいんですよ。彼女と喧嘩することはありません」
「どうだろうな」
セラフィーネはあまりフォーラントを信頼していないようだ。
「というわけで、私の知っていることはお話ししましたよ。後の判断は皆さんで」
フォーラントはそう告げてお茶を啜り始めた。
「そろそろ受け身なのにも飽きてきた。一気に攻撃を仕掛けるか」
「やってやろうぜ!」
「そろそろ終わりにしようか」
セラフィーネ、アベル、ローラがそれぞれそう告げる。
「なら、決定だ。明日、魔王軍の拠点に攻撃を仕掛ける」
セラフィーネはそう告げて、地図を広げた。
「魔王軍の拠点はこの大陸東部の城にあるのが、これまでの捕虜の尋問で明らかになっている。我々はここに攻め込み、一気に魔王ロキの首を取る」
「他の連中はどうする?」
「置いていけ。連れ行っても役には立たん」
セラフィーネは民兵を置いていくつもりだった。彼らのような素人を連れて行っても、損害が増えるだけで役に立たないと判断したために。
「ハイデマリーとフェリクスたちも置いていくか。連中にはまだやるべきことがあるからな。戦争が終わった後のことも考えないといけない」
アベルはこの世界で強者と言えるハイデマリー王女や自分の群れの一員であるフェリクスたちと出会ったが、彼らには戦後ノルニルスタン王国を復興するという目的があった。彼らを魔王軍との戦闘で死なせるわけにはいかない。
「ボクは非常食君を連れていくけれどね。まあ、頑張って守るよ」
ローラはクリスを連れて行く気満々だ。
「決まりだな。それじゃあ、仕掛けようぜ。いよいよ最終決戦だ!」
アベルがそう告げ、遂に勇者対魔王の最終決戦が始まろうとしていた。
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