乱戦
……………………
──乱戦
「状況はどうなっている」
空間転移魔術で北部都市同盟の首都ノートベルクに転移したセラフィーネが開口一番にマルグリットにそう告げる。
「やばいね。奪還した4つの都市全てが魔王軍の攻撃を受けてるって。民兵が守っているところは壊滅寸前。そっちのゴーレムが守っているところは分からない」
民兵たちは無線機を装備し、無線機で戦況を報告してきていた。それによれば、4つの都市は魔王軍の総攻撃を受け、民兵の守っている都市は危機的だという。弾薬は尽きかけ、死傷者は多数。まもなく城壁の守りを突破されるとのことだった。
「では、民兵の守っている都市から優先的に救援する」
セラフィーネはそう告げて地図を睨む。
「まずはこのケルムトからだ。私が向かうことを連絡しろ。友軍に撃たれたくはない」
「了解。今、準備するね」
セラフィーネは地図の一点を指さすとそう告げた。
「しかし、魔族もなかなか舐めたことをしてくれる。この程度のことで私が引き下がるとでも思っているのか。そう思っているならば、その考えを正してやる」
セラフィーネはそう告げると地図に表示されている魔王軍の規模を見た。
ケルムトは現在30万の魔王軍に襲撃されている。
だが、どこからそんな戦力が湧き出したというのだ?
魔王軍北部方面軍の兵站線はセラフィーネがバラバラに解体したはずだ。彼らから海上輸送手段を取り上げ、大規模な兵員の輸送を困難にしたはずだ。それがどういうわけか、北部都市同盟の制圧した都市の中では内側にあるケルムトが魔王軍30万の攻撃を受けているという。
パニックで数を多く報告している?
そうであったとしても、ケルムトに配備されていた民兵は20万の軍勢ならば退けられるだけの武器弾薬を保持していた。
「航空偵察が必要だな。ドローンを飛ばすぞ」
セラフィーネはそう告げ、それと同時にノートベルク郊外に位置する航空基地から戦術ドローンが離陸準備に入った。
「ドローンには何が映る。本当に魔王軍30万がいるのか」
セラフィーネは手元の軍用規格のタブレット端末でドローンの映像を確認する。
ドローンはまだケルムトに向けて飛行中。映像は無関係なものだ。
「艦隊はどうなっている?」
「まだ停泊中。出港準備はできてるけど、セラフィーネさんの指示を待つって」
「なら、すぐに出航させろ。艦隊の火力支援が絶対に必要になる」
「了解!」
これでノートベルクに停泊中の艦艇はおおすみ型揚陸艦を除いて全てが出航した。
「前回被った艦隊の損害も修復済みだ。あきづき型護衛艦6隻とあさひ型護衛艦2隻。計8隻の艦艇の全力の地上支援があれば無防備な数十万の魔王軍などたやすく蹴散らせる」
そのはずだ。と、セラフィーネは思っていた。
だが、彼女はやはり兵站線のことば気になっていた。
魔王軍には既に30万の軍隊を機動させられるだけの兵站線はないはずだ。小規模な漁村などは制圧していないものの、そんな小規模の港湾設備で30万の軍隊を養えるだけの物資が移送できるとも思えない。
現地調達? それも不可能だ。既に周辺の町や村は魔王軍自身が焼いている。焼けて、耕すものがいなくなった村から物資は奪えない。
となると、魔王軍はどうやって30万もの軍隊を送り込んだ。
「まさか以前のような大規模空間転移魔術か?」
セラフィーネは以前の戦いで魔王軍20万の軍隊が一瞬でノートベルクに移動するのを見ている。あの手段があれば、兵站線など関係なく30万の軍隊を送り込めるだろう。
「ドローンの映像はまだか。そろそろ目標上空のはずだぞ」
セラフィーネは苛立った様子でタブレット端末を見る。
すると、やがて火の手の上がる都市の様子が映し出されてきた。
炎上している都市。城壁の内側からは迫撃砲が打ち出されているのが見えた。城壁の上では機関銃の放つ曳光弾の光や、無反動砲のバックブラストが見える。
そして、確かに都市の周囲は30万近い魔王軍の軍勢によって包囲されていた。
「やってくれる。これほど面白くない気分になったのも久しぶりだ。そこまでやるというならばこちらもそれに応えてやろう」
セラフィーネはそう告げると空間転移魔術でケルムトに向けて転移した。
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……………………
ケルムトは激戦地になっていた。
「弾持ってこい! ありったけだ!」
「もう残り少ない! 狙って撃て!」
街中を銃声の音が支配し、時折迫撃砲の砲声がこだまする。
セラフィーネはその激戦地となっているケルムトの中央広場に転移してきた。
「おお! セラフィーネ様! マルグリット様からこちらにやってこられると聞いて、待っていたところです。救援を願います!」
「まずは状況把握だ。司令部はこの市庁舎か?」
「はい。ご説明します。中にどうぞ」
指揮官らしい中年の民兵がやってくるのに、彼はセラフィーネを市庁舎に案内した。
「まず、魔王軍の数は30万です。攻撃が始まった1時間前もそうでしたし、今もそうです。魔王軍はその数を減らしてはいません」
「どういうことだ?」
「敵は不死身のようなのです。いくら攻撃を与えても、平然と我々の側に向かってくるのです。一時は城壁が破られて騒然としましたが、何とか外に押し返しました。その分、犠牲は大きなものとなりましたが……」
不死身? そのようなことがありえるのだろうか?
「待て。敵に戦術的行動を取っている様子はあるか?」
「と言いますと……?」
「城門を集中的に攻撃している様子などだ」
セラフィーネが何かを思いついて尋ねる。
「いえ。そのような様子はあまり。魔族は知能がさして高くないからでしょう」
「戯け。敵を侮るのは敗北への一歩だぞ。ようやくからくりが分かってきた」
セラフィーネはそう告げると市庁舎を出る。
向かう先は城壁。
彼女は“悪魔食い”の身体能力で城壁の上に飛び乗ると、城壁に押し寄せている魔族たちに目を向けた。
引きちぎれた手足、虚ろな目、機械的な動き。
「決まりだな。敵は死霊術で兵士を操っている。空間転移魔術でここに魔族の死体を飛ばして、それを死霊術で操って動かしているのだろう。やってくれるものだ」
死霊術で動く兵士ならば、食料は必要としない。兵站線も何も必要ない。戦術的判断はできなくなるものの、そこは死霊術で動く死体の頑丈さと数にものを言わせて押し切ればいい。ある意味では実に効率のいい戦闘だ。
恐らくは他の都市を襲撃している魔族も、死霊術で操られているものだろう。そして、死霊術で操られている魔族にいくら銃弾を撃ち込んでも無意味である。
「大本を焼くしかないな。こいつらの魔力はどこに繋がっている?」
セラフィーネは瞳を閉じ、この動く死体たちの魔力の流れを追う。
セラフィーネの術式が魔力の流れをトレースしていき、それは──。
「くっ……」
セラフィーネが目を見開く。
「そうか、そうか。随分と巨大な怪物に操らせているのだな」
セラフィーネはそう告げてある方向を向いた。
それは海だ。
……………………
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「武器弾薬の補充を行っておくが、私はここでの戦闘には参加しない」
「なぜです? ここの戦況は危機的なのですが……」
セラフィーネが告げるのに民兵の指揮官がうろたえる。
「ここでいくら死霊術に操られた兵士を倒しても無意味だからだ。銃弾の雨を浴びせても、こいつらは平然と攻撃を続ける。連中を本当に倒そうと思うのであれば、大本をどうにかしなければならない。そして、その大本の存在は海にある」
セラフィーネは魔力をトレースして、死霊術の魔力の源が海にあることを掴んだ。脳を焼き切ることには失敗したが、敵は間違いなく海にいる。
「我々はこれより艦隊を出航させ、大本を叩く。そちらは今ある戦力でどうにか対応しろ。武器弾薬の補充はちゃんと行っておいてやる」
北部都市同盟の戦場はほぼ常に海だった。
北部では海上を制するものが全てを制するようだ。
「この場は任せるぞ。敵の数は多いが、頭は腐っている。撃ち続けて、手足を引きちぎり、戦闘力を奪っていけ。敵の攻城兵器の狙いもまともに定まるものではないし、ドローンが対戦車ミサイルでじきに破壊する」
「分かりました。そのように」
セラフィーネの指示に民兵の指揮官が頷いて返した。
「では、幸運を祈る」
セラフィーネはそう告げてケルムトの市庁舎を出た。
それから向かう先は沖合の護衛艦だ。
「ルートヴィヒ。敵は海にいるぞ」
「海にですか? 海は我々のものになったとばかり思っていましたよ」
ゼーアドラー号に転移したセラフィーネが告げるのに、ルートヴィヒが肩をすくめる。確かにこれまでの戦闘で彼らはこの北部の海を自分たちの海にしたはずだった。
「仕留めそこなったか、新しい連中を送り込んできたんだろう。戦場ではよくあることだ。だが、今度は逃げ隠れさせない」
セラフィーネはそう告げてゼーアドラー号の霊的存在を呼び寄せる。
「魔力のトレース結果だ。この周囲に敵がいる。速やかに艦隊を移動させろ」
「了解」
セラフィーネが霊的存在の額を押さえて告げるのにセラフィーネのトレース結果を受け取った霊的存在がゼーアドラー号をトレース結果の海域に向けて進路を取る。
「目標は水中だ。哨戒ヘリの出撃準備を整えておけ」
「了解」
セラフィーネは先ほどのトレース結果から指示を出していく。
「作戦はどのように?」
「“深海のブリックス”と同じように爆弾漁だ。水中に魚雷を叩き込み続け、音を上げて外に出てきたところを、ありったけの火力を叩き込んで仕留める」
ルートヴィヒが尋ねるのにセラフィーネがそう告げて返す。
“深海のブリックス”を討伐したときには、哨戒ヘリと護衛艦から対潜魚雷を叩き込み続け、目標を海上に引きずり出し、セラフィーネが“変換型電磁投射砲”で仕留めた。今回も同じような手を使う。
「敵の反撃の可能性は?」
「当然ある。なければおかしい」
「いやはや。敵が化け物でないといいのですが」
「魔族どもはほぼ化け物だろうが」
ルートヴィヒがため息をつくのに、セラフィーネがそう返した。
「今回も恐らくは相当な化け物だぞ。見ものだな」
セラフィーネによる魔力トレースを受けて、頭を焼き切られなかった魔族。それはそれなり以上の力を有していることを意味している。
「まもなく目標海域」
「哨戒ヘリを出せ。探し出すぞ」
セラフィーネの指示でSH-60K哨戒ヘリが出撃していく。
『水中に巨大な音響反応を検出』
「魚雷を叩き込め。旗艦から順に攻撃開始」
軍用AIが報告し、セラフィーネの指示で攻撃が開始される。
まずは哨戒ヘリが短魚雷を投下し、それから護衛艦が次々にVLSからSUMを発射していく。対戦魚雷は海底で大音響を発している目標に向けて突き進み、命中する。
水柱が上がり、目標に魚雷が命中したことが確認される。
『水中目標、浮上を開始』
「来たな。私は後部デッキに出るぞ」
セラフィーネはそう告げて後部デッキに向かう。
「さて、どんな化け物が出てくる?」
セラフィーネは不敵な笑みを浮かべて哨戒ヘリが退避しつつある海面を見つめる。
そして、それは浮上して姿を見せた。
「こいつは……」
現れた怪物は異様な姿をしていた。
セイレーンの上半身にシーサーペントの下半身、そしてクラーケンの半身。見る者の正気を失わせるかのような化け物だった。
「我こそは魔王軍十三将軍のひとり、“不滅のキメラ”! 覚悟するがいい人間ども! この海は我々魔王軍のものだ!」
セイレーンの声で“不滅のキメラ”なる魔王軍十三将軍のひとりが名乗りを上げる。
「何を愚かな。貴様が海面に出てきたところで勝負は決まっている」
セラフィーネはそう告げて折り畳み式警棒を“不滅のキメラ”に向ける。
「“変換型電磁投射砲”」
セラフィーネの詠唱とともに口径155ミリの徹甲弾が魔力でできたレールの上に装填され、その狙いが“不滅のキメラ”の体の真ん中に定められる。
「ファイア」
レールに膨大な電力が流れ、徹甲弾が“不滅のキメラ”に向けて放たれる。
それはマッハ150という恐ろしい速度で飛翔し、海面を荒々しく波立たせながら、“不滅のキメラ”に突っ込んだ。
そして、衝突。
“不滅のキメラ”の体は容易に引き裂かれ、その巨体が音を立てて海面に落下する。
「他愛もない」
セラフィーネは勝利を確信して、折り畳み式警棒を畳もうとした。
だが、彼女は気づいた。
まだ目標が魔力を放ってることに。
「クソ。どうやら相当に頑丈になって戻ってきたようだな。全火器、目標を射撃開始」
セラフィーネの合図で艦隊の火砲とミサイルが一斉に“不滅のキメラ”を追撃する。砲弾の雨が降り注ぎ、SSMが叩き込まれ、“不滅のキメラ”の体がバラバラに引き裂かれる。
それでもなお目標は魔力を発している。
「化け物め。“変換型電磁投射砲”」
のたうちながら再生していく“不滅のキメラ”を見て、セラフィーネは2発目の“変換型電磁投射砲”を放った。
今回も口径155ミリの徹甲弾が“不滅のキメラ”の肉体を引き裂く。
大きく肉体がえぐり取られ、肉片が四散したはずの“不滅のキメラ”だが、その肉片が蠢きながら、再び再生を始める。
「無駄、無駄、無駄っ! この我は不滅である! 覚悟するがいい!」
“不滅のキメラ”はそう叫ぶと、クラーケンの半身を蠢かせ、いくつもの魔法陣を宙に浮かべた。その狙いは砲撃を続ける艦隊。
「艦隊全艦全速! 回避運動!」
セラフィーネが叫び、艦隊が全速力で回避運動を始める。
そこに魔法陣から高圧水流が放たれた。水流のひとつが子機艦1隻の船尾を削り、子機艦が大きく揺さぶられる。
「やってくれるではないか。あの艦を作るのもそれなり以上に苦労しているのだぞ」
セラフィーネは僅かに怒気を含んだ声でそう告げると、勢いよく回避運動を続ける艦艇の後部デッキから“不滅のキメラ”を睨んだ。
このまま戦闘を続ければ、相手が永遠に回復し続けると仮定した場合、こちらが弾切れになるか、燃料切れになる。セラフィーネの必殺技である“変換型電磁投射砲”が通用しないのでは、打つ手なしだ。
「やむをえまい。ここは新しい手段を試してみるとしよう」
セラフィーネはそう告げると、折り畳み式警棒を“不滅のキメラ”に向ける。
「ルートヴィヒ。私が合図したら艦隊を全力で南に進行させろ。北部の海域から離れろ。分かったか?」
『了解。だが、何をするつもりなんです?』
「奴を完全にこの世から消し去ってくる」
セラフィーネはそう告げるとどこからともなく魔導書を広げた。
「術式に間違いなし。これで確実なはずだ。行くぞ、化け物」
セラフィーネがそう告げると“不滅のキメラ”の周囲に魔法陣が浮かび上がる。
「大規模空間転移」
それと同時に“不滅のキメラ”の体が粒子状になり、その場から消え去った。
「ルートヴィヒ。艦隊を南に向けろ」
『了解。ご武運を』
艦隊が南に向かい始めるのにセラフィーネ自身も転移した。
転移した先は戦闘海域から北に200キロ。上空500メートルの地点だ。
寒々しい海域に“不滅のキメラ”が落下していこうとしていた。
「ここでケリをつける。覚悟するがいい」
セラフィーネは足元に魔法陣を展開し、落下していく“不滅のキメラ”を見下ろす。
「極大魔術“熱核融合反応”」
それは文字通り核融合反応を引き起こす魔術である。
高熱によって核融合反応を引き起こし、相手に叩きつける。
その威力は15メガトン。
半径25キロを焼き尽くす炎の塊が爆発的に生じ、“不滅のキメラ”の体を完全に飲み込む。“不滅のキメラ”は何事かを告げようとしたが、結局のところ最後の叫びも爆轟の中に飲み込まれてしまい、その姿は完全に消滅した。
「流石に全てを焼き尽くせば再生はしまい」
セラフィーネは完全に防護された結界の中から爆発の中に沈んでいく“不滅のキメラ”を眺めていた。これで再生するようならば、さらに威力の高い50メガトンの核爆発を叩きつけてやるつもりであった。
そして、流石の“不滅のキメラ”も体細胞の全てが焼き尽くされては再生はできなかった。あの怪物はこの世から完全に姿を消したのだった。
「終わりだ」
その後、街を襲撃していた魔族の死体たちも、動かざる死体に戻り、北部都市同盟は間一髪で勝利したのだった。
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