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ヴェルンドリアの戦い、再び

……………………


 ──ヴェルンドリアの戦い、再び



 アベルがフォーラントの手で転移した先はヴェルンドリア王国だった。


「ここが攻撃を受けているのか?」


「ここ、なんだかんだで最前線ですからね」


 今までアベルたちが解放した土地の中でもっとも東に位置するヴェルンドリア王国は魔王軍と人類の最前線に位置している。


「ここが襲われているってことはハイデマリーたちは知ってるのか?」


「さて、どうでしょう? 知ってるかもしれないし、知らないかもしれないです」


 アベルの問いにフォーラントがそう告げて返す。


「では、戦闘はお任せしますよ。急がないと魔剣の製造場所がなくなってしまうかも」


「急がねえとな」


 アベルはローラとの間で、食料と魔剣のバーター取引の契約を交わしている。その取引材料になる魔剣がなくなってしまえば、ノルニルスタン王国3万の民は飢えるし、戦力としてもノルニルスタン王国のそれが低下することは間違いない。


「んじゃ、行ってくるぜ。サクッと蹴散らしてきてやるからな」


「頑張ってくださーい」


 アベルがヴェルンドリア王国に向けて駆け出すのをフォーラントが手を振って見送った。アベルの脚力はすさまじく、駆け出して数秒でその姿は見えなくなった。


「人間だ!」


「人間がやってきたぞ!」


 ヴェルンドリア王国はその玄関口で戦闘を繰り広げていた。


 魔王軍の魔族たちが巨大な木の杭を持って、城門を打ち破ろうとし、ドワーフたちは城門の上部から熱した油や火矢で応戦しているところであった。


 そのヴェルンドリア王国を攻撃中だった魔族たちが一斉にアベルの方向を向く。


「てめえら! またこの国を攻撃しやがって! 許さねえぞ!」


 魔族たち数十万を前にアベルが突撃する。


「応戦しろ! 敵はたったのひとりだ!」


「いや、待て。あれがヴェルンドリア王国を単騎で奪還した勇者なのではないか」


 魔族たちはざわめきながらも、アベルを迎撃する準備に入る。攻城戦を行っていた部隊が撤退し、部隊の向きが全てアベルの方に向けられる。


「弓兵! 射ろ!」


 魔王軍の指揮官の号令が響き、無数の矢がアベルに飛来する。


「温い、温い、温い! その程度で俺が止められるかよ!」


 アベルの筋肉と皮膚は飛来する矢を弾き、アベルはそのまま魔王軍の隊列に突撃していく。アベルの突撃を前に魔王軍は一斉に槍を構える。


 だが、アベルは槍を飛び越え、魔族の隊列の中に飛び込んだ。


「飛び込まれた!」


「落ち着け! 敵はひとりだ! 隊列に飛び込まれても応戦できる!」


 魔王軍の中に混乱の声が広がる中、それを加速させる出来事が起きた。


 魔王軍のふところに飛び込んだアベルが魔王軍の隊列の中で暴れ回り、魔族が千切っては投げられ、千切っては投げられて、次々にやられていくのだ。魔王軍の隊列は瞬く間に崩壊に向かっていく。


「ど、どうするのだ!? このままでは我々の側が壊滅するぞ!」


「そんな馬鹿な話が……! たったのひとりだぞ!」


 たっだのひとり。そう、たったのひとりである。


 そのたったのひとりを相手に魔王軍数十万は既に残るところ数千にまで激減していた。アベルは目にもとまらぬ速さで攻撃を仕掛け、僅かな時間でゴリゴリと魔王軍の兵士の数がえげつない速度で減少していく。


「フンッ、フンッ、フンッ!」


 アベルは敵から鹵獲した武器を次々に使い潰していき、魔王軍に打撃を与えていく。数千が数百になるのにかかった時間は僅かなものだ。


「殺せ! 誰でもいいからあの男を殺せ!」


 魔王軍の指揮官は半狂乱になって叫ぶ。


 だが、その声に応えられる人間は僅かに数十になっていた。


 最後まで残っていた魔族たちに既に戦意はなく、へっぴり腰で武器を構えている。


「まだやるか?」


 アベルは魔族たちにそう問いかける。


「な、舐めるなっ! 俺たちは魔王軍だ! 魔王軍に栄光あれ!」


 残り数十の魔族も血気盛んに挑み──。


「とうっ!」


 ものの見事に全員が返り討ちにあった。


「次にやられたいのは誰だ? 片っ端から相手してやるぜ」


 アベルは血にまみれた拳を撃ちつけながら魔王軍の指揮官たちの方を目指す。


「ひいっ! 魔王様、魔王様、魔王様! どうかお助け!」


 指揮官たちはその場に崩れ落ち、祈りの言葉を呟くだけになった。


「好き勝手やっといて、今更許されるわけがないだろ。報いを受けろ」


 アベルはそう告げて、生き残った魔王軍の指揮官たちの頭を蹴り飛ばす。それはサッカーボールのように弾け飛び、その首は血を撒き散らしながら、遠くに転がっていった。


「よし。これでヴェルンドリア王国を攻めてきた魔王軍は壊滅だ! 呆気な──」


 アベルが勝利を宣言しようとしたときだ。


「ぐうっ……!」


 アベルの体が急に重くなり、その動きが鈍る。


「そこまでだ、勇者」


 そして、女性の声が響く。


「よくも我々の同胞を玩具にしてくれたな。覚悟して貰うぞ」


 そう告げるのはダークエルフの女性で、手には魔導書を手にしていた。


 魔導書からは魔法陣が浮かび上がり、それが淡い光を放って輝いていた。


「貴様! 名を名乗りやがれ! 俺はアベル! アベル・アルリムだ!」


 アベルは体に圧し掛かる数千倍になった重力を感じながらも、そう吠える。


「“呪殺のクラーマー”。魔王軍十三将軍のひとりだ。そして、こっちが──」


 “呪殺のクラーマー”と名乗ったダークエルフの脇から巨大な影が覗く。


「俺は“岩窟のキンバリー”。魔王軍十三将軍のひとりだ」


 現れたのは体を岩の鎧に覆われた、巨大なトロールだった。


「いいな。ヘビーな状況だぜ。体が重たいだけに!」


 アベルはそう告げるとまず“呪殺のクラーマー”を目指して突撃を開始した。


 この体の重さは間違いなく魔術だ。それならば先に魔術師を倒すべし!


 そう考えてアベルは“呪殺のクラーマー”を目指す。


「やらせはしない」


 だが、当然相手もそのことは理解している。“呪殺のクラーマー”を目指すアベルの前に“岩窟のキンバリー”が立ち塞がる。


「貴様、なかなか強そうだな。面白い!」


「“呪殺のクラーマー”の魔術を受けてそこまで動けるとは。化け物め」


 アベルが勢いよく“岩窟のキンバリー”に迫るのに、“岩窟のキンバリー”がそう吐き捨てる。そして、岩窟のキンバリーは相撲取りのように両足を広げ、腰を低く落とした。そこにアベルが突っ込む。


 衝突。


 アベルの打撃が“岩窟のキンバリー”に叩き込まれ、“岩窟のキンバリー”の表面の岩を僅かに砕いた。だが、そこまでだった。


「ちいっ。体が重くて本調子じゃないぜ」


 アベルにのしかかる数千倍の重力がアベルの行動を制限していた。


 打撃を繰り出そうにも体が重く、どうしても威力が鈍る。


「その程度か、勇者よ!」


 そして、“岩窟のキンバリー”が反撃に転じる。


 彼はアベルの腕をつかみ、思いっきり地面に叩きつける。


 それは数千倍になったアベルにかかる重力と合わさって、すさまじい威力となった。これが常人であれば全身の骨が砕け散り、そのまま息絶えていただろう。


「なかなかやるな!」


 だが、アベルは全くダメージを負っていない。


 彼の骨と肉体は砕けることなく、逆に“岩窟のキンバリー”の腕をつかみ返すと、その腕をねじ切った。“岩窟のキンバリー”の腕の岩が軋む音を発してよじれ、ねじ切られた腕から青い血が噴き出す。


「ぐぬうっ……! この化け物め……!」


 “岩窟のキンバリー”は引きちぎられた腕を捨てて撤退する。


「まずは片腕をいただいたぞ」


 アベルはニッと笑って引きちぎれた腕を投げ捨てた。


「片腕などどうにでもなる」


 “岩窟のキンバリー”がそう告げた直後、彼の千切れたはずの腕が生えてきた。


 腕は骨ごと再生し、その表面をごつごつとした岩が覆っていく。


「こいつは驚いた。再生能力持ちか」


「その通りだ。今、殴り殺してやる」


 “岩窟のキンバリー”はそう告げて拳を鳴らすと、アベルに殴りかかってきた。


 アベルは超重力の中、“岩窟のキンバリー”の攻撃に耐える。“岩窟のキンバリー”の重い攻撃を受け止め、腕の筋肉を軋ませながらひたすらに耐える。


「やっぱりあの魔術師をどうにかしないと難しいな……」


 アベルは重力と打撃に耐えながら、“呪殺のクラーマー”の方を見る。


 その時だった。オオカミの雄たけびが響いたのは。


「加勢に来ました、アベルさん!」


「フェリクス!」


 雄たけびを上げたのは、以前一緒にこのヴェルンドリア王国を訪れたフェリクスだった。彼が素早く戦場に殴り込み、“岩窟のキンバリー”に向けて拳を放つ。フェリクスは既に人狼としての本性を見せつけており、思い切った打撃が“岩窟のキンバリー”に叩き込まれたのだった。


「痛い! この化け物、どんな体してるんですか! 拳が割れるかと思いましたよ!」


「気を付けろ! そいつは再生能力持ちだ! 打撃を与えてもすぐに回復するぞ!」


 フェリクスが叫ぶのに、アベルが叫び返した。


「ええっ! そんなの反則だ!」


「黙れ。貴様も殴り殺してやる」


 フェリクスが告げるのに、“岩窟のキンバリー”がフェリクスに向けて打撃を放ってきた。その重々しい打撃を前に、フェリクスが後退していく。


「フェリクス! そのまま耐えていろ! 俺はもうひとりの魔王軍十三将軍を倒してくるからな! そのトロールの相手は任せたぞ!」


「ひいっ! 了解です!」


 フェリクスが“岩窟のキンバリー”の相手をしている間ならば、“呪殺のクラーマー”を叩ける。アベルはそう考えて、“呪殺のクラーマー”に向けて突撃を開始した。


「させるか」


 “岩窟のキンバリー”はフェリクスに思いっきり打撃を加えるとアベルを追った。


「そこまでだ!」


 アベルに延びかかった岩窟のキンバリーの腕を鉄塊が切断した。


「ハイデマリー!」


「うむ! 遅くなった、アベル殿!」


 鉄塊のごとき長剣を振り回したのはハイデマリー王女だった。


「この怪物の相手は私とフェリクスに任せろ! アベル殿はその魔術師を!」


「助かった! 行くぜ!」


 ハイデマリー王女が叫ぶのにアベルが“呪殺のクラーマー”に向けてかける。


「おのれ。呪われてあれ!」


 “呪殺のクラーマー”の手元の魔導書がパラパラとページがめくれ、新しい魔法陣が浮かび上がった。魔法陣は淡い光を放ち、アベルに新たな魔術が襲い掛かる。


「ぐぬっ……!」


 アベルは呼吸ができなくなった。


 周囲の酸素がなくなり、呼吸が封じられたのだ。


「そのまま息絶えるがいい」


 “呪殺のクラーマー”は勝利を確信して、アベルを見た。


 咆哮が響いたのは次の瞬間だった。


「久しぶりだぜ。俺に本気を出させた奴は」


 アベルは人狼としての本性をあらわにしていた。


「まだ動けるが。だが、倒れるのは時間の問題だ。つぶれろ」


 アベルにさらに大きな重力がのしかかる。


 常人ならば、ここで押しつぶされて、そのままバラバラになっただろう。


「甘いっ!」


 だが、アベルは倒れなかった。


「行くぜ、行くぜ、行くぜ!」


 アベルはそう叫ぶと重力など存在しないかのような速度で“呪殺のクラーマー”に向けて一気に突撃した。


「なっ……!」


「覚悟しろ!」


 アベルはその鋭い爪の並ぶ腕を振るった。


 それによって“呪殺のクラーマー”の左腕が引き裂かれる。肉がそがれ、骨がそがれ、左腕はほぼ切断された。


「ぐう……」


「お? 重しがなくなって、呼吸ができるぞ。さては、今ので魔術が解けたな?」


 “呪殺のクラーマー”がうめき声をあげて、よろめくのにアベルが肩を回した。


「じゃあ、今から叩き潰してやるぜ!」


「逃げろ! “呪殺のクラーマー”逃げろ! お前はここでやられていい人材ではない! お前だけでも逃げろ!」


 アベルが爪をむき出しにした腕を振り上げるのに“岩窟のキンバリー”が叫んだ。


「すまん、“岩窟のキンバリー”……。後は任せる……」


 次の瞬間、空間転移魔術が発動し、“呪殺のクラーマー”の姿が消えた。


「ちっ。逃げられたか。まあ、いい。こっちはまだでかぶつが残っている」


 アベルは舌打ちしながら、“岩窟のキンバリー”の方を振り返る。


「覚悟してもらうぞ、でかぶつ」


「やれるものならばやってみるがいい」


 アベルが拳を打ち付けながら告げるのに、“岩窟のキンバリー”がそう返した。


「気を付けてくれ! アベル殿! こいつの再生能力は半端ではない! 先ほどからいくら切り付けても……!」


 ハイデマリー王女は果敢に長剣を振り回して“岩窟のキンバリー”に切りかかるが、全ての攻撃の傷は数秒と経たずに回復している。フェリクスの攻撃も通用しているようには見えない。流石はトロールの再生能力というべきか。


「安心しろ。今、ぶち殺してやるぜ」


 アベルはそう告げて目にも止まらぬ速度で一気に“岩窟のキンバリー”との距離を詰めた。“岩窟のキンバリー”は反応する暇もなく、懐にもぐりこまれた。


「行くぜ! 覚悟しな、でかぶつ! 再生能力持ちは再生しなくなるまで殴り続けるのが勝利への道だ! 今から貴様を死ぬまで殴る!」


 アベルは“岩窟のキンバリー”の顎に強烈な打撃を加えると、そのまま“岩窟のキンバリー”を押し倒して、マウントポジションを取った。


 そして、その頭を殴る。殴る。殴る。殴る。殴り続ける。


「や、やめろ……」


 “岩窟のキンバリー”の回復速度より早く打撃が叩き込まれるのに、“岩窟のキンバリー”がうめき声をあげて血を吐き出す。


 それでもアベルは殴り続ける。殴り、殴り、殴り、殴りまくる。


「ここまでか……」


 そして、最後には“岩窟のキンバリー”の頭が千切れ飛び、大量の血液が噴き上げる。これでアベルが勝利したかのように思えた。


「まだまだだぜ!」


 アベルは千切れた首を追うと、その首を叩き潰した。


 そこでようやく“岩窟のキンバリー”の心臓の鼓動が止まった。


「よし! 討伐完了! 危ないところだったぜ。助かったぞ、フェリクス、ハイデマリー。俺だけだったらやられていたところだった」


「いや。アベル殿ならばどうにかしただろう。しかし、私たちが力になれたならば幸いだ。私たちも役に立てたのであれば」


 アベルが人間の姿に戻ってそう告げるのに、ハイデマリー王女がそう返した。


「ああ。とっても力になってるぜ。しかし、他の連中は大丈夫だろうな」


 アベルはそう告げて、心配そうに北と南の方向を見た。


……………………

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