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まだまだ続くよ、温泉会議

……………………


 ──まだまだ続くよ、温泉会議



「こんにちはー。皆さんのフォーラントが参りましたよ」


「一体何をしていた?」


 フォーラントはこのギムレーの街にアベルを転送させてから消息不明になっていた。


 そのことにセラフィーネが鋭い視線を向ける。


「ちょっとした調べものですよ。ご心配なく」


「貴様は怪しい動きが多いからな。特にここ最近は」


 フォーラントが告げるのに、セラフィーネがそう告げて返した。


「我々を煽り立てて、魔王軍と戦わせている。ローラから聞いたが、魔王に心当たりがあるそうだな。全て喋ってもらおうか」


「まあまあ。せっかくの温泉地で喧嘩はやめましょう。まずは温泉に入りません?」


 セラフィーネが睨むのに、フォーラントはいつの間にか浴衣を着ていた。


「この宿、浴衣あるの?」


「私が準備しました。ローラとセラフィーネの分もありますよ」


 ローラが目を輝かせるのに、フォーラントが浴衣を差し出した。


「やった。何か足りないと思っていたけれど、浴衣が足りなかったんだね。これで心置きなく温泉気分が味わえるよ」


「おい。重要な話が残っているだろう」


「どうせフォーラントは何もしゃべらないよ。聞くだけ無駄さ。それよりも今は温泉をエンジョイした方が建設的だと思うよ」


 早速ローラが浴衣に袖を通すのに、セラフィーネが険しい表情を浮かべる。


「そうだな。聞くだけ無駄か。温泉に入っている方が建設的とは」


 セラフィーネも浴衣に袖を通すと、それぞれ帯を締めて、温泉に向かった。


 セラフィーネは温泉に向かう際も折り畳み式警棒を手放していない。彼女はこの警棒なしでも魔術を行使できるが、あった方がより迅速かつ正確に魔術を行使できる。魔術師とはそういうものであるし、魔女もそういうものである。


 杖を持つ。それは象徴的行為であり、儀式的な行為なのだ。


「温泉など何年ぶりだろうな。最後に入ったのは箱根の温泉だったか」


「日本はいいよねー。ボクも日本で暮らしたくなるよ。まあ、あの国は暮らすより観光でたまに訪れる程度がいいんだけどね。何気に物価も税金も高いし」


「税金をまじめに納めているわけでもあるまい?」


「ボクはちゃんとオーストリア=ハンガリー帝国政府に税金を納めているよ?」


 いくらアンタッチャブルな存在でも脱税はできない。ローラも会計士を通じて、ちゃんと税金を支払っていた。


「……まさか君は脱税中?」


「下らん政治家どもの仕事のために納める金などない」


 ローラが尋ねるのに、セラフィーネははっきりと言いきった。


「そもそも税金として徴収されるような合法的な収入がない。最近は傭兵事業も、いろいろと制約がうるさくなってきたから、表で仕事は受けないようにしている」


 セラフィーネは合法的な民間軍事企業(PMC)に所属しているわけではなく、個人で依頼を受けるタイプだった。依頼主は軍事独裁者もいれば、難民救済を掲げるNGOもいる。そういう人間から個人で仕事を引き受けて、実行しているのがセラフィーネだ。


 セラフィーネたちの地球でも“傭兵”というものはグレーゾーンの存在であり、表立って明かせる職業ではなかった。そうであるがために、報酬というものも合法的とは言えないものが多くあった。難民救済NGOならともかく、独裁者やマフィアからの依頼を受けているセラフィーネは税務署に素直に申告できる収入は実質ないのだ。


「悪い奴だね、君は」


「政治家どものお役所仕事と税金などというシステムを作った奴に文句は言え」


 ローラが告げるのに、セラフィーネはそう告げて返した。


「さてさて、皆さん。温泉ですよ!」


 フォーラントがにこやかな笑みで温泉を指し示す。


「早速入りましょう、入りましょう。脱衣所に浴衣はぽいです」


 フォーラントはそう告げて浴衣をするりと脱ぐと、脱衣かごに放り込んだ。


「貴様は相変わらずこういう時はテンションが高いのだな」


「そうですか? 平常運転ですよ?」


 セラフィーネがため息を漏らすのに、フォーラントはそう告げて返した。


「まあ、温泉を前にしたら誰でもテンションが上がるものさ。ボクも急ごうっと」


 ローラも浴衣を脱ぐと、タオルを巻いて温泉に向かっていった。


「気楽な連中だ」


 セラフィーネはため息をつくと、フォーラントたちの後に続いた。


「ううん。この硫黄の臭いが温泉を感じさせますねえ」


 体を洗って内湯につかるフォーラントがそんな感想を述べる。


「貴様らは我々より先に来て既に温泉に入っていたのだろう?」


「温泉とは何度入ってもいいものなのですよ」


 セラフィーネも湯に入るのにフォーラントがそう告げる。


「確かにリラックスはできそうだ」


「セラフィーネ。あなたも疲れが貯まっているのでは? 北部都市同盟関係でいろいろとあったでしょう?」


「いろいろとあったな」


 セラフィーネはあれから大規模な上陸作戦を2度実行している。


 それに加えて偵察機の運用による情報収集。セラフィーネの仕事は多かった。


「ボクはこのギムレーを奪還したからしばらくは働かない。温泉漬けになる」


 などとのたまうのはローラである。彼女は疲労困憊になるほど仕事はしていない。


「それはそうとあのエルフのガキはなんだ?」


「ボクの非常食だよ」


「つまり貴様の愛玩動物か。相変わらずだな」


 ローラが告げるのに、セラフィーネが肩を竦める。


「今回は番で飼っていないようだが、理由があるのか?」


「まだいいパートナーが見つからないんだ。それに非常食だからね」


 ローラは眷属(ペット)を番で飼いたがる。ローラ自身は無性であり、背徳的な夜を過ごすのには番の方が都合がいいのだ。


 このままローラの眷属(ペット)になるならば、クリスにも番になる存在があてがわれるだろう。それかこのまま非常食として一生を終えるのか。


「さて、そろそろ上がりますか。夕食の時間です。話し合いを始めましょう」


「そうだな。そのために来たのだ」


「面倒くさいなー」


 フォーラントの言葉で3人は温泉から上がると客室に戻った。


 ここからが本当の温泉会議だ。


……………………


……………………


 温泉会議。


 3人の勇者が現状を報告し合う会議だ。


 世界がどの程度救われていて、どの程度救われていないのか。


 魔王軍がどれだけの打撃を受けていて、どれくらい戦えるのか。


 世界最強の勇者の座を巡って争っている3人が一時休戦して、自分たちの側の情報を整理するための会議であった。


 いくら世界最強の座を巡って争っているとしても、魔王軍という軍隊を相手にしているのだから、情報の共有はある程度必要である。連携が取れていないところを分断されたりなどすれば、あまり笑えないことになるだろう。


 そういう必要性から一時的にアベル、セラフィーネ、ローラの3人は休戦し、情報共有を行うことになった。


「まずは俺からだな」


 夕食の席でいつの間にか浴衣姿になったアベルが告げる。


「俺のところはノルニルスタン王国という国家とヴェルンドリア王国という国家を支えている。ヴェルンドリア王国は全土が既に解放されていて、魔剣を製造している。俺たちはその魔剣を使って、ノルニルスタン王国の解放を目指しているところだ」


「具体的にはどれほど解放できたのだ?」


「最初か500名程度だった臣民が今は3万人いる。国土の4割は奪還した。こっちの戦力には魔剣を持った兵士に加えて、人狼の兵士がいる。魔族はもう敵じゃねえ」


 セラフィーネが尋ねるのにアベルがそう告げて返す。


「人狼? この世界で群れ(クラン)を作ったのか?」


「他に方法がなかったからな。まあ、ちゃんとコントロールしてるぜ」


「面白い。場合によっては戦後、魔族より恐ろしいものがこの世界を襲うことになるな。この世界でも人狼の群れ(クラン)を作るとは」


 アベルの言葉にセラフィーネがにやりと笑った。


「まあ、そんなわけでこっちは快調に進んでいる。特に問題らしき問題は……食い物ぐらいだな。なあ、食料の余っているところはないか?」


 アベルたちはノルニルスタン王国の国土の4割を奪還し、その中には畑などの耕作地も含まれていたが、今から作物を育てていてもすぐには収穫できない。収穫に至るまでの間、人口3万人に膨れ上がったノルニルスタン王国の住民を食べさせていかなければ。


「ボクのところ、今食料余っているよ。分けたげよっか?」


 今、ローラのいるフリッグニア王国では“溶解のブロック”の残骸に実った作物が収穫されている。“溶解のブロック”はかなりの養分をため込んでいたらしく、土地は肥沃そのものになり、義賢によれば後10回は耕作地として利用できるとのことだった。


 そんな肥沃な大地で収穫された食物だったが、あまりに膨大な量で、王都スヴァリンでは消費しきれないとのことだった。そこでその食料をどこかに援助して、恩を売っておこうという提案が宮廷で話されていた。


「いいのか! 助かる。オーディヌス王国からも支援は受けているんだが、向こうもそろそろ限界だと言って来ていてな」


「その代り、取引だよ。魔剣を輸出してね。ボクたちもそれなりに武装しなきゃいけないからさ。魔剣と食料のバーター取引。どう?」


「異論なしだ。魔剣は山ほどある。輸出しても大丈夫だ」


 こうして新しい協定が結ばれた。


「さて、次は私か。私の方は北部都市同盟を支援している。海賊だの、交易船だの、海洋貿易で生きている国だったが、制海権を魔族に奪われていて、碌に動けていなかった。今は私が制海権を奪還し、沿岸都市を解放し、魔王軍の兵站線も遮断しているところだ」


 セラフィーネは北部都市同盟の盟主として、北部都市同盟を率いて戦っていた。


 率いてと言っても、セラフィーネの主力はゴーレムだ。


 幻術による同士討ちを避けるためゴーレムか、民兵かの二択が選択されており、解放された都市のうちふたつは民兵が、ふたつはゴーレムが守備している。


 ゴーレムの守備している地域には友軍も民間人もいない。ゴーレムが幻術で暴走した場合に備えているのである。ゴーレム同士で同士討ちをしてもまず損害は発生しないが、ここに民間人や民兵がいた場合は地獄のような事態になる。


「現状、解放した都市は4つ。解放された市民は1万人というところだ。このまま沿岸部を完全に押さえて、魔王軍の海上輸送網を遮断する。これによって魔王軍は北部における作戦活動に大きな支障が生じることだろう」


 小さく笑いながら、セラフィーネがそう宣言する。


「やることがあくどいな」


「流石魔女」


 アベルとローラの反応はこんな感じであった。


「戦いにあくどいも何もない。NBC魔術を使っていないだけ、まだ自制している方だ。私が本気になったら、この世界を核の炎で覆えるのだからな」


 セラフィーネの魔術には核兵器に匹敵する威力のそれがある。威力は10キロトンクラスから50メガトンクラスまで調整可能だ。


 そんなセラフィーネが本気になってそんな魔術を使えば、魔王軍は壊滅するだろうが、後に残るのは草木も茂らぬ不毛の大地となる。そのため安易には使用できない。


「俺たちは勇者なんだからそういうのはなしだ。それで、セラフィーネのところは何か困っていることはないのか?」


「私のところは自給自足体制が整いつつある。野菜不足が深刻だが、食料は海で採取できるようになったからな。毎日、毎日、魚というのもうんざりさせられるが」


 セラフィーネはそう告げて夕食のステーキをナイフで解体する。


「やはり肉がいいものだ。魚ばかりの生活にはうんざりしていた」


「野菜不足はどうするの?」


 セラフィーネが告げるのにローラがそう尋ねた。


「家庭菜園を始めているし、幸いにして魔王軍の北部の部隊が大損害を出したために、城壁の外でも農作業ができるようになった。今は難民どもをこき使って、食料生産を行わせているところだ。早いものは今年の秋から収穫できるだろう」


 セラフィーネの率いる北部都市同盟は人口が急激に膨れ上がったわけでもなく、またこれまで保持していた都市で家庭菜園ができたことから、アベルの率いるノルニルスタン王国のような深刻な食糧危機は避けられていた。


「なら、問題なしだな」


「ああ。しかし、生憎だが私は貴様らを支援することはできんぞ。こっちの使用している武器が特殊なことは貴様らも理解できているだろう?」


 アベルが告げるのにセラフィーネがそう付け加えた。


「分かってる。この世界の住民に銃火器はまだ早い。事故が起きたりしたら大変だ。慣れない武器で戦うよりも、戦い慣れた武器で戦う方がいいだろう」


「ボクもそう思うよ。この世界にはFPSもないしさ」


 ゲームがないのはあまり関係がない。


「さて、最後はボクだね」


 そして、最後にローラの番が回って来た。


「ボクはフリッグニア王国を支援している。一応副王閣下。それで王都スヴァリンに攻め込んできたスライムの大きな奴と30万近い軍隊をやっつけて縦横無尽に大活躍。それからそのありあまる闘志を分けるべく、吸血鬼騎士団を結成。この軍事的要衝であるギムレーの街を解放したってわけさ」


「話が脚色されている……」


 ローラがそう告げるのにクリスが何とも言えない表情を浮かべた。


「やっぱりこのギムレーの街も魔王軍十三将軍が守っていたのか?」


「まあね。ボクにかかれば余裕で撃退できる相手だったけれど」


「となると、魔王軍十三将軍は後何体だ?」


 ローラの言葉にアベルが頭を傾げる。


「俺がサルと骸骨とサンショウウオの3体をやっつけた」


「私がイカとウミヘビとセイレーンの3体を撃破した」


「ボクがスライムとドラゴンを倒した」


 それぞれが撃破した魔王軍十三将軍の数を述べる。


「8体撃破か。残り5体だな」


「しかし、ローラは2体だけか?」


 アベルが告げるのにセラフィーネが挑発するようにそう尋ねた。


「ボクのは質が高かったんだよ。スライムは超弩級だったし、ここにいたのはドラゴンだよ? アベルなんてサルと骸骨とサンショウウオじゃん」


「確かに俺のは雑魚ばっかりだったな」


 ローラが告げるのに、アベルがコクコクと頷いた。


「というわけで、勝負はイーブンです。決まり」


「フン。私のも雑魚ばかりだったから何も言うまい」


 意地っ張りな連中である。


「ところで聞いておかねばならんことがある」


 セラフィーネがそう告げる。


「魔王の正体を知っているな、フォーラント」


「どうしてそう思います?」


 セラフィーネの言葉にフォーラントが首を傾げる。


「貴様がこうも勇者だのなんだのに夢中になるのには理由があるはずだ。魔王は貴様の敵か? 貴様の敵を我々に倒させようとしているのか?」


 セラフィーネがフォーラントを詰問する。


「まあ、敵ではないですね。遊び仲間です。皆さんも聞いたことのある名前ですよ」


「誰だ?」


「まだ内緒です」


 セラフィーネが問い詰めるのにフォーラントがそう返した。


「貴様──」


「副王閣下! 副王閣下!」


 セラフィーネとフォーラントがそんなやり取りをしていたとき、部屋に吸血鬼騎士団の騎士が駆けこんできた。なにやらかなり焦っている様子である。


「どうしたの?」


「魔王軍の攻撃です! このギムレーの哨戒線が突破されました!」


 ローラが尋ねるのに、吸血鬼騎士団の騎士はそう報告した。


「アベル、セラフィーネ。あなたたちの国も攻撃を受けているはずですよ。応戦しに向かうといいでしょう。アベルは私が送ります」


「貴様、こうなることを知っていたのか?」


 フォーラントの言葉にアベルが険しい表情を浮かべる。


「ある程度察知はしていたとだけ。でも、私だって皆さんと温泉旅行を楽しみたかったですからね。そんなに怒らないでくださいよ」


「全く。貴様という奴は。なら、行くぞ」


 アベルが立ち上がり、フォーラントにそう告げる。


「浴衣からは着替えた方がいいと思いますよ?」


「それもそうだな」


 アベルは着替えに部屋に戻った。


「ど、どうするんですか、ローラさん!」


「落ち着いて。魔王軍なんてやっつければいいだけの話だから」


 ローラはそう告げると立ち上がって部屋に向かう。


「いずれ話して貰うぞ。魔王のことについて」


「ええ、ええ。その時が来たらお話ししましょう」


 セラフィーネはそう告げるとその場で空間転移魔術を行使して消えた。


「さて、我々のゲームの相手は今度はどんな手を打ってくるのでしょうか?」


 フォーラントはそう告げてにやりと笑ったのだった。


……………………

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