狂戦士王女
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──狂戦士王女
フランツたちのいたスノッリ難民キャンプから北に30キロの地点。
そこで魔族と戦っている女性がいた。
女性と呼ぶにはまだ若い。15、16歳ほどの少女だ。
身の丈ほどはある鉄塊のような長剣を振り回して、魔族を叩き伏せ、切り伏せ、薙ぎ払っている。だが、彼女自身も無傷というわけではなく、背中には矢が突き刺さり、彼女のために仕立てられただろうフルプレートアーマーはへこみ、血が漏れ出している。
「はあああっ!」
それでも彼女は戦っている。
彼女に加勢するものはいない。周りを取り囲むのは醜悪な魔族だけで、そのものたちが槍と剣、そして弓を構えて少女を取り囲んでいた。
魔族側もかなりの損害を出したらしく、周囲には屍の山が積み重なっている。頭を叩き割られた死体。胴体を一刀両断された死体。どうやったのかミンチになった死体。
「槍兵、前に出ろ! 囲んで叩け!」
魔族の指揮官の指示で槍を持った兵士たちが前に出て、四方八方から少女に槍を向ける。少女は息を切らせながら、それに応じようとしていた。その表情は鉄兜の上からは窺いにくいが、渋い表情をしているようであった。
「槍兵! 突き出せ!」
そして、魔族たちが一斉に槍を突き出す。
だが、それは少女に達さなかった。
少女は高く飛び上がり、ひらりと槍の刃から身を躱すと、ぐるりと空中で回転し、その鉄塊のような長剣を槍を構えていた魔族の頭に叩き下ろす、魔族の頭はトマトが弾けたかのように呆気なく飛び散り、周囲の魔族が悲鳴を上げる。
「ひ、怯むな! 相手は人間ひとりだぞ!」
再び槍を繰り出そうにも少女は隊列の中に突入している。そこで鉄塊を振り回し、魔族たちは次から次に薙ぎ払われていた。
「弓兵、弓兵! 射ろ!」
「ですが、あそこには味方が……」
「構わん。やれっ!」
魔族の指揮官は友軍ごと弓で攻撃する手に打って出た。
魔族が弓を構え、矢を放つ。矢が友軍の頭上から降りかかり、何人もの友軍が倒れていく。だが、この攻撃は全くの無駄ではなかった。
「くうっ……」
矢の2本が少女の肩と腕に突き刺さり、彼女から鉄塊を振り回すだけの力を奪い取った。これで彼女からは攻撃力が失われたことになる。
「へっへっへ。これまでよくも仲間たちを殺しまわってくれたな。貴様は魔族を増やすための胎にしてやる。仲間が殺された数だけ、新しい魔族を生み出すんだな」
魔族たちは少女が戦闘力を失ったのを見ると下種な笑みを浮かべてそう告げる。
だが、不用意に彼女に近寄ろうとした魔族は彼女が片腕で放った攻撃を受けて、ミンチになった。彼女は自分が今も戦える存在であることを示した。
「魔族ども! この誇り高きノルニルスタン王国の王女ハイデマリーを討ち取りたければ覚悟して挑むがいい! 私を討ち取るためにはそれなり以上の対価を支払ってもらうことになるぞ。それでよければ挑んでくるがいい!」
少女はハイデマリーと名乗った。
「ちっ、面倒な。生け捕りは止めだ。弓兵、射殺せ」
「了解」
魔族の弓兵たちがハイデマリーを狙う。
ハイデマリーは最後の瞬間まで戦おうと武器を強く握りしめた。
その時である。悲鳴が響いたのだ。
「何事だ?」
「ば、化け物です! 化け物がこちらに向かってきます!」
「化け物なら今目の前にいるだろうが」
魔族の指揮官がそう告げたときだった。
魔族4体あまりが一塊になって飛翔してきて、地面に叩きつけられた。内臓は全て潰れており、口からは大量の血液を吐き出している。明らかに死んでいる。
「な、何ものだ!」
そこでようやく魔族の指揮官は脅威に気が付いた。
「ああん? 弱い者苛めして楽しんでる連中に名乗る名なんてねーよ」
現れたのはアベルである。
彼が血に塗れた拳を鳴らしながら、魔族たちの前に姿を現した。
「寄ってたかって、ひとりの女を痛めつけるとか貴様ら、最低だな。そういうことしてるからには、ちゃんと覚悟はできているんだろうな?」
アベルはそう言いながら魔族の隊列に近づいていく。
誰もが理解していたはずだった。こいつと戦うのは不味いと。
「ひゃっはー! 馬鹿が調子に乗ってきたぜー! 貴様も糞袋にしてやるよ!」
一部の実力差の読めない魔族たち30体余りがアベルに向けて突撃していった。
「ま、待て、お前ら! そいつと戦うの不味──」
「邪魔くせえ! 死にたい奴からかかってこい!」
魔族の指揮官が叫ぶのに、アベルがそう咆哮した。
「死ぬのはてめえだよ、間抜け!」
「ひゃっはー!」
魔族たちは槍でアベルを取り囲み、剣先を突き出す。
「そらっ! 死ねっ!」
魔族たちが一斉にアベルに襲い掛かる──!
何十もの槍と剣が一斉に突き出されて、アベルを見ていた少女──ハイデマリーは彼の死を覚悟した──!
「温いんだよ、クソ馬鹿野郎どもがっ!」
だが、次の瞬間、起きたことはアベルを取り囲んでいた全ての魔族が吹き飛ばされ、体に明らかな欠損を刻みながら、四方八方へと飛び散る光景であった。魔族たちは目、口、耳、鼻から血液を滝のように吹き出し、周囲に飛び散ってそのまま息絶えた。
「化け物とはこいつのことか……!」
魔族の指揮官は狼狽えながらも陣形を整えなおさせさせる。
魔族の全ての武器はアベルに向けられていた。倒れているハイデマリーではなく。
その数300あまり。
これまでハイデマリーがひとりで戦っていた数の魔族だ。辛うじてハイデマリーはその攻撃を退けていたが、最後には倒れた。果たしてアベルにはこの何百もの魔族の猛攻を退けることができるのであろうか?
「弱い者苛めは好きじゃねーんだけど。最初に手を出したのは貴様らだからな。その点をよく認識しておけ。これから先、弱い者苛めに手を出すとどういう目に遭うのか、しっかりとその臓腑に焼き付けておけよ!」
アベルは突撃した何百という槍、剣、弓矢に向けて。
「放てっ!」
魔族の指揮官の号令で矢が放たれる。アベルひとりに向けて百数十もの矢が放たれる。それらはアベルの命を屠るはずであった。
「ダセえ、ダセえ、ダセえ! 超絶にクソダセえ! 武器を使ってその有様かよ! やる気あるってのか、貴様ら!」
アベルの皮膚と筋肉に矢は傷のひとつもつけられなかった。
「これは掘っ立て小屋の村で襲われていた連中の分!」
アベルが拳を振るう。
槍と剣を構えていた60名ほどの魔族が一斉に薙ぎ払われる。何がどうなっているのか分からない。もし、ここに高性能のビデオカメラがあれば拳はひとりの魔族を捕らえて打撃を叩き込み、それに巻き添えを食らって、他の数十の魔族が吹き飛ばされるのが極めてスローモーション再生した映像では確認できただろう。
その拳の勢いたるや、新幹線E5系が最大速度を出しているときのそれに匹敵し、拳が直撃した魔族はもちろん巻き込まれた魔族も一気に死に向けて追いやられた。
「ひいぃっ! 化け物だ! 化け物だ!」
「怯むな! 数はこちらが圧倒的に上だ! 数で押し潰せ!」
恐慌状態に陥る魔族たちを指揮官が必死に統率しようとする。
各部隊の指揮官たちも脱走しようとする兵士を切り捨て、前線に向かわせる。その下士官たちも恐怖を抱いていたが、軍がここで壊走するより酷いことはないと思っていた。
「これは貴様らの仲間が街で暴れた分!」
今度は100名ほどの魔族がアベルの拳に叩きのめされる。
先ほどものと同じかそれ以上の衝撃を前に魔族たちが打ちのめされる。顎がもげ、頭が潰れ、内臓が破裂し、手足が千切れる。地獄絵図とはまさにこのこと。
「これはそこで苛められた女の分!」
アベルの打撃でまた100名ほどの魔族が消し飛ぶ。生き残りなど期待しようもない。
「ま、待て。話し合おう。我々は降伏するので、ここはひとつ──」
「そしてー!」
魔族の指揮官が告げるのにアベルが前に出る。
「これは貴様らみたいなくだらない連中の相手をさせられた俺の分!」
だが、結局はアベルに問答無用で叩き潰された。
生き残り全員にアベルの拳が叩き込まれ、全員が致命的なダメージを負うと時間差はあれど全員があの世へ召されることなったのだった。
「雑魚い。雑魚すぎる。で、貴様がハイデマリー王女とやらか?」
「いかにも。助太刀に感謝する、見知らぬ方よ。危ういところであった」
アベルが尋ね乍ら手を差し出すのに、ハイデマリー──ノルニルスタン王国王女であるハイデマリー王女がその手を借りて立ち上がった。
「ボロボロだな。傷口の手当てをしないと死ぬぞ」
「その心配はない」
ハイデマリー王女はそう告げると、自分に刺さっていた矢を無造作に引き抜いた。
一時的に大量の血が噴き出るが、それがすぐに止まり、ハイデマリー王女の創傷はビデオを逆再生するかのように元通りになった。
ハイデマリー王女はその調子で自分に刺さっていた矢を全て引き抜く。矢の返しが身を抉ろうと、お構いなしに引き抜き、そして傷口が癒えるのを確認すらしなかった。
「すげえな。どういう手品だ」
「いろいろと事情がある。命の恩人であるあなたに話したいのは山々だが、今はしなければならないことがる。それが済んでからゆっくりと話すということでいいだろうか?」
「同胞の救出って奴だろう? いいぜ。俺も付き合ってやる」
ハイデマリー王女が告げるのにアベルがそう返す。
「しかし、あなたに我々が与えられるものなど何もないのないのだぞ。栄誉も、勲章も、報酬も、爵位も何もない。それでも構わないというのか?」
「俺は弱い者苛めをする奴が嫌いだ。だから、弱い連中と強い連中が争っていたら、弱い連中の味方をする。それだけだ。そこに何かを求めたりはしない。それが俺の生き方というものだ。文句あるのか?」
ハイデマリー王女が困惑して尋ねるのにアベルが堂々とそう返した。
「あなたは……。まるで吟遊詩人が謳う英雄のような方だな。その生き方を否定はしないとも。むしろ私はそのような生き方に憧れている。あなたのような方からの助力がいただけるならばそれ以上のことはない。是非とも助けてもらいたい」
そう告げてハイデマリー王女は深々と頭を下げた。
「だから、そういうのやめろって。俺は俺の生き方のために戦うんだ。弱っちい連中は助ける。それが俺の生き方だ。行こうぜ、同胞が待ってるんだろう」
「ああ。行こう。その前にあなたの名前を聞いてもよいだろうか?」
「俺はアベル・アルリム。世界最強の勇者だ」
「勇者……。それは世界を救うというあの勇者……?」
「なあ、勇者って他に何かすることあるのか?」
ハイデマリー王女の言葉にアベルがうんざりした表情を浮かべる。
「いいや。勇者は世界を救ってくださる存在だ。では、参ろう、アベル殿!」
アベルが告げるのに、ハイデマリー王女は笑顔でアベルの前に立って先導した。
「ほうほう。なかなか面白い生き物がいるじゃないですか」
一方フォーラントはアベルとハイデマリー王女の様子を上空から見守っていた。
「天然の“悪魔食い”。まさかそんなものにお目にかかるとは。この世界もなかなか楽しいではないですか」
フォーラントの真っ赤な瞳がハイデマリー王女を見る。
「もっと多くの悪魔を食らえば、より強い力が手に入りますが、はてさて」
フォーラントはそう告げると再び空間の隙間の中に姿を消した。
「フォーラントの奴、何見てるんだ?」
「どうかされたのか、アベル殿?」
「いや。知り合いがこっちの方眺めてたから。それだけだ」
アベルはそう告げると肩をすくめて、山道を進んでいった。
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