温泉会議
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──温泉会議
魔王軍の再編成が進む中、アベルたちは行動していた。
アベルはヴェルンドリアから仕入れた魔剣で武装を進めており、ノルニルスタン王国の各地に囚われた捕虜たちを解放し、着々とノルニルスタン王国の再興に向けて進みつつある。今はまだ王都を奪還できていないがそれも時間の問題だ。
セラフィーネはさらに沿岸部の都市を解放し、魔王軍北部方面軍の兵站線に打撃を与えていた。魔王軍は完全に制海権を失い、各都市で解放された人間たちが自分たちの街の再建のために汗を流している。
ローラはギムレーから動いていない。というのも、彼女にはやることがあったのだ。
「よう。ローラ。貴様もちゃんと勇者をやってるんだな」
「そうだよ、アベル。ボクだってちゃんと勇者をしているんだからね」
ギムレーの広場に空間転移魔術の魔法陣が浮かび上がり、そこからアベルが姿を見せる。フォーラントも一緒だ。
「温泉街を取り戻すとは貴様らしいな」
「君だって魔導書のある都市を狙って攻撃したんでしょう、セラフィーネ」
そして、もうひとつ浮かび上がった魔法陣にはセラフィーネが立っていた。
「さて、では今日は存分にくつろいでいって。それから会議だ」
「よっしゃ! 俺も温泉は好きなんだよな!」
ローラが告げるのに、アベルがガッツポーズを決めた。
今回、やるべきことというのは会議だった。
3人の勇者による会議。自分たちがどれほど戦果を挙げていて、どれほど人類が解放されたのかを知るための会議だ。
その前に慰労を兼ねた温泉ツアーがある。ローラは副王権限で王都スヴァリンから料理人を呼び寄せ、ホテルスタッフを呼び寄せ、この温泉街のホテルや旅館を再稼働させている。温泉もおもてなしもばっちりの状態だ。
「じゃあ、行こうか。温泉がボクたちを待っている」
「暢気なものだ」
ローラが告げるのにセラフィ―ネたちが続く。
「ところでアベル。彼女ができたってフォーラントから聞いたけど」
「彼女だ? できてねーよ。いい加減なこというな、あいつも」
アベルはハイデマリー王女との間には何もないと考えているぞ。
「ふうん。珍しく君が色気だったのかって思ったんだけどな」
「俺は女よりも戦いを欲するぜ。これからもバリバリ戦っていかねーとな。まだまだ魔王軍とかいう弱い者苛め集団に占拠されている地域もあることだし」
「君は相変わらずだね」
アベルの様子を見て、ローラがつまらなそうにそう告げる。
「ところでローラ。その脇のガキは貴様の眷属か?」
そう告げてアベルが視線をクリスに向ける。
「まだ眷属じゃないよ。この子はまだ非常食」
「まだ!? まだってことは将来的に眷属にされる可能性もあるんですか!?」
ローラの言葉にクリスが取り乱す。
「そうだけど。だから、それまではちゃんと清い身でいてね。じゃないと屍食鬼になっちゃうぞ?」
「ひ、酷い……」
あまりの扱いにクリスは泣いた。泣いてどうにかなる問題ではなかったとしても。
「ほら。ここが本日の宿“紅葉亭”だよ。のんびりしていってね」
ローラたちの目の前には素朴な作りの宿があった。
「みすぼらしいな」
「そういうこと言わない。情緒があっていいものでしょう」
開口一番セラフィーネが文句を言うのを、ローラがたしなめる。
「温泉はとっても立派なものだから期待しておくといいよ。料理も美味しいしね」
ローラたちはそう告げ合って、宿に上がる。
「いらっしませ、勇者様方。本日はこの“紅葉亭”にお出迎えできて光栄です」
さっそく玄関ではこの宿を再建した従業員たちが出迎えた。
「ボクとセラフィーネは一緒の部屋で、アベルと非常食君は一緒の部屋ね」
「フォーラントはどうした?」
「彼女は後で来るってさ」
フォーラントも一応勇者としてカウントされている。
「おっしゃ。風呂だ、風呂。一緒に入るぞ。非常食」
「クリスです……」
自分の名前が非常食で定着しつつあることに、クリスは溜息をついた。
「ボクたちはもうちょっとのんびりしてから入ろうか?」
「そうするべきだろうな」
ローラたちは自分たちの部屋に向かう。
アベルとクリスは荷物を部屋に置くと、温泉へと向かった。
「おお。広い温泉だな。プール並みだ」
アベルは目の前に広がる広い湯船に感嘆の息をついた。
「アベルさん。凄い体してますね……」
全身筋肉ゴツゴツで、皮膚は傷だらけのアベルを見てクリスがそう告げる。
「ひとえに日ごろの鍛錬と毎日の牛乳のおかげだ。貴様には鍛錬と牛乳が足りていないように見えるな。もっと鍛えた方がいいぞ。牛乳も飲め。そうすればもっと立派な肉体をもてるぞ。そして立派な肉体というのは自分を裏切らないものだ!」
そう告げてアベルはクリスの背中をパンパンと叩く。
「僕でもアベルさんみたいになれます?」
「もちろんだ。どんな人間でも意志さえあるならば、俺みたいになれる。意志が重要だぞ。鋼の意志で日ごろから鍛え続けなければならん。それから食事も重要だぞ。筋肉を構築するたんぱく質を日ごろから摂取し、牛乳を飲まないとな」
「難しそうですね……」
今のローラに付き合わされて、徹夜ゲームを強いられている現状では、体を鍛えるどころではなさそうだ。
もっと立派な肉体になればローラを見返せるのだがとクリスは落胆した。
「アベルさんはあのふたりとはどのようなご関係なんですか?」
「ん。世界最強の座を巡って争っている関係だな」
「せ、世界最強……」
思わぬ単語にクリスが戦慄した。
「本当は殺し合いで決めるつもりだったんだけど、どういうわけだが勇者を誰が一番立派にやれるかになったんだよな。いつの間に変わっちまったんだったっけ?」
「こ、殺し合い……」
クリスは戦慄している。
「まあ、そういう関係だ。貴様もローラの関係者っぽいし、頑張れよ」
「殺し合いは普通に嫌ですよ!?」
「だから、勇者で決めるっていったろ?」
クリスが叫ぶのにアベルが突っ込んだ。
「誰が一番立派な勇者をやれるか。これってどう思う?」
「どう思うと言われてましても……。僕はフリッグニア王国が魔王軍の手から逃れられたらいいなとしか思いません。もちろん、勇者というからには、他の国も助けなければならないのでしょうけれど」
「そうだな。俺はノルニルスタン王国とヴェルンドリア王国の再建を手伝っている。魔王軍十三将軍とかいう連中を叩きのめして、ガンガン攻めていかないとな。魔王を倒すのも勇者の仕事だろうけれど、まずは魔王軍に苦しめられている連中を救うべきだ」
真っ先に魔王を倒しに東に向かった男の言葉である。
「アベルさんは立派ですね! ローラさんなんて副王の地位を得たのに、毎日毎日ゲーム三昧なんですよ! ローラさんもアベルさんみたいにやる気があればいいのに!」
「まあ、ローラはそういう奴だからな」
アベルもローラの性格は理解している。
彼女が怠け者であるということは知っていたし、むしろ副王なんて面倒くさそうなものよく引き受けたなと思っているぐらいだった。
「でも、王都スヴァリンに攻め込んだ35万の軍勢や魔王軍十三将軍を蹴散らしたり、このギムレーの街を開放したり、あいつもそれなりに仕事してるみたいじゃないか」
「うーん。そういわれればそんな感じもしますけど、熱意がないというか……」
確かにローラには勇者をまともにやってやろうなんていう熱意は欠片もないぞ。
「まあ、あれはそういう奴だ。大目に見てやれ。貴様が餌になって走らせるという手もあるが、捕まったら間違いなく食われる」
「く、食われる……」
ローラはああ見えて肉食系女子である。
いろんな意味で。
「そ、それはなしの方向で行きましょう。他にローラさんにやる気を持ってもらう方法って何かありますか?」
「ううむ。ないな。あいつは気まぐれだ」
アベルはそう告げて湯船でゆっくりと手足を伸ばした。
「そうですか……。ローラさんもやる気をだしてくれるといいのですが」
「あいつ、負けず嫌いだから俺たちが戦果を挙げていけば追いつこうとするはずだぞ。そうすれば、奴もやる気がでるんじゃないか」
「あるじゃないですか、ローラさんをやる気にさせる方法!」
アベルが告げるのにクリスが叫んだ。
「これからバリバリ戦果を挙げてください、アベルさん! そのことでローラさんを煽りますから! そうすればローラさんもやる気になるはずです!」
「うむ。任せとけ! 明日にはノルニルスタン王国全土を解放する勢いでいくぜ!」
「やったー!」
アベルがグッとサムズアップするのに、クリスが歓声を上げた。
「さて、ここは露天風呂もあるみたいだし、行ってみるか」
「ふふふ。これでローラさんがやる気を出してくれる……!」
アベルが出ていくのに、クリスが笑みを浮かべてついていったのだった。
その頃、女子たちはと言えば──。
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