結成、吸血鬼騎士団
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──結成、吸血鬼騎士団
「ローラ、ローラ。起きて下さい。もう夜ですよ」
「ん。フォーラント?」
ローラが徹夜でゲームをしてげっそりとしているクリスを抱き枕にしているとき、フォーラントがいつの間にかローラの部屋にいた。
「あなたは相変わらずのニート生活を満喫していますね」
「それがボクの生きざまだからね」
「格好よくいってもごまかされませんよ」
ローラがさらりと告げるのにフォーラントが突っ込んだ。
「で、何の用なのさ。ボクは日々の勇者としての仕事を果たすので精一杯なんだよ?」
「ゲームしかしてないじゃないですか」
ローラがやれやれという感じで言うのに、フォーラントがまた突っ込んだ。
「今はそう見えるかもしれないけれど、実際にボクはこの国を救ってるんだよ。勇者であるボクが安穏として過ごすことによって、人々は安らぎを得ているんだ。まだ慌てる時間じゃない。明日から頑張っても大丈夫ってね」
「ダメ人間の思考ですねえ」
明日から頑張るという人間は大抵は明日も頑張らないものである、
「それで君は何かボクに言い来たのかな? お節介はごめんだよ」
「お節介なんてとんでもない。皆さんの近状を知らせに来ただけですよ」
ローラがうんざりした視線でフォーラントを見るのにフォーラントがそう告げる。
「アベルはですね。新たにヴェルンドリア王国という国家を解放しましたよ。そこから得られる防具や武器でさらに強大な陣営になることでしょう。アベルは世界最強の勇者に向けてまた一歩、コマを進めましたね」
「ふーん」
このローラ、興味なさそうに聞いているが内心ではライバルの動向を聞き漏らすまいと耳を澄ませているぞ。
「次にセラフィーネは新たに魔王軍十三将軍のうち2名を打ち取り、さらには都市をひとつ解放し、20万の魔族を葬り去りましたよ。それからなにやら新しい力も手に入れたようですね。これはもう強大化に拍車がかかって止まらないかも」
「ふーん」
このローラ、興味なさそうに聞いているが内心ではライバルたちが順調に勢いを伸ばしているのに危機感を抱いているぞ。
「そろそろあなたも動き出した方がいいのでは? そうでないと世界最強の勇者の座はアベルかセラフィーネのものになってしまいますよ?」
「しかたないなあ」
フォーラントが告げるのにローラが立ち上がる。
「明日から頑張るよ。本当に明日からね。今日は人を集めようにももうみんな寝ちゃってるだろうし。仕事は明日の昼から」
「朝寝坊しないように私も見守っておくのでご心配なく」
というわけで、3人の勇者のうち、最後のひとりであるローラも動き始めた。
彼女は何をするつもりだろうか?
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朝──と思いきや昼。
流石のローラも朝には起きられなかった。あれからなんやかんやあって、クリスとゲームしたり、クリスを抱き枕にしていたら昼になっていた。安心安定のフォーラント目覚ましはさして役に立たなかったのだった。
「みんな集まったね?」
ローラが立つのは閲兵場の台の上。
目の前には近衛騎士団から選りすぐられた精鋭が集められている。
条件は3つ。
ひとつ、このフリッグニア王国に絶対的な忠誠を誓っていること。国王とそこから発展する臣民たちのひとりひとりにまで、絶対的な忠誠を誓っていること。
ひとつ、命令に従順であること。ただの忠誠だけではなく、上から命じられれば、三食断食できるような人材が集めれている。
ひとつ、童貞または処女であること。これは絶対条件とされたが、この時点で脱落する騎士も少なくなかった。騎士団の中には童貞であるのに童貞ではないと言い切って逃げた騎士もいるほどだ。
ちなみにクリスは全ての条件に当てはまったが、無関係とされた。
「これから君たちの忠誠心をテストします。忠誠心のない人はこれからの儀式に加われません。別に不名誉なことでもないから張り切らなくてもいいよ」
そうは言われても、将軍から『近衛騎士団より選りすぐりの兵を集めよ!』と命令された手前、そう簡単に引き下がるわけにもいかないのである。
何があろうと自分たちは耐え抜く……! たとえ童貞のレッテルを張られていても!
「じゃあ、舐めて」
閲兵場の台の上に腰かけて、ローラがヒールに包まれた足を差し出す。
「舐め、舐める?」
「そう、舐める。それで忠誠を試す」
ローラは何事もなくそう言い切った。
「我らに靴を舐めろと……?」
屈辱的な要求に近衛兵が震える。
いや、彼らは屈辱に震えているわけではない。ドM的な何かに震えているのだ。
選びに選び抜かれた童貞と処女──ではなく、精鋭なだけあって、その性癖も些か特殊なようである。ローラのほっそりとした足を見つめる彼らの目は変態染みていた。
「どうするの? 舐めないの? なら、この話はなかったことになるよ」
「舐めます! 舐めさせていただきます!」
これが天下の近衛騎士団かというほどにローラの足に騎士たちが群がった。
「うわあ……」
その光景を見ていたクリスはこういう大人にはなりたくないなと思ったのだった。
「ありがとう。君たちの忠誠心はよく分かったよ」
ローラはそう告げて嘗め回された靴をポイっと捨てて別の靴に履きなおすと、改めて近衛騎士団の忠誠心ある面々を見つめた。
「これから君たちを吸血鬼にする。嫌ならここで帰っていいよ」
ローラが何気なしに告げた言葉に近衛騎士団の面々がざわめいた。
「つまり、それはローラ殿と同じ力が得られるという……?」
「自惚れないで。ボクは世界で唯一の真祖吸血鬼だよ。それと対等になれるだなんて妄想は描かないことだね。でも、ボクに準じた力を手にすることはできるよ」
近衛騎士団の騎士がおずおずと尋ねるのに、ローラがぴしゃりとそう告げた。
「おお。それでも強力な力です。それがいただけるとはありがたい」
「まあ、ボクに感謝することだね。さて、では早速始めていくとしようか」
そう告げてローラは台から飛び降りる。
「その前に言っておくけど、吸血鬼になるのはそれなりのデメリットもあるからね」
「と、いいますと?」
「まず血液が吸いたくなる衝動に駆られる。ボクみたいな長年吸血鬼をやっている人は大丈夫だけれど、吸血鬼になりたての人には辛いだろうね。最初は薄めた血から始めていって、徐々に血に慣れていこう。勝手に人の血を吸わないようにね」
「勝手に吸うとどうなるのですか?」
「この国が吸血鬼と屍食鬼だらけになって滅びる」
ローラの告げた言葉に近衛騎士団の騎士たちが固まる。
「まあ、君たちが鉄の意志を持っていれば関係ないことだ。それともやめとく?」
ローラはいつものダウナーな口調でそう告げた。
「やります!」
「オーケー。では、始めるとしよう。じゃあ、並んで、並んで。一列にね」
ローラは近衛騎士団の騎士たちを一列に並ばせる。
「それじゃあ、手首出して」
「は、はい」
ローラが告げるのに近衛騎士団の騎士が手首を差し出す。
「がぶり、と」
そして、差し出された腕にローラが牙を突き立てた。
一瞬のことに反応する暇もなかった近衛騎士団の騎士であるが、ローラに手首から血を吸われていると高揚感が満ちたりていくのを感じた。
「うおっ。眩しい!」
だが、同時に先ほどまでは普通に感じられていた日光がひどく眩しく感じられた。
「はいはい。太陽の光ぐらいで動じないで。今時、日光の下も歩けない吸血鬼なんていないんだから。ボクの眷属ならば全員デイウォーカーになってもらうよ。例外はなし」
血を吸われた騎士は高揚感と日光の眩しさでフラフラしながら列から外れていく。
ローラは一見して血を吸っているように見えるが、これは逆にエネルギー──魔力を注いでいるのだ。彼女の吸血鬼としての魔力を注がれたものは、童貞処女である限り、屍食鬼にはならず、第二世代の吸血鬼となる。
これが普通の吸血鬼によるものだったら、白昼堂々と行われた吸血鬼化の儀式によって全身火傷や人体発火の現象を起こしていただろうが、そこは真祖の中の真祖吸血鬼であるローラだ。眷属もその魔力によりタフである。
「しかし、不味い血だね。いい年して童貞の血っていうのは」
「ローラさん、ローラさん。皆さん、滅茶苦茶ショックを受けているので、あまりそういう発言はなしで行きましょうね!」
歯に衣着せぬ天然毒舌が発揮されるのに、クリスが叫ぶ。
「はい。これでみんな吸血鬼だよ。でも、血迷って街の人を襲ったりしないようにね。しばらくは吸血鬼の体に慣れるところから始めていこう。吸血欲求の高ぶりの抑え方。吸血鬼としての身体能力の活かし方。吸血鬼の優れた魔力の使い方」
ローラがそう告げる頃には近衛騎士団の騎士たちは日光の光にグロッキーになって、ふらついていた。太陽があまりに眩しく、ぐにゃあと景色が歪んで見えるのだ。ローラは平然としているが、それは彼女が3000年を生きる真祖吸血鬼だからに他ならない。
「……その前に太陽に慣れた方がいいね。このままの姿勢で夕方まで頑張って。間違っても吸血衝動に駆られて、人を襲わないようにね」
ローラはふわあと大きく欠伸すると、太陽の光を前にフラフラしている近衛騎士団の騎士たちを置いて、城へと戻っていったのだった。
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「よかったんですか、あれで」
ローラが自室に戻ると、クリスがそう尋ねた。
「いいんじゃないかな。細かいことは気にしない方向で行こう」
「いや。気にしましょうよ。吸血鬼がいきなり増えたりしたら大変じゃないですか」
まだ太陽が高いので服を脱ぎながら、ベッドにもぐりこもうとするローラに、クリスが視線をそらしながらそう告げた。相変わらず寝るときには全裸になる、この吸血鬼さんはクリスには刺激が強すぎる。
「君は細かいことを気にしすぎだよ。人生はなるようにしかならないのさ。ふわあ」
ローラは大きく欠伸するとベッドに飛び込んだ。
「それでは、あの吸血鬼にした騎士団で何をするんですか?」
「んー。決めてない」
「ええー……」
あんまりなローラの回答にクリスがげんなりする。
「ああ。どっかの街の奪還でもしよっか? 他のふたりもそういうことしてるみたいだし。どこか適当なところ選定しておいて、非常食君」
「適当なところって……。普通、偵察とかしてから決めませんか」
「その必要性を感じない」
そうである。この吸血鬼さんはやろうと思えば、どこであろうと自在に襲撃できるのだ。そのことはこの王都スヴァリンを襲撃しようとした魔王軍35万と魔王軍十三将軍のひとり“溶解のブロック”が葬り去られたことで証明されている。
「じゃあ、将軍たちに話を聞いてきますね。速やかに奪還が必要な都市の情報」
「取り戻す必要があって、温泉とかもある都市だといいなあ。温泉に入りたい気分になってきちゃったから。この城のお風呂も悪くはないんだけど、やっぱり天然ものの温泉に入るのはいいものだよ」
「……それって本当に必要なことです?」
「うん。ある。第二世代の吸血鬼を落ち着かせるのにも温泉は必要だよ」
「それって本当です?」
「本当、本当。凄く本当」
クリスとは視線を合わせずにそう告げるローラであった。
「それじゃあ、温泉のある都市の情報を聞いてきてね。天然そのままでもいいけれど、できれば入浴設備が整えてあるところがいいかな。一から温泉を整備するってのも大変だしね。温泉街として有名だった場所がいいな」
「注文多いですね!?」
適当でいいと言っておきながら、この注文の数である。
「吸血鬼騎士団が戦闘可能になるかどうかの問題だよ。君も頑張って。ボクは深夜に備えて英気を養っておくから……」
「はー……。本当にこれで大丈夫なのかな」
クリスは不安を感じながらも、奪還が必要な温泉街の情報について将軍に聞きに行った。無論、彼の質問に将軍が呆れたのは言うまでもない。
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