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ニート万歳

……………………


 ──ニート万歳



「そこ、右に曲がって」


「じゃあ、左ですね。ぴぎゃあああ!」


 フリッグニア王国王都スヴァリン。


 その中のローラに貸し出された部屋には夜中から明け方にかけて、悲鳴が響いていた。別に誰かが拷問されているというわけではないのだ。いや、ある意味では拷問されているのかもしれないが、少なくともローラにその気はない。


 ただ、夜中にクリスと一緒にホラーゲームを楽しんでいるだけである。


「も、もう、朝じゃないですか……。今日も徹夜してしまった……」


「今から寝れば?」


「ローラさんと違って僕には仕事があるんです」


 ローラがポンポンとベッドを叩くのに、クリスがそう告げて返した。


「君の今一番の仕事はボクの非常食であることだよ。というわけで、一緒に寝ようね」


「ま、待ってください! 僕には報告したり、命令を受けたりいろいろと仕事が──」


 クリスの叫びも虚しく、クリスはローラによってベッドの中に引き摺り込まれた。


「君にはボクの抱き枕という重要な仕事を上げる。それが最優先だね……」


「そ、そんなの無理って、もう寝ている!」


 ローラは完全にクリスをベッドの中に引ひずり込むとその体を抱きしめて寝息を立て始めた。ベッドの中にはバラの香りが満ちており、それがクリスの鼻腔をくすぐる。


「ま、参った。どうしよう……」


 正直なところ、クリスがローラに絡まれたせいで仕事に出勤できないのは今日が初めてではなかった。ローラが王都スヴァリンで副王の地位を手に入れてから、ほぼ毎日のように欠席したり、遅刻したりしていた。そのせいで上司の宮廷魔術師長からは睨まれているのである。


 だが、クリスも理解してほしいのだ。


 自分が好きで仕事をさぼっているわけではないと。これには深い理由があるのだということを。いや、そこまで深くないかもしれない。


 クリスは何故かローラに気に入られており、ローラはクリスを手放そうとしないのだ。そして宮廷の方からもこの状況を打破できる唯一の希望であるローラの機嫌を取るようにと、暗に言い含められており、クリスは止む無く、ローラに付き合っているのだった。


 というわけで、クリスはローラに付き合って毎日徹夜でゲーム。


 最近は生活リズムがローラに引き摺られて、夜型になっており、朝日の光とともに眠るようになってしまった。完全なダメ人間化が始まっている。


「あの、ローラさん。せめて欠席の連絡をしてくるので……」


 クリスはそう告げるがローラは欠片も目を覚まそうとしない。


 手足をクリスに絡ませ、クリスの耳元ですうすうと寝息を立てている。


 それもほぼ全裸で。纏っているのは下着だけだ。それも胸元に穴の開いた代物。


 それはローラが女性的な魅力に満ち溢れているかと言われれば、疑問符が浮かぶだろう。ローラは未成長の少女体型だし、胸にもボリュームがあるわけではない。


 だが、それが逆につらいのだ。


 クリスはロリコンというわけではない。断じてそういうものではない。彼だって大きなおっぱいが好きだ。だが、クリスと同年代のエルフたちはちょうどローラぐらいの体型なのだ。クリスにも宮廷魔術師として同年代の女の子たちの知り合いがいるが、ローラに抱きしめられていると、その子たちのことを思い出してしまって背徳感が凄い。


「ふわあ……。僕も眠くなってきた……」


 クリスは大きく欠伸するとローラに取り押さえられて動けない状況で、瞼を瞑ってしまった。流石に徹夜でホラーゲームはつらいというものである。


 クリスはゆっくりと眠りに落ちていき……。


 今日も朝になって眠ることになった。


……………………


……………………


「その、ローラ殿?」


「なあに?」


 夜。


 フリッグニア王国の将軍が自室で処女の血液入りトマトジュースとピザもどきをもぐもぐしているローラの下にやってきた。


「そろそろ副王として活動していただきたいと思うのですが。我々が魔族に奪われた領土は広く、中には戦略的要衝などもあるのです」


「そうか。なら、今日は戦略SLGをやろう」


「そうではなく!」


 ローラがゲーム機を引きずり出すのに、将軍が突っ込んだ。


「ローラ殿。副王の地位をお受けになったのなったのですから、きちんとその責務を果たしていただかなくては。副王としての権利はこうして満喫されているわけですし」


「ちっちっちっ。違うよ。これも副王としての責務だよ」


 将軍が告げるのに、ローラが人差し指を振った。


「こうやって日々、平和に過ごして見せているからこそ、人々は安心できるって寸法さ。副王のような偉い立場の人間が慌てて動いていたら、人々は心配になるでしょう? ボクのやっていることは十二分に役に立ってるんだよ」


「そ、そうなのですか?」


「そうなんだよ」


 そう告げてローラは背後を振り返り、その真っ赤な瞳で将軍の瞳を見つめた。


「そうですな! ローラ殿は十分に副王としての責務を果たしていらっしゃる!」


 将軍は急に納得すると部屋から去っていった。


「な、なにしたんですか?」


「魅了。ボクのこの瞳を見ているといいなりになっちゃうんだよ」


 クリスが怪訝そうに尋ねるのにローラは何事もなくそう告げて返した。


「それって不味いんじゃ……」


「軽い魅了だから、明け方には自然に解けるよ。それより今日は戦略SLGをしよう」


 クリスが渋い表情を浮かべるのに、ローラが何事もなかったかのように告げた。


「戦略SLGってなんです?」


「戦略シミュレーションゲーム。この手のゲームはパソコン向けが多いんだけど、コンシューマー向けに作られた奴をやろう。対戦できるからチュートリアルが終わったら、勝負しようね。君が勝ったら、副王として領土を奪還してきてもいいよ」


「ええ!?」


 突如の宣言にクリスが目を丸くする。


「か、勝てばいいんですね?」


「このボクに勝てるならね」


 ローラは自信満々だ。


 それもそうである。ローラはこの手のゲームが得意なのだ。特に今からやるRTSはローラの得意分野である。身体能力が人間より遥かに優れ、精密な操作が連続して行えるわけなのだから、不利になる理由が思い浮かばない。


 ローラが苦手なゲームといえば、地道な操作を要求される経営ゲームや育成ゲームぐらいのものである。それでも人並みにはプレイできるが。


「まずはチュートリアルね」


「あ。今の画像見てたのに……」


 ローラはクリスが見ていたオープニング映像を容赦なく飛ばした。


「まずは基本的な陣営から始めようか。初心者向けの陣営は“マリアンヌ”だよ。信仰心でユニットが増やせる善の陣営。早速プレイしてみよう」


「はい!」


 これで勝てたらローラが副王として仕事をしてくれるのだ。張り切らないわけがない。クリスはなんとしてもこの勝負に勝つつもりだ。


「まずは労働者ユニットを使って教会を建てようね。それで戦闘ユニットを作ろう」


「んん? どうやるんです?」


「ここを押して。そうそう、その調子」


 このローラが遊んでいるゲームは善・中立・悪の文明が争うというRTSだ。それぞれの陣営ごとに戦略は大きく異なり、eスポーツにも認定されている。拡張パックも発売されており、拡張パックでは使える陣営が4つ増える。


「それから住民を増やしていこう。住民を増やすのには食料が必要だよ。畑を作るか、家畜小屋を作ろうね」


「なら、畑にします」


 エルフは基本的にベジタリアンだぞ。


「住民も集まって信仰心も集まり、戦闘ユニットも増えたね。そろそろ攻撃を仕掛けようか。まずは偵察だよ。敵の様子を把握せずに戦争を仕掛けるのは愚の骨頂。きちんと敵を把握してから戦争を仕掛けようね」


「偵察ですね。なら、この足の速いユニットで……」


 クリスは一番足の速いユニットを選択して、それをまだ見ぬ未開の大地に進める。


 本来ならもっと早く偵察を行っておくべきところなのだが、ローラは黙っていた。熟練ゲーマーは簡単には技を授けてくれないぞ。


「うわあ! 蟲が! 蟲がいっぱいいます!」


「アラクネアの陣営と接触したね。アラクネアは数で押してくる種族だよ。それなりに防衛体制を整えてないと押し切られるし、攻めるならば相手の隙を狙ってしかけないとダメだよ。そうしないと画面いっぱいに蟲があふれて……」


「攻撃! 攻撃あるのみです!」


 クリスは虫が苦手である。


 このゲームは比較的グラフィックスがリアルで、アラクネアという蟲陣営のグラフィックスもリアルなのだ。そのサソリに似たような、クモに似たような独特のフォルムの蟲嫌いには致命的なまでにダメな映像が克明に写されるのだ。


「攻撃です! 攻撃!」


 クリスは戦闘ユニットをアラクネアの方面に移動させて、アラクネア陣営と戦火を交える。その間にもアラクネア陣営の夥しい数の蟲たちはモニターに映り続けるぞ。


「こなくそー! 殲滅! 殲滅です!」


 クリスは必死になってアラクネア陣営を攻撃し続ける。


 そして、戦闘開始から30分後。クリスが総動員した兵力によってアラクネア陣営はなんとか壊滅した。グロテスクなユニット製造装置も破壊し、クリスはアラクネアに勝利したのであった。


「よかったー……。勝ったー……」


「油断するのはまだ早いよ。君の拠点、今攻撃されているから」


「なんですと!?」


 クリスが自分の拠点に目を向けると、そこは無数のドラゴンたちによって襲撃されている最中だった。クリスが建材を集めて建てた教会や畑がドラゴンの炎によって焼き払われている。悲惨な状況だ。


「外交も重要だよ。外交で友好国認定を受けてから仕掛けないとほかの陣営と戦っている隙に後方を突かれるからね。特に今君の陣営を燃やしているグレゴリアなんかは、相手の隙に付け入るようにAIが設定されているからね」


「うがー! この卑怯者ー!」


 クリスが怒りを燃やすも先のアラクネアとの戦いで損耗したユニットを回復させることもままならず、そのままクリスの陣営はグレゴリアのドラゴンたちに燃やし尽くされて終わりとなったのだった。


「チュートリアルで負ける人、初めて見た」


「こ、これは高度な戦略が必要です。もう1回チャレンジを!」


「いいよー」


 ここで既に高度な戦略が行われていることをクリスは理解していなかった。


 ゲームに少しでも乗ったらローラのいいようにされる。クリスがゲームに乗った時点でクリスの敗北は決まっていたのである。


 そもそもこのゲーム歴4年のローラと今日始めたばかりでチュートリアルで敗北するようなクリスの間には埋めがたい差があるわけで。


「よし! チュートリアルクリア! 今の僕ならローラさんにも勝てます!」


「ふむふむ。では、試してみようか?」


 クリスの宣言にローラはもう1台ゲーム機とモニター画面を用意した。


「じゃあ、適当に陣営を選んでね」


「もう使い慣れたマリアンヌにします!」


 この時点でクリスの敗北は決まったも同然である。


 このゲーム、相手がどの陣営を使用してくるのか分からないことも含めて、ゲームの一部なのだ。それを公言してしまうということは自分の手の内を明かす同然の行為。


 だが、ローラも安心はしない。


 ブラフの可能性もあるのだ。


 チュートリアルで使ったマリアンヌとは異なる陣営をクリスが使ってくる可能性は否定できない。だが、クリスの性格と頭脳からして、チュートリアルで使ったマリアンヌ以外の陣営を使えるとも思えない。


 ローラはクリスが生理的に苦手とするだろうアラクネア以外の陣営を想定して戦略を組み立て、瞬時に陣営を選択する。


「ローラさんはどの陣営を選んだんですか?」


「内緒」


 ローラの選んだ陣営はローラに馴染み深い吸血鬼陣営──ドラクルである。


 ここで敢えてクリスの生理的に苦手とするアラクネアで仕掛けてもよかったのだが、アラクネアは使うのが難しい陣営なのだ。ローラが知っているアラクネア使いのトッププレイヤーはひとりだけである。


「じゃあ、ゲーム開始ですね!」


 クリスはチュートリアル通りに家を建てて、教会を建てて、畑を建てる。


 だが、そこに突如として吸血鬼の軍隊が押し寄せてきた。


 正確には吸血鬼ではなくグールだが、突如としてグールの攻撃を受けたクリスの陣営は大混乱である。グールは村人を攻撃し、建設途中だった教会を攻撃する。クリスが辛うじて作っていた戦闘ユニットが応戦するが数が違いすぎる上に、今は夜だ。


 そう、このゲームにはゲーム内時間が流れるのだ。朝、夜のふたつの時間帯に分かれ、ローラの使うドラクル陣営は夜の戦闘でもっとも戦闘力を発揮するのである。


 結局のところ、次から次に湧き出すグールにクリスは対応できず、またしてもクリスのマリアンヌ陣営はゲームオーバーとなってしまった。


「勝った」


「ぐぬぬ……。どうやったらそんなに早くユニットが揃うんですか!」


「内緒」


 この手のゲームはどこで攻撃を仕掛けるかによって戦略が左右される。そして、基本的に相手の準備が整っていない早期に攻撃を仕掛けるのが得策である。


 最初に攻撃を仕掛けるならば他の設備やユニットは捨て置いて、ひたすら攻撃ユニットを量産して相手に叩きつけるのだ。ローラもグールを生産するための必要最小限の設備しか作っていないし、ひたすらリソースをグールに傾けている。


 反面、クリスの方はバランスよくやりすぎた。生産設備、採取設備、開発設備と満遍なく発展させてしまったのだ、相手がのんびりとしたプレイヤーならばいいだろうが、相手はこの手のゲームのことについてはプロであるローラだ。


 クリスの敗因はそこに尽きた。


「もう1回やる?」


「やります!」


 ここまで来てしまえばクリスも立派なゲーム中毒だぞ。


 彼らは夜が明けるまでゲームに勤しんだのであった。


……………………

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