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ヴァールハーフェン市街地戦

……………………


 ──ヴァールハーフェン市街地戦



 ゴーレムの揚陸が完了し、いよいよ戦闘は都市の内部に移った。


 ゴーレム1体、1体に配置されたヘッドセットでセラフィーネは戦局を監視する。


「造作もないな」


 セラフィーネのゴーレムは市街地において、あらゆる火力を発揮し、都市を制圧していっていた。自動小銃、機関銃、無反動砲、手榴弾、迫撃砲。


「私は陸へ向かう。後は任せたぞ」


「え? 本気ですか?


 セラフィーネが告げるのにルートヴィヒが正気を疑う目でセラフィーネを見てきた。


「私は正気だ。あまりゴーレムから離れるとジャックされる恐れがある。貴様はここにいて、戦況を私に報告しろ。分かったな?」


「了解」


 セラフィーネの言葉にルートヴィヒは頷くしかなかった。


「今日のあなたは随分と活動的ですね、セラフィーネ?」


「私の行動は今日も昨日も、これまでも一切変わっていない。妙なことを抜かすな、フォーラント。食い殺すぞ」


 ゼーアドラー号を離陸しようとするSH-60K哨戒ヘリに乗り込もうとするセラフィーネに、フォーラントが耳元で囁くようにそう告げた。


「おお。怖い、怖い。そうですね。昨日までのあなたと今日のあなたはお変わりなし。昨日までとあなたと同じように攻撃的だ。“それは一切変わっていない”。あなたは常に攻撃的な人物であり続ける。どうあろうとも」


 フォーラントがそう告げたのにセラフィーネが反応した。


「私を甘く見るなよ、フォーラント。言葉遊びのフォーラント。私は貴様に乗っ取られるほどに軟な精神をしていない。誑かしたかったら、もっと容易な人間を選ぶことだな。アベルくらいなら引っかかるのではないか?」


 セラフィーネはにやりと笑ってそう告げると哨戒ヘリのキャビンに乗り込んだ。


「あれま。ばれてましたか。今のはかかったんだと思ったんですけど甘かったですか」


 フォーラントもにやりと笑うと、ちゃっかり哨戒ヘリのキャビンに乗り込んだ。


「甘いな。私を誑かしたかったら、私を危機的な状態にでもかけることだ。もっともその状態でも貴様の口車に乗るつもりはないがな」


 セラフィーネとフォーラントの乗った哨戒ヘリが離陸し、ローター音を響かせながら、ヴァールハーフェンへと向かっていく。沿岸部から前進するゴーレムの前進を阻止するために魔族が攻撃を仕掛けているのが目に見え、それが艦砲射撃で纏めて吹き飛ばされるのが目に入った。どうやら艦艇の霊的存在は先ほどの子機艦撃沈のことから、密かな怒りを燃やしているようであり、魔族をドローンで発見し次第、艦砲射撃を行っている。


「やたらと艦砲射撃が派手だな。どうなっている」


「さてさて。霊的存在もそれなりに憎悪を燃やすのではないでしょうか?」


 哨戒ヘリから地上を眺めるセラフィーネがぼやくのに、フォーラントがそう告げる。


「……貴様、私の艦艇の霊的存在に何か吹き込んだな?」


「おやおや。私などではあなたの艦艇のシステムにハックすることなど不可能では?」


「そこが貴様の恐ろしいところだ、フォーラント。ただの言葉で何重もの物理的、電子的、魔術的防御を突破して、意味を書き換える。霊的存在に復讐の概念でも埋め込んで、先に撃沈された艦艇の復讐をさせようというわけか?」


「さあて、なんのことやら。心当たりがありませんね」


 間違いなくフォーラントは関わっているだろう。


 魔族が霊的存在をハックできるルートを確保していればまずセラフィーネが気づくし、艦艇に張り巡らされた防御システムが侵入者を焼き切るはずだ。


 つまり、艦艇をハックできる立場にいたのは、ルートヴィヒかフォーラント。そして、ルートヴィヒでは霊的存在をハックしようとした時点で脳みそを焼き殺されている。そうなれば容疑者はフォーラントしか残らない。


「面倒な女だ。そんなに混沌を望むか?」


「それが生き甲斐のようなものですからね。より混沌へ、より混乱へ。いいですか、セラフィーネ。いいものも、悪いものも、全てはカオスから生まれるのですよ。ならば、カオスを求めようではありませんか。カオスこそが我々を退屈させずにいてくれる」


 セラフィーネが告げるのに、フォーラントは胸を張ってそう告げた。


「貴様ら大悪魔にとっては人の世など退屈で仕方ないのだろうな。宇宙の誕生から生きている貴様らにとっては人の世は変化の乏しいものなのだろう」


「まあ、そうですね。人々は変わりない日常を望みますが、私は映画のような人生を望みますよ。突如として都市に巨大怪獣が現れて放射線の光線を吐き出し、突如として隕石が地球に迫り、人々が人類最後の日に何をするのか。そういうエキサイトな人生がフォーラント様の所望する人生というものですよ」


 フォーラントは退屈を嫌う。


 退屈は大悪魔の敵なのだ。いや、長く生きるもの全てにとって、そして自分がなんら不利益に晒されないと分かり切っている立場の存在にとって、平和など退屈で仕方ない。常に危機的な日常こそが、常にカオスに満ち溢れた日常こそが彼らを満たす。


 だから、彼らは進んで揉め事に首を突っ込むし、可能であれば掻き回す。そこから生まれるカオスが自分たちの退屈を満たしてくれるものと信じて。


 要は街を拡張しきった市長が街を発展させることに飽きて隕石を降らせるようなものである。周りはたまったものではないが、彼ら自身はそれに満足するのである。


「人生というより悪魔生か。まあ、生きているか死んでいるかも分からない種族を例えるには相応しくない単語だろうがな」


「失礼な。フォーラントはその日その日を一生懸命生きていますよ」


 セラフィーネが艦砲射撃の威力を観測しながら告げるのに、フォーラントが頬を膨らませて文句を告げた。


「戯け。純粋なエーテル体など生命として認められるかどうかも怪しい。貴様らは言ってみれば魔力が意志を以て行動しているようなものなのだからな。誰かの放った魔術だと言われた方がよっぽど納得できる」


「私たちを使役できる存在がいるとでも」


「さてな。いるとしてももう生きてはいまい」


 フォーラントが怪し気に笑うのに、セラフィーネが肩をすくめた。


「しかし、魔王軍十三将軍とやらはさっきのでか物だけか。そもそもさっきのでか物は魔王軍十三将軍とやらだったのか。他にいるとすれば、仕留めてやるのだがな」


「その手に握っている巨大な銃でですか?」


「“変換型電磁投射砲マギネティック・ランチャー”は威力が高すぎる。確実に余波でヘリが落ちる。このエレシュキガルの呪いが刻印された12.7x99ミリNATO弾を使用すれば大抵の相手は殺せる。相手が貴様のような生きているか死んでいるか分からないような存在であれば難しいかもしれないがな」


 セラフィーネの手に握られているのはバレットM95対物狙撃銃だ。マガジンにはセラフィーネが1発、1発祈祷し、呪いを刻んだ銃弾が収まっている。


 そもそも並みの魔族ならば、この大口径狙撃銃の銃弾を受けただけでミンチになるだろう。これはもはやオーバーキルに近い。


「もう、私はちゃんと生きてますー。あんまりそういうこというと悪魔差別でヘイトスピーチ認定ですからね?」


「存在そのものがヘイトスピーチのような貴様がそれを言うか」


 ちなみにセラフィーネの世界では魔女である、吸血鬼である、人狼であるなどの理由で店舗の利用を拒否したり、差別的な言動を行うことは条例で禁止されている。


 悪魔に関しては何も存在しないが。


「獲物がいなければ、面白くないな」


 哨戒ヘリから地上を見渡しながら、セラフィーネは獲物を探す。


 地上ではゴーレムが激しい戦闘を繰り広げている。無反動砲の砲撃が建物を抉り取って破壊し、迫撃砲の支援を受けたゴーレムたちが魔族に向けて銃弾をばら撒く。


 だが、様子がおかしい。


「妙だな。敵が倒れていない」


 セラフィーネは異常に気付いた。


 ゴーレムが弾幕を展開しているのに魔族が突き進んでいるのだ。まるでゴーレムの銃弾など通用していないとでもいうように。


 ゴーレムの使用している弾薬は無反動砲と重機関銃を除いて、全てが7.62x51ミリNATO弾だ。殺傷力に関しては問題ない。いわゆるマンストッピングパワーについても、問題なしとの定評のある大口径ライフル弾だ。


 それを何発も受けて、平然としていられるのでは、それはただの魔族ではない。


 何かをして魔族たちを動かしている人間がいる。


 人間ではないな魔族か。


「死霊術と見たな」


 セラフィーネは魔族たちの異常な行動を見て、何かを感じ取った。


「死霊術師ですか。魔族にもいるものなんですね。厄介そうじゃないですか」


「戯け。死霊術師など何千人と始末してきた。まずは死体に魔力を凝り込んでいる相手を特定し、そいつを炙り出す。愉快な狩りになりそうだ」


 セラフィーネはそう告げると哨戒ヘリから地上に降下する。


 ロープも何も使わない降下だ。ゴーレムのように人工筋肉で守られているわけではないが、“悪魔食い(デーモン・グリード)”として強靭な力を得ている彼女にとって、この程度の降下は造作もないことである。


 ゴーレムたちの攻撃が吹きすさばない魔族の真っただ中に降り立った。


「探らせてもらうぞ。大人しくしておけ」


 ゴーレムの弾丸を受けて、明らかに死んでいるはずの魔族の死体を掴むと、一気に魔力の流れを逆探する。魔力をトレースしていき、魔力の源に魔力を叩き込む。膨大な魔力が反応し、魔力の膨大な炸裂がセラフィーネによって感知される。


「いたな。あそこか。案外、容易に見つかるものだな。普通は魔力をトレースされても大丈夫なように中継機を介したり、身代わり人形を準備するというものだが。ここの魔族も驚かせてくれたり、落胆させてくれたり、レベルが分からんな」


 セラフィーネは愚痴るようにそう告げて、魔力が爆発した場所を見る。


 セラフィーネは先ほどのトレースで確実にこの死者たちを操っているのが、自分がトレースした人物であることを確信していた。魔力の流れを中継し、魔力の源を隠蔽する中継機や自分の身代わりになる身代わりの魔術師──あるいはその死体を経由したものではないという確証を抱いていた。


「何はともあれ、やらせてもらうぞ。術者を仕留めるのが手っ取り早い」


 セラフィーネは対物狙撃銃を抱えたまま、街の屋上を駆け巡っていき、魔力が炸裂した地点──城壁の塔を目指す。


 城壁はほぼゴーレムに制圧されていたが、一部の魔族が抵抗している。それも恐らくは死者であると思われた。ゴーレムがいくら射撃しても死者は倒れず、魔族たちが敵を近づけまいとしている。いくら蜂の巣にされてもだ。


 ミンチにされるまで、魔族は戦い続ける。


「やってくれるではないか」


 セラフィーネは残忍に笑うと、対物狙撃銃を魔族に向けた。


 彼女が引き金を引くと、冥界の女王によって呪われた弾丸により、死霊術で操られていた魔族が死に絶える。


 死霊術でも偽りの魂が吹き込まれたものだ。その偽りの魂ですら、冥界の女王エレシュキガルの呪いが刻まれた弾丸は、冥界に持ち去る。この弾丸は不死者殺しなのだ。もっとも、アベルとローラにこれが通用するかどうかは分からないけれど。


「さあ、出てこい。死霊術師。貴様も冥界に送ってくれる」


 そう告げてセラフィーネは対物狙撃銃を構える。


 だが、次の瞬間、塔の中が光り輝くと大爆発を起こした。


「自爆、ではないな。まだ微弱だが線が残っている」


 セラフィーネは魔力の流れを見てそう告げた。


「楽しい狩りを続けるとするか」


 セラフィーネはそう告げると魔力の流れを追跡する。


 その頃、“狂宴のオンディーヌ”は必死に逃げていた。


 相手がゴーレムという人造生命体であるから、部下に乗っ取りを命じたが、その部下はセラフィーネの防壁に焼かれて、脳みそが破裂した。


 ゴーレムの乗っ取りが不可能だと判断した“狂宴のオンディーヌ”は対抗策のために死霊術で死んだ魔族たちを叩きつけた。だが、“狂宴のオンディーヌ”は“呪殺のクラーマー”ほど魔術に長けているわけではない。


 中継機も身代わり人形も使わなかったことで、魔力をいともたやすくトレースされ、自分の下に膨大な魔力が叩き込まれ、制御不可能になったそれが炸裂した。それによって周囲にいた部下たちは吹き飛び、“狂宴のオンディーヌ”も傷を負った。


 そして、彼女はその愚かさを自らの血で贖おうとしている。


 魔力の痕跡を追跡され、猟犬のようにセラフィーネが迫る。“狂宴のオンディーヌ”にとっては恐怖でしかない。自分よりも相手の魔術は高度だ。それは分かっている。“狂宴のオンディーヌ”に勝ち目があるとは思えない。


「な、なんでこんなことに……!」


 “狂宴のオンディーヌ”は逃げ続ける。


 だが、逃げ場がさしてあるとは思えない。城壁はほぼゴーレムによって制圧され、沿岸部にはゴーレムの大軍勢が揚陸しているのだ。


 彼女が期待できるのは、追跡者が彼女を取るに足らない存在として見逃してくれることぐらいだ。そして、それは万が一にもあり得ようがない。


「せめて、ノートベルクに送った20万の軍隊があれば……!」


 入れ違いの攻勢になって後悔しているのは魔族も同様だった。


 ほぼ無防備のところを襲撃されているのだから。


 せめて、攻撃開始時刻が1時間遅かったら、相手の接近を感知できてから攻撃が行えていれば。そう後悔してももう手遅れだ。


「みいつけた」


 そして、“狂宴のオンディーヌ”の耳に死神の声が響いた。


……………………

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