入れ違いの攻勢
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──入れ違いの攻勢
セラフィーネたちがヴァールハーフェン攻撃を決定したとき魔王軍に動きがあった。
場所はヴァールハーフェンの沿岸に設けられた物見の塔。
「これで完璧と。後はあっと驚く人間どもを屠るだけだ」
そう告げるのは鳥の羽をもった魚の下半身を持った女性。
魔王軍十三将軍のひとりである“狂宴のオンディーヌ”だ。
「調整は完璧なのだろうな?」
「図体はでかいのに心配性だな、“濁流のセレック”。私の魔術は完璧だよ。ひとたび発動すれば、人間どもは大混乱。もっとも慎重に進めないといけないけれどね。出た場所が悪かったら、一巻の終わりなんてのは面白くないだろうし」
“狂宴のオンディーヌ”に話しかけるのは体長が3キロに及ぶ巨大なシーサーペントだ。このシーサーペントも魔王軍十三将軍のひとりである“濁流のセレック”だ。
本来は“深海のブリッグズ”の補佐を務めるものだったが、“深海のブリッグズ”が討ち取られてからは、彼が海洋魔族全般を指揮するようになっていた。
「それよりそっちはどうなの? 兵站線の回復の見込みはあるの?」
「残念だがまだだ。人間たちの攻撃は止まったが、船が足りない。人間の奴隷に今作らせているが完成するのはまだ先の話だ」
「ダメじゃない」
“濁流のセレック”の言葉に“狂宴のオンディーヌ”が呆れたようにそう告げた。
「まずは制海権を奪還しなければならない。そうしないことには始まらない。それまで攻勢計画を待つというのは無理なのか?」
「なしだね。ここに軍を展開しているだけも飯は消費しているんだ。これ以上待ってれば共食いが始まる。早く新鮮な人間の肉を味わわせてやらないとな」
どうやら“濁流のセレック”は攻勢に反対しているようだ。
だが、“狂宴のオンディーヌ”は既に作戦を決行するつもりでいる。
しかし、作戦とは? 攻勢とは?
彼らはいったい何をするつもりなのだろうか?
「人間たちの驚く顔が直接見れないのが残念だな。人間どもは小便を漏らして逃げ出そうとするだろうけど、そうはいかない。徹底的に屠って、徹底的に貪って、徹底的に破壊する。そうしてまた腹が減る前に次の都市の攻撃だ」
“狂宴のオンディーヌ”はそう告げると、指をパチリと鳴らした。
「始めるのか」
「始めるのさ」
“狂宴のオンディーヌ”が指を鳴らしたと同時に銅鑼の音が響き、魔王軍の魔族たちが隊列を組む。人間たちから奪った装備を身に着け、ヴェルンドリア王国のドワーフたちに作らせた装備を身に着け、魔王軍が整列する。
「では、諸君! 武運を祈る! 魔王ロキ陛下万歳!」
「魔王ロキ陛下万歳!」
次の瞬間、巨大な魔法陣が魔族たちの隊列の足元に一気に広がり、魔王軍の兵士たちがその魔法陣の放つ赤い光に包まれると、消滅した。
「魔王ロキ陛下万歳。我らに勝利を」
「魔王ロキ陛下万歳。我らに勝利を」
“狂宴のオンディーヌ”と“濁流のセレック”がそれぞれそう告げ合うと、彼らは別れた。一方は海上兵站線の回復に向けて、ひとりはノートベルク陥落の知らせを待ちに。
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セラフィーネはヴァールハーフェン攻撃のために、新たな艦艇を加えた。
あさひ型護衛艦2隻とおおすみ型揚陸艦6隻だ。
天候はあいにくの雨空。雨空の下でシーツをかけられた状態でセラフィーネのゴーレムたちが待機している。船内にも船外にもゴーレムたちはみっしりと積み込まれていた。何せ、規模が1万のゴーレム部隊を輸送しているのだ。
新たな8隻の艦艇は完全無人状態で稼働し、軍用AIと霊的存在が操作を行っている。これから実行される強襲上陸作戦においても、全ての操作は自動的に行われる。軍用AIがセンサーで情報を収取し、霊的存在がそれを処理し、軍用AIとともにVTOL機を離発着させ、エアクッション艇を発進させ、ゴーレムたちを一気にヴァールハーフェンへと送り込む。作戦の想定時間は2時間だ。2時間以内にセラフィーネは作戦を終わらせる。
護衛艦は中央を進むおおすみ型揚陸艦6隻を守るように輪形陣を組み、綿密なASWを展開している。この船団に近づける魔族は存在しない。
だが、異常事態が生じたのはすぐに分かった。
「魔族が……消えた……?」
20万の布陣していた魔族が魔法陣に包まれ、一気に姿を消したことが上空を飛行中だったMQ-9無人機の情報で判明したのは1分前のこと。既に船団はヴァールハーフェンまで残り50キロメートルの地点に迫っている。
「抜かった。異世界には異世界の魔術があるということか、恐らく転移魔術だ。そして、転移先は──」
セラフィーネがCICのモニター画面にノートベルク付近を警戒飛行中のドローンの映像を表示させる。
そこには先ほどまでヴァールハーフェンに布陣していた20万の魔族がいた。
幸いにして城壁の内部には侵入されていない。魔族がいるのはあくまで城壁の外だ。ドローンの映像では、民兵たちが大急ぎで戦闘配置につきつつあった。
「引き返した方がいいのでは?」
「私は連中を信頼している。私の期待に応えて、魔王軍を追い払うだろうとな。故に引き返しはしない。このままヴァールハーフェンを目指す」
セラフィーネは魔王軍20万の相手を民兵約2000名に任せた。
『水中に大型の移動目標を検出』
セラフィーネたちがノートベルクの戦いが始まろうとしているのを見守っていた中で、軍用AIがこの船団に戦いを挑もうとする存在がいることを知らせた。
「距離と速度、方位は?」
『距離50キロ。速度30ノット。方位1-6-0から3-0-0に向けて移動中』
「速いな」
水中で30ノットの速力が出せるのはかなり早い部類だ。軍用潜水艦レベルだ。
「全艦ASW展開。艦艇を盾にしてでも揚陸艦は守り切れ」
「了解」
護衛艦からSH-60K哨戒ヘリが離陸していき、それが一斉に迫りくる海中目標に向かう。ヘリのローター音が鳴り響き、短魚雷が投下される。
そして、一斉に水柱が上がる。
『水中爆発音多数。なおも目標接近中』
「厄介な相手だ。SUM発射。接近を阻止しろ」
軍用AIの言葉にセラフィーネがそう告げて返す。
「イエス、マム」
既に艦隊が捕捉していた水中目標に向けて、無数の対戦ミサイルは降り注ぐ。
対戦ミサイルから魚雷が解き放たれ、それが水中の目標を追尾して、目標に向けて一直線に突入していく。水中で激しい爆発音が連続して響き、その度に水柱が上がる。
『目標なおも接近中』
「タフさだけは一人前だな」
対潜魚雷16発を受けて動けるのは“深海のブリッグズ”並みのタフさだ。
『目標浮上開始。400、300、200、100……』
「水上戦闘用意! 艦砲から対艦ミサイルまでホットにしろ!」
軍用AIのカウントダウンにセラフィーネが叫ぶ。
「水上戦闘用意」
霊的存在がそれに応じ、口径127ミリの艦砲と90式SSMまでが発射準備を整えて、敵の浮上に備える。
『目標浮上』
「撃ち方始め」
軍用AIの無機質な報告にセラフィーネが短く命じる。
最初に火を噴いたのはレーダー上に目標を捉えた艦砲で連続した砲声を響かせて、目標に向けて砲弾を叩き込んだ。
「目標の姿をモニター画面に映せ」
「了解」
セラフィーネが告げるのに霊的存在が応じる。
CICのモニター画面に映し出されたのは巨大なウミヘビ──シーサーペントの姿だ。
そのシーサーペントは砲撃を受けながらも口内に水流を渦巻かせると、それを護衛艦に向けて放ってきた。その水流はもっとも激しくシーサーペントに対して砲火を拭いていた無人のあきづき型護衛艦を真っ二つにすると、そのまま海に沈めた。
「子機艦B、沈没。応答なし」
「やってくれる」
セラフィーネはそう告げながらも砲弾とミサイルの嵐がシーサーペントに降り注ぐ様子を見つめていた。確かにシーサーペントはタフだった。無数の対潜魚雷に耐え、浮上して攻撃を受けながらも攻撃を繰り広げるほどにタフだった。
だが、そのタフさは“深海のブリッグズ”には及ばない。
連続したミサイル攻撃と艦砲射撃を受けたシーサーペント──“濁流のセレック”は呆気ないほどあっさりと海底に沈んでいった。
「生存反応は?」
『目標の動きなし。沈んでいきます』
セラフィーネの問いに軍用AIが無機質に答えた。
「ならば、結構。揚陸作戦開始だ」
「揚陸作戦開始、了解」
霊的存在が応じ、ネットワークを通じてセラフィーネの命令が全艦艇に向けられる。
船団は輪形陣を一時的に崩し、揚陸艦のための道を開ける。
揚陸艦はLCAC揚陸艇を放ち、更にはデッキ上でMV-22輸送機にゴーレムを積み込んで、それを沿岸部へと飛ばす。LCAC揚陸艇はいわゆるエアクッション揚陸艇であり、多地形に対応した揚陸活動が行える。これがまず沿岸部を押さえる。
次に揚陸艇を飛び立ったMV-22輸送機が内陸部に兵員を送り込み、魔王軍による沿岸部への攻撃を阻止する。いつの時代も水から上がる軍隊は弱いのだ。
MV-22輸送機は無事に目標上空に到達し、ゴーレムたちを投下していく。魔王軍もこの状況で人類の反撃が行われるとは思ってもみなかったようであり、碌な対空防御もなく、ゴーレムの降下を許してしまった。
輸送機のゴーレムは主に城壁を制圧していき、ヴァールハーフェンの半円状の城壁が瞬く間に制圧される。こうなれば魔族たちはこの虐殺の間に取り残されたも同然だ。
エアクッション艇が次々に沿岸部に兵力を送り込み、沿岸部もゴーレムによって制圧される。頼りにしていた海洋魔族は先ほどの“濁流のセレック”の果敢な突撃に付いていって全滅している。エアクッション艇を遮るものはない。
そして、上陸作戦開始から30分で1万のゴーレムがヴァールハーフェンを港湾施設及び城壁を制圧した。
魔王軍はついに後方兵站線を断たれたのだ。
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一方、その頃、ノートベルクでは激戦が繰り広げられていた。
StG44自動小銃の銃声が響き渡り、MG42機関銃の電動のこぎりを思わせる銃声がけたたましく鳴り響いていた。
時折81ミリ迫撃砲の砲声も響き、砲弾の着弾した音がこだまする。
「第1戦闘区域、今だ戦闘可能!」
「第2戦闘区域もです!」
「第3戦闘区域も持ちこたえています!」
セラフィーネは民兵たちに戦闘を任せる上に置いて、ノートベルクを8つの戦闘区域に区切っていた。そのうち6つの戦闘区域はノートベルクを覆う城壁をただ6等分したもので、第1から第6戦闘区域が割り当てられている。
第7戦闘区域はノートベルクから離れた位置に存在する野戦飛行場だ。
最後の第8戦闘区域は沿岸部全域を指す。
そのうち、現在戦闘状態にあるのは、第1から第4戦闘区域。城壁の東側が集中して攻撃を受けていた。敵は一点突破を目指しているらしく、倒しても、倒しても、城壁に戦力がなだれ込んでくる。その度に鮮血が舞い散り、銃声が響く。
「副盟主殿、どうなされますか」
「うん。どうしよっか?」
司令部となった城の中で将軍のひとりが尋ねるのに、マルグリットはそう返した。
「ど、どうしよっかではありませんよ! 魔王軍の猛攻を退けられるのですか? ここは盟主殿に援軍を要請されてはどうでしょうか?」
「うーん。正直な話、セラフィーネさんが今、ここで起きていることを知らないとは思えないんだよね。知ったうえで、こちらに戻ってこずに、向こうで戦闘を繰り広げている。つまり、我々はノートベルクの防衛を任されたってことだよ」
「守り切れるのですか?」
「守り切れるんじゃない? セラフィーネさんのお墨付きだし」
将軍と官僚たちの間ではこの間に疑念と陰謀が生まれた。
今の盟主と副盟主は役に立たない。ならば、自分たちが排除し、新しい盟主を据えなければならない。新しい体制の下で確実に物事を進めていくのだ。
「ああ。そうそう」
そういう考えが将軍たちと官僚の間に流れた時、マルグリットが声を上げた。
「もし、内輪もめで街が滅んだら、その原因を徹底的に排除するってことだから。この世の果てまで追い詰めて、確実に殺すって、ね。ちなみに私じゃなくてセラフィーネさんがそう言っていたからどうぞよろしくね」
マルグリットがそう告げるのに将軍たちの顔が青ざめた。
自分たちの行動は見透かされている。そして、セラフィーネの脅しはただの脅しではないと。セラフィーネのあのゴーレムの軍隊と空を飛ぶ兵器、鉄の船にかかれば、自分たちは確実に追い詰められてしまうだろう。
「そのようなことはありませんのでご安心を」
「そう? なら、戦争を続けようか。私たちが勝たなきゃ、全員魔族の腹の中だ」
マルグリットはそう告げると、無線によって報告される部隊の現在地を見ながら、顎を摩った。青は味方、赤は敵。今は赤の猛攻撃によって、青が押されつつある。だが、青が城壁から撤退する様子は全くない。
「いけるね、これは」
マルグリットはそこでそう告げた。
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