ヴァールハーフェン強襲計画
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──ヴァールハーフェン強襲計画
セラフィーネのドローンによる映像では魔王軍が野営地を出て集結しつつあり、攻撃の可能性を窺わせていた。
だが、セラフィーネの上空からの情報で見た限り、魔王軍には軍隊として足りないものがあった。それはすなわち後方支援だ。
20万の軍隊を支える後方支援が魔王軍にはない。食料を供給し、武器を整備し、医療体制を整えるそれが魔王軍には足りていない。それは戦闘部隊のみで編成された──張りぼての軍隊のようにセラフィーネには見えていた。
「ただの演習か。それにしては規模が大きいな。ほぼ総動員とは。魔族は創造的な種族ではないとしても、兵站がなければ戦うことは難しいだろうに」
セラフィーネは何か引っかかるものを感じながらも、同時進行中だった作戦の進捗に目を通す。こちらは万全の準備ができて、いつでも実行可能となっていた。
「徴募兵には散々脅したが、我々の間には100キロの平坦ではない道のりがある。それに今のノートベルクは間違いなく、徴募兵の戦力で防衛可能だ。ならば、答えは決まり切っている。答えはひとつしかない」
セラフィーネはにやりと笑う。
「連中の後方に殴り込んで、攻撃計画を台無しにしてやろう。そして、魔族に奪われた魔導書を奪還し、我がものとする」
セラフィーネの目的はむしろ、後に述べた方にある。
魔導書。
最先端を行く魔女であろうとも、魔導書には価値を見出す。偽書ならば価値はないが、そうでなけれ何かしらの価値があるのだ。
魔女たちは最先端の科学技術を魔術に取り込み、それを戦闘力とする。だが、それはそれで、また別に古典的な魔導書の解析も行われる。
カビの生えた魔導書に何の価値があるのかと思うだろう。セラフィーネもかつてはそう思っていた。だが、魔導書にはそれなりの価値があるのだと彼女は既に理解していた。
魔導書とはすなわち、魔術の探求という砂漠の中で先人たちが見つけたオアシスだ。それらを結び付けていけば、知識の宝庫へとたどり着ける。魔女たちが夢見る知識の宝庫にたどり着けるのだ。そして、それは魔女としてのさらなる進化を意味する。
それはセラフィーネにとってアベルとローラに対抗するための手段の向上に他ならない。彼女が確実にアベルたちに勝利できる手段の確立に他ならないのだ。
故にセラフィーネは後方の都市に眠る魔導書の探索に目を輝かせていた。
その反面で自分は乗せられたのではないだろうかという考えも払拭できなかった。後方の魔族に支配された地域に魔導書があるなどという話はできすぎだ、まるでセラフィーネをそちらに誘導しようとしているかのようである。
フォーラントがマルグリットに知恵をつけたという可能性も否定できないものであった。フォーラントならばセラフィーネが何を望むのかをマルグリットに吹き込めるのだろう。そして、あの大悪魔はそういうことをしかねない存在であった。
「魔導書が本当にあるのか。それとも出鱈目か。いずれにせよ、この攻撃で魔王軍の後方を脅かすことが出来る。そうなれば愉快な結果となるだろう」
セラフィーネは軍用規格のタブレット端末に表示された地図に自軍の陣営であることを示す駒を置いた。その駒はノートベルクの駒と合わせて、魔王軍20万を挟み撃ちにする形で布陣することになっていた。
「民兵どもにはきりきりと働いてもらい、私は後方を攻めるとしよう」
セラフィーネはにやりと笑ってそう告げて軍用規格のタブレット端末の電源を落とすとベッドに入ったのだった。
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現状、制海権を握っているのは北部都市同盟だ。
海洋魔族たちは鳴りを潜め、護衛艦が我が物顔で闊歩している。
海洋魔族たちも何度か反撃を試みたのだが、護衛艦に搭載された対小型AUV群によって迎撃された。水中で絶大な爆発を引き起こす短魚雷で、そこから生じた衝撃波によって海洋魔族たちは臓腑を押し潰され、息絶えていた。
そして、制海権が完全に北部都市同盟側に握られたと判断するとセラフィーネはある作戦を発動させることになる。このノートベルクを守るための攻撃的防衛策を。
「これより魔王軍陣地後方のヴァールハーフェンへの強襲上陸作戦を決行する」
セラフィーネは関係者のみを集めた会議室でそう告げた。
「これによって魔王軍の兵站線を断ち、20万の戦力を日干しにしてやる」
セラフィーネは青い友軍を示す駒をタブレット端末に表示された地図の上に示す。
青い駒は地図上に2個置かれている。
ひとつはノートベルク。そして、ひとつはヴァールハーフェン。
そして、魔王軍を示す赤い駒はその青い駒ふたつに東西で挟まれる形になった。
「ヴァールハーフェンを落とせば魔王軍の兵站線が途切れるの?」
「私が無為にこれまで魔王軍の船団を襲撃してきたとでも思ってるのか? あれは魔王軍の船団の活動状況を調べるためのものでもあったのだ。魔王軍がどういう経路で兵站線を維持しているかを知るためのな」
セラフィーネは調べていた。
魔王軍の兵站線は何によって維持されているかを。
魔王軍にも兵站線の概念が存在することは、彼らが移動することなく、20万の軍隊を維持していることからも明らかだった。兵站線の概念がなければ、略奪不可能な都市ひとつにいつまでも陣取っていられるはずがない。
後方から物資を輸送し、補給を行っているからこそ、補給不可能な都市に居座って、いつまでも陣を構えていられるのだ。
「魔王軍はほぼ海路に依存した兵站線を維持している。そのことはこれまでの海賊行為と戦略級ドローンの撮影した結果から明らかだ。後方にはまだ実りを残す場所があり、魔王軍はその場所から、このノートベルク前面に物資を輸送している。海路でな」
セラフィーネはそう告げてニイッと笑う。
「その海路を港を塞がれるという手段で封じられたら、連中はどうなる? 物資の補給は完全に止まるだろう。食料はなくなり、弾薬には制限がつき、連中の戦闘力は極めて低くなる。そうなれば勝ったも同然だ」
セラフィーネはそう告げて、会議室の面子を見渡した。
「これってあたしたちだけで決めていいの? 会議とかやった方がよくない?」
「戯け。だから、我々がこうして集まっているのだろうが。他の連中は知る必要はない」
作戦の重要さを知って挙動不審になるマルグリットの頭をセラフィーネが叩いた。
「けど、私たちでこれほど大規模な作戦を決定するなんて……」
「我々はそれだけの地位にあるのだ。盟主と副盟主だぞ。愚鈍な連中を導いてやるには十二分な立場だろうが」
セラフィーネは偉そうな女である。
というのも魔女化と“悪魔食い”化を同時に済ませた魔女であり、その点で自分に大きな自信を持っているのだ。普通ならば魔女化に成功しても“悪魔食い”化に失敗する。どちらもこなせたのは、セラフィーネのその強靭な精神力の証明のようなものだ。彼女が自分自身に自信を持つのも当然と言えるだろう。
その自信故にセラフィーネは偉そうだった。本人は偉そうにしているという自覚すらない。無自覚な上から目線である。
この点についてアベルもローラもさして変わらない。
「分かったけど、勝算はあるの?」
「ある。当然だ。勝算のない戦いを始めるほど馬鹿ではない。動員するゴーレムは1万体。そして、6隻の艦艇からの上陸援護射撃もある。どうあっても失敗はしまい」
マルグリットの不安そうな問いに、セラフィーネはそう告げて返した。
「あなたが留守の間の守備は?」
「民兵が行う。奴らは既に大量の魔族を相手にする訓練を終えている。問題はない」
民兵たちは小火器による基礎訓練を終え、MG42機関銃や、81ミリ迫撃砲の訓練課程を終えている。どの兵士たちも最初の気の抜けたような表情が消え去り、兵士として持つべき殺気立った表情を有している。些か行きすぎな気もするが。
そして、セラフィーネは自分の直接の指揮下にないゴーレムと民兵を混合して運用することを避けた。どちらかが洗脳魔術などの精神汚染魔術を受けた場合、致命的になりかねないからだ。ゴーレムが万が一暴走するようなことがあれば、民兵たちの手では止めようがない。口径120ミリの装弾筒付翼安定徹甲弾でさえ、セラフィーネのゴーレムを破壊しきれないのだから。
民兵たちが有するのはせいぜい刻印された魔術でアシストされたカールグスタフ無反動砲程度である。セラフィーネが刻印した魔術によって、第三世代のMBTの正面装甲を──相手が対魔術刻印を装甲に刻んでいない限り──貫けるようになっている。普通の魔族なら哀れ爆発四散だろう。
セラフィーネのゴーレムは対魔術刻印が刻み込まれているし、装甲も第三世代のMBTクラスだ。民兵たちのカールグスタフ無反動砲では、相手の魔術で暴走するゴーレムを止めることは不可能である。
なので、ノートベルクの街を守るのはノートベルクの民兵のみだ。他には頼らない。
「大丈夫なのかなー。いや、セラフィーネさんが訓練した兵士たちを疑っているわけじゃないですよ。ただ、魔族もこれまで強敵であることを示し続けてきたわけでして」
「ならば、今日でその恐怖も終わりだ。魔族が貴様らを狩る時代は終わった。これからは貴様らが魔族を狩る時代だ。そのことはすぐにでも証明されるだろう」
マルグリットの言葉にセラフィーネが短くそう告げて返した。
「とにかく始めるぞ。我々はヴァールハーフェンを強襲する。魔族たちの頭が多少なりとでもまともならば、ノートベルクを攻めるよりも、ヴァールハーフェンの奪還の方に力を入れるだろう。ノートベルクが攻撃される可能性は低い」
確かに後方の兵站線が遮断されかかっているのに、敵を攻めに行こうとするものがいたらそれは大馬鹿者だ。
「それに魔王軍は出陣の準備をしているが、未だに動く気配はない。連中が空間転移魔術でも使わらない限りは、連中が突如としてノートベルクを──」
そこまで来てセラフィーネはおかしなものを感じた。
「魔族たちは空間転移魔術を使うか?」
「い、いや。聞いたことないけど……」
そうだ。空間転移魔術を使えば後方支援なしに一気にノートベルクに攻め込める。
だが、空間転移魔術で運べるのは3、4人だ。魔王軍20万を輸送しようと思ったら5万人近い魔術師が必要になってくる。
可能性としては低い。セラフィーネはそう判断した。
「ならば、予定通り攻撃を仕掛ける。旗艦は引き続きゼーアドラー号。強襲揚陸艦をそれに加えて、作戦を始める。以上だ。何か質問は?」
「街に人間が残ってたらどうするんだ?」
そう質問したのはスヴェンだった。
「可能であれば救助する。だが、我々の目的はあくまでヴァールハーフェンの制圧にある。魔族の連中が人間を盾にしようとするならば容赦なく吹き飛ばせ」
セラフィーネは目的のための犠牲を容認する。アベルのように全ての人間を救おうとはしない。そこに人間がいて戦闘の邪魔ならば、容赦なく射殺する。
「オーケー。分かった。具体的な作戦には俺たちが口出ししてもしょうがないだろう。あんたに全部委ねることにするよ」
「無論だ。それでいい」
セラフィーネはそう告げてマルグリットの方を見る。
「貴様は我々と一緒に来るか? ノートベルクが攻撃されたら、我々とともにいる方が安全だからな、どうする?」
そうである。
ノートベルクの民兵たちに守られるよりも、戦場ながら、無敵の艦隊とセラフィーネに守られている方が安全である。その点をマルグリットはどう考えているのだろうか。
「いんにゃ。あたしはここに残るよ」
だが、マルグリットは首を横に振った。
「盟主と副盟主が両方出ていったら、市民は不安になるでしょ? そうならないようするためにもあたしはここに残るよ。セラフィーネさんたちは頑張ってきて」
「貴様も一応は考えているのだな」
マルグリットが告げるのにセラフィーネが意外そうな顔をした。
「一応はって。いつでも考えてますよ、あたしは」
「そうだな。行動が伴わないだけだな」
「うぐ」
セラフィーネの辛辣な返答にマルグリットが胸を押さえる。
「何はともあれ、攻撃は決定だ。やるぞ、諸君」
「応っ!」
こうしてヴァールハーフェンへの強襲作戦は決定した。
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