寄せ集めの民兵
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──寄せ集めの民兵
「しょくーん! 我らが北部都市同盟は、このノートベルクは危機に晒されている!」
朝一にノートベルクの中央広場から拡声器で大声を上げているのはマルグリットだ。
「確かに“深海のブリッグズ”は去った。もう、我々は生贄を捧げなくともよい! だが、魔王軍の脅威がなくなったわけではないのだ! 魔王軍20万の戦力は今もこのノートベルクを狙っている! これがその証拠の写真だ!」
写真という聞きなれない言葉にノートベルクの市民が集まってくる。
「見たまえ! ここにあるのは全て魔王軍の野営地だ! テントの数からして20万の軍勢が潜んでいることは間違いない! それが我々のこのノートベルクから僅かに100キロのところに布陣しているのであーる!」
マルグリットが指し示す画像は完成した飛行場から早速飛び立ったRQ-4グローバルホークの撮影した映像である。この偵察飛行に魔王軍は全く気付くことはなく、偵察機は撮影した映像を基地に送信して、今こうしてプリントアウトされている。
「副盟主殿。どうやってこの絵を描いたんです? そりゃあ、これだけ見るならば魔王軍の脅威がすぐそばにあるように見えますけれど、こんなに魔王軍の陣地が見渡せる場所なんてそれこそ雲の上からでもないと無理でしょう」
「そうだ、そうだ。こんなのでっち上げだ」
市民たちは航空写真というものを知らない。
この世界で空を飛ぶのは鳥と龍だけだ。他に空を飛ぶ存在などいるはずがない。ノートベルクの市民たちはそう思って声を上げていた。
「では、諸君! 上空を見上げたまえ!」
その声にマルグリットがそう告げたときだ。
空を見上げる市民たちの上空を無人機が飛び去って行った。MQ-9リーパー無人機だ。そのドローンは空を飛ぶ謎の物体を唖然として見上げる市民の表情を捉えて、写真撮影を行うと、マルグリットの持っていた軍用規格のタブレット端末に送信してきた。
「ほれ。見てみ? 君たちの間抜け面がばっちり映ってるぞ?」
マルグリットがタブレットの画面を見せるのに、人々がまた呆然とする。
「分かったかね、諸君。今、このノートベルクは危機にあるのだ。戦わなければ生き残れない。分かったならば武器を取って戦いの準備を始めようではないか!」
「し、しかし、どうやって魔族20万などと戦うというのですか? 我々が束になっても魔族には敵いやしませんよ。死体の山が積み重ねられるだけです」
「そうだ、そうだ。俺たちが勝てるはずがない」
ノートベルクの市民はどうにも捻くれている。自分たちの危機なのだから、素直に危機感を持てばいいものを、これは無理だ、あれは無理だと言って、危機に応じようとしない。セラフィーネが一番嫌悪するタイプの人種である。
「安心したまえ! 我々には強力な助っ人がついている! セラフィーネ・フォン・イステル・アイブリンガー先生。どうぞこちらへ」
マルグリットがそう告げると、通りを40体余りのゴーレムがザッザッと音を響かせて前進し、それに守られるようにして1台のハンヴィーが広場に入った。
「貴様ら」
セラフィーネが白いローブを翻してハンヴィーの外に出る。
「おお。盟主様だ」
「ありがたや、ありがたや」
まるでアメコミの市民のようなノートベルクの市民でも、セラフィーネのありがたさは理解している。彼女が魔族の侵入を撃退し、“深海のブリッグズ”を屠ったことを知らない市民はひとりとしていない。そうであるからにして彼女にマルグリットが盟主の座を譲ったのも当然のこととして受け止められていた。
「貴様らをこれから兵士にする。戦える男たちにする。文句は言わせん。魔王軍がすぐそこに陣地を展開しているのを暢気に眺めているわけには行かないことぐらいは、その足りない脳みそでも理解できるだろう。我々は対抗しなければならなん」
「ですが、盟主様。どのようにして?」
確かに対抗しなければならない。だが、どうやって戦うのだ?
「ここに武器がある」
セラフィーネはSCAR-H自動小銃を取り出した。
「それはゴーレムが使用していた……」
「そうだ。だが、本来これは人間が使うために設計された武器だ。人間が使うことが出来る。これを使えば、魔王軍の魔族100名に対して1名で対抗できるだろう。つまり20万の魔王軍に対して2000名の兵士がいればいいわけだ」
実際に魔族100名に対して1名の人間の兵士で対抗できるかは分からない。
だが、銃火器のアドバンテージは確かなものだ。きちんとした訓練さえ施してやるならば、銃火器を有さない相手に対して絶大な殺傷力を発揮する。
人類はこれまでお互いを殺すことに心血を注いで数千年の時を重ね、その行きついた先、あるいはその途上にあるのが銃火器なのだ。
セラフィーネはそのような人類の歴史に敬意を払っているし、尊敬すらしている。人類の英知を己の力として利用する魔女としては当然の考えだ。何も全ての魔女がカビの生えた魔導書の力で戦うわけではない。セラフィーネのように現代文明の英知を組み合わせて使用する魔女も少なからず存在している。
「これから貴様らを徹底的に訓練する。事前の通告にあったように16歳以上の健康な男子は全て徴募対象だ。例外はない。戦う意志がないならば、私はこの都市を去る」
「そんな!」
ノートベルクの市民はセラフィーネを当てにしていた。当てにしすぎていた。
何かあってもセラフィーネのゴーレムが攻撃を防いでくれる。きっとこの都市はセラフィーネがいる限り陥落しない。誰もがそう考えていたのだ。
だというのに、セラフィーネは住民に自分たちの身を守る意志がないというならば去るという。そうなってしまえばノートベルクはどうなってしまうのだ? 本当に魔族20万の攻撃を受けて陥落してしまうのではないか?
そうなれば自分たちは魔族に痛めつけられ、奴隷にされ、拷問を受けて、最後は生きたまま貪り食われる。そんなことになれば悪夢だ。
「お、俺は志願する! ノートベルクは俺たちが守る!」
「俺もだ! 俺もノートベルクのために戦うぞ!」
これまでは徴募に否定的だった住民たちが次々に名乗りを上げる。
「よろしい。志願者はマルグリットのところに並べ。そして、徴募された人間は郊外にある訓練施設まで出頭せよ。徴募から逃れようとすることがあれば、分かっているな?」
セラフィーネが冷たく告げるのに広場にいた全員が頷いた。
この脅迫染みた徴募兵募集の通告の後に、志願者約500名と徴募兵約2500名が集まり、徴募から逃れた人間はいないことが確認された。
だが、本当の地獄が始まるのはこれからだ。
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「遅い! 鈍い! 貴様の両親はなめくじか! 貴様はなめくじの息子か!」
「違います、マム!」
セラフィーネはまずノートベルクの郊外に設置した訓練施設の周囲を走らせることから始めた。50キロメートルのランニング。言葉としてそれを聞いただけで、みるみるとやる気を失う徴募兵たちの様子が分かった。
だが、セラフィーネは敢行した。
セラフィーネ自身も走り、後方からよろよろとついて来ている徴募兵に罵り言葉をあらんかぎりぶつけ、その闘志を燃やさせた。これぐらいでへこたれてしまう兵士ならば、弾除け程度にしか役には立たない。
「ならば、走れ、走れ、走れ! 人間であることを証明しろ!」
「イエス、マム!」
セラフィーネに抗議することは許されない。初日にそれをやって、テーザー銃の銃撃を受けて痙攣しながら失禁した徴募兵を見て、誰もセラフィーネに意見しようとは思わなくなった。セラフィーネはこの訓練施設における女王だった。
「随分と荒っぽい訓練だねえ」
「これぐらい生温い。本来ならば60キロの装備を背負って行動するのだ」
「うへえ」
セラフィーネの訓練は過酷を極めたが、脱落者は3、4名で済んだ。
「これから貴様に銃を渡す。それを整備できるようになりながら、射撃訓練を行う。分かったな。さあ、ひとりずつ武器を取りに来い」
訓練開始から4週間目にして始めて徴募兵たちに武器が渡された。
「あれ? これってセラフィーネさんのゴーレムが使っている奴とは違いますね」
「貴様らではあの銃は扱いこなせん。その代替だ」
セラフィーネはタフなことで有名なStG44自動小銃を徴募兵たちに配った。
StG44自動小銃は1948年に勃発した第三次世界大戦において連合の主力小火器となったもので、7.92x33ミリ弾を使用し、アサルトライフルの母とまで呼ばれる完成した自動小銃である。配備地域は連合各国に及び、今も量産された品が出回っている。
確かにそれはセラフィーネがゴーレムに使用して見せたSCAR-H自動小銃やM240機関銃と比較すれば扱いやすい。特に工業力が限度に達したほどの世界で作られた自動小銃でもないし、今のノートベルクのように徴募兵が大半を占める第二次世界大戦末期と第三次世界大戦で使用されたのだから。
「それから体力の優れたものにはこれを支給する」
そう告げてセラフィーネが掲げるのはMG42機関銃だ。これも同じく第二次世界大戦末期と第三次世界大戦で使用された武器で、いきなり兵士にされた一般人の徴募兵が使えるだけの簡易さを持ち合わせている。
「一先ずはこのStG44自動小銃を持ってのランニングだ。文句は言わせんぞ。いざ、ここが戦場になれば、貴様らはこれを抱えて城壁の上から下の家屋まで移動しなければならないのだ。それができないものは問題外だ。我々は能力ある軍隊を求めているのであって、烏合の衆を求めているわけではない。自分が戦えて男でないと思うものは今から去れ」
もちろん、ここまで基礎訓練を続けてきたセラフィーネはこの程度の脅しで、急ごしらえながら軍隊の顔をしてきたこの徴募兵の軍隊が崩れるとは思っていない。何はともあれ、乗り切るだろうと考えていた。
「応っ!」
セラフィーネの期待通りに徴募兵からは逞しい声が返ってきた。
「貴様らは本当に銃を扱う覚悟があるか。これを持てばもう二度と元へは戻れないぞ」
「応っ!」
十分すぎるほどの気合いだ。
「ならば、これより銃を扱う際の注意について述べる。よく聞け」
セラフィーネは一段と真面目な表情になってそう告げる。
「銃口を決して味方と自分には向けるな。マガジンが装填されていようといまいと、常に弾が入っているものと思え。引き金に指をかけるときは敵を撃つ時のみだ。安全装置は決して最後まで外すな。分かったな?」
「応っ!」
素人集団にはありがちな同士討ちを避けるための基本をセラフィーネはまず叩き込んだ。
友軍誤射で味方が死ぬことほど馬鹿らしいことはないし、友軍誤射ほど混乱を誘発するものもない。銃という多くの──いや、全ての徴募兵にとって未知の武器を扱うに当たって、セラフィーネが用心したのはその点だった。
「それではランニング開始! 15キロは走ってもらうぞ!」
兵士たちは銃をいつでも構えられる状態──ハイポート走でランニングを実施させた。構える銃の重量はStG44自動小銃で5キログラムはある。近代的な自動小銃よりやや重い大きさだ。距離こそ短くなれど、重さが加わった分、負担は大きくなる。
だが、いくら民兵であったとしても、陣地転換の必要性は生じる。相手に向かっていつでも銃弾をばら撒ける状態で移動するべき状態はあるのだ。それを考えればこの訓練も決して無駄なものなどではない。必要不可欠なものだ。
「走れ、走れ! 声を出して走れ! ノートベルクは!」
「ノートベルクは!」
「世界最高の街!」
「世界最高の街!」
「寄り付く魔族は!」
「寄り付く魔族は!」
「ミンチにしてやる!」
「ミンチにしてやる!」
セラフィーネは徴募兵とともに走りつつ、声を叫ばせる。
これまでセラフィーネには幾たびもの軍事コンサルタントの仕事があった。冷房の利いた涼しい部屋で地図を眺めながら戦略的計画を立案するような仕事から、暑い熱砂の中で兵士未満たちを立派な兵士に育て上げるまでの仕事だ。
彼女がどちらも適切にこなした。これがアベルならば、熱砂の中で兵士を鍛える──尋常でなく──ことしかできなかっただろうが、セラフィーネはアベルのような脳筋ではない。彼女には軍事的に優れた才覚があり、その才能を大ドイツ帝国陸軍大学で磨いている。彼女は兵站レベルから作戦の立案が可能だ。
無論、今のご時世に求められているのは大規模な軍隊同士が衝突する対称戦ではなく、先進国の装備の質に優れた軍隊とそうではない非正規戦部隊──民兵、ゲリラ──が衝突する非対称戦だ。その点においてもセラフィーネは才能を発揮している。
彼女が陸軍大学で臨時講師を務めていた時に実施された大規模図上演習では大ドイツ帝国軍及び北大西洋条約機構軍に対して、仮想敵部隊を率いる大ドイツ帝国陸軍第1降下猟兵師団上がりの中将とともに指揮して、欧州の政治機能の9割を麻痺させ、インフラの8割を麻痺させ、相手が何もできないままに演習を終わらせた。
寄せ集めのテロリスト集団であってもそれだけのことが可能なのだということを大ドイツ帝国陸軍中将とセラフィーネは示し、世界の軍事事情に衝撃を与えた。
そのような彼女であるからこそ、ここで民兵を本物の軍隊にできるのだ。
「よし! 終わりだ! 武器を完全な状態にしたうえで所定に位置に保管し、終わったものから宿舎に戻れ! 明日は午前5時から演習再開だ。急げ、急げ!」
セラフィーネはその日一日の訓練を終えた。
それからも対精神汚染魔術及びNBC対策が付与されたガスマスクを装備した状態で訓練が行われ、セラフィーネのゴーレムを仮想敵部隊とする実弾射撃演習が行われ、次第に徴募兵の顔立ちが変わっていき、表情に殺気が生まれてきた。
「こんなところか」
セラフィーネは兵士たちの顔立ちを見てそう告げた。
彼女は彼女で大規模な作戦を計画中だったのだ。
すなわち、魔王軍20万の陣取る後方都市への強襲上陸作戦を。
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