飛行場整備
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──飛行場整備
セラフィーネによる飛行場の整備は盟主権限で行われた。
それらの土地を有する地権者もいたが、セラフィーネは非常事態を盾に取り合わず、地権者はいても実際は荒れ地であった平原に飛行場を整備し始めた。
ブルドーザーが整地を行い、ロードローラーが地面を固め、滑走路用のアスファルトが地面を覆う。工事は瞬く間に進んでいき、格納庫と管制塔も併設された。いざという場合はここを野戦航空基地として利用し、航空支援を行う予定である。
そして、その飛行場の整備が行われている土地から北に4キロほど離れた地点においては別の工事が行われていた。
「あれは何だろうかねえ?」
「さてねえ。新しい盟主様が始めなすったことは分からないことばかりよ。前の盟主様は前の盟主様で16歳以上の健康な男子は全て兵隊にするっておっしゃるし、このノートベルクもいよいよ危なくなってきたんじゃあないかい」
工事の行われている様子を眺めている老夫婦はそう告げた。
盟主が変わる。それは大した驚きを以て迎えられなかった。この北部都市同盟が守勢に立たされてから何十という盟主が誕生し、瞬く間に消えていった。あるものは戦いで敗れて戦死し、あるものは内輪の陰謀で暗殺された。
だから、盟主の地位がマルグリットからセラフィーネに渡っても、北部都市同盟の住民たちにとっては『またか』としか思われなかった。
だが、セラフィーネは『またか』で終わる盟主ではないことを示すつもりだ。
「あれま。あれだけの荒れ地がまっ平になってるよ」
「滑走路だ。手投げ型のドローンや艦載型のドローンには必要ないが、戦略級のドローンを使用するのには必要になる。そして、いざとなれば無人戦闘機の離発着にも使われる。あって困るものではない」
マルグリットがハンヴィーの座席から建造中の飛行場を見ながら告げるのに、セラフィーネがぶっきらぼうにそう告げて返した。
セラフィーネの想定している無人戦闘機とはドローンの一種であるMQ-9リーパー無人攻撃機から本来は有人であったものを無人化したFQ-35ストライク・ライトニング無人戦闘機を想定している。どれもこの飛行場のサイズで運用可能なものだ。
それからこの滑走路の本来の目的である戦略級のドローン──RQ-4グローバルホークの運用も可能なように滑走路は調整されている。
もちろん、ここは城壁の外にあるため、魔族の攻撃を避けるために電流を流した有刺鉄線やゴーレム、民兵の警備が必要になる。それも膨大な敷地に及んで。セラフィーネはこの広大な敷地を守るために野戦監視システムを導入するつもりだった。魔術AIと霊的存在によってこの飛行場全体を監視するシステムだ。
それでもハッキングや洗脳魔術の脅威がある以上は複数の有人による監視は必要になってくるだろう。地球の演習では同様のシステムで守られたアメリカ空軍の基地が、仮想敵部隊であるアメリカ海兵隊の部隊によって陥落している。アメリカ海兵隊内の魔術戦闘部隊によって魔術AIと霊的存在がハックされ、突破されたのだ。
何事も油断はできないということである。
「で、あっちは?」
「あっちは訓練施設だ。足場は組み終えたようだな」
次にマルグリットが視線を向けるのはゴーレムが組み立てている奇妙な構造物に視線を向けた。ゴーレムたちは黙々と文句も言わずに何かしらの建物を組み立てている。
「あれってひょっとしてうちの都市の街並みと城壁?」
「ご名答。貴様にも多少の観察眼はあるようだな。あれは訓練用の施設だ」
マルグリットの指摘する通り、ゴーレムたちが張りぼてで組み立てているのは、このトールベルクの城壁と街並みの一部であった。
「でも、訓練設備ってあんなものだっけ? 標的用の案山子をいくつか立てて、それに向けて矢を放ったり、槍を突いたりするだけじゃない?」
「それではリアリティに欠ける。実戦ではそのリアリティの欠如から普段の訓練の成果が発揮できなくなることもあるのだ。極めてリアルな環境で訓練を行ってこそ、訓練はその成果を発揮する。いわゆる高度な条件付けだ」
これまでのこの世界の訓練は藁の案山子で作った的に向けて矢を放ったり、槍でついたりして体力と精度を調整可能な力をつける訓練が主だった。案山子は適当な距離に並べられ、その距離は一定であり、訓練を行う側が移動することはなかった。
だが、それでは不十分なのだ。
実際の戦場は走りに走り回って目標に近づき、攻撃を実行したり、逃げ出したりしなければならない。その際には訓練で使用したような距離に案山子は立っておらず、非常に至近距離であったり、あるいは離れすぎていたりする。
そして、行動する側も城壁の上を走り回ったり、城壁が突破された後は家屋を盾にして戦闘を繰り広げなければならない。
そのような“リアリティの差”があるからこそ、リアリティに欠ける訓練では兵士は全力を発揮できないのだ。
その点は各地で傭兵や軍事コンサルタントをやってきたセラフィーネはよく理解している。先進国はVR空間における訓練を以てして血を流さずして兵士に実戦に可能な限り近い戦闘経験を負わせる。それは実際に役に立っている。
セラフィーネはその点を理解し、解決するために実際に想定している戦場に近い環境での訓練を計画した。それがあのゴーレムたちが作っている架空の城壁と都市である。
「いやはや。軍事面はセラフィーネさんに任せてばっちりですな」
「徴募の方は進んでいるのだろうな?」
マルグリットが暢気にそう告げるのにセラフィーネが突っ込んだ。
「ま、まあ、ぼちぼちと……」
「上手くいっていないのだな」
マルグリットが歯切れ悪く告げ、セラフィーネはため息をつく。
「いきなり徴募とか言われましてもですね。働き手がいなくなるとか、ひとり息子なんですとか言われて、必死に断られるんですよ。そりゃあ、北部都市同盟はおろかこのノートベルクですら薄氷の上の砦だということは分かっていますよ? それでもこのノートベルクの住民全員が同じ認識であるというわけでもないわけで」
「それなら私はノートベルクから撤収する」
「え」
マルグリットがぐちぐちと言い訳するのにセラフィーネが短くそう告げた。
「自分たちを守るつもりのない連中を守ってやるつもりはない。死にたいのなら勝手に死ね。私が自分たちを守る意志がある人間しか助けるつもりはないからな」
「わ、分かりました! 分かりました! その点、周知します!」
セラフィーネはそもそも人助けという単語が似合う女ではない。
利己的で、他者を助けるより利用することを考える。彼女にとって持たざるものは価値がなく、弱差は放置するものであった。アベルのように積極的に弱者を助けるわけでもなく、かといって魔族のように弾圧するわけでもない。
今の状況は異例だ。
セラフィーネがマルグリットたちを助けているのは、彼女は世界最強の勇者を決める争いに参加しているからに他ならない。そうでなければ、彼女は彼女たちを放置して立ち去っていただろう。彼女は弱者には興味はないのだ。
それに今回はある意味では収穫がありそうな気配がしている。
異世界の魔術。もちろん、それがセラフィーネの知っている魔術より優れているという保証はないが、何かしら違う発展のしかたをしている可能性はある。その違いから新しい発見が得られるかもしれない。
繰り返すが、魔女にとって知識とは力だ。人狼のような筋力や感覚器を有さず、吸血鬼のような生まれ持っての能力と膨大な魔力を有さない彼女たちは、これまでの人類が蓄積した知識によって相手に立ち向かわなければならないのだ。
そのため今回の探索にはある意味では期待していた。
もしかするとこれまで理解されてこなかった魔術の原理が分かるかもしれない。もしかするとそこから新たな魔術が生み出せるかもしれない。もしかするとセラフィーネはさらなる力を手にして、アベルやローラと互角以上にやり合えるかもしれない。
そういう点でセラフィーネはマルグリットたちを助けてやっても──いいかもしれないという結論に至りつつあった。何せ、魔導書の在りかを知っているとなると、それはマルグリットたち北部都市同盟の市民に他ならないからだ。
それに勇者として振る舞うことも大切だ。
何が最強の勇者を決めるのか分からないのでは。
そうだ。どうして勝負の基準があいまいなのだ?
勝負とは勝ち負けの基準がはっきりしているからこそ、勝負として成り立つのだ。競馬ならばより早くゴールに着いた馬が勝者であり、フィギュアスケートではより華麗な演技を見せたものが勝者である。その点についてこの勝負はどうなっている?
「フォーラント。いるのだろう?」
「はいはい。何の御用ですか?」
セラフィーネが声をかけるのに、どこからともなくフォーラントが姿を見せた。いきなり現れたフォーラントにマルグリットが心臓が止まったような顔をしている。
「この世界最強の勇者勝負。勝敗の判断はどうやって行われる?」
「それはもっとも勇者らしいことをした人が勇者ですよ。弱きを助け、傍若無人な強者を挫き、もっとも勇者らしいことをした人が世界最強の勇者になります」
セラフィーネが尋ねるのに、フォーラントがにやにやした笑みでそう返した。
「それを判定するのは誰だ?」
そうである。
勝負をするのならば審査が必要になり、審査員が必要になる。どのような種目でも判定を行う人間がいるものだ。それがたとえ、あいまいな定義の教義であったとしても。
「それは魔王にやってもらおうかと思っています」
フォーラントがそう告げるのにマルグリットが咳き込んだ。
「ま、魔王に誰が勇者ですかって尋ねるの?」
「一番適任じゃないですか。誰が一番自分を煩わせてくれたか。それが分かるのは魔王に他ならないでしょう。私はこの世界最強の勇者決定戦の審査は魔王に任せるつもりですよ。“魔王ロキ”を名乗る人物に審査を任せます」
マルグリットが咳き込みながら告げるのにフォーラントは肩をすくめてそう返した。
「……貴様、魔王について何か知っているな?」
「さあて、どうでしょう? 知ってるかもしれないし、知らないかもしれない。それともあなたは“全て知ること”を私に願いますか?」
鋭い目でセラフィーネがフォーラントを睨むのに、フォーランはそう告げる。
「いいや。遠慮しておく。だが、貴様が裏切っているならば容赦はしないぞ。私とて挑戦したことがないだけで、“7人の大悪魔”を食えぬとは決まったわけではないのだからな。これまで食った悪魔の中には貴様ら“7人の大悪魔”に相応する大悪魔もいたのだぞ」
「おやおや。それは怖いですね。このフォーラント様も怯えてしまいますよ。ですが、私は決してあなた方を裏切ってはいませんよ。志を同じくした勇者仲間ではないですか、少なくとも“今はまだ”そうでしょう?」
“7人の大悪魔”。
7人の大悪魔の中の大悪魔たちを指す言葉。
フォーラント三姉妹。混沌の使いヴァル。三賢者ラルヴァンダード、ホルミスダス、グシュナサフ。この7人の大悪魔は神ですら手が及ばない相手だと言われていた。
特に最悪と言われるフォーラントとヴァルは双璧を成し、やりたい放題で万が一彼女たちを召喚した人間は死よりも恐ろしいものを覚悟することになる。
無論、それは力を持たぬ人間の場合であって、大悪魔をして『面白い』と評するアベル、セラフィーネ、ローラにとっては危険ではない。決して無害ではないが、死に至るような可能性も、何かしらの呪いをかけられる心配もないということだ。
そして、やろうと思うならばセラフィーネとフォーラントの間では激戦が繰り広げられるだろう。セラフィーネも伊達に悪魔を数多く食らっているわけではない。“7人の大悪魔”クラスの大悪魔を“悪魔食い”として捕食することが完全に不可能だと決まったわけではないのだ。
どうなるかはやって見なければ分からない。
「ですけど、ですけれど、あなたが“7人の大悪魔”であるこの私を食らってしまった場合、悪魔間のパワーバランスの崩壊を恐れた他の6人に食らわれる可能性があることはちゃんと理解していますか?」
フォーラントはにこりと微笑んでそう告げる。
「ちっ。確かに貴様ひとりでも失えば他の悪魔がこぞって動くだろうな」
“7人の大悪魔”は一種の同盟だ。互いに不可侵であり、もし外部から攻撃を受けた場合は“事態”をより面白くするという。
防衛ではない。面白くするのだ。より派手に攻撃を演出し、より凄惨な死で彩り、攻撃者の魂を貪る。それこそが“7人の大悪魔”の同盟。
「そうです、そうです。今は仲良くしておこうではないですか。同じ勇者なのですから。一緒に世界を救いませんか?」
「うんうん。仲良くするべきだと思うよ、あたしも」
フォーラントとセラフィーネの会話を聞いていていたマルグリットが頷く。
「今はそういうことにしておいてやる。だが、私を謀ろうなどとは思うな」
「思いませんとも。フォーラント様は善良な大悪魔なのですから」
セラフィーネの言葉にフォーラントはにやりと笑ったのだった。
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