略奪三昧
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──略奪三昧
アベルがノルニルスタン王国とヴェルンドリア王国の同盟締結に貢献していたとき、北の海でも戦いが続ていた。
『移動目標を検出。距離150キロ。方位0-8-0から2-5-0に移動中。速度7ノット』
ゼーアドラー号のCICに軍用AIの機械音声が響く。
「また西進船団か。連中も諦めが悪いと見える」
ゼーアドラー号のCICではセラフィーネ、ルートヴィヒ、このあきづき型護衛艦の霊的存在の3名がモニターを眺めていた。
「やりますか?」
「当然だ。叩くぞ」
ルートヴィヒが尋ねるのにセラフィーネは即答した。
「ヘリの発進準備。移乗強襲部隊はただちに乗り込め。子機艦にも同様の行動を取らせろ。今日も素敵な略奪日和だ」
セラフィーネたちは現在、魔王軍の船団が多々通過する海域で通商破壊作戦を遂行していた。“深海のブリッグズ”が倒れ、海洋魔族たちが満足に行動できなくなった隙に、魔王軍の海上輸送網をズタズタにしてやろうという計画だった。
6隻の艦隊は2隻ずつに分かれ、この広大な海原を哨戒している。
シルバーハインド号とアドヴェンチャー号の情報もこの旗艦であるゼーアドラー号にリアルタイムで送信されてきており、誰かがヘマをする可能性を減らしていた。
「ドローン、射出完了。映像は間もなくです」
ゼーアドラー号の霊的存在は戦闘をルーチンワーク化し、手順に従って作戦を進めている。敵船団の捕捉、ドローンの射出、移乗強襲部隊による襲撃、砲撃による敵船団の撃沈。全てが全自動的に行われている。
これはゼーアドラー号の霊的存在だけではなく、ゼーアドラー号に付き従う子機艦も、シルバーハインド号も、アドヴェンチャー号もそうだ。全てが自動化されており、人間は見ているだけでいい。だから、セラフィーネは他の2名の海賊にも艦艇を任せていられるのである。彼らが機械を弄らない限り、艦艇は自動的に目標を撃破する。
人間の存在すら本来は必要ないだろう。それでもセラフィーネが艦艇に人間を乗り込ませているのは、軍用AIや霊的存在がハッキングを受けた場合に備えてのことだった。
無論、セラフィーネの組み上げた軍用AIと霊的存在だ。防壁は何重にも及び、迂闊に手を出そうとした人間や魔族は脳を焼かれて死ぬことになるだろう。
それでも“絶対に安全”というのはあり得ない。どこかに落とし穴がある。それがセラフィーネの考えであったし、多くの軍人たちの考えであった。
あの世界の軍隊は省力化を進めながらも、最低限の人員は残した。引き金を引く判断をする人員として、軍用AIと霊的存在にエラーが発生した場合の非常事態要員として。
今の最新鋭の軍艦にも手動操作機能がついているのはそういうことだ。
「移乗強襲部隊、ヘリに乗り込みました」
「急がせろ」
霊的存在の報告にセラフィーネがそう告げる。
「ドローン、目標上空に到達。映像が来ます」
ドローンの映像に映し出されたのは大型のガレオン船だった。
それが3隻。不規則な陣形で進んでいる。
「相変わらず規律というものを知らん連中だ」
セラフィーネは神経質な女だ。
物事がきっちりと揃っていないと我慢ができない。規律がしっかりと保たれていないと我慢ができない。こればかりは魔法陣のごくわずかなミスで、悪魔に襲われる恐れのある魔女をやっているのだから職業病と言える。
「先頭の艦とその脇の艦を叩け。もう1隻は放置でいい」
「了解」
セラフィーネの命令でSH-60K哨戒ヘリがゴーレムの移乗強襲部隊を乗せて、移動中のガレオン船に迫る。ガレオン船はようやく哨戒ヘリの接近に気づいたようであり、ドローンからの映像では慌ててバリスタの準備をするのが見える。
「機銃掃射。バリスタと弓兵から叩け。原始的な兵器だが、質量とエネルギーがあれば脅威になる。哨戒ヘリはあいにくMBTのようにはできていないからな」
「了解。機銃掃射を開始」
哨戒ヘリに備え付けられたM240機関銃が敵の艦艇に向けて銃弾の雨を降らせる。それはバリスタを破壊し、弓兵たちを射殺していく。魔族たちはあまりにも違いすぎる射程に手も足も出ず、一方的に虐殺されていく。
「移乗強襲部隊、降下開始」
霊的存在の報告通り、4体のゴーレムが船上に降下し、魔族たちに銃弾をばら撒く。
「後は消化試合だな」
「全く以てあの魔族たちが狩られる側になったとは信じられない」
セラフィーネが息をつくのに、ルートヴィヒがそう告げた。
「戯け。貴様らが弱すぎたのだ。碌な魔術師もいなければ、碌な兵器も開発していない。私のゴーレムだけに戦闘を行わせていてもいいが、貴様らにも多少は戦ってもらった方がいいのかもしれないな。そうでなければ戦争とは呼べんだろう」
セラフィーネがそう告げている頃にはゴーレムは船上を制圧し、船内に突入していっていたドローンの映像と同時にゴーレムのヘッドセットに付けられた映像がモニターに表示されている。ゴーレムたちは船内を迅速に制圧し、船内から敵を駆逐した。
それからゴーレムたちは船倉に入るとそこにある物資をスキャンしていく。
その中から金銭的価値のあるものを回収し、ゴーレムたちは引き上げていく。他のものには見向きもせず、ゴーレムたちはヘリに搭乗して、帰投した。
「さて、随分と我らが北部都市同盟も儲かってきたのではないか」
「それはもう。大儲けでしょう。魔族は抵抗できずに、物資を奪われるのですから」
「戯け。艦艇の燃料費とヘリの燃料費。武器弾薬の費用も含めて計算しろ」
セラフィーネとしては北部都市同盟から報酬を手に入れたものの、この間の“深海のブリッグズ”との戦いで損耗した哨戒ヘリの代金にもならないことに落胆していた。燃料ならば錬金術で生み出せるし、武器弾薬の備蓄も大量だが、セラフィーネは既に勇者としての責務を終えて、自分の世界に戻った時のことを考えている。
「一先ず、今回はそろそろ帰投だな。暫くはめぼしい獲物も通らんだろう」
セラフィーネはそう告げると艦艇を北部都市同盟の臨時首都であるノートベルクの港に向けて進めたのだった。
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「いやあ。魔族たちからこんなにふんだくれる日が来るとは思わなかったですよ」
港では盟主の座をセラフィーネに譲り、自らは副盟主という地位に落ち着いたマルグリットが出迎えていた。副盟主の仕事とは盟主であるセラフィーネのやりたくない仕事全般をやる仕事である。これには流石のマルグリットも言葉がなかった。
「あぶく銭だ。だが、これで食糧の買い付けは行えるだろう?」
「ええ、ええ。オーディヌス王国からいい返事をもらってます」
セラフィーネたちのところも食糧問題を抱えていた。
北部都市同盟は交易国家であって、農業国家ではない。そのため魔王軍の侵攻で交易路が遮断されると、食料の供給に問題が生じ始めていた。
この略奪行為はその食糧問題を解決するためでもあった。
無論、全てを買い付けてしまうのではなく、城壁の内側に畑を作り、そこで食糧の栽培を始めている。セラフィーネの指導もあって、今年から収穫が見込めそうであった。
「それで、私の留守中に魔王軍の攻撃は?」
「なんにもなーしです。連中、どこかに消えたみたいに静かになってる」
セラフィーネが尋ねるのに、マルグリットがそう告げて返した。
「逆に怪しいな。これまでの魔族の活動が急に止まるというのは」
マルグリットの言葉にセラフィーネが考え込んだ。
まさか彼女も南部においてローラが35万の魔王軍を殲滅し、その空白を埋めるために魔王軍が再編成を行っているなど思いもつかない。
「でも、仕掛けてこないならいいんでないの?」
「戯け。泳がされている可能性もあるだろうが。何かを仕掛けてくる前兆だという可能性は十分にあり得るのだ。ただの杞憂であればそれにこしたことはないがな」
セラフィーネは慎重な女だ。
石橋は叩いて渡るし、何なら対爆試験を実施してから渡る。それで確実に安全だと確証が得られなかったら別の場所に橋をかけて渡るような女だ。
その彼女からすると今の状況は警戒してしかるべき状況であった。
「如何せん情報が足りんな」
彼女はここで情報不足を感じた。
今のところ、彼女は自分の見える範囲で行動しているだけだ。だが、それでは不足である。もっと多くの情報が必要だ。ドローンでもなんでもいいので情報を手に入れなければならない。戦争における勝利を左右するのは情報なのだ。
「この都市の南側の土地は空いていたな?」
「一応地権者がいるから、空いているとは言えないけれど」
「ならば、盟主権限で接収する。滑走路を整備し、戦略級のドローンを飛ばせるようにする。今はどうであろうと情報が必要だ」
魔王軍が何故攻撃を仕掛けてこないのか。
何かしらの大攻勢の前触れだろうか。それとも別の理由なのか。
「魔王軍は南で大損害を出したんですよ」
不意に声が響いた。
「フォーラント。南で大損害とはどういうことだ?」
現れたのはフォーラントだった。突如として現れたフォーラントにマルグリットはぎょっとして彼女の方を見ている。
「どうもこうも。ローラが暴れたんですよ。ローラが暴れて魔王軍は壊滅。35万の兵力を失いました。今はそのために戦線整理で魔王軍は大忙しというところですね」
「ローラがか。意外なところで活躍するなあのぐーたら吸血鬼も」
セラフィーネは魔王軍が損害を出すならば、アベル辺りの攻撃だろうと思っていた。それがぐーたら吸血鬼のローラによって35万の兵力を失っているとは思いもしなかった。
「それはともかく、ドローンは飛ばす。敵の出方が気になる。戦線整理の一環として攻撃に出る可能性も否定できない。それから敵地後方に回り込めればいいのだがな」
セラフィーネは少数精鋭の部隊で敵地後方に回り込み、情報収集することを考えていた。今はそういうことが必要とされる状況だ。魔王軍の動きははっきりせず、ただただ船団だけが東部から西部に向けて移動している。
「やればいいんじゃないんですか、敵地後方の威力偵察」
「簡単に言うな。このノートベルクを長期に渡って留守にするだけでも、それなりのリスクがあるのだ。あまり長い間は、この都市を離れられん。せめて、ここの住民が自分たちで武器の使い方を覚えてくれればそれに越したことはないのだが」
セラフィーネはそう告げてマルグリットの方を見る。
「マルグリット。話がある。城に行くぞ」
「え、あ、はい」
マルグリットは訳も分からないままにセラフィーネのハンヴィーで城に向かうことになった。これからどのような話が待ち受けているかも分からずに。
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