ドワーフとの同盟
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──ドワーフとの同盟
「この度のこと、何と礼を言っていいか分からない」
アベルたちがヴェルンドリア王国を解放してから6時間後。
幻覚剤が薄れ、ドワーフたちが正気を取り戻す中で、アベルたちはドワーフたちを解放していった。彼らを縛る鎖を破壊し、彼らを自由の身にした。
ドワーフたちは歓声を上げて喜び、アベルたちは解放者として迎えられた。
そして、驚くべきことにヴェルンドリア王国の国王は生きていたのだ。
それは恐らく“幻惑のグスマン”の嫌がらせだろうが、彼は他のドワーフとともに奴隷の身に落とされ、洗脳魔術と幻覚剤で奴隷労働に従事していたのだった。
そして、アベルたちは彼を解放した。
「えらい目に遭ってたみたいだけど、もう大丈夫なのか?」
「うむ。鉱山で万が一の場合があったことに備えて、通風孔を準備していたのが幸いした。“幻惑のグスマン”たちに襲われたときはあまりの幻覚剤の濃度の濃さと洗脳魔術によって機能しなかったのが不幸なことだが……」
ヴェルンドリア王国のドワーフたちも無傷とはいかなかった。魔王軍の侵攻を食い止めるために犠牲になったドワーフたち。その後の魔王軍の占領下で働かされ続けて、死んでいったものたち。大勢が犠牲になっている。
「あー。いいんだよ。過ぎちまったことを気にしてもしょうがない。今はこれからをどうするかを選ばないとな。俺たちは貴様らの力が必要で、貴様らは俺たちの力が必要。つまり、どうするべきかは分かるよな?」
「同盟か」
「その通り」
ドワーフの王が告げるのに、アベルがそう返した。
「ま、待ってくれ、アベル殿。我々がヴェルンドリア王国と同盟など……」
「困ってる連中で助け合えば、より大勢が助かるだろ? ここでヴェルンドリア王国と同盟しない意味があるのか?」
ハイデマリー王女が告げるのに、アベルが簡単にそう告げて返す。
無論、国家の同盟などそう簡単に決めていい話ではない。どちらも壊滅しかけているとは言えど、二国間の同盟に脅威を覚える国も出てくるだろう。特にノルニルスタン王国を今も脅威と見ているオーディヌス王国などは、同盟を快くは思うまい。
国家同士の同盟とは勢力均衡の名において、緻密に調整されるものであり、ぽっと出の素人がどうこう言うことではないのだ。
ハイデマリー王女はヴェルンドリア王国の王がこの提案を蹴るだろうと思っていた。彼らにも彼らの外交があり、もはや壊滅寸前のノルニルスタン王国と同盟するより、よりいい方を選ぶだろうと考えたのだ。
「その同盟の申し出。喜んで受けさせてもらおう。我々はノルニルスタン王国との同盟を望む。そちらの返答はいかがだろうか、ハイデマリー王女?」
だが、ハイデマリー王女にとっては予想外だったことに、ヴェルンドリア王国の国王は同盟に同意して見せた。
「本当によろしいのですか?」
「我らが王国を救ってくださったのは他ならぬあなた方だ。我々はこの恩に報いたいと思う。あなた方が来てくれなければ、このヴェルンドリア王国は“幻惑のグスマン”の手で滅びていたのだ。重ねて申し上げるが、この恩に返礼したい」
ハイデマリー王女が尋ねるのに、ヴェルンドリア王国の国王はそう返した。
「ならば、同盟を望みます。我々の間に確かな友好を」
「うむ。ハイデマリー王女の気持ちははっきりした。ここに同盟を結ぶとしよう」
ヴェルンドリア王国の国王がそう告げると、部下のドワーフたちが同盟調停のための準備を始めた。特別な円卓を準備し、同盟調停のための書類を準備する。
「この同盟は防衛条約ということでいいだろうか?」
「はい。魔族に対抗するために互いに身を守り合う条約にしましょう」
防衛条約というのは同盟国が攻撃を受けた場合に発動する条約であり、同盟国の側から相手にしかけた場合には発動しない。
今の魔王軍の攻撃に晒されている状況に置いてはこの条約で十分。ノルニルスタン王国が他の国に戦争を仕掛ける理由はないし、ヴェルンドリア王国が他の国に戦争を仕掛ける理由もない。今を耐え忍ぶにはこれだけの条約で十分だ。
より以上の密接な関係を求めるのであれば、よりお互いを知らなければならない。今のハイデマリー王女たちにそんな時間はないし、同じように魔王軍に攻撃されている国家としては防衛条約さえ締結できていれば十分だった。
ふたりが条約にサインし、ノルニルスタン王国とヴェルンドリア王国の間での同盟は締結された。ノルニルスタン王国が攻撃を受ければヴェルンドリア王国が助け、ヴェルンドリア王国が攻撃を受ければノルニルスタン王国が助けるという条約だ。
「早速だが、貴国に装備品の援助を願いたい。我々の国は壊滅状態にあり、装備品を準備できるような状況にないのだ」
「お安い御用だ。最高級の装備を準備させよう。我々は魔王軍に占領されていた間も洗脳されていて、装備品を作り続けていたようなのだ。だから、数だけは溢れるほどある。それらをそちらへの支援品とすることにしよう」
ハイデマリー王女が当初の目的を告げるのに、ヴェルンドリア王国の国王が頷いて返した。彼らは魔王軍のための装備を作らされ続けていて、高品質の魔剣や防具などの装備がこの山脈の中の倉庫に備蓄されていた。
「それでは、そちらは何を望まれる?」
条約とは双方向のものだ。
ヴェルンドリア王国がノルニルスタン王国を支援するならば、ノルニルスタン王国もヴェルンドリア王国を支援しなければならない、
「こちらから数名でいいので技術者を派遣させてもらいたい」
「それは援助なのでは?」
「いいや。我々の存続をかけた問題だ」
ハイデマリー王女が怪訝そうな表情をするのにヴェルンドリア王国の国王が告げる。
「このヴェルンドリア王国という閉ざされた空間で暮らしている限り、魔王軍による攻撃は避けられないのだということを学んだ。今回は幻覚剤だったが、あれが致命的な効果を及ぼす毒薬だったならば、我々は全滅していただろう」
ヴェルンドリア王国の国土は閉ざされた山脈の中にある。その守りは盤石であるかのように思われていたが、“幻惑のグスマン”による幻覚剤攻撃ではあっさりとその防備が陥落した。これが幻覚剤ではなく、毒ガスだったらならばドワーフたちはひとりも残さず、全滅する羽目に陥っていただろう。
「我々はドワーフが全滅することを望まない。数名でいいのでそちらに受け入れてもらえれば、ドワーフたちを分散させて生き延びさせることが可能になるかもしれない」
一ヶ所にまとまっていては魔王軍の攻撃で全滅する。そうならないようにするためには、ドワーフたちを各地に分散させるしかない。
「それでしたら喜んでお引き受けしましょう。ですが、我々は今度はそちらの危機の際に駆け付けるつもりです。我々は同盟者なのですから」
「ありがたい限りだ」
ハイデマリー王女が告げるのに、ヴェルンドリア王国の国王が微笑んだ。
「では、我々ヴェルンドリア王国とノルニルスタン王国の友好を祝って宴だ!」
「おおー!」
これまでは必要最小限の食事しか与えられていなかったドワーフたちが宴という言葉に過敏に反応する。幸いにして地下深くのワインセラーは無事であり、ドワーフたちの好みの蒸留酒も無事であった。酒があって、肉があれば宴が開ける。
「さて、ハイデマリー王女、アベル殿、フェリクス殿。楽しんでいってくれ」
「もてなしに感謝します」
ハイデマリー王女が頭を下げるのにアベルとフェリクスが見様見真似で頭を下げる。
「ここの連中、嬉しそうだな」
「それは当然だ。彼らは自由を手にしたのだから。そして、故郷を自分たちの手に取り戻したのだ。それは素晴らしいことだろう?」
アベルがドワーフ流の肉料理を貪りながら告げるのに、ハイデマリー王女が返した。
「故郷、か。俺はどこが故郷なのか分からないからいまいち実感がないな」
「アベル殿は自分の故郷が分からないのか?」
アベルがさらりと告げ、ハイデマリー王女が目を見開いた。
「ああ。俺の世界に“ここが世界で最初の人狼の生まれた場所です”なんて観光名所はない。俺が生まれた直後から狩りに身を投じ、何百キロも移動した。それに俺には故郷を構成する人間って奴がない。母親がいるわけでも、父親がいるわけでも、親戚がいるわけでも、旧友がいるわけでもない。だから故郷と言われてもぱっとしない」
アベルがどうやって生まれたのかについては謎に包まれている。
彼は世界で最初にして、世界最強の人狼として生まれた。だが、何者がそれを生み出したのかは謎である。神か、悪魔か、それとも魔術師の実験の産物か。アベルに残る最古の記憶は酷く腹が空いていて、獲物を仕留めなければと思った時のものだ。
「アベル殿。故郷というのは何も生まれた場所だけを指すものではない。そこで生まれ育ち、その土地を大事に思えばそこが故郷になる」
「そういうものなのか?」
「そういうものなのだ」
そんなアベルにハイデマリー王女は優しくそう告げた。
「アベル殿にもそのような場所はあるだろう?」
「ああ。傭兵をやってたから各地を転々としてたけど、決まった家はあったな」
「ならば、そこがアベル殿の故郷だ」
ハイデマリー王女はそう告げてアベルの手を握る。
「いつか、可能であれば私をアベル殿の故郷に案内してくれ」
「汚い場所だぞ?」
「構いはしないとも。そこがアベル殿の故郷ならば」
ハイデマリー王女の顔は少しばかり赤らんでいる。
「貴様、酔っぱらってるな? 明日には出発だから飲みすぎるなよ」
「この程度、飲んだうちにも入らない」
アベルが指摘するのにハイデマリー王女が小さく笑う。
「しかし、聞かせてくれないか。アベル殿は、その、フォーラント殿とどういう関係なのだ? とても親しそうにしていたが、恋愛関係にはあるのだろうか?」
「まさか。あれは宇宙が誕生したときから生きてる大悪魔だぞ。俺たちのことなんて玩具だとしか思ってないだろう。なあ、そうだろう、フォーラント?」
アベルはそう虚空に向けて問いかけた。
「あらあら。めでたい席を邪魔する気はなかったのですが」
そして、虚空からフォーラントが姿を見せる。
「それにしても私とアベルの関係でしたよね? 恋人ですよ?」
「真顔で嘘をつくな。俺は大悪魔なんぞと付き合う趣味はない」
「アベルは酷いですねえ。泣いてしまいます」
アベルがそう告げるのに、フォーラントが泣き真似をする。
「では、アベルはどんな女性が好みなんですか?」
「女に興味はない。俺の人生は戦場にある。弱っちい連中を苛める強い連中を叩きのめすのが俺の人生だ。他のことに興味なんてねー」
アベルはそう告げて骨付き肉にかぶりついた。
「ここの料理、美味いな。もっと食っといた方がいいぞ。酒ばっかり飲んでも頭パーになるだけで、成長しないからな。貴様の分も取ってきてやるよ」
アベルはそう告げると宴会の開かれている食卓に向かった。
「ああいう人だからこそ振り向かせてみたい。そう思いません?」
「わ、私は……」
「多少は正直になることも必要ですよ」
フォーラントはそう告げてにやりと笑うと、またどこかに消えた。
ハイデマリー王女の視線の先にはドワーフたちと肉の取り合いをするアベルが映っていた。命を救ってもらい、祖国の解放に手を貸してくれている男は、今は子供のように食事を取り合って、喧嘩をしている。
「確かにそうなのかもしれないな」
ハイデマリー王女はそう告げると、ドワーフのワインに口をつけた。芳醇なブドウの香りがする上質の一品だ。ドワーフたちは鍛冶職人としてだけでなく、酒造りにおいてもその才能を発揮しているようである。
そんなドワーフたちの力が借りれるならば、ノルニルスタン王国も大きく発展するだろう。何より魔剣と防具が手に入ったことで、ノルニルスタン王国の防衛体制もかなり強化される。これまでのように魔族に怯えて、夜を過ごすこともなくなるのかもしれない。
「全てアベル殿のおかげだな」
アベルはノルニルスタン王国を救い、ヴェルンドリア王国を救い、ふたつの国を連携させた。その働きはどのような形でも評価することのできないほどに、多大な功績だ。
「アベル殿に」
ハイデマリー王女は肉の奪い合いに勝利したアベルに向けてグラスを掲げて、ワインを飲み下した。確かに少々飲みすぎているのかもしれないとハイデマリー王女は思った。
その頃、フェリクスはドワーフとの飲み合いに負けて床に転がっていた。
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