ヴェルンドリア王国侵入
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──ヴェルンドリア王国侵入
「まさか貴様が案内人になるとはなー」
アベルは感心したような口調でそう告げた。
「こう見えても交易商人の息子だったんですよ。それで親の仕事でヴェルンドリア王国にはよく行ってたんです。道案内なら任せてください」
そう告げるのは人狼化の儀式で人狼になったフェリクスだった。
「フェリクス。そなたは馬には?」
「乗れません。馬車なら大丈夫なんですけれどね」
というわけで、馬で進むのはハイデマリー王女だけになった。
「大体どれくらいで到着するだろうか?」
「そうですね。馬ならば2か月半程度でつくと思いますよ」
2か月半。それだけフロスティガルツをアベルたちが留守にする。
それはいくら人狼化した兵士たちがいたとしても危険だ。一般の魔族たちだけが攻め込んできたならともかく、魔王軍十三将軍クラスの敵が出てきたら、いくら人狼化した部隊でも蹴散らされてしまうだろう。
「面倒ですね。途中までショートカットします?」
そこでフォーラントがそう告げた。
「ショートカット?」
「途中まで空間転移で飛ぶんですよ。私がまずは安全か見てくるので安全だったらそこまで飛びましょう。いくら私たちでも2か月半ものんびりとピクニックを楽しんでいる場合じゃないでしょう? 人類の危機ですし?」
フォーラントは首を傾げるハイデマリー王女にそう説明した。
「なあ、フォーラント。それで一気にヴェルンドリア王国まで飛ぶのは無理なのか」
「無理ですね。一度も行ったことない場所には私も飛べませんよ」
嘘である。
フォーラントはどこにだろうと飛べる。やろうと思えば直接魔王の拠点に乗り込むことだって可能だろう。そうしないのは彼女がただ単に“退屈している”からである。
こんなに面白いゲームをそう簡単に終わりにはしたくない。アベルたちには競い合ってもらって、世界最強の勇者の座を巡って争ってもらいたい。それこそがフォーラントの望み。フォーラントがアベルたちに望むこと。
「というわけで近場を偵察してきます。それでは」
フォーラントはそう告げると空間の隙間に姿を消した。
「ふうむ。まあ、ヴェルンドリア王国までの道のりが短くなるんだからありがたいことだよな。フェリクスも道案内、頑張ってくれよ」
「任せてください」
アベルが告げるのにフェリクスが頷いた。
「ハイデマリーはやっぱり馬で行くのか?」
「そうするつもりだったが距離によっては必要ないな。私も脚力には自信がある。近距離であれば馬よりも迅速に進めるはずだ」
アベルが尋ねるのにハイデマリー王女がそう告げて返した。
「見てきましたよ」
そんなやり取りをしていた間にフォーラントが戻ってきた。
「どうだった?」
「安全な場所です。水の上でも、森の中でもなく、街道ですよ。行きます?」
「行こうぜ」
こうしてアベルたちはフロスティガルツを出発した。
誰もが無事にアベルとハイデマリー王女が戻ってくることを祈っている。彼らは今のノルニルスタン王国にとって必要不可欠な人物なのだから。
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「よっと」
アベルは少し高い地点にあったフォーラントの空間転移魔術の出口から飛び出した。
「うむ。確かに街道だ。魔族の気配もない」
「私を信用してなかったんですか?」
「い、いや、そういうわけではないのだ」
フォーラントがクスリと笑うのにハイデマリー王女が慌ててそう告げた。
「フェリクス。ここからヴェルンドリア王国まではどれくらいだ」
「1日、2日ですね。もう見えてますよ。あの山岳地帯です」
街道からは高らかと聳え立つ山脈が広がっていた。
あの山脈の中に作られた国家こそがヴェルンドリア王国だ。
「あそこ全部か?」
「ええ。凄い国なんですよ。ドワーフの鉱夫が鉱山を広げていって、山全体を巨大な都市にしちゃったんです。天然の要塞でもあるんですよ。まあ、それでも魔王軍の侵略には耐えられなかったみたいですけれどね……」
ヴェルンドリア王国は鉱山を利用した国家である。ドワーフは優秀な鉱夫で、彼らに穴を掘らせたら右に出るものはいない。彼らは鉱山の拡張を続け、巨大な地下ネットワークを作り上げ、それを国家とした。
山の中に作られた都市なだけあって。その防御力は極めて高い、はずだった。
だが、魔王軍はヴェルンドリア王国すらも陥落させた。今、ヴェルンドリア王国がどうなっているかを知っているのは魔族たちだけだろう。
「んじゃ、ダッシュで向かおうぜ! 楽しみになってきた!」
アベルは子供のような男である。
地下に作られた都市とか秘密基地みたいでカッコいいなというが彼の感想だった。だから、一刻も早く、実物を拝んでみたいと思っていた。
「それじゃあ、案内しますね」
フェリクスはそう告げるとちょっとした自動車並みの速度で走り始めた。
それからアベルが続き、最後にハイデマリー王女が続く。
「やれやれどうなることでしょうね」
フォーラントはただただそんな彼らを見送っていた。
アベルたちの健脚のおかげで、馬ならば1日、2日かかる距離は6時間に短縮された。
山脈が急速に近づき、見上げるほどの大自然が広がる。
「こういう自然見ると興奮するよな」
「分かります! 人狼になってから自然がより身近に感じられるようになったんです」
アベルが山脈を見上げて告げるのにフェリクスがそう返した。
「私はあまり外には出してもらえなかったからな……」
そして、ハイデマリー王女が寂し気に告げる。
「なら、今、精いっぱい堪能しようぜ。ある意味今は自由だろ? 好き放題やっても文句言う奴はいない。自然を楽しむのもいいものだぞ」
「うむ。そうだな!」
ハイデマリー王女はこれまで蝶よ花よと育てられ、自然に触れる機会などほとんどなかった。今でこそ臣民たちのための野性味溢れる生活をしているが、それまでは籠の中の鳥だったのだ。だが、今は違う。
今はアベルが一緒にいてくれる。
それならばどんな自然だって新鮮で楽しいものだろう。
この雄大な山々もアベルが一緒にいてくれるからこそ、より美しく感じられる。自然に触れたことのなかった王女は自然に触れる喜びを得た。
「そろそろ入り口が見えてきますよ。魔王軍に制圧されているならば、警備がいるはずですから警戒してくださいね」
歩調を落としてフェリクスがそう告げる。
「確かに魔族の臭いがするな。それから何かの薬品臭……。何の臭いだ、これ」
アベルは魔族の臭いとともに未知の臭いを検出した。
鼻を突く刺激臭のような、それでいて甘い臭い。何かの薬品の臭いのように思われるが、どんな薬品なのかの見当は付かなかった。
「まあ、いいか。見張りは静かに処理するぞ。中の様子が分からないんじゃ、迂闊なことはできないからな。フェリクスはここで見張っていろ。俺とハイデマリーで叩き潰してくる。できるな、ハイデマリー?」
「ああ、任せてくれ。伊達に私も戦鬼と言われているわけではない」
「よし。じゃあ、始めようぜ」
アベルとハイデマリー王女は静かに眠り被っている魔族の見張りに近づくと、アベルは一瞬で飛び掛かって首の骨を捻り折り、ハイデマリー王女は鉄塊のような長剣で首を刎ね飛ばした。鮮血が噴き上げ、魔族が地面に崩れ落ちそうになるのをアベルとハイデマリー王女が支え、鎧の金属が響かないようにする。
「これで入り口はクリアだな。問題は中だ。魔族の臭いと例の薬品臭、それから人間に近い存在の臭いがする。おかしいな。生きている連中の臭いだ」
「それはドワーフたちではないのか? ドワーフたちが生きて囚われているのではないだろうか。それならば彼らを解放しなければ」
アベルが人狼の嗅覚で内部の様子を探るのに、ハイデマリー王女がそう告げた。
「考えとこう。無事な連中がいるなら助けないとな。それが勇者ってものだろう?」
「ああ。アベル殿は立派な勇者だ」
だが、アベルには嫌な予感がしてきた。この薬品臭を嗅いでいると気分が悪くなってくるのだ。その臭いの源がこの扉の向こうならば、本当にドワーフたちは生きているのだろうか。死にかけているのではないだろうか。
「行ってみるしかないな」
アベルはそう告げると扉を蹴り開けた。
金属の錠が飛び散り、扉は内側に開かれる。
「な、なんだ!?」
「敵襲だと!」
激しく響いた金属音に魔族たちが慌てふためく。
「こんにちは、死ね」
アベルは当初の隠密行動を捨てて、大胆な殴り込みを敢行した。
元々隠密行動はアベルの趣味じゃない。強者は正々堂々と正面から敵に挑むのが当然だと考えていたからである。
「相手はたったのひとりだ! ねじ伏せろ!」
アベルに向けて魔族の兵士が突撃する。
「残念だったな。ひとりではない」
ハイデマリー王女が飛び出し、魔族の兵士を一刀両断した。
「自分もいますよ!」
フェリクスも人狼の力で飛び掛かってきた魔族を逆に掌底を顎に叩き込み、もう一方の手で腹に打撃を加えて吹き飛ばした。
「ドワーフ、ドワーフは……」
アベルは洞窟内部を見渡す。
そして、ドワーフを見つけた。
鎖で足を繋がれ、死んだような目で鉄を鍛えているドワーフたちが数百名単位で存在していた。体は痩せ衰え、頬骨が浮かんでいる。
「やってくれるな、貴様ら。覚悟しろよ」
その光景を見て、アベルの怒りが頂点に達した。
「たった3人で何ができる! 覚悟するがいい!」
魔族たちが一斉に数百名で飛び掛かる。
だが、誰ひとりとしてアベルたちにかすり傷のひとつも負わせられなかった。
アベルは拳と両足で魔族の群れを叩きのめし、フェリクスとハイデマリー王女も飛び掛かってくる魔族たちを次々に屠っていく。
「ば、化け物……」
「貴様らにはそう言われたくない。化け物は貴様らだ。覚悟しろ」
魔族たちがしり込みするのにアベルがゆらりと動き、次の瞬間には魔族の懐に飛び込んでいた。アベルは1体、また1体、そしてもう1体と次々に魔族を撃破していく。1体の魔族を倒すのにかかる時間は0.001秒未満であり、魔族たちにはアベルがどう動いているのかすら把握することが出来ずに、ただただ武器を構えて震え上げる。
ハイデマリー王女とフェリクスもアベルほどの速度ではないが、洞窟内に並み居る魔族たちを次々に屠っていた。フェリクスの拳が魔族に対して炸裂し、ハイデマリー王女の長剣がまとめて2、3体の魔族を葬り去っていく。
「最後の1体」
そして、残された最後の1体の魔族。
「くっ。だが、貴様に勝ち目などないぞ。ここには“幻惑のグスマン”様がいらっしゃるのだ。貴様らなどあのお方にかかれば一瞬で──」
「うるさい。黙って死ね」
アベルは魔族の頭を殴り、魔族の頭が弾け飛んだ。
「さて、ここにも魔王軍十三将軍って奴がいるみたいだな。注意しろよ」
「ああ。それからドワーフたちを解放しなければ」
ハイデマリー王女はそう告げてドワーフたちに近づく。
「もう大丈夫だ。私はノルニルスタン王国の王女ハイデマリー。諸君らを救うために来た。諸君らの力を我々に貸してもらいたい」
「…………」
ドワーフたちはハイデマリー王女の言葉も聞こえなかったのか、黙々と鉄を打ち続けている。その作業の手が止まることはない。
「どうしたのだ? 大丈夫なの──」
そこでハイデマリー王女がよろめいた。
「大丈夫か、ハイデマリー!」
「これは……これは、なんということだ……」
アベルが近寄ろうとするのにハイデマリー王女がアベルに長剣を向けた。
「この魔族め。覚悟するがいい」
「何を言っているんだ、ハイデマリー?」
そう告げるハイデマリー王女の瞳からは輝きが失われていた。
「アベル殿! この臭いの正体が分かりました! 幻覚剤です!」
「ああ。そういうことか」
確かに“幻惑のグスマン”の名に相応しい攻撃手段だ。
「今から正気に戻してやるぜ。ちょっと痛いかもしれないが我慢しろよ」
アベルはそう告げてハイデマリー王女に向けて拳を構えた。
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