魔剣を求めて
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──魔剣を求めて
アベルがフロスティガルツに戻ってきた。
人狼の儀式の後、戻ってきた男たちは9名。1名が足りない。
「アベル殿。1名足りないようだが」
「1名は内なる獣に食われた。人間であることを忘れて、獣になっちまった。だから、俺が殺した。それ以外に選択肢はなかった」
アベルは率直にそう告げた。
言葉を飾ったり、言い訳をしたりすることはない。ただ、事実だけを述べる。
「そうか……。リスクがあるのは分かっていたことだ。やむを得ないだろう」
ハイデマリー王女も深くは追求せず、アベルの説明をそのままに受け入れた。
ハイデマリー王女にも分かっている。アベルが嘘をついて人間を殺すような男ではないことは。ならば、彼の説明は正しいのだろう。1名についてはアベルが説明したように、内なる獣なるものに食らわれて、野生に帰ってしまったのだろう。
「9名。たったの9名というべきか、それとも9名も揃ったと言うべきかは分からないが、この9名は原初の人狼である俺の血を直接引いている。強さで言えばかなりのものだ。これを使って次の手を打っていかないと、ジリ貧だ」
「分かっている。しかし、次なる手となるとやはり──」
ハイデマリー王女が地図を広げる。
「ヴェルンドリア王国を目指すのが一番だろう。あそこにある魔剣が手に入れば、我々の戦力が増強されるはずだ。もっとも魔王軍によって全てが接収されていたり、あるいは破壊されていないことが大前提となるが」
ハイデマリー王女が指さしたのは、このフロスティガルツから東に向けて徒歩で3ヵ月程度の距離にある山岳地帯だった。この山岳地帯こそが鍛冶職人として名高いドワーフたちの暮らしていたヴェルンドリア王国である。
位置的に見て分かると思うが、既にヴェルンドリア王国は魔王軍の手に落ちていると予想された。ヴェルンドリア王国に向かったものも戻ってこないので、ヴェルンドリア王国の陥落はもはや確実なものとして受け止められている。
ハイデマリー王女が目指すのはこのヴェルンドリア王国に眠っているかもしれない魔剣などの装備を拝借することだった。ある意味では墓荒らしに等しい行為だが、他に選択肢がないのでは仕方ない。ヴェルンドリア王国を守るために散ったドワーフたちの無念を晴らすためにも有効活用させてもらうのみである。
「魔剣か。呪いの点は気にしなくてもいいのか?」
「アベル殿。呪いのある魔剣など魔剣の中でもごくわずかだ。ほとんどのものは何の害もないよ。魔剣とはそういうものだろう?」
「ふむ? 魔剣って言われると使用者の生命力を吸うとか、定期的に生き血を吸わせてやらなければならないとか、勝手に暴れ出すとかそういうものだと思ったけどな」
アベルの世界で魔剣と呼ばれているものは、アベルが述べたような効果を持つ。殺人鬼によって呪いがかけられた代物、魔術師が儀式に使った代物、悪魔が戯れに生み出したもの。そういうものが魔剣などと呼ばれていた。
今ではそのほとんどは博物館で封印されており、実用的ではない。
今ではもっぱら魔剣なんかよりもホームセンターで購入できる1丁の拳銃の方が危険というのがやりきれないところだ。
「そ、そんな危険な魔剣があるのか?」
「あるぞ。博物館に。まあ、人狼の力があれば魔剣は必要ないとは思うけれど、ないよりはましなんだろうな。というか、銃があれば問題ないんだけどな。銃はないのか、銃は。銃があれば素人でも戦士にできるぞ」
「ジュウ?」
アベルの言葉にハイデマリー王女が首を傾げる。
「見たところ、この世界に銃はないですね。あるとしたらセラフィーネのところでしょうか。彼女に貸してくれるか頼んでみますか?」
「絶対に断られるのがオチだろうな」
フォーラントが告げるのに、アベルが肩を落とした。
「そういやあいつの方は何やってるんだ?」
「北部都市同盟って国で盟主やってますよ。立場的にはあなたより上ですね」
「やるなー、あの女」
フォーラントがにやにや笑って告げた言葉にアベルが悔しそうにする。
「盟主というのは北部都市同盟の盟主か、フォーラント殿? それは北部都市同盟の最高権力者ではないか。北部都市同盟は壊滅の危機にあると聞いていたが、まさか最高権力者の地位を譲ったというのか。そのセラフィーネという人物は何者なのだ?」
「アベルと同じで召喚された勇者のひとりですよ。そういえばローラもフリッグニア王国で副王をやっていましたね。アベルだけですよ。何の地位にもついていないのは」
ハイデマリー王女が驚愕の表情で告げるのに、フォーラントはそう告げた。
「別に何かしらの地位が欲しくて勇者をやってるわけじゃないしな。それにセラフィーネにしても、ローラにしても渋々引き受けたってところだろ? あいつらが率先してそういう面倒くさそうなことを引き受けるわけがないだろうしな」
「あれま。よく分かりましたね」
「長い付き合いだからな」
アベルにはお見通しだ。セラフィーネはともかくとして、ニート吸血鬼のローラがそんな大層な役割を引き受けるはずがない。ローラは今頃、適当な場所で食って寝しているのが安易に想像できる。伊達に長く付き合っているわけではないのだ。
「我々もアベル殿に地位を準備しようと思う!」
そこでハイデマリー王女がそう告げた。
「おいおい。フォーラントの言うことを真に受ける必要はないんだぞ? この国ってそもそも地位が作れるような状況じゃねーだろ。吹けば飛ぶような状況なんだからな。そんなことより魔剣をどうにかすることを考えよーぜ」
「そういうわけにはいかない。アベル殿の立場もある。他の勇者たちが地位を得ているのにアベル殿だけ何の地位にもついていないのでは、アベル殿の立場が不当に低いものになる。それから我が国の沽券にもかかわるので、ぜひ受けてほしい」
ハイデマリー王女は必死だった。
よその国は地位を与えることで勇者たちを引き留めていると知ったのだ。ここでノルニルスタン王国だけが何の地位も与えなければ、もしかするとアベルは愛想をつかして、別の国に渡らないとも限らないのだ。
もちろん、ハイデマリー王女もこれまでのアベルの行動から、そんなことが起きる可能性は極めて低いということは分かっている。アベルはノルニルスタン王国が国として再興するまでは決して自分たちを見捨てたりなどしないと思っている。
だが、相手の厚意だけに縋って政治を行うのは、王女としてあるまじきことだ。
ちゃんと見返りを準備し、貸し借りなしで政治を進める。必要な人材がいるならば、その人物を引き留めるために必要なことをする。少なくとも王女として帝王学を学んだハイデマリー王女はそう考えていた。
「アベル殿は陸軍元帥の地位を授けたい。受けてもらえるだろうか」
「いや。陸軍元帥って言ったって、この国の軍隊って数百名だろ? それって完全に名前負けしてんじゃねーか?」
「うぐ」
だが、他にハイデマリー王女がアベルに与えられる地位はない。
残されるのは……。
「そ、それでは、私のお、お、夫に……」
「けどま。陸軍元帥って奴でもいいか。人狼化した連中の面倒も見てやらないといけないしな。それにこれから大規模な作戦にも取り掛かることだしな」
ハイデマリー王女が顔を赤面させながら告げようとするのにアベルが口を挟んだ。
「おやおや。今、王女様が何か言おうとしてましたよ?」
「ん。どうかしたのか?」
フォーラントがにやりと笑ってそう告げるのにアベルが怪訝そうな顔をした。
「な、な、なんでもない。気にしないでくれ」
ハイデマリー王女はぶんぶんと首を横に振った。
「では、アベル殿は今日からノルニルスタン王国陸軍元帥だ。本当ならば元帥章などを渡さなければならないのだが、あいにく国がこのような状況なのでな……。とりあえず、肩書だけは周知させるので、今は我慢してくれ」
「気にすんな。それより魔剣だ」
ハイデマリー王女が申し訳なさそうに告げるのに、アベルがそう返した。
「魔剣って奴は素人でも使えるのか?」
「使えるが訓練された兵士たちの方が威力を存分に発揮できるだろう。ここの兵士たちの装備を更新できれば、それなり以上の効果が発揮できるはずだ」
魔剣。魔術を帯びた剣。
オーディヌス王国の国宝であった三振りの魔剣をセラフィーネは鼻で笑ったが、確かにあれは魔剣の中でも出来の悪いものである。本当の魔剣というものはもっと威力が高く、剣として優れた性質を持っている。
「よし。なら、取りに行こうぜ。ヴェルンドリア王国を目指して出発だ」
アベルは思い立ったら行動する男である。
後回しにはしない。先延ばしにもしない。行動すると決めたら率先して動く。
「では、遠征部隊を編成しよう。アベル殿、人狼となった者たちはどれほど戦えるだろうか? 我々が留守にするのであれば守りを任せたい」
「そうだな。第二世代の人狼なら魔族が数千で攻めてこようと防げるだろ。それが9名もいたら、そう簡単にはここは落ちないと思うぞ」
「なんと……」
ある意味ではこれほど強力な力を与えることになるからこそ、アベルは安易に人狼化をさせたくなかったのだ。力とは使い方によっては毒にも薬にもなる。
「では、我々がヴェルンドリア王国に向かう間には人狼化した兵士たちに防衛を任せよう。それで遠征部隊は……」
「部隊が必要か? 俺と貴様だけでよくないか?」
確かにアベルとハイデマリー王女がいれば、それで全て解決するだろう。彼らが組んでいれば、大抵の魔族は蹴散らせる。わざわざ複数人で行く必要などない。
「だが、魔剣やその他の装備を持ち帰るのに人手が必要だ。それにヴェルンドリア王国までの道のりに詳しい人間も必要になってくる」
「ふむ。確かにそうだな」
まずヴェルンドリア王国まで到達しなければならず、帰りには魔剣などの装備を持ち帰らなければならない。それならば人手はいるだろう。
「ああ。フォーラント、貴様が運べよ。食料の時みたいに」
「悪魔使いが荒いですねえ。まあ、いいですけど」
そうである。こちらには空間転移という技術を有するフォーラントがいるのだ。彼女が同行すれば、帰りの荷物の心配をする必要などない。
「よし。なら、後は道案内だけだな」
「うむ。兵士たちにヴェルンドリア王国まで向かったことのある者がいるか聞いてみよう。それからアベル殿に聞いておきたいのだが」
「なんだ?」
ハイデマリー王女が告げるのに、アベルが首を傾げた。
「アベル殿は馬には乗れるだろうか? ヴェルンドリア王国までの道のりは数か月に及ぶ。帰りは一瞬で終わるかもしれないが、行きは急がねばならない。それで……」
乗馬は上流階級の嗜みだ。
ハイデマリー王女も王族として当然乗馬ができる。このフロスティガルツを解放したときに彼女は馬を見つけており、手入れをして、水と飼い葉を与え、いつでも走れるようにしてある。そして、きちんと2頭準備している。
だが、アベルが乗馬を行えるかどうかは謎だった。彼はその喋り方からして上流階級の身分だとは思えなかった。粗野な野蛮人などとは言わないが、格式ある上流階級のメンバーというわけでもないだろう。そのことにはアベル自身も同意する。
「馬には乗れない」
アベルははっきりとそう告げた。
「俺が馬に乗ると馬が怯えるんだよ。だから、無理だ。俺は歩きで行くから安心してくれ。脚力は正直馬よりもタフだぜ?」
アベルはニッと笑ってそう告げる。
そうである。走ろうと思えばマグレブ並みの速度が出せるアベルが馬に頼る必要などないのだ。それは最高級のスポーツカーをトラックに乗せて輸送するようなものである。
「そうか。そうであるならば、私とフォーラント殿で馬には乗ろう。フォーラント殿は乗馬はできるのだろう?」
ハイデマリー王女はフォーラントからは格式を感じていた。彼女の些細な動作──カップを持つときの手の動きや他人を見るときの仕草が貴族的であると思ったのだ。
「私は適当に空間転移しながら進むのでいいですよ。ヴェルンドリア王国の場所と安全が確保されたら一気に飛べますし。お馬さんは趣味じゃないんです」
フォーラントは肩をすくめてそう告げた。
「では、乗馬するのは私と案内人だけになるな」
「それでいいんじゃね? 案内人は普通の人間かもしれないだろ。馬に乗せてやれよ」
アベルはそう告げた。
まさかその案内人も人間ではないとはこの時点では誰も想像できていなかった。
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