選ばれし勇者たちよ!
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──選ばれし勇者たちよ!
「あ、改めて自己紹介させていただきます。私はアーデルハイト・フォン・オーディヌス。オーディヌス王国第一王女にして姫巫女と呼ばれております」
「そうか」
王女の自己紹介にアベルがあまり興味なさげに頷く。
「皆さん、現状をお知りになりたいようですし、ここでひとつ現状を説明させていただくのはどうでしょうか。皆さんも現状が分かれば、これからどうやって勇者として活躍するのか分かるのかと思うのですが……」
「さっさと話せ。殺すぞ」
「ひいっ!」
アーデルハイド王女が告げるのにセラフィーネのゴーレムが銃口を向ける。
「ま、まずは我々オーディヌス王国の現状についてお知らせします。まず我が国の防衛線はまだ破られておらず、周辺諸国の難民たちも積極的に受け入れております。ですが、このまま魔王軍にとって状況が優位に進むならば、オーディヌス王国もいずれは陥落し、人類の生存圏は完全に消滅してしまうことでしょう」
「そうかー。それは大変だねー」
アーデルハイド王女の説明にローラが適当に返事を返す。
「それで皆さんにはまず──」
「国王陛下! 大変です!」
アーデルハイド王女が何事かを告げようとしたとき、その言葉が近衛兵の言葉で遮られた。アーデルハイド王女は何事かと息を切らせて駆け込んできた近衛兵を見る。
「ぼ、防衛線が突破されました! 東部の街ハーナルガルツが魔王軍の包囲を受けて攻撃されております! ただちに対応を!」
「な、なんてことですか……」
これまでオーディヌス王国は上手く魔王軍の攻撃をいなし続けてきた。だが、それにも限界が訪れたということだ。防衛線は突破され、国境から魔族の群れが押し寄せつつある。オーディヌス王国の存続の危機だ。
「勇者様方、どうかこの国をお救いください!」
アーデルハイド王女は勇者として召喚された4名を見る。
「なあ、こういうときにどうするのが勇者っぽいんだ?」
「知るか。敵は殺す。それで十分だろうが」
「こういう時は王様から活動資金と装備をもらうんだよ……。ボク、こういうのゲームでやってたからよく知っている」
「適当に蹴散らしていいのでは?」
だが、勇者4名は何やらごそごそと話し合っている。アーデルハイドの言葉が聞こえているようには思えないぞ。
「あの、勇者様方……?」
「おう! 任せとけ! 弱い者苛めするような連中はこの俺がずばっと倒してやる! 俺こそが世界最強の勇者だからな!」
アーデルハイド王女がおずおずと尋ねるのにアベルがサムズアップした。
「戯け。世界最強の勇者はこの私だ。私に任せておくがいい」
「世界最強の勇者はボクだよ……。ボクは世界を何度も救った勇者の経験者だからね。まあ、ゲームでだけれど……」
そして、セラフィーネとローラが続けてそう告げる。
「で、攻撃されている都市はどこにあるんだ?」
「ここです。この東部の都市ハーナルガルツが攻撃を受けています。どうかハーナルガルツの臣民たちをお救いください、勇者様方!」
アベルが尋ねるのにアーデルハイド王女が地図を広げてそう告げる。
「よっしゃあ! 地図ゲット! 行ってくる!」
「待て! 卑怯だぞ、貴様!」
「ずるい。チーター。この世の屑」
アベルがアーデルハイド王女が広げた地図を掴むと扉を蹴り破って出ていった。それと同時にセラフィーネとローラも出ていく。
「ところで」
ひとり残ったフォーラントがアーデルハイド王女を見る。
「どうしてあなた方は敵のことを魔王と呼ぶのですか?」
「それは……」
フォーラントの質問にアーデルハイド王女が考え込む。
先に相手が魔王だと名乗っていたから?
いや、最初の接触は戦闘で始まっていた。相手が魔王軍だと名乗り出したのは、こちらが魔王軍と呼び始めてからのはずだ。少なくともそう記録されている。
「そして、あなたたちはどうして魔王を倒すものを勇者と呼ぶのでしょう? 勇士でも、戦士でも、英雄でもなく、勇者なのでしょうか?」
「それは魔術の名前が……あっ……」
魔術の名前に勇者は含まれていない。救世召喚術という名前だったはずだ。どうして自分はあのものたちを勇者と呼んだのだろうか?
分からない。そう呼ぶのが“適切”だと思われたからだ。
「言葉というのは因果なもので、魔王と定義された者は魔王に、勇者と定義された者は勇者となり、それぞれの運命を辿るというものです。そして、これは誰かが書いたシナリオである可能性が極めて高いのですよ」
フォーラントがそう告げてステップを踏んで踊る。
「誰かが描いたシナリオ……?」
「そうですよ。全てが不自然じゃあないですか。いきなり始まった戦争。いきなり危機的な状況に陥る人類。そして、よその世界に助けを求めるという選択肢。普通はどこかで人類が反撃に転じていたり、自分たちの中から英雄を生み出すものでは?」
人類は20年前に“突如”として始まった魔王軍──いつからそう呼称されたかは定かではない──の侵攻を受けて、各都市が陥落し、国家が崩壊し、人類の社会秩序を維持した生存圏はオーディヌス王国だけになった。
その過程で英雄は生まれたか?
いや、いない。不自然なまでに英雄は存在しない。英雄として記録された人間はいない。少なくとも人類の歴史を現在進行形で綴っているオーディヌス王国の知る限りでは。だからこそ、彼らは別の世界から“勇者”を召喚するという術に頼ったのだ。
言われてみれば不自然この上ない。魔族の侵攻の兆候はこれまでまるで確認されなかった。前兆のようなものは何もなかった。不自然なまでに急に始まった魔族の侵攻によって人類は追い詰められている、そして、どういう選択肢でそう至ったのか、彼らは外部から勇者を召喚することにした。
出来の悪い三文小説のような展開だ。外部から何が来るのか分からないというのに、外部から勇者などというのを召喚しようというのは。実際のところ、フォーラントが宥めなかったら、アーデルハイド王女は八つ裂きにされていただろう。
それほどの危険を冒したのは何故?
それしか手がなかったから?
それともそれしか手がないように“細工”されていたから?
「一度シナリオライターさんとは話をしなければなりませんね。私は様々な二つ名を持っていますが、そのひとつは脚本破綻者というのです。うっかりとどこかの誰かが書いたシナリオを破壊してしまっては申し訳ない」
フォーラントは歌うようにそう告げる。
「シナリオとは? シナリオとは何のことなのですか?」
「知りたいですか? 後戻りできなくなるかもしれませんよ?」
アーデルハイド王女が必死に尋ねるのに、フォーラントはにやりと笑った。
「い、いえ。やっぱり知らなくていいです」
この女性には怪し気なところが多すぎる。
最後にこの女性と話しただけで、国王は意識を失ったかのようになっている。
神話や御伽噺に出来る悪魔のように言葉だけで人を操ってしまうかのような、あの中では一番の“化け物”のように見えていた。
「では、私も加勢をしに行きましょう。あの人たちだけで放っておくと何をするのか分かりませんからね。それこそ敵も味方も皆殺しかも?」
「ええっ!?」
アーデルハイド王女が慌てたときには、既にフォーラントの姿は消えていた。
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「ぶっ殺してきたぞ、魔王軍!」
アベルたちが出かけてから30分足らず。
それだけの時間でアベルたちはハーナルガルツの魔族を殲滅し、フォーラントの空間転移で再びトールベルクの王城へと戻って来ていた。
「さ、流石です、勇者様。ハーナルガルツの街は救われたのでしょうか?」
「当たり前だ。あそこに攻め込んでいた魔族は鏖殺してやったぞ。あそこはもう安全だぞ。俺のことを恐れて誰も近づいてこないだろうからな!」
アーデルハイド王女が尋ねるのに、アベルが自信満々にそう答えた。
「戯け。街の安全が確保されたのは私がゴーレムを配置したからだ」
「違うよ。僕が屍食鬼たちに守備を命じたからだよ……」
実際のところ、全て正しい。
アベルが恐怖を振りまき、死臭を撒き散らしたからこそ、魔族の司令官たちでも賢明なものたちはオーディヌス王国への攻撃に慎重になった。
セラフィーネのゴーレムが銃火器で武装して警備に当たっているからこそ、低能な魔族においても寄り付かなくなった。
ローラが魔族を屍食鬼に変えたからこそ、魔族たちは彼らに食われることを恐れて、街に攻め込もうという意欲を失った。
つまりは3人の勝利である。
「わーわー! どんどん! ぱふぱふ! 最初に大勝利ですね。では、これから旅立つ勇者の皆様方に国王陛下から軍資金と装備が渡されます!」
フォーラントがそう告げると、これまで沈黙していた国王がカクカクと油の切れたロボットの玩具のようにして動き始めた。
「エラバレシ勇者タチヨ。ソレゾレニ1000万マルクノ金貨ト王家ニ代々伝ワル秘宝ヲ与エヨウデハナイカ。遠慮セズニ、持ッテイクトイイダロウ」
「父上!? 王家の秘宝は決して他者に渡してはならぬと……」
「ワシハ国王デアルゾ!」
アーデルハイド王女が止めようとするのに国王がそう告げた。
「まあ、金はないとちょっと困るな」
「金が必要ならば奪えばいい」
「それより眷属……」
アベルたちは暢気そのものだ。
「まあまあ、活動資金をくださるというのですからもらっておきましょう。それに国宝だってくださるとのことですよ」
「ちょっ! 国宝を持って行かないでくださーい!」
フォーラントが告げるのにアーデルハイド王女が叫ぶ。
「ワシハ国王デアルゾ!」
「わーん! 父上が壊れたー!」
先ほどの同じ言葉を繰り返す国王にアーデルハイド王女は涙目だ。
「それでは王国の秘宝をとくとご覧あれ」
フォーラントがそう告げると騎士たちが低調な手つきで宝箱を運んできた。
「なんだ、これ?」
「魔術の掛けられた品だな」
「こういうのはひのきの棒って決まってるのに」
アベルが首を傾げ、セラフィーネが説明し、ローラがいい加減なことを言う。
「こ、これは魔剣フレイム! あらゆるものを焼き払うという──」
「ただの焚火程度の炎が出るだけの代物だな。手品の品にしかなるまい」
アーデルハイド王女が告げるのにセラフィーネがそう吐き捨てた。
「で、でも、これは魔槍フリーズ! あらゆるものを凍らせるという──」
「ただの製氷機だな。夏場には涼しくていいだろうが」
アーデルハイド王女が告げるのをセラフィーネが鼻で笑った。
「そ、それでも、これは魔斧サンダー! あらゆるものを雷の力で──」
「スマホの充電にすら使えんな」
アーデルハイド王女が告げるのにセラフィーネが肩をすくめた。
「なんだ。どれもガラクタじゃねえか。いらねえ」
「ひのきの棒は? ボクのひのきの棒は……?」
アベルは完全に興味を失い、ローラは謎の物体を探している。
「わ、我が王国の国宝をガラクタとは酷いです! でも、いらないならいいですよね」
アーデルハイド王女はさささっと国宝を片付けさせた。
意外とちゃっかりしている王女だぞ!
「でも、軍資金は貰うぞ。軍資金がないと食事もできないだろう」
「昔の勇者様は50マルクで満足してくださったのですが……」
「50マルクってライヒスドルにするといくらだ?」
「それはちょっと分からないです」
ライヒスドルはアベルたちがいた世界の世界的通貨だぞ。
「50マルクでは革の服すら買えませんね。そんなケチなこと言ってないで、勇者の方々には大盤振る舞いすると国王陛下もおっしゃっていらっしゃいます」
「ソレゾレニ1000万マルクノ金貨ヲ与エル」
国王が機械音声のような声でそう告げる。
「し、しかし、4000万マルクの出費となりますと我が国の財政的にも……」
「ソレゾレニ1000万マルクノ金貨ヲ与エル」
アーデルハイド王女は国王に縋ったが、国王は機械のように同じ言葉を繰り返した。
「というわけで、盛大に1000万マルクいただいていきましょう!」
フォーラントがそう告げると1000万マルクの貨幣を収めた宝箱を騎士たちがせっせと運んできた。彼らはアベルたちの前にそれを置くと、それを開いて彼らに見せる。
「これは……オリハルコンか? オリハルコンを貨幣に使うとはなんという無駄使いを。これを上手く使えばいくらでも武器が作れるだろうに」
「オリハルコンかー。ボクはあんまり興味ないな」
セラフィーネが専門的な分析をし、ローラがいい加減なことを言う。
「ま、これで勇者パーティー結成ですよ」
パンと手を鳴らしてフォーラントが告げる。
「こういうのゲームでちょっとやったことあるぜ。あれだろいろいろと職業とかレベルとかあるんだよな!」
「あいにくレベルとか数値化されたステータスがあるのはゲームの世界だけですね。職業を整理するとこんな感じでしょうか?」
そう告げてフォーラントがどこからともなくホワイトボードを取り出す。
アベル・アルリム
職業:武闘家
セラフィーネ・フォン・イステル・アイブリンガー
職業:魔法使い
ローラ・バソリー
職業:遊び人
フォーラント
職業:遊び人
ホワイトボードには以上のように記されていた。
「遊び人って役に立たねーだろ」
「バランスが悪い」
「遊び人は賢者になれるんだよー」
アベルが首を傾げ、セラフィーネが吐き捨て、ローラが告げる。
「ともあれ、勇者パーティー結成ですよ。大冒険の始まりです!」
フォーラントが拳を突き上げてそう宣言する。
「で、これからどうする?」
「地図を見た限り、敵は東に集中しているようだな」
アベルが尋ねるのに、セラフィーネがそう返した。
「よし! なら、ここから東に向けて直進だ! 最速で魔王軍に殴り込むぜ!」
「戯け。こういうものは最短距離を取ればいいというものではない。地図によれば北にまだ生き残っている都市がある。こういう都市を解放して、着実に進むべきだ」
「ボクは北は寒そうだから南がいいなー」
協調性皆無。
「なら、勝手にしろよ。俺はひとりで東を目指すから」
「フン。好きにしろ。私は北を回って進む」
「それじゃあ、ボクは南から進もう」
アベルたちがそれぞれにそう告げて王城を出ていく。
「え、その、あの?」
──勇者パーティー、勇者性の違いにより解散──!
「1日も持ちませんでしたね。やれやれ」
フォーラントは出ていったアベルたちに肩をすくめたのだった。
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本日3回目の更新です。