食い物を寄こしな
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──食い物を寄こしな
アベルとフォーラントはフォーラントの空間転移魔術でオーディヌス王国王都トールベルクの王城に飛んだ。
「ひいっ!」
「ひいっとはなんですか、ひいっとは。勇者の登場ですよ」
よりによってフォーラントが転移してきたのはアーデルハイド王女の私室だった。
「だからっていきなり人の私室に音もなく現れる人がいますか!? 心臓が3回くらい止まりかけましたよ! せめて、部屋の扉をノックしてください!」
「思春期の子供じゃあるまいし、そんなこと気にしないでください」
「子供じゃなくても気にしますよ!?」
アーデルハイド王女が叫ぶのに、フォーラントがやれやれというように肩をすくめる。だが、悪いのは100%でアーデルハイド王女の部屋に転移したフォーラントだ。
「それはそうとお願いがあるんですよ」
「……何ですか」
フォーラントが告げるのに、アーデルハイド王女が身構える。
「食料を譲ってくれ。ただでとは言わん。金は払う」
「何やら事情がありそうですね。お聞きしましょう」
そして、フォーラントに代わってアベルが告げるのに、アーデルハイド王女が頷いた。彼らはアーデルハイド王女の私室を出て、談話室に向かう。
アベルはそこで説明した。
ノルニルスタン王国のハイデマリー王女とともにノルニルスタン王国のを解放に向けて進めているものの、現状では解放した臣民の数だけの食料が足りないということ。このまま冬を迎えてしまえば、食糧危機によって餓死者が出る恐れがあること。
「ノルニルスタン王国のハイデマリー王女は私も知っています。戦鬼と名高い方ですね。ノルニルスタン王国で抵抗を続けていると風の噂には聞いていましたが、成功しているようで嬉しく思います。人類の残された生存圏は僅かですからね」
「でも、貴様の国とは仲が悪いって言ってたぞ」
「うぐ。そ、それはそうだったのですが、今は人類同士で争っている場合ではありませんから。過去のことは水に流しましょう、ざああっと!」
どうにもアーデルハイド王女の反応からして両国の関係悪化の原因はオーディヌス王国の方にありそうであるが、アベルは何も言わなかった。
「で、食料は融通してくれるのか?」
「大体、どれくらい必要なんですか?」
「500人が1年過ごせるだけあればいい」
「ふむふむ。その程度でしたら可能でしょう」
アベルとアーデルハイド王女がそう言葉を交わし合う。
「それを定期的にお願いしますね。ノルニルスタン王国が安定するまで」
「ええー……。それだとかなりの規模の負担になるのですが」
そして、フォーラントが横から付け加えるのにアーデルハイド王女が渋い顔をする。
「お値段は、そうですね。1年につき500マルクで」
「5、500マルク!? 無理です、無理! いくらなんでも安すぎます!」
50マルクで革の服は買えない。そんな物価である。
500マルクだと立派な装備がある程度整えられる程度のお値段でしかない。
「せめて、1年につき700万マルクはいただかないと」
「いやいや。500マルクで十分のはずですよ。そうですよね?」
そう告げてフォーラントがアーデルハイド王女の背後に視線を向ける。
「ウム。500マルクデ結構デアル」
「父上ー!?」
出てきたのはいつもの機械音声で喋る国王であった。
「父上。いくらなんでもこれでは滅茶苦茶です。ただで渡すようなものですよ!」
「500マルクデ結構デアル」
「い、いや、全然結構では……」
「500マルクデ結構デアル」
アーデルハイド王女はいくら説得しても国王が意見を変えないことを知って、しょんぼりと肩を落としてしまった。
「どうです、アベル。なかなかの交渉術でしょう?」
「これを交渉と呼ぶかは疑問だけどなー」
アベルはフォーラントが国王を操っていることを確信した。
「はいはい。分かりましたよ。500マルクで食料を渡しますよ。それでいいんでしょう」
アーデルハイド王女はキレ気味に同意して見せた。
「その代わり輸送はそっちで行ってもらいますよ。私たちに余裕はないですから」
「任せとけよ。で、食料はどこにあるんだ?」
「王都の備蓄食糧をお渡しします。食料保管庫に来てください」
そう告げるとアーデルハイド王女は立ち上がって談話室を出た。
「500マルクデ結構デアル」
「それはもういいです、父上」
最後まで機械音声な国王であった。
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「ここが食料保管庫です」
アーデルハイド王女が案内したのは王城の中にある巨大な倉庫だった。
「500人分でしたら大体これぐらいでしょう。あまり多くは渡せませんよ。私たちもいつ魔王軍に包囲されるか分からない生活を送っているのですから」
「分かってる、分かってる。そっちの都合もあるだろうしな。こっちはとりあえず冬が越せるだけの食料が確保できればいい。無理を言って、そっちに借りを作るのはハイデマリーが望んでないからな。対等な立場で取引しときたい」
「500マルクの時点で相当な借りなんですけど……」
アーデルハイド王女が積み重ねられた穀物の束を見せて告げるのに、アベルが頷きながらそう告げて返した。
「ノルニルスタン王国が頑張っているからこの国は安全でいられるんですよ。そう考えれば安いものではありませんか。安いものですよね?」
「は、はい。安いものです」
フォーラントが不気味な笑みを浮かべながら告げるのにアーデルハイド王女が慌てて頷いて見せた。彼女も本能としてフォーラントが危険な存在だということを理解しているようだ。もっともどう危険なのかは分かっていないようだが。
「しかし、穀物だけで過ごせるのかね」
「大丈夫なのではないですか。それともついでにワインも貰っていきます?」
アベルが穀物の束を見ながら告げるのにフォーラントが適当にそう告げた。
「ワ、ワインまで持っていくつもりですか! 鬼畜ですか!」
「勇者だっていって召喚したのは貴様だろ」
「んじゃ、フォーラント。頼めるか?」
「本当にこれだけでいいんですか?」
アベルが告げるのに、フォーラントが囁きかけた。
「あなたのためならばどれだけでも持っていけますよ? 今はこのオーディヌス王国よりノルニルスタン王国の方が大事でしょう? 私ならば力になれますよ?」
フォーラントはそう告げてアベルの腕に抱き着く。
「全員、大事だ。オーディヌス王国の弱っちい連中も、ノルニルスタン王国の弱っちい連中も助けてやらなければならねー。どっちかだけを救うってのはなしだ。俺は欲張りだから、全部救うことにする。不満か?」
アベルはそう言い切って、そのアメジストの瞳でフォーラントを見た。
フォーラントは拗ねたような、それでいて嬉しそうな顔をしている。
「それだからあなたのことは好きなんですよ。さてさて、お土産を持って帰りましょう。ここにあるものはいただいていきますね」
フォーラントはそう告げると地面に魔法陣を浮かび上がらせ、自分とアベル、そして穀物の束をその魔法陣の中に収めると一瞬で消えた。
残されたのはアーデルハイド王女のみ。
「はあ。500マルクであれだけ食料を渡していたら破綻してしまいますよ。そもそもその代金である500マルクも本来はうちの予算だったのに……」
アーデルハイド王女はぶつぶつと文句を言いながら王城に戻っていった。
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オーディヌス王国王都トールベルクからノルニルスタン王国フロスティガルツまではまさに一瞬だった。瞬きした瞬間には、アベルたちはフロスティガルツの広場に到着していた。周囲の人々がぎょっとした目でアベルたちを見てくる。
「よし。後はこいつを保管しないとな」
「保管する設備あるんですか?」
「多分、あるだろ」
アベルはそこまで計画的な男ではなかった。
「アベル殿!」
「おう、ハイデマリー。食料持ってきたぞ。どこに保管すればいい?」
広場にどっさりと食料が置かれているのを見て、ハイデマリー王女が広場に面している市庁舎から飛び出してきた。
「ここは交易都市だ。食料を保管する場所はいくらでもある。そこを利用しよう。しかし、これだけの量を運ぶのは一苦労だな……」
「場所さえ指定してくれれば、フォーラントが運んでくれるぞ」
穀物の束を見上げてハイデマリー王女が告げるのにアベルが軽くそう告げた。
「人を便利な女扱いですか? 拗ねますよ?」
「便利なのは誉め言葉だろ?」
フォーラントが泣き真似をするのにアベルが首を傾げた。
「女心の分からない人ですね。そんなことだからセラフィーネやローラから呆れられるんですよ。まあ、いいですけれどね」
フォーラントはにやにやしながら、アベルに腕に自分の腕を絡めた。
「それで、こいつはどこに運べばいい?」
「待ってくれ。今からいい場所を探す。虫やネズミでやられてしまっては困るから、慎重に選ばなければならないな。街の各地の倉庫に人を送って調べさせよう」
そう告げてハイデマリー王女が人を呼び、命令を下していく。
「おう。それじゃあ、俺たちは待っているとするか」
アベルはそう告げて広場の中央にある枯れた噴水の淵に腰を下ろした。
そしてフォーラントがアベルの隣に腰を下ろしたのを見て、ハイデマリー王女もアベルの横にさりげなく腰を下ろした。
「それにしても、これからのことを考えねーとな」
「こ、これからのこと!? そんな、アベル殿、私たちは結ばれぬ定めにあるのだからにして、そのようなことを言われても……」
「何言っているんだ? これからどうやって魔王軍と戦うかの話だぞ?」
ハイデマリー王女の頭がピンク色になっている。
ハイデマリー王女は初心な少女である。
生まれてこの方、蝶よ花よと大切に育てられ、男性経験など欠片もなかった。そして、魔王軍の侵略の足音が迫る中、宮廷魔術師の事故によって悪魔が召喚され、“悪魔食い”となった。そうなってしまったハイデマリー王女は戦神の加護を受けているということになってはいたが、影では化け物扱いされていた。
そして、本格的にノルニルスタン王国が崩壊し、ハイデマリー王女はただただ臣民たちを生き残らせるためだけの戦いに身を投じることになる。
故にハイデマリー王女に恋愛経験などなかったし、全く知識がなかった。
今の行動はただ本能のままに行動しているだけである。
つまりは気になる異性と一緒にいたいという本能。
「まあまあ、今はそのような話はいいではないですか。魔王軍がすぐに攻めてくるというわけでもないのですから。今は食料を手に入って一安心。これでフロスティガルツ奪還の戦勝祝いができるというものではありませんか」
フォーラントはそう告げて自分の豊満な胸をアベルの腕に押し付ける。
そして、フォーラントはハイデマリー王女に向けてにやりと笑った。
「そ、そのようなことは楽観的過ぎる。アベル殿の言う通り準備するべきだ」
ハイデマリー王女も反対の腕に抱き着き、彼女の胸をアベルに押し付ける。
ハイデマリー王女の顔は真っ赤だ。こんな破廉恥なことを自分がすることになるとは思っても見なかったのだ。だが、そうしなければフォーラントに負ける。そういう対抗意識からハイデマリー王女は動いていた。
「……貴様ら、それ、楽しいのか?」
アベルは自分が玩具にされていることをちゃんと理解していた。
最初にフォーラントが挑発し、ハイデマリー王女がそれに乗った。女心の分からぬ彼でもそれぐらいのことはちゃんと理解できている。
「す、すまない、アベル殿! その、楽しいかどうかではなく、負けられないと言うか。そういう感じだったのだ!」
「私は楽しいですよー」
アベルがため息をつくのに、ハイデマリー王女は慌てて腕から胸を離し、フォーラントはより強くその胸をアベルの腕に押し付けた。
「フォーラント。人間をからかうのもそこら辺しておけよな。貴様が物事を引っ掻き回すと碌なことにならない。俺たちは魔王軍っていう悪い連中を倒す勇者としてここに来たのであって、遊びに来たわけじゃないんだからな」
「もう、アベルはお堅いですね」
アベルの言葉でフォーラントがアベルから離れる。
「殿下ー!」
そのようなやり取りをしていたとき、ひとりの兵士がハイデマリー王女の下に駆けてきた。どうやら倉庫を観察に行ったひとりらしい。
「手ごろな倉庫が見つかりました。虫やネズミの心配はありません」
「そうか。ご苦労だった。では、その倉庫に食料を移そう」
兵士の言葉でハイデマリー王女が王女として立ち上がる。
「フォーラント殿。頼めるか」
「はいはい。このフォーラント様にお任せあれ」
フォーラントは軽くそう告げるとアベルとともにその倉庫に向かったのだった。
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