魔王軍王都スヴァリン総攻撃
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──魔王軍王都スヴァリン総攻撃
「ローラ殿! ローラ殿!」
フリッグニア王国の将軍のひとりが大慌てで扉を叩く。
「……なあに?」
時刻は昼から僅かに回った午後1時30分。
「魔族の大攻勢が始まりました! 奴らはこの王都スヴァリンを落とすつもりのようです! 今、防衛軍が応戦していますが、状況は劣勢。今すぐにでもローラ殿の助けが必要になります。どうかご出陣をっ!」
そういえばあの第9軍団の軍団長も明日には大攻勢だと言っていた気がするなと思いながら、ローラは考えた。ここで王都スヴァリンを救わなければ、せっかくゲットした衣食住とニート生活を奪われてしまうと。
「分かったよ。すぐに出発する。非常食君を起こしておいて」
「非常食君?」
「あそこでへばってるエルフの男の子のこと」
今朝の早朝から今までにかけて、クリスは酷い目に遭っていた。
いつの間にかローラのベッドに連れ込まれていた挙句、彼女の寝相が滅茶苦茶悪いのだ。そりゃあ、枕が5つの必要になるよねと言いたくなるような有様で、その上ローラは一糸まとわぬ全裸だったので目覚めかけたクリスは即失神してしまった。初心な男だ。
ちなみに、アベルもセラフィーネもローラの全裸は見慣れている。アベルも異性と言えば異性なのだが、真祖吸血鬼は無性ということもあって、ローラも気にしていない。それにアベルはあまり女体には興味を示さない。彼は中身で物事を判断する。
セラフィーネも同じくで、ローラに人前に出るときは服を着ろというぐらいで、彼女が居城で全裸でうろうろしていても、気にすることはない。セラフィーネのまた人物を中身で評価するタイプであり、強者であるローラにそれなりの信頼をしている。
そんな人外どもの話は置いておいて、今はローラのせいで失神しているクリスを起こすことから始めなければならなかった。
「クリス! クリス・カナリス! 起きないか!」
「はっ! 何か越えてはいけない一線を越えてしまったような……」
「何をとぼけたことを言っている。出撃だ。魔族が総攻撃を仕掛けてきた!」
「なんですって!?」
クリスにとって残り25万の魔族による総攻撃は文字通り大惨事を招きかねないことであった。王都スヴァリンには避難していない住民が50万も存在しており、魔族の包囲下で逃げることもできず、閉じ込められているのだ。
いや、包囲は今はない。ローラが第9軍団を殲滅したことで脱出経路はできた。
「ただちに住民の避難を実施してください! このままでは大勢が犠牲になります!」
「ならないよ」
クリスの必死の言葉にローラがそう告げた。
「魔族殺すべし、慈悲はない、だよ。攻め込んでくるなら迎え撃つだけの話さ」
ローラはまるで散歩に行くような感覚でそう告げたのだった。
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「東門、突破されそうです!」
「奴らを街に入れるな! 大惨事になるぞ……!」
王都スヴァリンは陸軍の防衛部隊が魔族と交戦していた。
これまで人間が使ってきた道具を真似たのか、破城槌まで魔族は準備していた。
防衛部隊は火矢を使って破城槌を攻撃し、炎上したところに油を浴びせかける。破城槌が炎上し、魔族たちが火達磨になって地面を転がる。
「怯むな! 人間ごとき敵ではない! 偉大なる勝利を“溶解のブロック”様の手に! 魔王軍に栄光あれ! 突撃ぃ!」
それでも魔王軍が数にものを言わせて攻め込んでくる。
弓兵が城壁の上の兵士たちに矢を浴びせかけ、その隙に梯子をかけ、城壁をよじ登ろうとしている。それが西門を除く全ての城門で行われているのだ。
防衛部隊は徐々に戦力を失っていき、次第に戦場は城壁の上へと移っていく。
「指揮官殿! このままでは押し切られます!」
「分かっている! だが、我々に打つ手などもうないのだ」
全戦力を動員して防衛戦闘を行っているが、数において劣勢であり、兵士の質として劣勢であるフリッグニア王国の防衛部隊に勝ち目などなかった。ここにどんな戦略家がいたとしても、既に始まってしまった戦闘をどうこうすることはできないだろう。
まして、今は大胆な戦略などが華々しく活躍する戦いではない。これは包囲戦なのだ。それも都市部に立て籠もった籠城戦だ。そして、救出部隊の見込みもない包囲戦なのである。そんな状況で何の戦略も立てようがない。
救出部隊のいない籠城戦は敗北に繋がる。立て籠もるものはいずれ負けるのだ。
「どうにか、どうにか手を打たなければ。王都にいる50万の人間が魔族の餌となってしまう。そんなことをもう許してなるものか」
王都の陸軍部隊は各地で戦ってきた部隊の寄せ集めだ。
彼らは辛い敗北を知っている。自分たちが負けたことで都市が魔族の手に落ち、そこでどのようなことが行われたのかを知っている。人間は食われ、女性は魔族を生むたための胎にされ、生き残りは玩具のように遊ばれる。
残忍な魔族の手にこれ以上、一般市民を渡すわけにはいかなかった。
「門だけはなんとしても守り抜け。門さえ守るならば、この王都スヴァリンも落ちないはずだ。破城槌は叩いた。破城槌さえなければ、魔族が城門を突破することなど──」
「伝令!」
防衛部隊の指揮官の下に伝令が駆け込んで来た。
「どうした?」
「敵は城門を突破しつつあります!」
「なんだと!?」
指揮官のこれまでの前提が覆された。
「ど、どうやったというのだ? 魔術師か?」
「それが魔族たちが革袋を城門に投擲した途端に城壁が腐食を始め、崩れかけているとのことです。どのようにすればいいでしょうか……?」
分からない。魔族は何を使ったというのだ。
「ええい! どうあろうとも我々は引くわけにはいかない! 城門が崩れかかっているのであれば、バリケードを展開しろ! 撤退は許されない! 勝利か死かだ! 全員、どうあってもこの王都スヴァリンを敵の手に渡すな! 我らが名誉ある王国陸軍なのだ!」
「了解!」
軍人たちは将軍から一兵卒に至るまで駆けまわっていた。
崩れそうになっている城門を押さえるために近くの家々から徴用した家具などでバリケードを作り、馬車の荷台も利用してそれを補強する。そして家具の合間からクロスボウで城門に迫る魔族に矢を放ち、必死に敵を押さえ込もうとする。
だが、それは時間稼ぎにはなれど、決定打にはならなかった。
魔族は25万という数で攻め込んできているのだ。それに対して難民などを含めた人口50万の王都スヴァリンを守るフリッグニア王国陸軍防衛部隊の規模は15万。それも敗残兵を掻き集めて作った急ごしらえの軍隊だ。
魔族と人間の戦闘力の比率が10:1であることを考えると、戦力差は大きすぎる。これでは人間側に勝ち目など欠片もないように思われていた。
「終わるのか。今日でこの国は終わってしまうのか」
各地で立ち上る炎の煙を見ながら、マクシミリアン2世は涙を流した。
世界に名高いフリッグニア王国王都スヴァリン。豊かな大地に恵まれた国で、有り余るほど取れる作物をオーディヌス王国やノルニルスタン王国、北部都市同盟などに輸出して外貨を貯蓄してきた。それによって人々の暮らしは豊かで、幸せなものだった。
だが、それにも終わりが近づいてきている。
20年前に始まった魔族の大侵攻。これによって東部の国家は次々と陥落して消滅し、魔王軍の手はフリッグニア王国にまで伸びてきた。国を守ろうとした王子たちは死に、海外に嫁いでいた王女たちも死んだ。
そして、今や王都は猛攻を受けて陥落寸前であり、国民50万が危機に晒されている。魔族がひとたび城門を破れば、この城壁は牢獄と化し、魔族たちはこの都市で蛮行の限りを尽くすだろう。男も女も痛めつけられて、殺される。
この国にはもう未来はないのか? これでお終いなのか?
そんなことはない。
フリッグニア王国は幸運にして切り札を手に入れている。
そう、ローラだ。
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「派手にやられてるね」
ローラは蝙蝠の羽根でパタパタと空を飛びながら、魔眼で戦況を見渡していた。その結果見えてきたのは、フリッグニア王国の圧倒的な不利という状況であり、魔王軍の圧倒的優勢というものであった。
如何せん数において負けており、個人の戦闘力の差として負けている。ローラの魔眼では相手の強さが色で分かる。
緑──一般人。全く脅威にならない。
黄──やや力のある人間。訓練された兵士などがこれに当たる。
赤──極めて力のある存在。人間である場合はほとんどなく、魔女や人狼である。
黒──測定不能な強さ。該当するのは現在セラフィーネとアベルのみ。
この判断基準によればフリッグニア王国の防衛部隊はほとんどが黄色だ。ちらほらと緑も混じっているが、逃げ遅れた住民や義勇兵だろう。
一方の魔王軍はほとんどが赤かそれに近い色。黄色も混じっているが、赤の数が圧倒的に多い。魔族というだけあって、力はそれなり以上というわけだ。
「あ、あの、降ろしてもらえませんか?」
「ん? 落としてほしい?」
「違います! 降ろしてほしいです! 僕をぶら下げていてもどうしようもないじゃないですか! 高いところは苦手なんですよ!」
おずおずとローラに声を上げるのは非常食君ことクリスだ。
彼はローラに抱きかかえられた状態で王都スヴァリン上空450メートルを飛行していた。飛行していたというよりぶら下げられていた。
「へー。高いところ苦手なんだ」
「な、なんですか、その顔。何か思いついたみたいな顔するのやめてくださいよ」
ローラが目を輝かせてそう告げるのに、クリスは猛烈に嫌な予感がした。
「それじゃあ、このまま魔王軍退治に行こうか」
「降ろしてくださいよー!」
クリスが悲鳴を上げたまま、ローラは城門に攻め込もうとする魔族の群れに向けて高速で飛行した。魔力で航空力学的に最適なフォルムを形成することで、軽く魔力を込めて飛行するだけで第二次世界大戦中のレシプロ戦闘機並みの速度が発揮できる。
飛ぼうと思えば音速を越えられるが、今はその意味はない。何より本格的にローラにしがみついているクリスが失神する。
「さて、どう料理しようかなー」
クリスを抱えながら、魔王軍の上空を飛行し、ローラが呟く。
「この間みたいに蝙蝠でずばーってやるのはダメなんですか?」
「同じ手段ばっかりだと能がないと思わないの?」
「今は国の存亡の危機なんですから誰も気にしませんよ!」
ローラは攻撃手段が多彩な女だ。
蝙蝠による攻撃。レイピア“串刺し狂”による戦闘。魔力で形成した刃による攻撃。その他もろもろ。様々な攻撃手段を有している。
確かに魔王軍全体を攻撃するのはクリスの言うようなやり方が手っ取り早いが、それだけでは芸に欠けると思っていた。そこら辺の考えはニート吸血鬼というより、ユーチューバー気質というべきだろう。
「それじゃあ、いろいろと組み合わせて使っていこうかな」
ローラはそう告げると大量の蝙蝠を呼び出した。
「全て屍食鬼に。それから同士討ちを狙って」
ローラがダウナーにそう告げると、蝙蝠たちはローラの背中から溢れ出し、城門を襲っている魔族に襲い掛かった。
「蝙蝠!?」
「な、なんだ、これは! た、助けて──」
魔族たちは蝙蝠に襲われ、次々に屍食鬼に変えられていく。
「ア、アー……」
「なんだ!? どうしたんだ!? やめろ! 俺は味方だ!」
そして、屍食鬼たちは主の命じるがままに他の魔族を襲い、魔王軍は瞬く間に混乱に叩き落とされていく。血飛沫が舞い散り、屍食鬼に襲われたものが屍食鬼になり、混乱は絶頂を迎えつつあった。魔族たちにもう城門を攻撃する余裕などない。
「い、いったい何が起きたんだ……?」
「分かりません……。蝙蝠が魔族を襲ったと思ったら、突如として魔族同士で殺し合いが始まったんです。いったい何が起きているんですか……?」
混乱しているのは守備側の人間たちも同様だった。
彼らは突如として魔族たちが同士討ちを始め、魔族が魔族の肉を食らうのに、ドン引きしていた。戦況的に状況は逆転したとは言えど、目の前の臓物と汚物の地獄絵図を見て、吐き気を催すものすら出始めている。
だが、これでもう北門が破られることはないだろう。
「さて、これで北はいいとして、次は東だ」
「降ろしてください……」
ローラはぐったりしているクリスを抱えたまま、東に飛んだ。
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