表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

22/57

昨夜はお楽しみでしたね

……………………


 ──昨夜はお楽しみでしたね



「で、出ますよね? ここ絶対お化け出ますよね?」


「うーん。どうかなー」


 王都スヴァリンの王城に戻ったローラとクリスは魔王軍との戦闘について報告した。


 魔王軍10万の壊滅。


 もちろん、誰も最初はそんなことを信じはしなかった。このよそ者が上手いこと子供たちを失って傷心している王に付け入って、一儲けしようとしているのだと考えていた。よって、ただちに南の方面に向けて確認のための騎兵が送られた。


 そこで騎兵たちが見たのは共食いをする魔族たち。


 いや、魔族同士で共食いをしているのではない。一方は明らかに死んでいるにも関わらず、腐敗した体で動き続けており、それこそがローラの説明した屍食鬼であるということが分かった。ローラの告げたことは全てが事実であったと分かったのだ。


 それからの王城は大変な騒ぎだった。


 魔王軍の王都スヴァリン包囲網の一翼が崩れた。このままならば、無事に臣民を脱出させることができるかもしれない。隣国であるオーディヌス王国に避難できるかもしれない。王宮中がそのことで騒然とした。


「どうして逃げる必要があるの?」


 そんな状況でローラが尋ねた。


「それは確かに魔王軍の包囲網の一翼は崩れた連中にはまだ20万近い戦力が」


「それも全部倒せばいいじゃないか」


 ローラの言葉は衝撃的であった。


 だが、全くあり得ないことではないのだ。


 ローラは単騎で魔王軍10万を屠った。ならば、残りの20万──正確には25万──の兵力もやれるのではないだろうか。王都を陥落の危機から“完全に”救うことができるのではないだろうか。国王マクシミリアン2世も将軍たちもそう考え始めた。


「ローラ殿。本当に残りもやれるのですか」


「余裕」


「魔王軍十三将軍のひとりがいると聞きますが」


「余裕」


「こちらから出せる兵はいませんよ?」


「非常食君だけ貸してくれればそれでいい」


 ローラならばやれる。魔王軍25万という絶大な戦力を叩くことが出来る。


「ローラ殿。どうか王都スヴァリンを救ってくだされ……!」


 国王マクシミリアン2世はローラにそう頼んだ。


「最初からそのつもりだけど」


 ローラの目的は衣食住の確保である。それならば国に貸しを作っておくのが一番いい。勇者として国を救い、末永くパラサイトしようと考えていた。


 このローラ、相変わらずのニート思考である。


「おお。聖女じゃ、聖女が降臨されたのじゃ」


「聖女ローラ様」


 だが、その目論見は現地住民の面倒くさい信仰心によって妨げられることになる。


「聖女じゃないよ。ボク、吸血鬼だし」


「吸血鬼の姿をされた聖女なのですね。分かります。魔王軍の危機に現れた方を聖女と呼ばずして何と呼べばいいのですが。あなたは紛うことなき聖女様です。どうか、このフリッグニア王国をお救いください、聖女様」


「ええー……」


 この時点でローラは面倒なことに巻き込まれたと理解した。


 ローラは無宗教なので十字架も、聖水も、聖書の言葉も痛くも痒くもないが、吸血鬼である自分が神聖なものとして持ち上げられることには抵抗があった。


「いいじゃないですか、聖女様」


 そして、それ見たことかとばかりにクリスがにやにやしてくる。


「むう」


 ローラにとっては面白くない状況だ。


 だが、この国を離れてニート生活が送れるとも思えない。


 それに別に聖女と思われたからって、害があるわけではない。思いたいなら勝手に思っておいてもらえばいい。にやにやした非常食君は後で罰ゲームを行うとして、この場で聖女と思われて別に害をこうむる人間はいない。


「任せておいてもらおうかな。ボクがこの国を救ってみせるよ」


 君たちがボクのニート生活を保障してくれるなら、と心の中で付け加えながら。


「おお。聖女様! 感謝の念が溢れ出てきております!」


「その感謝の念は物質的なもので返して欲しいかな」


 マクシミリアン2世が涙を流しながらそう告げるのにローラはそう返した。


「んじゃ、非常食君。ボクのために快適な環境を整えておいてね」


「え、え?」


 ひとり置いていかれたクリスは周囲の視線が向けられるのにただただ狼狽えていた。


……………………


……………………


 衣食住は整った。


 衣類はフリッグニア王国が準備してくれることとなり、採寸も終わった。明日からすぐには無理としてもしばらくすれば王宮の針子たちがローラ好みの黒いゴシックロリータドレスを準備してくれるだろう。


 食の準備もばっちりだ。


 三食、王宮の豪華な食事が味わえると同時に、処女と童貞の血も配給される。当初はこんな国だから食事にはあまり期待しない方がいいのではと思っていたローラも、思いのほか上質の料理が出てくるのに満足させられた。


 もっとも、ローラの元の世界における食事の大部分はスナック菓子と血液入りトマトジュースだったので、ジャンクな色が消えただけで、元の世界から食事の品質そのものが格段に進歩したというわけでもない。


 寝床はほどほどだった。エアコンが人力──魔術によって駆動するものであるし、インターネット回線はないし、大型液晶テレビもない。ただ、ベッドだけはローラが要求した通りのものだった。ふかふかで5つの枕があるベッド。


「さて、非常食君。お腹も膨れたし、ゲームしよう」


「嫌ですよ。もう寝る時間ですよ。ふわあ……」


 ローラの生活リズムは夜型である。


 吸血鬼としては当然と思われるかもしれないが、ローラのいた世界でも吸血鬼の中では朝型の健康的な生活を送っているものが少なくない。ローラは日光は別に気にしないし、夜にならなければ全力が出せないわけでもない。


 彼女が夜型の生活をしているのは、ただ単に彼女の生活リズムが乱れているだけである。とは言え、流石は吸血鬼というか、夜型の生活をしても美容にも健康にも影響はない。そこら辺は吸血鬼がかつては夜型の生活を送るのが普通だったという証かもしれない。


 そうは言えどもだ。それに付き合わされる方はたまったものではない。


 宮廷の厨房は真夜中にオーダーされるローラの夜食に備えなければならないし、今現在進行形で絡まれているクリスなどはたまったものではない。


「夜は今からだよ、非常食君」


「そうですね。夜は寝る時間ですよね」


 心なしかテンションの高いローラに、クリスが眠たげにそう返す。


「夜にやるホラーゲームは最高なんだよ。ホラー映画もいいけれど」


「ホラーゲームってどんなのなんです?」


 このクリスの質問が悪夢を招くことになった。


「百聞は一見に如かずだよ、非常食君。やってみよう、やってみよう」


 やはり深夜になるとテンションの上がるローラである。


「どんなものなんです?」


「お化けが出る」


「お、お化け……」


「そして、それを回避しながら逃げる」


「に、逃げる……」


 そうしている間にもローラはゲーム環境を整えつつあった。


 魔力で動作するモニター画面とゲーム機。最新のものではないのは、最新のものはローラの居城に置いてあるからである。


 環境に不満は多々あれど、ローラはとりあえずゲームができるならばそれでいい。それにここにはいいリアクションをしてくれる人物がいるのだ。


「それじゃあ、始めるよ」


 ローラはゲームをセッティングするとスタートボタンを押した。


 おどろおどろしいタイトル画面が表示され、クリスの表情が強張る。


 だが、彼は踏ん張った。


 彼とて男である。お化けが怖い年齢は卒業した。女の子の前で恥ずかしい姿を見せることはできない。それに自分だって宮廷魔術師として魔族と戦ってきたのだ、今更お化けの何が怖いというのだ。お化けなんて怖くな──。


「みぎゃああああっ!」


 ゲーム開始から10分後、そこには女の子のように悲鳴を上げるクリスの姿が!


「な、なんですか、これ! どれだけ怖いんですか! あり得ないです!」


「うんうん。やっぱり君っていいリアクションしてくれるよね」


 部屋の隅でコントローラーを投げ捨てて固まるクリスにローラがそう告げる。


「ゲームはまだまだこれからだよ。これぐらいはまだ序盤も序盤。そして、夜はこれからだ。たっぷりとホラーゲームの世界を楽しもうじゃないか……」


「も、もう、今日はこの辺にしておきませんか? 明日も早いことですし……」


「夜はこれからだよ」


 ぐいぐい来るローラである。


 このローラ、一度玩具にすると決めたらとことん弄るタイプである。


 それでいて彼女自身には全く悪意はないのだ。ただ、いいリアクションをしてくれるから画になると思っているだけである。そんなことだから『毒舌ローラちゃん』などと呼ばれるのだが、本人は全く気付いていない。


「それとも怖いの? お化け、怖い?」


「うぐ。怖くないですよ! お化けくらい全然平気ですから!」


 ローラの見事な煽りに乗せられて再びコントローラーを握ってしまうクリス。


 それからがさらなる地獄の始まりだった。


 人を驚かし、怯えさせることには数十年の歴史を有するゲーム業界の巧みな誘導とローラの間違いだらけのアドバイスによって、お化けスポットに引っかかりまくるクリス。お化けが出るたびに戦うのではなく、逃げなければならないという設定のゲームで、半狂乱になって逃げまくるクリス。最終的にはモニター画面に向けて攻撃魔術を放とうとするクリス。クリスのいいリアクションに満足げなローラ。


「そこを右に行くと宝箱があるよ」


「もう騙されませんよ。どうせ右に行くとお化け──みぎゃああああっ!」


 右と左。どっちに行ってもお化けがでるのである。


「にげ、逃げないと! 逃げ道はどっちでしたっけ」


「上上下下右斜め下左右」


「そんなの覚えられないですよー!」


 涙目でお化けと追いかけっこするクリス。


「……この衣装ってなんか露出度が高いような……。こういう年頃の娘さんが着るべき衣装ではないですよ。着替えましょう」


「ここでカメラアングルを下に向けると」


「みぎゃあああああっ!」


 主人公のDLCの特別衣装でパンチラを見せられて恥ずかしさに顔を覆うクリス。


「君、面白すぎ。そのリアクションだけで食べていけるよ」


「そんなこと褒められてもちっとも嬉しくないです! 僕は宮廷魔術師としてフリッグニア王国に仕えているんですよ! 大道芸人じゃないんです!」


「じゃあ、転職しよう」


「嫌です」


 そこでクリスは気づいてしまった。


 いつの間にかローラが黒いゴスロリドレスを脱いで、下着、または全裸でシーツにくるまっているということに。


「な、な、な、な、年頃の娘さんがなんて格好しているんですか!? 僕だって男なんですからね! そういうのはよくないと思いますよ!」


「大丈夫。何も着てないから」


「着てください!」


 ローラは寝るときは全裸派だ。


 アベルはソファーでそのまま寝る。セラフィーネはパジャマでベッド派だ。


 ローラは寝るときは枕をたっぷり乗せて、ぬいぐるみなどファンシーなものに囲まれて寝るタイプである。シーツ一枚に全裸で。


 人狼といい、魔女といい、真祖吸血鬼といい、この手の人知を超えた存在は羞恥心というものを忘れがちである。3000年も生きていれば、そこら辺の一般人など赤ん坊のようなものである。いや、赤ん坊というよりもそこらの羽虫程度かもしれない。


 だから、そんな存在に対して羞恥心は抱かない。彼らがあまりにも長く生きていることによる弊害と言っていいのかもしれない。


「ボクの裸が気になるの?」


「そ、そ、そんなことはないです! 全く以て断じてないです! 僕だってそれなりに成熟した大人なんですからね!」


「エルフの年齢では未成年って言ってたのに」


 ローラはそう告げながら、童貞丸出しのクリスに近寄っていく。


 甘いバラの匂いがする。女の子の匂いもする。柔らかなローラの体の感触をシーツ越しに感じる。それだけでクリスの心臓は早鐘を打ち、頭に一気に血が上る。


「も、もう、無理です……」


 徹夜という状況もあって、既に体力の限界だったクリスはとうとう倒れてしまった。


「ヘタレ」


 ローラははあとため息をつくと、ずるずるとクリスを引き摺っていき、ベッドに放り込むと、そのまま彼女自身もベッドに潜り込み、枕の海の中で目を閉じた。


 外では朝日が昇り始めており、朝日が昇るのに合わせて小鳥が囀り始めている。


 ローラという吸血鬼にとっては眠りにつく時間である。


……………………

面白そうだと思っていただけましたら評価、ブクマ、励ましの感想などつけていただけますと励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ