年老いた王と滅びかけの国
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──年老いた王と滅びかけの国
「つきましたよ、ここが我々フリッグニア王国王都スヴァリンです」
「へー」
兵士が告げるのに、ローラがのんびりと周囲の光景を眺める。
建物の質や密度はローラが出発したオーディヌス王国の王都トールベルクとさして違いはない。住民の数もほどほどだ。ただ、唯一の違いはオーディヌス王国と違って、フリッグニア王国にはエルフが多いということだった。
人間2:エルフ6:その他2の割合と見ていいだろう。
エルフというのはアーデルハイド王女か国王が告げていたように美形が多い。少年少女たちが街を駆けまわっているのを、ローラは牙が疼くのを感じながら眺めていた。
ローラは吸血鬼だが、対象から直接血を吸うことは少ない。
普段はインターネット通販で購入した輸血用血液で食事を済ませており、攻撃対象から血を抜く場合は蝙蝠たちを使う。蝙蝠たちはローラの分身だがローラそのものではなく、不味い相手の血を吸いたくない場合にはこちらを使用する。
というのも、迂闊に直接相手から血を吸うと面倒なことになるのだ。
ローラは全ての吸血鬼たちの原点である真祖吸血鬼だ。世界に13体しか存在しなかった──そしてローラの手によって1体だけになった吸血鬼たちの王だ。
それが相手から直接血を吸うということは、真祖吸血鬼の直属の眷属──第二世代吸血鬼を生み出すことに繋がる。第二世代は真祖吸血鬼には及ばないものの、真祖吸血鬼の直接の眷属なだけあって、より以上の力を発揮する。
そんなものをそう簡単にポンポン生み出すわけにはいかない。もちろん、必要があれば作るだろうが、基本的にローラは面倒ごとを抱え込むのがごめんという立場である。
「君、宮廷魔術師なんでしょ? 王様には会えるの?」
「えーっと。僕は宮廷魔術師の中でも中の上くらいの立場でして……。も、もちろん、才能がないからとかそういう理由じゃないですよ? ただ、まだ若くて、経験が不足しているからということでして。いずれは立派な宮廷魔術師になるんです」
「そうなんだ。凄いね」
ローラは既にクリスの方を見てない。
「王様に会えるといいんだけどなー」
「い、一応頼んでみます。もしかしたらお目通りが叶うかもしれませんよ」
「本当?」
「保証はできませんけれど……」
ガッツを入れた後に、しょぼーんとなるクリスである。
「君、いい匂いするね」
と、不意にローラがそんなことを告げる。
「え?」
「ミントの匂いかな。香水つけてるの?」
ローラはクリスの隣に座るとそのセミロングの髪の毛を払いのけ、首筋を匂う。
「い、い、いや。使ってる石鹸にミントが入っているんだと思います」
「そうか。知ってた? ミントって馬鹿みたいに増えて、土地を覆い尽くすぐらいの繁殖力があるんだよ。危ないよね、ミント」
「そ、そうなんですか……」
ローラはトリビアを披露しただけの気分だが、クリスは自分のことを言われているように感じられて心底落ち込んでいた。
ローラは空気の読めない女である。
いわゆる天然であり、悪気もなく、毒を吐くというとんでもない奴である。ネットでは『毒舌ローラちゃん』や『ド天然吸血鬼さん』などと呼ばわれている。コラボする側としては彼女が放送事故を起こさないか冷や冷やものである。
もっとも、ローラはそんなことをまるで把握していない。それどころか自分は空気の読めるいい女であると思っている節がある。一度、アベルに誘われて合コンをしたのだが、ローラはモテモテだったため、いらぬ自信がついた。
ちなみにセラフィーネは馬鹿らしいの一言で合コンには参加しなかった。
「ところで、国王陛下に会われて何かされるんですか?」
クリスは気を取り直してそう尋ねた。
「うーん。お願いがあるんだよ」
「お願い?」
クリスはそこでこの少女も故郷の街などが滅ぼされて、助けを求めているのではないかと思った。このフリッグニア王国も魔王軍の猛攻を受け、いくつもの都市を失っているので、そういうことは珍しくないのである。
「うん。三食昼寝とおやつ付きで養ってほしいって」
クリスはこの少女がさっぱり分からなくなった。
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馬車が大事そうに運んでいた積み荷は城の前で馬車から降ろされた。
「国王陛下がお会いになられるそうです。今回の積み荷を守り切ったということで」
「やったね」
クリスが城の中から戻ってきて告げるのにローラが無表情に拍手を送った。
「で、でも、本当に三食昼寝とおやつ付きの生活を要求されるつもりなんですか?」
「うん。そうだよ。だって、ボクは勇者だし」
ローラもそう簡単には甘いニート生活が手に入るとは思っていない。
まずはこの国に恩を売って、それから甘いニート生活をゲットしようと企んでいた。状況は十分に良好なのだ。この国もオーディヌス王国と同様に滅亡の危機にあり、勇者の助けを必要としているのだから。
ローラは荒事ならばゲームの次くらいには得意だ。手っ取り早く魔族たちを蹴散らして、それでその功績を認めさせ、甘くてふんわりしたニート生活をゲットする。全く以て完璧なプランだとローラは考えていた。
「そ、そうですか。では、健闘をお祈りします」
「君も一緒に来るんだよ?」
立ち去ろうとするクリスの襟をローラが掴んで引き留めた。
「ぼ、僕はいいですよ。国王陛下にお目通りが叶うような功績は挙げていませんし」
「これから挙げればいいんだよ」
抵抗するクリスをローラはずるずると引き摺って行った。
「ローラ・バソリー様ですね。暫くお待ちください。今、国王陛下は──」
「お邪魔します」
ローラはクリスを引きずったまま王座の間の扉を開いた。
「この宝剣“ブルートガング”。確かにお渡しいたしました」
「うむ……」
中ではなにやら神聖そうな雰囲気が漂っていたので、自称空気が読める女ローラはちょっと離れた位置からその様子を見守ることにした。
「ああ。これで全ての儂の息子と娘たちは死んでしまった。誰もが英雄になりに行き、そこで果てたのだ。年老いた儂を置いていって。これほどまでに残酷なことがあるだろうか。息子たちよりも自分が長生きするなどとは」
「陛下……」
ローラは目の前に呻いている年老いた老人こそが王様であると理解した。
「そして、もうこの国も終わりだ。既に王都スヴァリンの回りには何十万もの魔族たちが潜んでいると聞く。そのものたちが一斉に攻め込んで来たら、もはやこの国を守るものは存在しない。もし存在するとすれば、どんなことだろうとするというのに」
ピコーン! ローラのセンサーが反応した。
「その問題、ボクが解決してくるよ」
ローラは満を持して声を上げた。
「お主は……?」
「ローラ・バソリー。世界最強の勇者だよ」
国王が尋ねるのに、ローラが堂々とそう告げた。
「陛下。このものです。我々が魔族に襲われていたところを助けてくださったのは」
「おお。そうであったか。よくやってくれた。この宝剣“ブルートガング”を奪われていれば、このフリッグニア王国の権威は地の底まで落ちていただろう」
国王は話の分かる人物らしく丁重に礼を述べる。
「だが、問題を解決するとは……?」
「魔族を蹴散らしてくるってこと」
国王の言葉にローラが退屈そうにそう告げた。
「なんと。それは誠であるか」
国王は驚いた表情を浮かべる。
国王──マクシミリアン2世はこれまで希望を失っていた。
20年前に魔族の大侵攻が始まってから、彼は王太子である長男を亡くし、隣国に嫁いでいた長女を失くし、それから相次いで9名の子供たちを失っていた。9名の全ての子供たちを失ったマクシミリアン2世の心には、絶望の色しかなかった。
そして、彼の王国も破滅の淵にある。魔族たちは数十万という規模で、この王都スヴァリンを包囲しているという知らせが入り、もはや逃げ場を失った臣民たちにも、王としてこの場に残らなければならないマクシミリアン2世にも希望はなかった。
だが、目の前の少女はその状況を覆せると言っているのだ!
無論、ただの虚言である可能性もあったが、それでも希望を示してくれたのは確かであった。誰もが絶望の中で希望を見失いつつあったこの王国において、誰もが待っていたのだ。誰かが希望という光を灯してくれることを。
「ボクに任せてくれれば、全部片づけてくるよ。まあ、そんなに時間もかからないだろうし、1、2日もあれば十分かなー」
「そんなまさか! このスヴァリン周辺で確認された魔族は合計で30万にも及ぶというのに、それを1、2日でだとっ!?」
「それじゃあ、3、4日?」
兵士が叫ぶのにローラがうざったそうにそう告げて返した。
「し、しかし、あの力があるならば」
「確かにあの力があるならば……」
ローラが魔族たちを屠った光景を思い出して告げる兵士に、別の兵士が頷きながらそう告げた。彼らは見ているのだ。ローラが精鋭の兵士と宮廷魔術師でも叶わなかった相手をあっさりと葬っている光景を。
「可能なのか?」
「一応任せてくれるなら、それなりの結果は出すよ。それから報酬は準備しておいてね。ボランティアじゃないからね」
マクシミリアン2世が尋ねるのに、ローラはそう告げて返した。
「では、そなたに任せよう。どうか結果を出してくれ。この国をどうか救ってくれ……! もやは我らはこの国以外に行く場所などないのだ……!」
マクシミリアン2世はそう告げて頭を下げる。
国王が王座の間で頭を下げるなどあってはならない状況である。だが、そのことに異を唱えるものなどいない。この場にいる全員が縋っていたのだ。
──ローラという希望に。
「まあ、任せておいてよ。世界最強の勇者にしてネットのアイドル、ローラ・バソリーがこの国の抱えている問題をまるっと解決してあげるから」
ローラはドヤアという表情でそう告げた。
「おお。勇者よ、どうぞこの国を救ってくだされ」
そして、やっかいなことにローラの瞳には人を魅了する魔力がこもっている。吸血鬼なら大なり小なり持っている精神操作技術のひとつで、ローラは無自覚にそれを発動させている。彼女がユーチューバーとして稼げているのもそのためだと言える。
何せ、全ての吸血鬼の起源である真祖吸血鬼の魅了の魔術だ。抗える人間などいるはずがない。彼女の魅了の効果を受けないのは、アベルやセラフィーネと言ったどれも人間ではないか、人間を辞めているかのどちらかの人種だけだ。それでもローラの魅了は第二世代の吸血鬼ぐらいまでならば容易に飲み込む。
「それで、勇者よ。何か必要なものはありますか?」
「うーん。そうだねー」
実際のところ、ローラにとって必要なものなどない。
確かに彼女は可愛い眷属を求めているけれど、別になくても戦える。真祖吸血鬼に次ぐ第二世代の吸血鬼がいれば戦力になるだろうが、別にいなくても切り抜けられる。
このローラはそのぽややんとした天然系女子の面をして、実際はアベルやセラフィーネとやり合おうというような人間だ。それなり以上の戦闘能力を有している。原初の人狼や3000歳の魔女を相手にして互角に戦えるだけの人物なのだ。
「どーしよーかなー」
ローラは隙あらば何かをいただこうという油断なさを持っている。
貰えるものは貰っておこう。その強欲さがローラにはあるのである。それなりに稼げているというのに貧乏くさい面があるのである。
「なら、この子、もらって行っていい?」
「え?」
ローラはそう告げて猫を吊り下げるようにクリスを吊り下げて見せた。
「それは宮廷魔術師の……」
「宮廷魔術師の力が必要ならばもっと強いものを準備しますよ?」
マクシミリアン2世と兵士たちがそう告げる。
「やだ。この子がいい。この子くれるなら、ちょっと頑張ってあげる」
「ええー!?」
ローラが告げるのに、クリスが悲鳴に似た叫び声を上げる。
「どうしてもとおっしゃられるのならば……」
「どうしても」
マクシミリアン2世がおずおずと言うのに、ローラが畳みかけた。
「それではご自由に……」
「国王陛下ーっ!」
そして、クリスは国に見捨てられた。
「よしよし。君は今日からボクの非常食だ」
「ひ、非常食って……」
ローラがクリスの頭を撫でてそう告げるのに、クリスの表情が引きつる。
「それじゃあ、ボクたちは魔族を蹴散らしてくるから。終わったら教えるよ」
そして、ローラはクリスの首を掴んだまま、彼とともに城を出た。
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