衣食住の確立
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──衣食住の確立
「ふわあ。やる気しないなー」
召喚された3人の勇者のうちの3人目であるローラは空中を蝙蝠の羽根でパタパタと羽ばたきながら欠伸をしていた。
ローラはなかなかやる気のない人間である。
好きなものはスナック菓子、テレビゲーム、インターネットというインドア系吸血鬼であり、人に命令されて何かをするということの嫌いな彼女が素直に勇者という大それた仕事をするはずもなく、彼女はアベルが東へ、セラフィーネが北へと向かうので、なら自分が南へという消極的な選択肢で選んだ方向へとのんびり飛行していた。
「というか、人類を一番早く救った人が勝ちってルール、いい加減だよね。人が救われたかどうかなんてどうやって判断するのさ。ボクは高速インターネット回線とゲーミング用のハイスペックPCがあって、エアコンとトマトジュースとスナック菓子が完備された環境じゃないと救われたなんて思わないよ?」
ローラはわがままな女である。
一日三食昼寝と間食、ゲームとインターネット環境付きで“必要最小限”の状況と見做すような女であった。それに加えて漫画や映画、アニメなども求めるというオタク気質な女でもあった。それでいて働きたくないでござるという女なのだ。
つまり、ニート。
このローラ、ニートである。
真祖吸血鬼でありながら、自身の居城に立て籠もり、一日中ゲームで遊び、インターネットでだらだらと過ごし、アニメを鑑賞し、漫画を読みながら棺桶で寝るという生活を繰り返している紛れもないニートである。
だが、ローラにはそのニート生活ができるだけの財力と権力があった。
真祖吸血鬼を自分以外の最後の1体まで追い詰めて殺し、ローラは世界で唯一の真祖吸血鬼になった。最後の真祖吸血鬼こそ彼女なのだ。
そのネームバリューたるや国際的な大物俳優レベルであり、コラボやテレビ出演の依頼が舞い込んでくる。それらをちょろっとこなすだけでローラは莫大な利益を得ていた。近頃ではいわゆるユーチューバーもやっており、チャンネル名『世界で最後の真祖吸血鬼ローラちゃん14と3000歳チャンネル』で検索すると、ローラがゲーム実況しているだけでポンポンと投げ銭されているのを見ることができる。
権力についても問題はない。やろうと思えばローラ単騎で国家を滅ぼすことができる。そのことを恐れて公権力はローラに手出しなどしないので、アベルやセラフィーネのようにアンタッチャブルな存在として君臨していたわけである。
平凡な人生を送る人々にはただのユーチューバーだが、国を抱える政治家たちにとってはとんでもない核爆弾である。
そんな彼女だが、この世界にはそのような財産も権力もない。というか、家もなければ、インターネット環境もないし、食事についても不確かだし、毎日の着替えについても問題が生じてくる。つまり衣食住が確立されていないのだ。
「着るもの。食べ物。寝るところ。これを確保しなくちゃいけないよね。ボクは勇者はする……つもりだけど、生活に不自由するようでは困りものだよね。ボクは生活に不自由してまで勇者やるつもりはないし」
ローラはこういう女である。
アベルとセラフィーネと比べると、恐ろしいぐらいに怠惰でのんびりしている。アベルのように急いでもいないし、セラフィーネのように集中して何事かをすることもないし、のんびりだらりと世の中を生きている。
「しかし、どこでどうやったら衣食住が確保できるのかなー。森で野宿とか御免こうむるよー。虫はいるし、草木はチクチクするし、不潔だし、いいことがない……。できるならば、お城でメイドさんと執事さんに囲まれて、あれこれとお世話を焼いてもらうのが理想だね。そのためにはどうしたものかな……」
ニート根性丸出しのことを告げるローラはふよふよと空を飛びながら考えていた。
勇者なのだから放っておいてもちやほやしてくれるのでは? などという幻想をローラは抱かない。ローラの経験では勇者だろうと武器を買うときは金を取られるし、宿に泊まるものも金を取られるし、何をするにも金を取られるのだ。
一応王様から1000万マルクをゲットしているが、これがどこまで持つことか。
「んんー? これは──」
ローラが上空を飛行していた時に彼女の嗅ぎなれた臭いを嗅覚が取られた。
「血の臭いだ」
よくよく地上を見下ろすと、5、6名の人間の馬車が4体の魔族に囲まれて戦闘を繰り広げていた。ローラが察するにあの襲われている馬車は縮小を続ける人類の生存圏で生きる人間であり、襲っているのは魔王軍だ。
「どうしたものかなー?」
これがアベルならば速攻で助けに入っただろうが、ローラはそんなことをしない。
「宮廷魔術師! 魔術でどうにかならないのか!」
「努力しています! しかし、敵の数が多すぎる上に魔力の残量が……」
よくよく見ると魔族の死体が転がっている。全身が焼け焦げた死体だ。
そして、その先には屈強な兵士に守られたエルフの男の子がいた。
「あの子、なんか可愛いかな。ちょっとちょっかいだしてみようか……」
ローラは暫し考えると、霧になって上空から消えた。
「畜生! この積荷を渡すわけにはいかん! 最後まで戦え!」
「やっています! 残り4体。魔力が持ちさえするならば、なんとか──」
屈強な兵士たちの指揮官が命じるのに、エルフの少年が魔法陣を展開しようとして、その場でぐらりと地面に向けて崩れ落ちる。
「畜生。魔力切れか。こいつは当てにしてたんだが」
「そうだな。せっかく宮廷魔術師が借りられたんだ。やれると思ったんだけどな」
屈強な兵士たちは諦めの言葉を発する。
「最後まで気張っていこうぜ。ここから逆転だって夢じゃないんだ」
「おうよ!」
兵士の指揮官の言葉に兵士たちが士気を上げる。
「ハハハッ! 人間どもの悪あがきか! そのようなことをしても無意味であるのにな! お前らはここで死ぬんだ。死んで俺たちの糧となり、その皮を剥いで、こういうアクセサリーに変えてやるからな。楽しみだろう?」
そう告げて魔族の指揮官が人間の革でできた装飾品を見せる。
「この胸糞悪い魔族め! 貴様とは刺し違えてでも──!」
兵士のひとりが魔族に無謀な戦いを挑もうとしたときだ。
「あがががががっ!」
魔族に突如として無数の蝙蝠が群れ、魔族が悲鳴を上げる。
「雑魚いね、君たち」
そして、蝙蝠とともに現れた黒い霧の中から、ローラが姿を見せた。
「お前! 何者だ!」
「ローラ・バソリー。世界最強の勇者だよ……」
ローラはそう告げると、蝙蝠の群れを一時的に消した。
蝙蝠の去った後の魔族は全身の血を吸い取られ、ミイラのような姿になっていた。
「勇者? 勇者だと? 何を馬鹿々々しい。たかだかそんな手品程度で次期魔王軍十三将軍への昇格が約束されているこの俺が倒せるはずが──」
魔族の指揮官が長々と口上を述べている間にローラは蝙蝠を再出現させた。
それは残っていた魔族2体に襲い掛かり、先ほどは違ってすぐに離れる。
だが、残された魔族は異常だった。
目からは生気が失われて、死人のようになっており、その鋭い牙が口から突き出している。そんな魔族が呻き後を上げながら、魔族の指揮官の下に歩み寄ってくる。
「お、おい。お前たち! 相手は向こうだ! こちらではない! 何をしている!」
魔族の指揮官が叫ぶのをよそにかなりの速度で迫った2体の魔族は魔族の指揮官を押し倒し、体に牙を突き立てた。
「やめろー! やめろー! やめてくれー!」
魔族の指揮官はそのまま生きた状態で2体の魔族に食い殺された。残っている2体の魔族──屍食鬼化した魔族も共食いを始め、人間の兵士たちは吐き気を堪えている。
「さて、片付いたねー。お礼は?」
ローラは兵士たちに向けてそう告げる。
「助かりました。ですが、あなたは……?」
「ローラ・バソリー。世界最強の勇者だよ……」
何度も自己紹介しなければならないのにローラはうんざりし始めていた。
「ローラ殿は、その魔族ではないのですか?」
「ボクがあんなに頭の悪そうな連中に見えるって言いたいのかな」
「い、いえ! そのようなことは!」
ローラが胡乱な目で兵士を見るのに、兵士が大慌てで首を横に振る。
「ですが、今のは……。魔術ですか?」
「手品。種も仕掛けもないよ」
本当に種も仕掛けもない手品。人はそれを魔法と呼ぶ。
「そ、そうですか。とにかくご助力感謝します」
「……お礼は?」
兵士たちが馬車を出発させようとするのに、ローラが繰り返しそう尋ねる。
「な、何分、今は持ち合わせがないものでして……」
「なら、ついていく。君たち、どこかの国の兵隊たちでしょ。それならお金あるよね」
ローラは意外としつこいぞ。
「どうする?」
「確かにお礼はしなければならないだろう。この貴重な積み荷を守ってくれたんだ。客人として国に招くしか他あるまい」
兵士のひとりが尋ねるのに指揮官がそう告げて返す。
「でしたら、我々に同行してください。精一杯のもてなしをさせていただきます」
「ありがと」
ローラはダウナーにそう告げると、馬車によじ登ってちょこんと座った。
「すいませんが、こいつも一緒に乗せてやってください。魔力切れでぶっ倒れちまったんですよ。今では貴重な宮廷魔術師って戦力ですから、置いてはいけませんし」
指揮官はそう告げると先ほどダウンしたエルフの男の子を馬車の荷台に放り込んだ。
「魔術師、貴重なんだ。いいこと聞いちゃったな」
ローラはのんびりとそう告げると、荷台に放り込まれたエルフの男の子を足でげしげしと蹴り、それから頭を膝に乗せ頬を引っ張ったり、耳をつねったりして遊ぶと、やがてそれにも飽きたのか、エルフの男の子の頭を膝の上に乗せたまま携帯ゲーム機を取り出して遊び始めた。
馬車はガラガラと車輪の音を立てて移動し、彼らの国に向けて進み続けた。
……………………
……………………
「はっ!」
クリス・カナリスが魔力切れから意識を取り戻したのは、彼が気を失ってから1時間あまり経った後のことだった。
先ほどまでは血生臭い戦場にいたはずなのに、なにやら優し気な匂いがする。ほんのりとバラの香りが漂っている。それになにやら後頭部が柔らかいものに触れている。
「起きた?」
そして、そんなクリスを覗き込む人物が。
黒いドレスに身を包んだ少女で、髪の毛と肌の色は全ての色素がなくなってしまったかのように真っ白だ。薄く塗られたピンクのルージュとルビーのような色をした瞳だけが色を持っているかのように見えていた。
「わ、わわっ! あなたは誰──」
クリスが慌てて起きようとしたとき、彼は揺れた馬車によって揺さぶられて、顔面から荷馬車の床に転げ落ちた。
「痛い……」
「大丈夫?」
クリスが強打した鼻を押さえて呟くのに、ローラが暢気にそう尋ねた。
「大丈夫です──って、あなた誰ですか? どうしてこの馬車に?」
「自己紹介はもう面倒くさいからしたくない。それより君の名前を教えて」
ローラは面倒くさがりの女である。
何事も省力仕様。ゲーム機とテレビを中心に手の届く範囲に必要なものを揃えておく。広い、広い城を有しているのに、ほとんどの部屋は使われていない。城に住み着いているシルキーが掃除はしてくれているが、当の城の主に部屋を使うつもりがないのだからどうしようもない。
また買い物も全てネット通販に頼っており、インターネット通販という存在が生まれてからというもの、自分で買い物に行ったのは片手で数えられるくらいである。
そんな面倒くさがり屋のローラだから自己紹介も面倒くさくなっていた。
「僕はクリス・カナリス。フリッグニア王国の宮廷魔術師です」
「へえ。魔術師なんだ」
そのことは既に兵士たちの会話で知っていたが、ローラは一応初めて聞いたというようなリアクションを取っておくことにした。
「どんなことができるの?」
「火と風系統の魔術が使えます。2系統も魔術が使えるのは珍しいんですよ」
ローラはクリスに自慢げにそう告げられてセラフィーネを思い浮かべた。
あのとんでも魔女はいったい何系統の魔術が使えるのだろうか。そもそも彼女なら魔術を未だに系統で分けていることを遅れていると断じるのではないだろうか。
「どうしました?」
「なんでもないよ。君って才能あるわけだね」
「才能と呼ぶほどのものでも」
ローラが褒めるのに、クリスが見るからにテレテレする。
ちょろいな。ローラはそう思ったが口には出さなかった。
「ところで、君って童貞?」
「な、な、な、なんてこと聞くんですかっ!?」
何気なくローラが尋ねるのにクリスが飛び上がった。
「童貞なんだね」
「ま、まだエルフの年齢では僕は未成年ですし……。そういう経験がなくてもいい年齢ですし……。それに今は国のことが大変ですし……」
ローラがあっさりと告げるのに、クリスは見るからに恥ずかしそうに認めた。
「うんうん。清い体のままがいいよ。そうしたらいいことがあるかもしれないから」
そう告げてローラは欠伸をしたのだった。
馬車は間もなく目的地に到着する。
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