海賊行為
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──海賊行為
「まずは貴様らに船を与えてやらねばなるまい」
グスタフ、ルートヴィヒ、そして顎の骨折を治癒されたスヴェンを前に、セラフィーネは港の埠頭でそう告げた。
「俺たちの船はちゃんとある。ここにはないだけだ」
「なら、その船は戦後のためにでも大切に取っておくことだ。これから貴様らに与えるのは私の世界の文明の一部だ。貴様らの船よりも速く、貴様らの船よりも強い」
「んだと?」
「なんだ? また顎の骨を砕かれたいか?」
「いや……」
スヴェンはセラフィーネのあの尋常ではない腕力から彼女に逆らうのを避けた。
セラフィーネは魔術の才能もそうであるが、基本的な軍隊格闘術についてもそれなりに嗜んでいる女だ。
アベルほど本格的ものではないが、魔術抜き、兵器抜きの戦闘でも油断ならない相手である。その上、“悪魔食い”としての腕力もあるのだから、一般人が喧嘩を売れる相手ではないことは明らかだ。
「では、貴様らに船を与える。とは言え、この状況下だとこんなものか」
セラフィーネが折り畳み式警棒で宙を突いて姿を見せたのはあきづき型護衛艦3隻である。それがこの埠頭にぬっと姿を見せた。そのいままでの帆船とは比べ物にならない大きさに、3人の船長が動揺するのが窺えた。
「大日本帝国海軍の駆逐艦だ。対小型AUV群改装が施された代物だ。海面下を進む、この間港を襲ったような魔族たちにも対抗できるだろう。問題はどうやってこの艦艇から相手の船を拿捕するかにあるが……」
「おいおい。待てよ。あんな船、扱ったことねーぞ」
セラフィーネがひとり考えるのに、スヴェンが必死にそう告げた。
「問題ない。全てはオートメーション化されている。兵装から機関、そしてダメージコントールに至るまで、艦艇そのものが自律的に動き、ゴーレムがそれを支える。貴様らは進路を指示していさえすればいい。昔ながらの航行装置を持ち込んでいいぞ」
「お、おーとめーしょん?」
「要は不思議な力で妖精さんが動かしていると思えばいい」
ルートヴィヒが怪訝そうな表情を浮かべるのにセラフィーネはそう流した。
現代の艦艇において無人化は目下の問題だった。
少子高齢化による軍人不足。広大な水域の防衛。小さな島を巡る領土争い。
艦艇は増やさなければならないが、人手は増やせない。
そのために艦艇の無人化が進められていた。
C4Iによるネットワーク化によって、艦艇を無人操作するということから始まり、昔ながらのものに宿る霊的存在を利用した完全自立型の戦闘艦まで。セラフィーネの世界の海軍はあらゆる手段で人員不足を補おうとしていた。
このあきづき型護衛艦もその試みのひとつだ。
高度な物質に宿る霊的存在を利用し、かつ戦場を極めて高速度で解析し、処理する特異点寸前の軍用AIに制御を委ねた艦艇だ。アナログなダメージコントロールは人間の手で行わなければならないが、単なるミサイルキャリアーとして、敵の勢力圏外から攻撃を行う分には完全な自律的無人化を達成している。
また空母打撃群の護衛艦としても有能で、極めて高性能の対戦ソナーと同じく自立行動式対潜ヘリを装備し、空母打撃群の司令塔からの指示と軍用AIの判断で、周辺海域に対するASWを実行する。
近年になって急速に脅威になってきた小型AUV群による攻撃にも対処可能な高威力の対潜魚雷も装備しており、対潜方面での戦闘に問題はない。
だが、本来は兵装の引き金を引くのはあくまで人間に定められていた。
霊的存在と軍用AIに引き金を引くことを任せてしまうと、軍法上の問題が生じるためだ。もし、間違った目標を撃ってしまった時に責任を取るのは、人権のない霊的存在か、軍用AIか、プログラマーか、それともそれを指揮下に置く軍人かの問題になる。
だが、セラフィーネの出現させた護衛艦3隻にはそのような制約はない。これはあくまでセラフィーネが個人の事業として作った代物であり、軍の管轄下にはないのだ。
長々となったが、つまりはこの手の最新鋭艦艇に素人3人を搭乗させても、その3人が正しい進路を維持させている限りは問題はないということである。
魔族の攻撃は自動的に迎撃されるし、攻撃が必要だということを3人が艦艇に伝えれば霊的存在と軍用AIが最適な攻撃手段を実行してくれる。
やろうと思うならば小学生でもこの艦艇で敵の艦艇を攻撃できるだろう。
「俺の乗組員を乗せてもいいんだな?」
「構わん。好きにしろ。だが、機械類は弄らないように徹底させろ。下手に弄ると遭難することになるぞ。この艦艇には見ての通り、マストもオールもついていないのだからな。全ては機械が自動的に処理を行う。後は妖精がな」
グスタフが尋ねるのに、セラフィーネはそう返した。
「聞いておくが、貴様らは船上での戦闘において魔族に対してどれだけ戦える?」
セラフィーネは3人にそう尋ねる。
「魔族相手だと厳しいな。大体戦闘力の差は10:1だ。こちらが10名で初めて1名の魔族に対抗できるというところだ。乱戦になればまた状況は変わるだろうが、こちらにとって優位になることは少ないだろう」
「俺も同じだな。魔族の奴らは悔しいが人間よりタフだ。それに船上で戦っているところを海中から来た魔族に引き摺り込まれることもある。俺たちは連中が北部に侵攻してきてから、商売あがったりだ」
「どこも似たようなもんだな。俺たちも魔族を相手にするなら遠距離からありったけの砲弾を撃ち込んでからにする。魔族の連中のほとんどは腕力はあるが、頭は足りない。連中は大砲を扱えないんだ。だからあらかた吹き飛ばして、それから移乗戦闘だ」
セラフィーネの問いに3人がそう答える。
「ふむ。であるならば、船舷に不審船対処用の重機関銃でも据え付けて、乗船前に掃射させるか。残りの戦闘はゴーレムに任せるしかないな」
セラフィーネは3隻の護衛艦を眺めてそう告げた、
「いいか。我々は魔族の捕虜が欲しい。高級将校であればなおよい。魔族を捕虜にして収容し、このノートベルクの港まで戻ってくることは可能か?」
「分からねえな。魔族の連中をどうやって大人しくさせるかやったことがねえ」
セラフィーネが尋ねるのにスヴェンがそう告げる。
「分かった。貴様らには海図を読む能力だけを期待する。他のことは全部、私が行う。繰り返すが、機械は絶対に弄るなよ。軍用AIに不審者扱いされたら、艦内の自立防衛システムに射殺されても文句は言えないぞ」
「お、おう」
艦内を無人化するに当たって、不審者の破壊工作を防ぐために軍用AIには艦内各所に取り付けられた自立防衛システムの射撃権限が与えられている。
「では、準備ができれば出港だ。魔族を捕らえ──」
セラフィーネは獰猛な笑みを浮かべる。
「洗いざらい喋ってもらおうじゃないか」
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3隻の護衛艦は翌朝午前6時に出港した。
艦首にはそれぞれの船乗りたちの有する船舶の名前である『シルバー・ハインド号』『アドヴェンチャー号』『ゼーアドラー号』の艦名が白ペンキで記され、大日本帝国海軍の旭日旗の代わりに、それぞれの船長たちのシンボルである海賊旗が掲げられた。
「この船は速いな。速度が尋常ではない」
「少しばかり機関は弄っているが、私の世界の軍艦の速度はこれぐらいだ」
セラフィーネはルートヴィヒが船長を務めるゼーアドラー号に乗船していた。
これから3人とその部下たちは海図を睨み、魔王軍の輸送船団が通過するだろう場所で待ち伏せをすることになる。
このあきづき型護衛艦はステルス性能を考えられて設計されているが、そもそも相手がレーダーを使わないのにそれに意味はない。こちらが期待するのは、相手が向こうの使っている帆船の数十倍の排水量を有する巨体を見て、怯えて逃げ出さないかどうかだ。
「魔族は大砲を使えない。そもそも魔族に大砲を作る技術はあるのか?」
「ないでしょう。奴らは人間から奪ったものをそのまま使うだけです。奴らの中にも知能の高いものはいますが、そういうものは魔術を使います」
「魔術か。確かに使っていたな。子供の遊ぶ遊戯銃の方がまだましな代物だったが」
セラフィーネは慎重な女だが、隙あらば相手を馬鹿にする。
戯け。使えない。役立たず。いままで何をして生きてきた? そういう罵詈雑言のオンパレードがセラフィーネの口から賑やかにパレードするのはいつものことだ。もうアベルもローラも慣れており、右から左に聞き流している。
「魔術はそれなりの脅威ですよ。この船だって火球でも撃ち込まれたら……」
「この艦艇は完全な耐火素材で作られている。弾薬庫も二重、三重の防火措置が施されている。連中の“花火”が役に立つのは花火大会でもやるときぐらいだ」
ルートヴィヒの言葉をセラフィーネはぴしゃりと封じた。
このあきづき型護衛艦は完全な耐火素材で建造されており、もしここに対艦ミサイルが叩き込まれても、適切なダメージコントロールを行うならば、戦闘を継続できる。まして、セラフィーネが嘲るような魔族の魔術では焦げ跡すら付けられないだろう。
「それで、そろそろ目的の海域か?」
「ああ。この付近だ。ここは潮の流れが東から西に向かっている。魔族が東を目指すならばここを通るはずだ。ここ以外の海域は潮の流れが悪くて、効率よく移動できない」
「連中がその頭の悪さでそれに気づいていない可能性は?」
「ないと見た方がいい。連中は海に暮らす魔族もいる。そういう魔族は俺たちよりも海に詳しい。潮の流れを知らないなどあり得ないだろう」
「ふうむ。1、2匹飼っておくのもいいかもしれんな」
セラフィーネが告げるのにルートヴィヒが正気を疑るような目で彼女を見た。
魔族とは人間を捕らえて痛めつけ、そして食らうような輩だ。とても凶暴で、野蛮で、非文明の極みに位置するものだ。それを飼うなどとは!
「そんなに驚くことか? 人間とて狼を飼いならし、猟犬として利用しているだろう。それと同じことだ。調教し、飼いならし、人間の役に立てる。作物を荒らすイノシシすら、我々は品種改良を重ねて豚という家畜にしたのだ。不利益なものを有益なものに変える技術こそ人類が人類を名乗れる由来だとは思わないか?」
「確かに……」
人類の歴史は自然を征服する歴史でもあった。
品種改良を重ねた家畜や作物。災害に備えた街づくり。森林の開墾。海の埋め立て。
人間は野生動物とは違って自然をありのまま受け入れることはしなかった。人間はその知識によって自然に抗い、自然を征服し、自然を屈服させている。
もちろん、その弊害はあるだろうが、人類と野生動物の違いはそこだろう。
「魔族も所詮は猿並みの脳みその持ち主なのか。それとも人間の敵として相応しい頭脳の持ち主なのか。どちらかは知らないが、人類というものは多くのものを隷属させてきたものだ。同じ同胞である人間ですら奴隷にする」
セラフィーネはそう告げて海面を双眼鏡で見渡した。
「小型の水中にいる魔族が面倒だと思っていたが、でかいのもいるのか?」
「もちろん。シーサーペントなんぞに出くわした日にはこの船だって危ない」
セラフィーネが双眼鏡を構えたまま尋ねるのに、ルートヴィヒがそう答える。
「戯け。でかい蛇などただの射的の的だ。人間の技術を侮ってくれるな」
セラフィーネがそう告げた時だった。
『移動目標を検出。IFF反応なし』
軍用AIの機械音声が艦橋に響く。
「海洋見学は終わりだ。CICに移るぞ」
「まだ敵は見えていないのに船の中に入るのか?」
「戯け。既に見えている。レーダーが位置情報を掴んだ。このまま強襲に移る」
セラフィーネはそう告げると艦橋からCICに降りていった。
無人のCICでは軍用AIとこの艦艇の霊的存在がモニター画面を見張っていた。
「敵の位置は?」
この艦艇の霊的存在──赤毛の妖精にセラフィーネが尋ねる。
「不明船団はこれより距離50キロの地点を方位2-7-5から方位0-9-0に向かって移動中。速力5ノット。進路変更の様子はなしです」
「ご苦労。もう少し近づいてから襲撃をかけるか」
モニター画面にはこの海域のマップと移動している船団がアイコンで記されていた。船団の数は6隻。速度からして帆船だ。
「見えているのか。我々の目には何も……」
「木製の船はレーダーに映りにくいという話も聞いたが、これなら問題ない。移乗強襲部隊をただちに編制。ヘリを出撃準備に移行させろ」
ルートヴィヒが唖然とするのに、セラフィーネは迅速に指示を出していく。
「それから砲撃準備だ。我々が欲しいのは数名の魔族であって、全員ではない」
「イエス、マム」
セラフィーネが僅かに悪い笑いを浮かべて告げるのに、霊的存在が敬礼を送った。
「さて、諸君。我々は今宵、海賊と洒落込もうではないか」
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本日2回目の更新です。




