生贄の巫女と機関銃
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──生贄の巫女と機関銃
会議室を出たセラフィーネはマルグリットに会いに執務室を目指した。
「お待ちください。今、マルグリット様は取り込み中です」
「街の危機に取り込み中とはいい度胸だ。退け」
執事が止めるのにセラフィーネが押し入る。
「あれま。何か御用?」
マルグリットは着替え中だった。
ヴィクトリア朝風のドレスから、古代ギリシャの女神たちが纏っているような白い貫頭衣に着替えている最中であった。彼女が黒いレースの下着をさらけ出して着替えているのに、セラフィーネが不愉快そうに眉を歪めた。
「この危機的な状態にコスプレか? 下らぬことをしているな」
「コスプレってよく分からないけれど、これは必要なことだよ。魔族どもを油断させるために、そしてあなたの防衛する区域に呼び寄せるために」
マルグリットはそう告げて、侍女たちの手を借りて着替えを進めていた。
「何のことだ?」
「どうしてこの街がまだ魔王軍の侵攻を受けて破壊され尽くしていないのか分かる?」
セラフィーネが尋ねるのに、マルグリットが尋ね返す。
「何かしらの形で魔王軍と繋がっていたからか?」
「それに近い。あたしたちは魔王軍の望むものを提供してきた。純潔の若い乙女さ。それをこの方面を支配している魔王軍十三将軍のひとり“深海のブリッグズ”に捧げていた。だから、これまでこの都市は見逃されてきたんだ」
「化け物どもに屈していたのか」
「それ以外に方法があればそうしただろうけれどねえ」
セラフィーネが吐き捨てるように告げるのに、マルグリットがそう返した。
「だけど、この街の若い乙女はみんな化け物の生贄にされる前に逃げ出した。残っているのは盟主であり、都市を離れられないあたしだけ。そして、今日の夜に魔族は生贄の乙女を受け取りにやってくる。というわけさ」
「つまり、もう差し出せる若い女はなく、魔族たちがそれを知らない点を突いて、魔族が生贄を受け取りに来ようとしたところを私に叩き潰せというのだな?」
「そういうこと」
このノートベルクはこれまで魔王軍に生贄を差し出して生き延びてきた。だが、いつまでもそんなことが続けられるはずもなく、生贄にされる若い乙女たちは逃げ出し、いよいよノートベルクは危機に晒された。
そこにやってきたのがセラフィーネだ。
セラフィーネの魔術ならば魔王軍が撃退できる。そう踏んだマルグリットたちは表向きは生贄の乙女を引き渡す振りをし、のこのこと現れた魔族たちを、セラフィーネの魔術で畳み伏せようと考えたわけである。
「私を最初に襲ったのも生贄にするためか。これまでは成功していたのか?」
「いいや。魔王軍がそこら中にいるのに、外を出歩くような勇敢な乙女はいなくてね。だから止めろって言ってるのに、それでも街の存続のためにどこからか乙女を連れてこようとするのさ。ま、その努力はもう必要なくなったけどね」
どうやら街道でセラフィーネを襲った男たちは、生贄に捧げるための乙女を連れてくるためにセラフィーネを襲ったらしい。それが若い乙女とは言い難い3000歳を超える強力な魔女だったのは幸か不幸か。
「貴様は囮になるつもりか?」
「そうだけど。魔族もあたしの姿が見えてないと、様子がおかしいって思うでしょ。相手を奇襲するためには、まず騙してやらなきゃね」
セラフィーネの問いに、マルグリットがそう返した。
「いいだろう。その勇気だけは評価してやる。だが、貴様にいなくなられても困る。貴様は私の傍に控えていろ。魔族どもが罠にかかった後は乱戦だ。その中で生き残るには私のような人間が必要になってくる」
「おや。心配してくれるんだ。優しーい」
「戯け。冗談で言っているのではない。貴様が私の価値を理解しているからこその作戦だ。貴様がいなくなって、あの有象無象の馬鹿どもが勝手に動き出しては困る。貴様には最後まで作戦の責任者となってもらう必要があるのだ」
セラフィーネは既に今後のことを考えている。
セラフィーネは長期的な計画を好む女だ。
短期的には今日の夜の魔族の襲撃を凌げばそれで勝利だろうが、長期的には人類を救い、魔王軍を撃退し、魔王を殺さなければならない。
その点において情報は必要になってくる。
どの都市が魔王軍の制圧下にあるのか。どの付近で魔王軍の幹部──魔王軍十三将軍が活動しているのか。どの都市に奪還する価値があるのか。そういう情報が、これからの戦いには必要になってくるのである。
セラフィーネはその情報源をこのノートベルク、あるいはマルグリットが盟主を務める北部都市同盟から得ようと考えていた。そのためにはノートベルクとマルグリットを押さえておかなければならない。
つまり、セラフィーネの価値を理解しているマルグリットに死なれては困るし、ノートベルクに陥落してもらっても困る。今後のためにノートベルクとマルグリットは維持されなければならないのである。
「了解、了解。頑張って生き延びますよ。それじゃあ、そろそろ時間だ。海に向かおう。またあの車で行くだろうけど、あんまり速度を出す必要はないからね?」
「分かっている。ほどほどにしていてやる」
そう告げたセラフィーネは魔王軍の襲来に備えて、海岸線一帯から住民が避難し、無人になった都市を装甲車で爆走し、ゴーレムたちが密かに陣取る港に到着したときにはマルグリットは意識を失いかけていたのであった。
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「おい。起きろ」
「う、うう……」
太陽の光が地平線の彼方に沈んだ時間帯。
港に停車していた装甲車の中でセラフィーネがマルグリットを揺さぶっていた。
「はっ! そうだ! あたしは今日は生贄の役をやるはずで……」
「目が覚めたな。始めるぞ」
セラフィーネはマルグリットが目覚めたことを確認すると装甲車から降りた。
港は静かだ。不気味なまでに静かだ。
この港に向けて数多の銃口や砲口が向けられているとは誰も思うまい。
「いいか。戦闘が始まったら私の隣から絶対に動くな。下手に私の結界の外に出るとミンチになるぞ。生き延びたければ私の隣で大人しくしていろ。何があろうとも、だ」
「了解、了解。他に気を付けることは?」
「ない。せいぜい生き延びられるように自分の神に祈っておけ」
セラフィーネは神など信じていない。
正確には民間伝承や宗教の場で語られる神の存在を信じていない。高度に霊的存在として神と呼ぶべき存在がいることは否定していない。悪魔がいるのだから、神がいてもおかしくはない。その点はアベルと同じ考えだった。
だが、その高度に霊的存在は人類に対して無関心か、悪魔と同じような歪な欲求しか持っておらず、宗教で謳われるような慈悲など持ち合わせてはいないだと考えていた。数々の凄惨な戦場を見てきた彼女の考えはそうである。
「魔族はいつごろやってくる?」
「さてね。時間にルーズな奴らだから、遅れてくるかも。あたしには何とも言えないね。だけど、連中が来るときになったらすぐに分かるよ」
「ふうむ?」
マルグリットが告げるのにセラフィーネが海に視線を凝らす。
セラフィーネは自分の体を生物学的、医学的に弄っており、人間を辞めた魔女としての頑丈さは元より、高速再生や痛覚マスキングなどの技術を取り入れている。
眼球もまた弄られており、熱赤外線センサーモードに切り替えられる他、望遠機能なども搭載されている。アベルとローラの3人の中では唯一の人間生まれだが、人間離れが激しいのもセラフィーネである。
「水しぶきが上がっている。来たな」
「いよいよか。準備はいいかい?」
「無論だ」
マルグリットが確認するのにセラフィーネが頷いた。
「それじゃあ、始めようか」
マルグリットは海に向けて一歩前に出る。
「魔族のものたちよ! 今宵の生贄は私である! さあ、海から上がり、私を偉大なる魔王軍十三将軍のおひとり“深海のブリッグズ”様のところに導きたまえ!」
マルグリットがそう告げるのに魔族たちが海から上陸してきた。
どれも魚の頭をした魔族たちだ。彼らは海で暮らすために進化した種族らしいが、上陸しても平気なところを見るに肺呼吸も可能ならしい。
セラフィーネはそんなことに興味を覚えながらもタイミングを待った。
魔族が1体、また1体と港に上陸してくる。セラフィーネがゴーレムたちに設定させたキルゾーン内に踏み込んできている。
残り数メートル。
「マルグリット、下がれ」
セラフィーネはマルグリットの手を掴んで自分の下に引き寄せた。
それと同時に完全にキルゾーン内に入った魔族に向けて、セラフィーネのゴーレムが一斉に火を噴く。機関銃がけたたましい銃声を響かせて魔族を薙ぎ倒し、無反動砲から放たれた榴弾が魔族を吹き飛ばし、後方から放たれた迫撃砲弾が魔族を薙ぎ倒す。
「おのれ、人間め! 我々を謀ったな!」
「この程度の罠にかかる貴様らのおつむが弱いだけだ、戯けめ」
セラフィーネは獰猛な笑みを浮かべると、怒りからセラフィーネたちに突撃してくる魔族たちに向けて折り畳み式の警棒を向ける。
次の瞬間、警棒の向きに沿ってレールが浮かび上がり、大口径──25x59BミリNATO弾がレールに乗せられる。そして、レールに超高出力の電流が流れた。それによってレールに生じた電磁力によって、火薬が点火して薬莢を弾き出したライフル弾が加速し、秒速50キロメートルという速度で射出される。マッハ150以上、世界最速の偵察機SR-71における巡行速度の約50倍の速度だ。常識を完全に越えている。
ライフル弾はオリハルコン製で、この速度での射出に耐え、衝撃波とともに魔族の隊列に叩き込まれる。魔族の軍勢は次々に薙ぎ倒されて行き、最終的にセラフィーネとマルグリットに襲い掛かろうとしていた魔族は一瞬で肉塊と化した。
「次!」
セラフィーネは続けざまに銃弾を放つ。
同じ速度、正確な弾道、途方もない威力。
「ハハハッ! ハハハッ! どうだ! 魔力を一時的に電気伝導体に変換し、そこに膨大な魔力を電力に変えて叩き込み、ローレンツ力を発生させ、レールガンを再現するという私の魔術“変換型電磁投射砲”は!」
セラフィーネはバトルジャンキーである。
本人は否定するかもしれないが、戦いのことになるとエンドルフィンが異常なほどに分泌され、気分が高揚し、一種の躁状態に陥る。その状態の彼女はいつものように論理的に思考しながら、論理的に如何に敵を効率よく、気分良く吹き飛ばせるかを頭の中で超高速で思考し、その魔力回路そのものである己の肉体を駆動させる。
そういう時の彼女を止めるには軍隊でも足りない。伊達に彼女は世界最強の魔女ではないのだ。アベルやローラでさえ狂戦士状態の彼女を完全に制止するには困難を極めるだろう。そもそもそのようなセラフィーネを止められるかどうかを試すための、世界最強決定戦であったのだ。
もうこうなってしまったら、敵が死に尽くすか、彼女の破壊欲求が満たされるまでは止まらない。どれだけの周辺被害が出ようと今のセラフィーネには届かない。
「逃げろ! 撤退だ! 撤退──」
「誰が逃がすか。鏖殺だ」
逃げようとする魔族にセラフィーネが杖を振る。
セラフィーネがある魔術師から手に入れたグレイプニルという縄がセラフィーネの開けた空間の隙間から伸び、逃げようとする魔族たちを次々に拘束していく。
そして、無慈悲にもそこに銃弾が浴びせられる。
「片付いたな」
銃撃戦が終結したそこには、大量の魔族の死体が積み重ねられ、港はセラフィーネの放った魔術の余波で世紀末でも訪れたかのような様相になり、そこら中に機関銃の弾痕が刻み込まれていた。そして、酷く血生臭い。
「お、終わった?」
「ああ。終わりだ。魔族どもは皆殺しになった。少なくとも今はな」
セラフィーネは退屈そうに魔族の迫撃砲弾によって千切れた頭部をブーツで踏みつけ、海に向けて思いっきり蹴り飛ばした。
ボチャンと音が静かになった戦場に響く。
「だが、これで終わりではあるまい。敵は送った魔族が返ってこないことに気づくはずだ。そうなればまた襲撃される。その前に根本を叩く」
「根本を叩くってまさか……」
セラフィーネが告げるのに、マルグリットは目を見開いた。
「そうだ。この地域を支配している魔王軍十三将軍のひとりという“深海のブリッグズ”とやらに挨拶してくることにしよう。それでこそこの危機を乗り切ったと言えるだろう。現状はただ破滅を先延ばしにしただけだ」
セラフィーネはそう告げて眼前に広がる藍色の海を眺めた。
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本日の更新はこれに終了です。まだまだセラフィーネのターン!
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