水際作戦
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──水際作戦
セラフィーネはマルグリットを連れて城を出ると、止めていた装甲車に乗り込んだ。
「何これ? 新しい馬車?」
「戯け。これに馬など必要ない。内燃機関で動く自動車だ」
マルグリットが装甲車の中を見渡すのに、セラフィーネがそう告げて装甲車を発進させる。急発進だったこともあって、マルグリットが小さな悲鳴を上げた。
「何これ、何これ! どこで買ったの!?」
「買いたければ私の世界に来て、兵器メーカーに頼め。それで、海まではどこを通ったら最短で出ることができる?」
「そこの道を左に。後は一直線」
セラフィーネはマルグリットのナビを受けると、さらに装甲車を加速させた。曲がり角にはドリフトを決めて入り、細い道を疾走する。幸いにして海の方面に出るこの道に人はおらず、セラフィーネが人をひき殺すことはなかった。
見てわかるが、セラフィーネはスピード狂の節がある。
好きなものはモータースポーツ。それも参加する側。流石にF1カーの領域には踏み込んでいないが、違法市街地レースに参加して優勝したことは多々ある。彼女の自宅のガレージには自作のスポーツカーがずらりと並んでいる。
スリリングな速度が好き。ぶつかるかもしれないやり取りが好き。そんな犯罪者的な思考を持ったセラフィーネだけに警察も手を焼いているのであった。下手にセラフィーネに手を出せば、警察ごと都市が壊滅しかねないがために。
その点、今のセラフィーネはご機嫌だ。
装甲車の速度はスポーツカーには及ばないが、狭い道をすり抜けるように走行するというのは意外なほどに盛り上がる。流石のセラフィーネも人をひき殺したいとは思わないが、この速度で人とすれ違うぐらいならば大歓迎だ。
「む。海に出たな」
海というより港である。
停泊している船は一隻もないが、コンクリート製と思しき埠頭が港湾に突き出している様はまさしく港である。港には造船所と思しきドックもあり、ここがかつては多くの船が行きかっていただろうことを示唆していた。
「ふへえ。早すぎるや」
「それで、魔族は海のどの地点から攻めてくる?」
あまりの速度に興奮から恐怖に変わっていたマルグリットが呟くのに、セラフィーネが彼女の肩を揺らして港を見渡した。
「海ならばどこからでもだよ。この港もそうだし、少し離れた場所になる砂浜もそう。連中はいたるところから攻め込んでくるよ」
「面倒な。だが、いいだろう。それならば全力で迎え撃ってやる」
セラフィーネは犬歯を舐めると、装甲車の外に出た。
「ゴーレム。連隊」
セラフィーネがそう詠唱すると自動小銃や機関銃、迫撃砲で武装したゴーレムが1個連隊──2000体規模で現れ、ずらりと港を前にして整列する。
「1個大隊は港の防衛に、もう1個大隊は砂浜の防衛だ。迫撃砲班は市街地まで下がれ。ただちに展開を開始。行進!」
セラフィーネの指示に従ってゴーレムたちが展開を開始する。無人の港際の建物に押し入って、勝手に機関銃を据え付け、市街地では屋上に迫撃砲陣地を設営する。砂浜では塹壕が掘られ始め、どこからか用意された土嚢で補強されていく。
「な、なんだ! これは何なのですか、盟主殿!」
港の付近に残っていた数名の人間が何事だと、ゴーレムたちの作業をのんびりと眺めているマルグリットに押し掛けてきた。
「なあに。もしかしたらこの街が助かるかもしれないってだけの話さ」
「何と!? 本当ですか!?」
マルグリットが何気なく告げるのに、住民たちが驚愕の表情を浮かべる。
「さてね。本当かどうかは賭けてみるしかない。あたしはイケる気がしてきたけど」
そう告げてマルグリットはゴーレムたちの中で、目を瞑って集中しているセラフィーネの方を見た。彼女は何事も発さず、作業に専念しているゴーレムたちを監督している。
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「魔王軍がどのようなものであれ」
セラフィーネは告げる。
「海から地上に上げる際には隙が生じる。我々はそこを叩きのめす」
セラフィーネは自身の背後にノートベルクの地図を貼っていた。
「魔族の規模がどうであれ、魔族の種類がどうであれ、上陸可能地点はこの範囲だ。城壁の外に上陸しても無意味である。奴らが攻城兵器も同時に上陸させられるならば、褒め称えてやるが、連中にそんな脳みそがないことは既に知っている」
先の魔族との戦いで、セラフィーネは理解していた。
魔族は数に任せて防衛を突破することを主体としており、基礎的な攻城兵器すら使用することはないのだということを。
「だが、万が一、敵の魔術などで城壁が突破された場合に備えて、私のゴーレムとそちらの兵力を配置する。そちらの兵力には期待していないが、ないよりましだろう」
そのセラフィーネの言葉にこの会合に集まった何名かの額に青筋が浮かんだ。
「失礼だが、セラフィーネ殿。今までこの街を守ってきたのは我々だ。そのような言い方は我々に対して失礼だとは思わないのか?」
「全く思わない。貴様らだけの戦力が優秀ならば私が手を貸すまでもないはずだ」
セラフィーネのその言葉に声を上げた防衛隊隊長が黙り込んだ。
セラフィーネは歯に衣着せぬ女だ。
そんなことをする必要があるのは強者を頼らなければならない弱者だけだと思っている。そして自分はそのようなことをする必要のない強者だと認識している。
だから、セラフィーネはお世辞やおべっかを使わない。その必要がないからだ。
「貴様らは弱い。だから、私に助けを求めた。望み通りに助けてやる。感謝するがいい。世界最強の勇者が助けに来たのだ。これで貴様らは救われたも同然だ」
セラフィーネがそう告げるのに誰も声を上げられなかった。
実際のところ、地元の防衛部隊だけの戦力ではこのノートベルクを守り切れる見込みはなかった。これまでの魔族の襲撃は激しいもので、ノートベルクの守備隊だけでどうにかできるものではなかったのだ。
そして、ノートベルクの加盟していた北部都市同盟は壊滅状態にある。
ここを捨てて逃げるならばオーディヌス王国に逃げなければならない。だが、無事に逃げられるとも限らないし、オーディヌス王国が難民を受け入れるという保証もなかった。つまり、彼らにはここに留まる以外に選択肢はないのだ。
「今回の作戦は水際作戦だ。本来海洋国家とは敵の港の後方に戦線を展開するべきなのだが、今貴様らにそれを説いても仕方なかろう」
セラフィーネはそう告げて折り畳み式警棒で地図を指し示す。
「水際。この海岸線のラインで敵を撃滅する。敵のこちらの戦線候補への侵入は許さない。全ての敵を水際で撃破しきる」
「そんなことが可能なのか? 魔族たちは何万と言う数で上陸してくるのだぞ?」
セラフィーネの言葉に防衛部隊の指揮官のひとりがそう告げた。
「可能だ。私は既に魔族と交戦しているが、敵の戦力は大したものではない。私の銃弾で屠れぬ相手ではない。もっとも、私も敵の全容を把握しているわけではないので、断言はできぬがな。そこの臆病者たちも言葉を発さぬことであるし」
そう告げてセラフィーネの視線が防衛部隊の隊員たちに向けられた。
彼らは沈黙を維持している。セラフィーネが敵はどのような規模なのかと聞いても、敵はどのようなものなのかと聞いても、敵はいつごろ仕掛けてくるのかと聞いても震えているだけだ。完全な|心的外傷後ストレス障害《PTSD》の症状を発している。
それほどまでに魔族との戦いは過酷なものであったのか。
セラフィーネには弱さというものが分からない。
セラフィーネにも弱い時期はあった。だが、彼女は弱さというものを見せなかった。常に相手の一枚上を行き、弱ければ弱いなりに、戦術で敵を仕留めてきた。彼女が魔女となることになった“セイラム市の大虐殺”においても、彼女は定命のものでありながら、大悪魔たちが闊歩するセイラム市においては魔女化に必要な流血を集めた。
そして、今や世界最強の魔女だ。彼女に人間の弱さというものを理解する心などないし、そんなものを持とうという気持ちすらない。
弱さを晒すものは弱いまま。それがセラフィーネの持論であった。
故に彼女は|心的外傷後ストレス障害《PTSD》で沈黙したままの防衛部隊の兵士たちに理解を示さなかった。兵士であるならば敵について報告するのは義務であるのに、その義務を怠っているとしか考えられていなかった。
「敵について全てが分からない以上は推測で進めるしかないが、万全を期して防衛線を実行する。我々の火力は海岸線に集中。海岸線における敵部隊の粉砕を行う」
既に海岸線には迫撃砲、重機関銃、そして無反動砲が配備されている。迎撃準備は万端である。敵は上陸した直後に集中砲火を浴びて撃破されるだろう。
「何か異論は?」
セラフィーネが列席者たちに問う。
「海岸線での防衛に失敗した場合は?」
「その場合は全員死を覚悟しろ」
防衛部隊の指揮官の言葉にセラフィーネがそう返し、場が凍り付く。
「冗談だ。市街地の構造を活かして市街地戦に移行する。建物への被害などは出るだろうが、許容しろ。私のゴーレムはそこの貧弱な兵士たちと違って完全に破壊されるまで戦う。それ以上に何か心配することでもあるか?」
「い、今は特に……」
破壊されるまで戦う。それもセラフィーネは明らかにもっと多くのゴーレムを握っている。それだけで防衛部隊の指揮官たちは心配するということが馬鹿らしくなってしまった。このセラフィーネと言う女性に任せておけば何もかも上手くいくと。
「だが、そうだな、諸君らが前線で勇気を示したいとあれば喜んで歓迎するぞ。私のゴーレムたちとともに銃を手に取り、魔族どもと戦うといい」
セラフィーネは挑発的な笑みでそう告げる。
「め、滅相もない。我々はセラフィーネ殿を信頼しておりますよ」
防衛部隊の指揮官たちは皆が引きつった笑顔を浮かべてそう告げた。
「つまらん。ここには強者はいないようだな」
セラフィーネはそう告げると会議室を出たのだった。
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本日2回目の更新です。




