魔王軍十三将軍“元素のランクル”
……………………
──魔王軍十三将軍“元素のランクル”
「それじゃあ、行くぞ」
「ああ。任せた、アベル殿」
アベルが建物の屋上でグイッと足に力を籠める。
「よし! 始めるぜ!」
次の瞬間、建物の屋上に亀裂が生じ、アベルが一気に跳躍する。
「なんだ……?」
周辺の魔族が何が起きたのだろうかと音の方向を見つめるがそれでは遅すぎた。
アベルは音の壁を突破し、音よりも早く魔王軍十三将軍のリッチーに襲い掛かり、その骸骨野郎を思いっきり殴り飛ばしたのである。リッチーはジェット戦闘機に体当たりされたに等しい衝撃を受けて、吹き飛ばされた上に建物に衝突し、建物の壁を破壊しながらその勢いがなくなるまで飛んでいった。
「ハイデマリー!」
「了解だ、アベル殿!」
魔族たちが呆気に取られているのをよそにハイデマリー王女が奴隷市に殴り込んだ。
「ひいっ! 戦鬼だ!」
「警備の連中は何をしているんだ!」
ここにいる魔族はほぼ非武装だ。手に持っているのは鞭と焼き鏝ぐらいのものである。そんなものでハイデマリー王女に対抗できるはずもない。
「よくも私の国の臣民を痛めつけてくれたな。礼をしてやろう。受け取れ!」
ハイデマリー王女はそう告げて長剣を振り回す。
魔族たちは次々にミンチになり、引きつぶされて息絶えていく。
「ハイデマリー王女!」
「諸君。もう大丈夫だ。助けがそこまで来ている。逃げるぞ」
臣民たちが駆け寄るのに、ハイデマリー王女が彼らの手枷と足枷を破壊していく。
「さてと、こっちは続きといかなくちゃな。別に死んじゃいないんだろ?」
アベルの方は吹き飛ばされたリッチーの方に歩み寄っていく。
「ハハハッ! この魔王軍十三将軍のひとりである“元素のランクル”様をこの程度の打撃で倒そうなど片腹痛い──」
ランクルと名乗ったリッチーがそう告げるのにアベルがもう一撃殴った。
ランクルは再び壁を破って吹き飛ばされて行く。
「最後まで言わせろ! 貴様、せっかちか!」
「誰がせっかちだ! 俺は普通だ!」
アベルは昔からせっかちである。
国の興亡をかけた決死の戦いの前で、司令官がこれから死ぬかもしれない兵士たちに訓示を述べている最中、マイクを奪い取り『いいからささっと始めようぜ! 敵が逃げちまうだろ!』と言って兵士たちとともに出撃するような男なのだ。
昔からアベルは人の言うことをちゃんと聞かないと評判であったが、別に頭が悪いわけではなく、何が言いたいのかは分かっているから聞かないというだけの話である。
「いいか。俺は死霊術を極め不老不死の肉体を手に入れた男だ。それを──」
ランクルがまた口を開くのにアベルが拳を叩き込んだ。
ランクルが勢いよく転がっていき、壁にぶつかる。
「舐めてんのか、てめー! この俺を──」
「拳で倒せるのかって? 倒せるに決まってるだろ!」
アベルはランクルの上に馬乗りになり、右左右左とランクルの頭に拳を叩き込む。
ランクルの骨は普通の魔族とは比べ物にならないほど強靭だった。魔術で保護されているからだ。この魔術による保護を拳などで抜けるはずがない。ランクルはそう考えて先ほどのような発言をしたのである。
だが、どうだろうか。
ランクルの頭蓋骨が左右に揺さぶられていくたびに頭蓋骨に亀裂がゆっくりとゆっくりと刻み込まれて行っている。そして、ピシピシと亀裂の生じる音が響き始め、ランクルの心に焦りが生じ始めていた。
「そらそらそらっ! まだ続けるか!」
「む、む、無駄だ! 無駄だからやめろ!」
ランクルが必死になって叫んだ時、ビキイッという音が響き、ランクルの頭蓋骨のこめかみに大きなひび割れが生じた。
「よっしゃあ! このままいくぞ!」
「やめろー!」
ランクルが叫ぶのを無視して、アベルは拳を大きく叩き込んだ。
鈍い音が響き渡り、ランクルの頭蓋骨が完全に爆ぜた。
「よし。勝った。終わりだ」
アベルが勝利を確信してランクルから離れた。
だが、その瞬間だ。アベルの皮膚を炎が焼いたのは。
「ハハハッ! 頭蓋骨を破壊したぐらいで俺が死ぬとでも思ったか! 俺は不老不死の魔術師ランクル様だ! 頭蓋骨を砕かれたところで死にはしない! この通りだ!」
ランクルがそう告げると、ランクルの砕けた頭蓋骨が再生し、元の形を取り戻した。
「恐れ戦くがいい! そして、我が前に──」
またランクルが喋っている最中にアベルの拳が炸裂した。
「無駄だって言っているだろ! しつこいぞ!」
「死ぬまで殴る。痛いとか殴るのを止めろという奴は殴り続ければ死ぬ」
アベルのその言葉にランクルの背筋に冷たいものが走った。
この男は本気で不死身であるランクルを殴り殺すつもりなのだ。ランクルの魔力とて無限ではない。いずれ再生ができなくなるだろう。魂こそ地上に残れど、体は形を失い、動くこともできなくなってしまう。
そうすれば死んだも同じだ。この男はランクルを殺せるのだ。
「ま、待て。それまで貴様に体力が持つかな? 持つはずがない!」
「俺は数年だろうと数十年だろうと貴様を殴り続けられるぞ」
ランクルが告げるのに、アベルはそう返した。マジである。
「も、もっと生産的なことをしようとかは?」
「貴様を殺してから考える」
本気だ。本気でこの男はランクルを殴り殺すつもりだ。
「そ、そう簡単に殺されてたまるか! 俺の魔術でぶち殺してやる!」
ランクルはそう告げると杖を振って、アベルに炎の嵐を、水の矢を、鉄の槍を、空気の衝撃波を叩き込んだ。普通の人間ならば即死するだけの威力がある。
「なんだ。この程度か?」
だが、アベルにはまるで通用していなかった。
アベルの褐色の肌には傷ひとつなく、魔術が通用した気配は欠片もない。
「クソ。何かしらの魔術抵抗を持っているな。だが、そのようなもの物力で押せば!」
ランクルは魔術を放ち続ける。
1発、2発、3発、4発、5発、6発、7発、8発、9発、10発。
「どうだ! 魔術抵抗も焼き切れただろう! 俺の魔術を前に跪け──」
ランクルがそう叫んだ時、魔術で生じた粉塵の中から拳が伸びてきてランクルを吹き飛ばした。ランクルは上空で錐揉みしながら、揺さぶられ、地面に叩きつけられる。
「う、嘘だろ……」
アベルは無傷だった。
あの魔術の飽和攻撃ですらアベルを倒すことは叶わなかった。
「いったい、何をした? 対抗魔術か? それとも強力な魔術抵抗でも──」
「日ごろの鍛錬と牛乳の力だ!」
アベルはそう叫んでランクルを吹き飛ばした。
「そんな阿呆な……」
「対抗魔術も魔術抵抗も知らん。俺は生身だ。貴様の魔術が弱いだけだろ」
そんなはずはない。ランクルの魔術はかなりのものだ。
もちろん、セラフィーネのような世界最強の座を狙っている魔女からすれば、おままごとのようなレベルの魔術であることは否定できないが。
それでもランクルの攻撃は強力なのだ。ハイデマリー王女でもこの攻撃には耐えられなかったかもしれない。彼女の超人的な回復力を上回る攻撃力が発揮できていたかもしれない。相手がハイデマリー王女ならばランクルにも勝機はあったかもしれない。
だが、相手はアベルである。ランクルにとっては絶望的なことに。
「さて、もう1回殴りまくるか。今度は再生しなくなるまで殴ってやる」
「や、やめろー! 俺は不死者の王だぞ!」
「知り合いに不死者がいるけど貴様より遥かにタフだぞ」
知り合いの不死者。ローラのことである。
ローラはああ見えてかなりタフであり、持久力という面においてはアベルに匹敵している。その上、太陽の光も十字架も聖水も効果はなく、挙句心臓に杭を突き立てても死なずにテレビゲームを続けてられるのだから、頑丈としか言いようがない。
「貴様の基準がおかしいんだー! どこかに消えろ! この化け物め!」
「貴様に化け物って言われたくねーよ、骸骨野郎」
そう告げてアベルが拳を振り上げる。
「さてさて、そこのおふた方」
その時、不意にフォーラントの声が響いた。
「フォーラント? 何か用か?」
「そのまま殴り続けるのも大変嗜虐心を刺激されるのですが、あまり雑魚に構っていても時間の無駄です。これをぱきっとやっちゃいましょう」
フォーラントはそう告げて赤い宝石を取り出して見せた。人間の頭ほどはあり、丸く加工されている。どのような宝石の種類かは分からないが、それなりの価値のあるものだということはアベルにも分かった。
「お、お、お、おい! 貴様、それをどこで手に入れた!?」
「な・い・しょ・です。乙女には秘密のひとつふたつはあるのですよ」
見るからに動揺するランクルにフォーラントがウィンクする。
「これ、壊していいのか?」
「ええ、ええ。叩き割っちゃってください」
アベルがポンポンと宝石をお手玉して尋ねるのにフォーラントがそう告げる。
「やめろ! やめてください、お願いします! 何でもしますから!」
「そうか。なら、死んでくれ」
アベルはそう告げて宝石を叩き割った。
次の瞬間、ランクルの体が崩れ落ち、骨がさらさらと風化して消えていく。
「これ、あれだろ。あいつの正体的なものだろ?」
「そうです、そうです。あの人の魂が封じられていた宝石でした。無事に成仏出来てよかったですね。あの人も感謝していることでしょう」
アベルが推測したように先ほどの宝石はランクルの魂の器だった。
あの決して朽ちることのない宝石の中にランクルの魂はあったのだ。
「それにしても相変わらずタフですね、あなたは」
「そうか? 普通だろう?」
「普通の人はあれだけの魔術攻撃を食らったら死にます」
フォーラントが感心したように告げるのにアベルが首を傾げる。
「健全な肉体には健全な精神が宿るなどと言いますが、このような常識外れの肉体にはどのような精神が宿るのでしょうか。興味ありますよ、私」
「ふつーの精神だよ。貴様の興味を引くようなものはない」
フォーラントがアベルの上腕二頭筋を摩りながら告げるのにアベルがそう返した。
「アベル殿!」
そして、そんなことをアベルとフォーラントがやり取りしていた時に、ハイデマリー王女が駆け戻ってきた。
「よう。奴隷だった連中と解放作戦に参加した連中は全員無事か?」
「無事だ! 信じられないほどの結果になった。これだけの危険な作戦に参加して全員が無事とは。まさに神の加護でもあったかのような結果になったな」
アベルが尋ねるのに、ハイデマリー王女が嬉しそうにそう告げる。
「あいにくですけど、神様は何もしてませんよ。行動したのは人狼と大悪魔と“悪魔食い”です。このフロスティガルツの戦いが、どんな勢力によって勝利したかは明らかですよね? 讃え、祈るべきは神様ではなくて?」
フォーラントはそう告げてアベルの二の腕に抱き着いたままそう告げる。
「むう。確かにそうかもしれないが、我々をここまで導いてくれたのは神かもしれない。運命の女神というものは存在するのではないか。その、悪魔がいるのであるから」
ハイデマリー王女がおずおずとそう告げる。
「かもしれねえな。あんまり興味ねーや。この戦いに勝ったのは貴様と俺、そしてフォーラントと勇敢な兵士たちのおかげだ。それじゃダメなのか?」
「ダメではない。それでいいとも!」
ハイデマリー王女もガチガチの神の信仰者というわけではない。
「退屈ですねえ。もうちょっとひっちゃかめっちゃっかあってもいいと思うですけど」
フォーラントは白けたようにアベルから離れる。
「フォーラント。他の連中のところに行くのか?」
「ふわあ。そうしようかと思います。他にやることもないですし」
アベルが尋ねるのに、フォーラントが欠伸混じりそう返す。
「なら、俺はノルニルスタン王国で活動してるって伝えておいてくれ。そこの連中を助けるために行動していると」
「アベル殿。よいのか?」
アベルがそう告げるのにハイデマリー王女が不安そうにアベルを見上げる。
「もちろんいいとも。弱っちい連中を助けるのが勇者の仕事だしな!」
アベルはそう告げてサムズアップした。
それ見て、ハイデマリー王女が嬉しそうな笑みを浮かべたのは置いておいて、次は北から進軍すると宣言したセラフィーネの様子を見てくることにしよう。
……………………
本日の更新はこれに終了です。次回からセラフィーネのターン!
面白そうだと思っていただけましたら評価、ブクマ、励ましの感想などつけていただけますと励みになります!




