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練習は活かせなければ意味がない

今回からちょっとずつ建斗達も戦い始めます。

あーもう遅すぎィ!!

 一週間という時間を建斗は何もしなかった。

 強いて言うならば食事の量を勝手に減らされたり……というか手にする前にそこそこの量を強奪されたり変な暴言を吐かれた程度だったが、食事についてはかつての旅で全く食べる事ができずに一日二日を過ごすなんて事もあったので必要最低限食べられたら平気だったし、暴言なんて言われても痛くも痒くもないのでガンスルー。

 相手からしたら建斗を苛めの対象にして困り果てる建斗でも見たかったのかもしれないが、生憎建斗にその程度の嫌がらせは通じない。建斗に嫌がらせをしたいのならヴィーシャやゼナに手を出す必要が出てくる。出した瞬間ヴァリアントソードが飛んでくるが。

 そしてディムロスと橋本はあれ以上建斗に関わることはしなかった。会えば話すが、それだけ。彼を心配するような言葉は口にしなかった。

 ちょっと前まではクラスメイト達の実質的なリーダーだった橋本も最近は柳田達にその席を取られているようで少しばかり疲れ気味だ。


「ヴィーシャちゃん、今日の野外訓練、一緒に行動しない? なんか三人か四人で班を作ってやるみたいだからさ」

「ヴィーシャちゃんの回復魔法があるとすっごく心強いなーって」


 そして件の野外訓練のための移動の直前、建斗から離れたヴィーシャがそんな誘いを斎藤と田淵から受けていた。しかしヴィーシャは。


「ごめんね、わたしは建斗くんとゼナちゃんの三人でやることになってるから」


 そう、建斗とゼナ以外と組むわけがない。故に少し申し訳なさそうな笑顔を浮かべてそれを断った。

 しかしそれに対して二人は難色を示す。


「ゼナちゃんはまだ分かるけど……」

「如月君って……」


 ゼナはまだ分かる。彼女には悪い噂は無いから。

 しかし、建斗は違う。今の建斗には悪い噂に尾鰭が付きまくって散々な事になっている。そんな彼と組むの何て何をされるか分からない。それが斎藤と田淵の意見だった。


「ん? 何かな?」

「だ、だって如月君ってなんかヤバい感じじゃん……」

「もしかして脅されてたり……」

「んー。流石にそれ以上憶測で変な事言いだしたらわたしも怒るかなー?」


 ニコニコしながらヴィーシャが結構黒いオーラを出す。流石にそうされると二人は何も言えないらしく、黙って下がっていった。

 そしてヴィーシャが建斗達の元へと戻ると、案の定建斗とゼナは二人纏まって何やら話している。どうやら集まってから暇だったらしく安定的のしりとりで時間を潰していたようだ。


「う、う……ヴァリアントソード」

「ヴは無し。だめ」

「無しかぁ…………ならウクライナ」

「なう」

「英単語ってありかよ……ってまたうか……ならウインドウだ!」

「宇宙」

「畜生!」


 どうやら今回は建斗が最後がうで終わる言葉で攻められているらしい。大抵建斗はこうしてゼナに負けているのでヴィーシャからしたらいつもの光景だ。

 そんなヴィーシャが笑いながら近づくと二人はヴィーシャに気が付きしりとりを止めて戻ってきたヴィーシャを受け入れた。


「何言われたんだ?」

「一緒に組まないかって。勿論断ったよ」

「だろうな」


 先ほど話していた会話の結果だけを伝えれば建斗は何も言わずにそれを飲み込む。彼女の言葉を疑う余地なんて一切ないから。

 ゼナもん。とだけ言ってヴィーシャに引っ付く。

 それと同時だった。クラスメイト達を集めて暫くどこかへ行っていたディムロスが戻ってきて声を張ったのは。


「よし、班は決まったか!? 決まってない奴が居るのなら知らせろ!」


 どうやらハブられている人間はこの場には居ないみたいだ。ディムロスはそれを確認すると一つ頷き、もう一度声を張る。


「ではこれより野外訓練のために移動する! 目的地までは馬車で一時間程度の森だ! それ以外の事は現地に着いてから知らせる。全員、この先にある馬車に乗りこめ!」


 ディムロスはそう言うと背中を向けて歩き出し、それにクラスメイト達もついて行く。

 雑多な会話に耳を傾けてみれば馬車が初めてだから楽しみ、だとか実際に馬に乗ってみたかったとか、そんな甘い会話が聞こえてくる。

 実際の馬車は想像しているほど快適な乗り物ではない。特に、こんな感じのテンプレ的なファンタジー世界の馬車に関しては。何せ、自動車のような座席やサスペンションなんてない。自分の尻の耐久度とバランス感覚が試される乗り物だ。

 慣れればあまり苦ではなくなるのだが、慣れるまでが長い。実際に建斗は未だに馬車の移動には慣れていないし、ヴィーシャもあまり馬車での移動は好きではない。ゼナは寝ていれば勝手に目的地に運んでくれる乗り物全般は好きだ。

 そして案の定、クラスメイト達は幾つかの馬車に分かれて乗りこんだが、苦情が殺到。しかしどうすることもできないので泣き寝入りの状態だ。

 建斗達三人は誰も乗りたがらなかったディムロスが乗る馬車に乗っており、建斗は顔を顰めヴィーシャはそんな建斗に寄りかかり、ゼナはヴィーシャの膝枕で寝ている。


「如月君は馬車、平気みたいだね」

「ぼ、僕はもう尻が痛いよ……」

「ん? 橋本と日暮はギブアップ寸前か? まぁ俺もこんな顔してるけど実際は結構辛いよ」


 そんな建斗に話しかけてきたのは橋本と日暮の、建斗とはそこそこ普通の仲を築けているクラスメイト二人だった。どうやら二人は班を組んだらしく、建斗達と同じ馬車に乗り合わせた。しかし予想以上に日本の乗り物よりも酷い乗り心地に尻をやられてしまったらしい。きっと数時間も乗ったら尻の肉がボロボロと落ちていく夢を見てしまうだろう。

 建斗はその言葉に対して少しだけ強がろうと思ったが、実際はかなり辛い。元々馬車が苦手なので本当に辛い。ヴィーシャが横に居る手前、そんな事は一切口にしないが。


「ちなみにお前らって誰と組んだんだ? 橋本と日暮と、あと一人か二人は?」

「そこの出入り口付近でダウン寸前の斎藤さんと田淵さんだよ。本当はハインリッヒさんとカサヴェテスさんと一緒に組む予定だったけどそれが駄目になったからって」


 なるほど、と建斗は橋本の言葉に納得の言葉を返した。

 元々の当てが外れて仕方なく橋本と日暮と組んだという事だろう。まぁ、建斗がこんな風に悪評に塗れていなかったらそんな未来もあったかもしれないが、今のヴィーシャにそんな事を言っても無駄だ。こんな時だからこそ建斗と共に行動して建斗と一緒じゃなければ嫌だという事を態度で示している。

 件のヴィーシャは膝に頭を乗せて寝ているゼナの頭を撫でており、野郎どもの会話はどうでもいいと言いたげだ。聖女と言われたヴィーシャが外見も内面も歳相応には見えず子供っぽいゼナの頭を撫でるのはなんだか絵になるがために橋本と日暮もあまりヴィーシャに直接声をかけようとはしない。


「しかし、如月君ってこっちに来てからホントに不思議だ。今までは自己主張が苦手なインドア派って思ってたのに、こっちに来てからはなんだか活き活きしてる」

「冗談は止してくれ。俺はとっととこんな面倒な事から解放されたいんだよ」

「で、でも、さ。なんか如月君ってラノベの主人公みたいな感じになってるよね。今の状況と言い、秘密と言い。他にも何か隠してそうな気が……」

「男は秘密の一つや二つ抱えておくことでカッコよくなれるんだよ」

「今、私が聞いてはいけないような言葉が聞こえたのは黙っておくべきか? キサラギ」

「いやいやディムロスさん。こんな愛着も何も無い世界のために命張れってのが無理ありますよ。ディムロスさんだって今から他の国のためだけに体張って死んで来いって言われても嫌でしょう?」

「違いない。だが城の中であまりそう言うなよ? 不敬罪になるかもしれんからな」

「俺は明日にもヴィーシャ達と消える身っすから今更っすよ」


 その言葉で建斗とディムロスが同時に笑い、橋本と日暮も呆れたように笑う。男にしか分からない感じのテンションと会話だが、ノリだけで会話をしたら後は無礼講と言わんばかりに冗談を言い合う。

 その中でディムロスは今年三十五歳で既婚者。そして十五歳になる子供がいるという情報を聞いたがかなりどうでもいい。しかし家族自慢をするディムロスを見て橋本と日暮は彼の印象を結構変えた。

 なお斎藤と田淵はずっと外の光景を見ながらダウンしていた。乗り物には酔うという弱点が共通してあったらしい。

 そして馬車が走ること一時間。ようやく件の森の入り口に到着した馬車はクラスメイト達と数人のお目付け役の騎士、それからディムロスを下ろし、いよいよ野外訓練も開始寸前となった。


「では、お前達は班ごとに分かれてこの森の中で狩りをしてもらう。時間になったら騎士たちが音を鳴らし、狼煙を上げながら森を徘徊するから帰りはその音と煙の元へと近づけば大丈夫だ。何、魔物がその音で襲ってきても私が鍛えた騎士たちはお前達を守りながら戦う程度は難なくこなせる」


 言い渡されたのはシンプルな内容だった。

 ただ森の中に入って狩りをする。それだけの事だ。確かに実戦形式の訓練としてはこの程度が最適だろう。五週目四週目の連中からしたら生ぬるい訓練だが。


「森の中にはそこそこの数の魔物がいる。恐らく数分も歩けば魔物に出会う程度にはな。それをより多く倒した班が今回の優勝だ。最も、景品も何も無いがな」


 先ほどの空気を少しばかり引き摺っているのかディムロスが普段言わない冗談を口にしてから笑顔を浮かべる。しかしそれに反応したのは建斗達と橋本、日暮だけでそれ以外は口を閉ざしている。


「そして、この支給品が入った麻袋をそれぞれの班に一つずつ支給する。それを班ごとに取りに来てからそれぞれのスタート地点に騎士たちに案内させる。そこから野外訓練のスタートだ。もし訓練中に怪我をしたり、どうしようもない時があったら大声で叫べ。そうしたら近くに居る騎士が即座に助けに向かう。くれぐれも引き際を誤って死ぬなんて事は無いようにな。では、麻袋を班毎に取りに来い」


 そして野外訓練はスタートした。

 もし声が聞こえない位置にクラスメイト達が居たらどうするんだ、と思ったがこの世界には魔法もある。何かしら人の位置を特定する魔法でもあって、それを覚えている騎士がいるのかもしれない。

 建斗がボーっとそれを考えながら待っていると、どうやら建斗達が最後の一組となったらしく、ディムロスに麻袋を投げ渡された事でようやくそれに気が付けた。


「ボーっとするな、と言ってもお前達にとっては無駄だろうな。精々追い出されないように魔物を狩って来い」

「んな事言ったらずっとここで寝てますよ、俺は。まぁ行かなきゃケツを蹴られるでしょうし行きますけど。俺達は正面から入ったら大丈夫っすか?」

「あぁ、それで構わない」

「んじゃそうするか。ってか、ディムロスさん、俺がこういう事に手慣れているって前提で話してますけど、森に入るのはこれが初めてかもしれませんよ?」

「ほざけ。そこまで余裕を見せておいて初心者とは言わせんぞ。少なくとも他の奴らは大なり小なり緊張していたがお前たちは自然体だ。それが分からない人間ではない」

「あぁ、やっぱ分かる人には分かる程度の嘘って事か……んじゃ、行くか」


 そして建斗はディムロスに見送られて森の中へと入っていった。

 森の中はまぁ特に何の変哲もなく森だ。木々が多く、奥に行けば行くほどどっちがどっちだか分からなくなる。だが、ゼナが癖で木に爪で分かりやすく傷を付けるためどっちから来たのかだけはハッキリと分かる。

 ディムロスはこういう小技は後々教えていくつもりなのだろう。ある程度奥に入ったところで建斗は支給された麻袋を開いてみた。


「中にあんのは……人数分のパンと水。それからマッチか? 最悪、焚火して座ってりゃ安全じゃねぇか」

「塩とか無いの?」

「無い。まぁ一日中居るって訳じゃないし塩なんかなくても大丈夫だろ。パンしかないのは……それ以外が食いたきゃ自分達でどうにかしろって事か。なんかご丁寧に動物の捌き方が絵で描かれた紙が入ってたし」


 まぁその紙に関しても建斗達は自力でできるので特に読み込むことなく袋の中にしまい、さて、と建斗は周辺を見渡した。

 暫く歩いたが開いた場所は無さそうだ。あまり長い時間ここに居るわけではないとは思うが、サボる気しかないので休憩するスペースが必要だ。だったら適当に椅子とか用意して少なくとも寝ころべるようにはしなくてはならない。

 と、なると。


「よし、数本木を切り倒すか」


 木を切り倒して切株や丸太を椅子にしたりテーブルにするに限る。

 建斗はヴィーシャとゼナを後ろに下がらせてヴァリアントソードを握る。木程度なら石化したヴァリアントソードでも十分に切り倒す事はできる。故に、建斗は息を一つ吐いてから久しぶりにヴァリアントソードを構え。


「……アルタイルスラッシュ!」


 かつての世界で自分の代名詞とも言える程に使い込んだ技の名を叫びながら剣を横に振り抜いた。振り抜かれた刀身はまるで彼の声に呼応するかのように一瞬青い光に包まれ、その刀身が触れた木は横一文字に斬り裂かれて地面へと倒れ込んだ。

 これが建斗の代名詞とも言える技にして切り札、アルタイルスラッシュ。ヴァリアントソードを握っている状態の建斗が使える技だ。


「もいっちょアルタイルスラッシュ!」


 そしてもう一度アルタイルスラッシュを放ち、二本目の木を斬る。そして最後にもう一本木を斬って切株を三つ作ったところでゼナが数十キロ、数百キロはありそうな木を軽く引き摺って適当に退けると、断面を恐らく返り血を拭くように入れられていたタオルで拭き、三人はようやく完成した即席の椅子という名の切株に座り込んだ。

 地面でもいいが土で汚れない分、こっちの方がいい。変に虫に食われてもいないみたいだし完璧だ。


「流石の切れ味」

「でもちょっと鈍った? 何だか切り口がちょっとだけ雑かも」

「そりゃ一年近く使ってなかったしこんなモンだろ。でもしっかりと力を解放して使えばもうちっとマシにはなるさ」


 そう言いながら建斗はヴァリアントソードで自分の肩を叩いた。

 先ほどの光景だけを見てから今の建斗を見ればその人は驚くだろう。何せ石化した剣で木を斬り裂き、実はその剣は普通に物を斬れる切れ味があると思わせてのこれだ。それ故に先ほどのアルタイルスラッシュがどれだけの切れ味を持っていたか、戦慄する事となる。

 しかしヴィーシャとゼナにとってはよく見る光景の一つに過ぎない。今さら建斗が石化したヴァリアントソードで木を斬っても驚くに値しないのだ。


「んじゃ、これからどうする? サボるか」

「うん。このまま昼寝でもしてようよ」

「働きたくないでござる」

「お前はどこでその言葉を覚えてきたんだよ……」


 しかし今更本気で狩りをするなんて以ての外だ。頑張るのは他の人間に任せて自分達は寝ていれば終わるような用事だ。ここはピクニックに来たとでも思って寝てしまおう。

 ヴィーシャの言葉に二人が賛成し、三人はもう寝てしまうことにした。

 今日が終われば晴れて自分達は自由の身。それの前祝程度に思って昼寝を楽しもうと思ったその時だった。


「……誰か来る」


 目を閉じていたゼナが片眼を開けて呟いた。

 それにすぐさま建斗とヴィーシャは反応し、立ち上がって軽く臨戦態勢を取る。最早この動作は癖にすらなっているためヤケにスムーズだ。

 そうして相手に不意打ちをされても反応できるように構え、そして自分たちの気配を察知できる範囲内に襲来者が入った時点で建斗はヴァリアントソードを横向きに掲げ――

建斗の秘密

実はゲームにクッソ弱い。


ヴィーシャの秘密

建斗の事を馬鹿にされると静かにキレる


ゼナの秘密

実は頭がキレるため、三人の中では一番勉強の成績もいい。ただサブカルに浸り過ぎている

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