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余裕がない人とある人は一目でわかる

話は暫くこんな感じで続いていきます。

 それから二週間がたった。

 事実を改悪した噂と言うのは案外強烈で、翌日からクラスメイト達の建斗を見る目が変わった。今までも何かしらのズルをしてランニングと訓練を免除された卑怯者というレッテルを張られていたのにも関わらず、今となってはそれを覆す要素がなくなってしまい、建斗は仲間内でも最弱というレッテルを張られてしまった。

 まぁその程度どうってことないのだが。いざとなったら暴力で全てを解決できるって素晴らしい。


「キサラギ。貴様、どうしてあの噂を否定しない?」

「どうして、とは? 俺ぁ確かに汚いマーライオンしてすぐに飯食いに行った馬鹿野郎ですが?」

「惚けるな。貴様があの中で一番……そこの娘は置いておくが、少なくともあのひよっこ共とは一線を画す力を持っているのは分かっている。では何故その力を示さない。私はあいつらがお前に追いつき力の差が無くなるまで、そして自信を打ち砕かせないためにお前をこうして一時的に訓練から外したと言うのに、これでは計画通りにいかない所かお前の身が危険になる」


 そろそろクラスメイト達の態度も気になってきた辺りでディムロスが建斗に声をかけた。建斗はいつも通りゼナと遊んでおり、ヴィーシャはそれを見学しているだけ。だが、ディムロスはその遊びの中にある建斗とゼナの実戦経験、そしてヴィーシャが起こしたという規格外の奇跡を知っているがためにこの三人が一番強く、実力が未知数だと踏んでいる。

 にも関わらず、だ。彼は自分の全力を示す事無く汚名を被り何も言わずに毎日をゼナと遊んで過ごしている。

 力を示す事が多い騎士団という組織で騎士団長にまで上り詰めたディムロスにとって、向上心や野望という物が一切見えない建斗は不可思議な存在だった。


「んなもん面倒じゃないっすか。俺はこの三人でワイワイやってるのが好きで当たり前なんすよ」

「……迫害を受けるかもしれんぞ。それで私を恨むのならまだいいが、あいつらを恨む事になるかもしれんぞ。同郷の者といがみ合うという最悪の結果にも……」

「まぁ別にそれでもいいんじゃないっすか? 俺は迫害されようと追放されようと指名手配されようとヴィーシャとゼナが一緒ならそれでいい……って言うとなんか愛が重いヤツみたいだな……まぁ、ディムロスさんの言う通り、俺はあいつらの誰より強いんです。暴力を示すんならいつでもできますが、単純に面倒なんですよ。一々そんな事であいつらに口出すの。俺達は俺達でパーッとやるんで、もし収集付かないんなら俺達三人をどっか追放でもしてください」


 寧ろそっちの方がありがたい。もうここに居る三人は異世界救済を五度、四度と繰り返して疲れ果ててしまっているのだ。

 なのでクラスメイト達が魔王の元にたどり着くまでどこか田舎の方でのんびりとして、最終決戦で助っ人面して魔王を一刀両断したらそれで終わるのだから。それなら面倒な事に巻き込まれないし変ないがみ等にも巻き込まれない。そして自分達はのんびりと異世界ライフを満喫できる。まさに一石二鳥だ。更に魔王をクラスメイト達が倒してくれたんなら自分達は無条件で元の世界に帰れるので一石三鳥まである。

 何かあれば自分達が救済したらいいんだし。


「……分かった。キサラギがそう言うのならそうしよう。しかし、そっちの娘……カサヴェテスだったか。彼女には何も言われないのに貴様だけ言われるとはな……これは私のミスだ。こんな事になってしまった事は全面的に謝罪する。すまなかった」

「別にいいっすよ、その程度。気にしないでください。あと、ゼナについては……まぁ外面がいいですから。きっと変な事して嫌われたくないんじゃないですか? わざと陥れてそういうコトのはけ口にするっていうゲスい思考はまだ生まれてないっぽいですし」

「あとは最初のランニング、ゼナちゃんは元々体が強くなる能力を持ったって説明したからそれで普通にクリアしたって思われたのかも」

「俺はこのヴァリアントソードだけだからな。インチキを疑われてもしゃーないしゃーない」


 あはははと笑う建斗とヴィーシャ。ゼナはいつの間にか飛んできていたちょうちょを追いかけており、ディムロスは呑気すぎる三人組に頭を抱えた。


「はぁ……そうか。ではキサラギよ。ここは一つ私と勝負とはいかんか?」

「勝負ですか?」


 そしてディムロスは建斗と会話しやすい空気を作ったところで元から持ち掛けるつもりだった話を建斗に持ちかけた。

 勝負。そう言われても建斗はなにで勝負するのかがパッと思い浮かばない。


「そうだ。それぞれの剣で一本勝負だ」

「……剣で、ですか。いやー、流石にそれは無理ゲーっすよ。勘弁してくださいって」


 建斗が笑いながらそんな事を言う。

 別に剣で戦ってもいい。しかしここで力を示してしまったらこれから先クラスメイトに全部任せて自分達は楽をする計画が以下略。


「……そうか。本当に、本当にそれでいいんだな?」


 そしてディムロスは建斗の断りに対して、無理強いするでもなく心配を孕んだ言葉を口にした。

 それはつまり、本当にこのまま現状維持……いや、現状が悪化していくかもしれないこの現状のままでいいのか、という最終確認だった。もしここで建斗がディムロスを倒せなくてもいい勝負をしたらそれだけでクラスメイト達からの評価は一転するだろう。彼らは未だにその程度の力しかないのだから。

 つまるところ、建斗の評価を覆すための最後の一手。それを打たなくていいのかという最終チェックだった。


「え? あー、そういう? はい、大丈夫ですよ。俺は自力で何とかする自信があるんでディムロスさんはクラスメイト達の方を見てやってください」


 それを理解した建斗は改めて大丈夫だと伝える。

 もう建斗はそれでいいと思っている。例え自分が虐げられようとそれはそれでいいと。それが自分たちが楽をする一番の道だと思っているから。


「……ではもう私は何も言うまい。だが、自分が壊れる前に打開策は用意しておけ」

「忠告あざっす、ディムロスさん。まぁ俺は少なくともあいつらより強い自信がありますから、心配しなくても大丈夫っすよ」


 そう言いつつ、建斗はヴァリアントソードをディムロスに向けて掲げて見せた。

 それは一見すればただの石の剣だ。切れ味なんて一切ない、ただの鈍器になれば役に立ったとすらいえる、耐久性も低そうな石の剣。他の者が呼び出した武器は見たことのないような金属でできていたり相当な硬度を持っていたりと特徴があったが、この石の剣には切れ味なんてない。

 だが、ディムロスはそれを注視した瞬間、それがただの剣には見えなくなった。まるで何か特別な力があるように感じて。


「やっぱり、あんたにはヴァリアントソードの事が少しは感じられるみたいだな。俺達みたいな戦いのいろはも分からないひよっこを戦えるように……死なないように鍛え上げるなんてな。もう一人の方は自分がいかに優れているかを演説してついでに魔法を教えているだけだが……あんたは戦いの中で生き残ることを重視した戦い方を教えている。そんな善人であるあんただからこそ、コイツの事が何となく分かる」


 ヴァリアントソード。そんな物をディムロスは聞いたことも無ければ見た事もない。だが、ただの石の剣であるはずのヴァリアントソードからディムロスはどうしようもない力を感じる。感じてしまう。


「まぁ、そんな善人であるあんただからこそ言えるんだよ。何様かと思うかもしれないけど、何も心配しないであいつらの事を頼みます」

「……分かった。もうこれ以上俺は何も言わない事にする」


 そう言うとディムロスは背中を向けて去っていった。

 ヴァリアントソードを肩で担いだ建斗はさて、と口を開いた。


「んじゃ、遊ぶか……ってゼナさん? あれ? どこいった?」

「ゼナちゃんならちょうちょを追いかけてどこか行っちゃったよ?」

「あいつは猫か何かかよ……」


 何してんだ、と建斗は溜め息を吐いた。そんな建斗に対して苦笑しながらヴィーシャは彼を手招いた。

 ゼナが居ないのならばやる事はない。建斗は大人しくヴィーシャの横に座り空を見上げた。そんな彼の肩にヴィーシャは頭を預け目を閉じる。きっとゼナが同じことをやれば人を枕にするなと一言言ってから離れるだろう。だが、そんな事を建斗はヴィーシャに言わない。


「……こっち来てからずっとこうやって一緒に居られなかったね」

「そうだな。一か月間、ゼナかクラスの連中が居たからな」


 別にゼナに対して交際していることを隠しているわけではないが、やはり第三者が居るとどうにも恋人らしい事なんてできやしない。故に、二人にとっては本当に久しぶりの二人だけの時間だった。


「……最初の旅の時は、暇があればずっとこうしてたよね」

「ヴィーシャの側はなんだか温かくて……安心できるからさ。ヴィーシャと一緒の時だけは作られた救世主としてじゃなくて、ただの如月建斗として居られたから」

「わたしも。わたしも、建斗くんと一緒の時だけは聖女ヴィクトリアじゃなくて、ただのヴィーシャで居られたから。わたしの事を全部知ってて、それでも聖女じゃなくてただの女の子として一緒に居てくれる人、建斗くんしか居ないもん」


 ヴィーシャは、かつて聖女として建斗が最初に迷い込んだ世界で崇められていた。

 教会内で純粋培養され聖女であれと育てられた少女、ヴィーシャ。彼女は建斗と出会うまでは聖女ヴィクトリアとしてしか生きる事を知らなかった。

 だが、建斗と出会い、建斗と共に戦い、建斗の事を知りヴィーシャ自身の事を知ってもらい、建斗はそれでもヴィーシャの事を聖女である前に一人の女の子として扱った。特別扱いすることなく、一人の女の子として見てくれた。

 最初はそんな建斗の事が分からなかったが、次第に彼と分かり合い、そして一人の女の子として見てくれる彼に。ヴァリアントソードを握る前であった建斗がボロボロになりながらも守ってくれた事に。そして、彼の志に惹かれていった。

 そうして惹かれた心は未だに色褪せない。

 そしてそれは建斗も同じだ。

 建斗は救世主に仕立て上げられ世界を救う事となった。そんな彼を心配しサポートしてくれたのが、聖女として崇められていたヴィーシャだ。

 聖女として人々を救おうとする彼女を。そして自分の事を救世主としてではなく一人の迷える少年として見て、ずっと支えてくれた事が何よりも嬉しかったし安心できた。

 だからこそ、建斗とヴィーシャにとっては二人きりで隣り合って座ることが一番安心できるし生きていると思える瞬間で、愛し合っているという実感なのだ。


「……俺、こうやってる時が一番生きてるって実感できる。こうやって今日もヴィーシャと一緒に居れる事が一番生きている感じがするんだ」

「えー? それはいいすぎだよ。それに愛が重いよ」

「仕方ないだろ。惚れた弱みってやつだよ。それに最近はゼナがずっと居たから、いつもよりもずっとそれが実感できる」

「こら、ゼナちゃんをお邪魔虫みたいに言わないの」

「すまんすまん」


 ゼナの事がお邪魔虫とは思ってはいない。思っていないが、やはり一か月も三人一緒に居た物だから、今ゼナが居なかったら存分にイチャつけるのになー、程度には思っていた。

 そういう時にゼナは空気を読めない。何せ彼女は肉体年齢は建斗達と同年齢だが、中身の方がまだ一桁児童のような感じだ。色恋沙汰と言うのが未だに理解できていないが故に二人の関係に水を差さない方法と言うのが分からないし、水を差しているという自覚もない。

 言うならば無邪気なので、建斗もヴィーシャも特に何も言わないのだ。

 ――だが、同年代の人間に邪魔されたのなら?


「如月君、ハインリッヒさん。君たちは何をしてるんだ」

「……あ?」

建斗の秘密

実は愛が重い


ヴィーシャの秘密

実は愛が重い


ゼナの秘密

実は中身は子供っぽい

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