世界三大ガッカリはご存知?
シンガポールのマーライオン、コペンハーゲンの人魚姫像、ブリュッセルの小便小僧が主に世界三大ガッカリと呼ばれています。多分小便小僧とマーライオンが結構有名だよね
月日が経つのは案外早いものだ。
既に異世界転移から二週間が経過した。
その間にクラスメイト達は体力をつけたり魔法についての知識を身に着けたりとこの世界で戦っていくための基礎的な部分を何とか固めていた。
対して建斗、ヴィーシャ、ゼナの三人はちょっとばかりクラスメイト達と事情が違った。
「はぁー……まさか剣の握り方と構え方から実戦経験があると見抜かれるなんてな……」
「ゼナも、構えで見抜かれた……」
「わたしなんてテンプレみたいな事やらかして無事教え子解雇だよ……やらかした……」
三人の技量と言うのはアッサリと見抜かれてしまったのだ。
確かに素人目からしたら素人風に建斗とゼナが構えたらそれは素人の構えだと思われる。しかし、達人と呼ばれる人間たちからしたらそうではない。建斗とゼナの構えはどれだけ素人っぽく装っても隙が無い。故にあっさりとバレた。ついでに剣の振り方や拳の振るい方からも思いっきりバレた。クラスメイト達には秘密にするように頼み込んだのでクラスメイト達にはバレていないのが不幸中の幸いか。
対してヴィーシャは試しに魔法を使えと言われて怪我した騎士団の人を完治させてみたらヒステリックを起こされそのまま教える事は何も無いと解雇された。ちょーっと無くなった指を含めた全身の傷を再生させただけなのに。
最もヴィーシャはこの世界の回復魔法は部位欠損を治せる程では無いと知らない状態で回復させた結果、そうなってしまったのであり、今はやっちまったと後悔の念に呑まれているが。
その結果、建斗とゼナは二人で組手をするように指示され、ヴィーシャは一人寂しくぽつんと日陰に座っているという状態になった。
やらかす時はやらかすもんだ。
「組手っつってもいつも通りなんだけどな。おっと危ない」
「ヴァリアントソードの力を解放してないけんとなんて雑魚。だから手加減してあげてる」
「解放してぎったぎたにしたらお前泣いてマジで襲ってくるだろ……」
ヴァリアントソードが本体というのは建斗も自覚しているのでそれ以上は何も言わないが、建斗がヴァリアントソード無しでゼナの本気を正面から受け止めたら恐らく十秒も持たない。力と技でねじ伏せられてジエンド。ヴァリアントソードの力があれば例え本気のゼナだろうと力と技でねじ伏せる事ができる。
この二人のパワーバランスは何気に凄い偏っているのである。
ちなみにヴィーシャは元より一対一どころか相手との殴り合いがほぼ不可能なので戦闘力的には三人の中では最弱だ。
「えいっ」
「甘いわ小娘」
組手とは言っても建斗とゼナが本気で組手をすれば確実にどちらかが怪我をする。なのでかなりゆるーく組手をしている。その最中、建斗がゼナの蹴りを両足で掴むとそのままゼナを振り回し、片足だけを掴んだジャイアントスイングをゼナに対してお見舞いし始めた。
「遠心分離機ごっこしようぜ! お前試験管な!!」
「あばばばばばばばば!?」
「あーもうはしゃいじゃって……」
ゼナを掴んだ手を離さずそのままグルグルと。遊園地にあるコーヒーカップを力いっぱい回した時よりも速いんじゃないかと思うレベルでグルグルと回っている。
いつもならここまで遊ばないのだが異世界に来てからゲームや漫画、小説といった娯楽品が不足しているがためにこうして遊ぶことを建斗とゼナは覚えてしまった。
そろそろ回転の速度が洒落にならなくなってきたのでヴィーシャは止めた方がいいんじゃないかと思ったのだが、まぁ怪我しても治せるし放っておけばいいだろうと放置を決め込むことに。
「おら飛んでけ!」
「なんの」
放置すること三分近く。建斗の回転が徐々にふらついてきた辺りで彼はゼナを放り投げた。しかしゼナは何の問題もなく空中で何回転かしてから地面に着地。しっかりと両手を広げて得意げな表情も浮かべている。これにはヴィーシャも十点満点をあげた。
元野生児ゼナにとってこの程度の回転はほぼ無問題。空中で姿勢を整えて着地なんて猫にできるのだからできないわけがない理論でほぼ当たり前のようにできる。
肉体スペックが軽くバグを起こしているゼナを尻目に建斗はゼナを振り回す際に地面に置いたヴァリアントソードを回収しながら地面に座り込んだ。
「あー、きっつ。やっぱジャイアントスイングは目ぇ回るわ……」
「けんと、情けない。ゼナは平気なのに」
「ばっきゃろう。育ってきた環境がちげーんだよ。温室育ちナメんなよ野生児」
「まったく、最近の若い者ときたら」
「ゼナちゃんも若い子なの忘れてない?」
何故かドヤ顔で腕を組みながら変な事を言うゼナにツッコミ一つ。流石に目が回ったというのは神の奇跡でも回復させられない……というか回復させるような症状ではないので建斗は放置。
結構長い事回していたので回復にはそこそこ時間がかかるだろう……というか口を抑えているので吐き気が何とかなるまで数分は要するだろうとヴィーシャが何となく観察していると、どうやら訓練が一旦休憩になったらしいクラスメイトが数人こっちへとやってきた。
「おいおい如月。何サボっておきながらへばってんだよ」
ヴィーシャはそっちを見てから視線を建斗の方に戻して聞こえない程度の溜め息を吐いた。
来たのは三人組。確かクラス内でよく絡んでいた運動部系のクラスメイトだ。確か名前は柳田、要、大田だったか。時々下品というか下ネタ満載の会話をクラス内で大声でして笑っていたのを覚えている。
「あー? あー……訓練お疲れさん。お前らクラスメイトの中でも結構筋がいいんだって? よー頑張るわホント」
建斗は口元を抑えて座り込みながら自分の思っていることを素直に口にした。
元々運動をしていたという事もあってかこの三人はクラスメイトの中でもそこそこ強い部類に入っているとクラスメイト達の話から小耳に挟んだことがある。なので建斗からしたらこの三人の印象はそこそこいい感じだ。
ヴィーシャがこの三人に対してちょっと嫌な感じを覚えているのは下ネタ満載の会話を大声でしていてちょっと下品だと思ったからだ。しかし建斗からしたら下ネタを話す程度は普通なのでよく居る運動部系だなーとしか思っていない。そこに訓練をしている中では筋がいいという噂が入ったのだからいい感じに戦力になるんじゃないかと期待した結果、印象がそこそこよくなった。
ちなみにゼナは何とも思っていない。案外ゼナは親しい人間以外とは冷めた関係しか持たないタイプなのである。
「そりゃ俺達は他の陰キャとは違うし? っていうかお前だけ何サボってんだよ」
「サボってんじゃなくてこっちでゼナと組手してろって言われてんだよ……うっ、これマジ酔いかもしれん……」
どうやら建斗は割と本気で回り過ぎによって酔ったらしく、顔を青くしている。そりゃああれだけコーヒーカップも真っ青な回転をしていたら誰だって目が回るし吐きかけるだろう。
恐らく今の建斗の腹を少し圧迫してやると汚いマーライオンが完成する。少しゼナがウキウキしている。
「まぁだから? サボってるお前に俺達が稽古付けてやろうと思ってさ」
「ずっとサボってたんだし勿論受けるよな? 如月ぃ」
典型的も典型的な調子に乗っているパターン。ヴィーシャとゼナはそう判断し溜め息を一つ漏らしたが建斗からしたらそれどころじゃない。
「やばいマジ吐きそう。ちょっと天地が回転してるし立てねぇし誰かエチケット袋持ってきて朝飯が胃から流れ出るぅ……」
もうマーライオン一歩手前である。いつマーライオンしてもおかしくない。最早建造最中のマーライオンではなく建造完了しいつ水を吐き出すか分からない一歩手前のマーライオンだ。世界三大ガッカリではなく世界三大汚いにランクインしそうなマーライオンが稼働してしまう。
しかしそれもこれも全部小声なため柳田達は建斗がマーライオンしかけている事に気が付いていない。そしてヴィーシャとゼナはなんか面白い事になりそうだからという理由で何も口を出さない。彼氏がマーライオンしそうなのに彼女はそれを笑ってみているだけなのである。
「おい何か言えよ如月ぃ!」
ずっと小声で何か言っているしなんか四つん這いになってどこかに行こうとする建斗に対してイラついたのか要が手に持っていた木刀で思いっきり建斗の背中を何度も叩いた。
そして、その衝撃が決定打となってしまった。
建斗の胃から逆流してくる物をせき止めていたナニかが一瞬だけ緩んでしまった結果――
「うおぇ――」
彼は汚いマーライオンとなった。
これは致し方ない犠牲である。多分放っておけばあと数秒後にはこうなっていた。その理由が人為的か我慢の決壊かの違いだっただけだ。勿論自業自得で思いっきりマーライオンした建斗をヴィーシャとゼナは思いっきり笑い、柳田達も叩いただけで思いっきり吐いた建斗が弱すぎる、貧弱すぎると思って思いっきり笑いだした。
そして十数秒後。
「あー、胃の中すっげぇスッキリしたわ。ってそろそろ昼飯の時間か。んじゃ、俺は先行ってるから。柳田達もありがとな、お陰でスッキリできたわ」
マーライオンは無事人間に戻り、しかも元マーライオンはかなりマイペースな事を言ってそのまま昼食が用意される部屋まで歩いて行った。その間、柳田達は思いっきり笑っており、ヴィーシャとゼナは何とか笑いを抑え、しかし何度か抑えきれずに小さく笑いながら建斗の後ろをついて行った。
だが建斗は知らない。彼が必死過ぎて聞いていなかった話と建斗が汚いマーライオンと化した事、そして建斗がかなりマイペースに昼食を食べに行ってしまった事が物凄い噛み合い方をすると。
その噛み合いが現れたのはその日の夕食だった。
「ね、ねぇ、如月君。柳田君達にどつかれて吐いて逃げたって噂、ホント……?」
ヴィーシャとゼナの女子陣が席を外している時にクラスメイトの一人である日暮が建斗に声をかけてきた。彼は確か高校入学してすぐにオタク趣味がバレてからあんまりクラス内ではいい扱いをされていなかったのを建斗は覚えている。
話は合いそうだが、建斗はそういう相手とは異世界転移系の秘密が何かしらの切欠でバレそうだったのであまり関りを持っていなかったのでこうして話しかけられるのは意外だった。
「ん? あー、吐いたのは事実だな。逃げたってのは……あぁ、柳田達大爆笑してるのを尻目に飯食いに行ったからそのせいか?」
「そ、そうなんだ……」
日暮は運動部ではなく帰宅部。そしてこっちに来てからもあまり体力がなく訓練を受けてもあまり実を結んでいないのを何となく建斗も知っている。
「な、なんか如月君がランニングの時はズルして訓練もランニングも免除してもらってる卑怯者って言われてて……それで今回の事でみんな、あんまり如月君の事、よく思ってないみたいで……」
「ほーん」
建斗は適当な返事をしながら夕食のメインディッシュであるパンを口に運んだ。
硬いが全然噛み切れるし食べれる部類のパンだ。違う世界で食べた保存食はもっとマズかったし硬かった。そんな逞しい経験から建斗は他のクラスメイトが食べるのに苦戦しているパンも平気な顔して食べていた。
「……なんでそんなに平気な顔してるの? もしかしたら仲間外れとか苛めにあうかもしれないんだよ?」
だが日暮的にはそんな風に平気な顔をしている建斗は異常でしかなかったようだ。
それもそうだ。本来なら多数の人間が自分の相手になる。それも力が同程度かそれ以上だった場合は恐怖でしかない筈だ。
建斗目線からしたらクラスメイトなんてヴィーシャとゼナが居なければ束でかかってきても一分経たない内に倒せる自信があるし、二人が居ても時間さえあれば確実に倒せる。故に余裕だ。
ヴィーシャとゼナという絶対に自分の元を離れない仲間がいるというのもその余裕に繋がっている。
「まぁそんときゃそん時だ。もしイラついたらここ出てくんじゃねぇの?」
「そ、そんな他人事みたいに……」
「それに俺にゃヴィーシャとゼナがいる。あいつ等がいれば正直の所、他の奴らはどうでもいい」
あの二人はその程度で建斗を見放すような人間ではない。もしそんな人間なら建斗は既に一人ぼっちになっている。それくらい過酷な戦いと過酷な運命を彼女達に背負わせているつもりなのだ。
だと言うのに彼女達は文句こそ言えど絶対に建斗から決別はしない。故に、建斗は彼女達を心の底から信用できる仲間と見ているし、どんな時も一緒にいてくれる真の仲間とも思っている。
「じゃ、じゃあもしハインリッヒさんとカサヴェテスさんが如月君を苛めたら」
「それはない。絶対にな。まぁ汚いマーライオンした件で笑われるのは間違いないけど。まぁ暫く揶揄われて終わりじゃねぇの?」
「ど、どうしてそんな風に……」
「んなの俺があいつらを信用しているからだし、あいつらも俺を信用しているからだ。その程度で決別される仲じゃねぇんだよ、俺達は。最早運命共同体とかそのレベルなのさ」
「う、運命共同体……?」
「まぁ、日暮もいつか分かるさ。日暮もその内神様からそんな人との出会いをプレゼントされるさ」
「神様って……」
「案外気楽で気まぐれで馬鹿でクソ野郎なんだよ、神様ってのは。とりあえず忠告さんきゅーな。もしなんかあったらお前は最優先で助ける事を俺が約束してしんぜよー」
ははは、と笑いながら建斗は戻ってきたヴィーシャとゼナの元へと戻っていった。
日暮はその様子を少しだけ心配を孕んだ目で見ていたが、もう自分にできる事なんてないと決めつけて彼から目を逸らした。
そして件の建斗はと言うと。
「建斗くん、汚いマーライオンした事、すっごい広まってたよ?」
「まぁ気にせんよ。だって自業自得で吐いたんだしな」
「けんと。見事なマーライオンだった」
「よせやい照れる」
本当に全く気にした様子はなかった。
もうこの三人は互いの汚い所も黒い所も今更過ぎるので感覚がマヒしているのである。建斗なんてこの二人の前で吐いたのは一度や二度では無いし、なんだったらヴィーシャもゼナも建斗の前で吐いたことがある。もう本当に今さらだし誰かが過去の事を馬鹿にしたらその人の過去で馬鹿にされる。そんな運命共同体でもあるのだ。
ヤケに汚い運命共同体である。
建斗の秘密
実は血反吐を吐いた数の方が圧倒的に多い
ヴィーシャの秘密
実は吐いただけじゃなく漏らしたこともある。
ゼナの秘密
吐いた原因は毒キノコを自分の胃袋を過信して食べた事と賞味期限が切れた牛乳を飲んだから