ゼナの過去
今回はゼナの過去の話。
夢を見た。
それは、ゼナが建斗達に会った頃の夢。
ゼナは捨て子だ。産まれたばかりの事、山の中に捨てられ泣きながら死を待つだけの、名もなき子だった。しかしそれを、とある魔物が拾ったのだ。
魔王の管轄から抜け出し、ひっそりと生きる魔物。その名は、フェンリル。かつて魔王の右腕であり、人間が生みだした下級神すら殺して見せた最強の魔物。それが、ゼナの親だった。
フェンリルは人の言葉を使う事ができた。故に、ゼナはフェンリルからは人の言葉と、狼の言葉を学び、魔物としての力、獣化も学んだ。
そんな彼女が建斗達と出会ったのは、彼らが自分たちの住む山を通った時だった。
「人間……! ここは、ゼナ達の住み家! 寄るな!!」
「うおっ……って子供か?」
「いや、でも何だか様子っていうか腕と足が……」
獣化第二形態。全三段階ある獣化の内、一番獣と人間の中間に位置する形態での会合が、三人の初めての会合だった。
獣化第二形態は両手両足が毛に包まれ、若干背も曲がる。そして爪と牙は獣化第一形態よりも更に鋭くなり、身体能力も狼……彼女の親であるフェンリルにかなり近くなる。
フェンリルでありフェンリルでない存在、フェンリル・オルタナティブ。それがゼナだった。
「いや、君たちの邪魔をする気はないんだ。ただ、ここに住むフェンリルって魔物に会いたいだけで」
「フェンリル……ママの事か」
「ママ? それってどういう……?」
「お前、ママを殺しに来たのか! そういう人間、いっぱい居た。ゼナはそれを全部殺した。だから、お前も殺す!!」
「うおっ!!?」
当時のゼナは、どちらかと言えば本能で生きていた。人か狼かで言えば、狼。故に、彼女に対して言葉での説得はほぼ無意味だった。
故に、ゼナは二人に対して襲い掛かった。獣化第二形態のゼナは万全の状態でヴァリアントソードの真名を解放した建斗でも苦戦するほどだった。しかし、彼はゼナが獣化最終形態を使う前に彼女に一太刀浴びせ、気絶させることに成功したのだ。
そして次にゼナが目を覚ますと、自分達の住み家である洞窟の天井が視界に入り、自分の育ての親であるフェンリルが建斗とヴィーシャ相手に話している所だった。
「ゼナ、目を覚ましたか」
「ママ! そいつら、敵! 殺さないと!」
「心配するな。この者達は味方だ。どうやら魔王の城にある仕掛けを知りたいようでな。私にはそれを聞きに来ただけだ」
「味、方……? ……ママが言うんなら、大人しくしてる」
「すまんな、娘が。どうも私の育て方ではこのようにしかならぬみたいだ」
フェンリルは、人間の歳で言えば六十から七十歳の年老いた獣だった。実際に生きている年数は、千年を優に超えている。
そんな彼女が魔王の支配を抜け出したのは、戦う事に疲れた事。そして、自分が歳であること。人間に対して侵略戦争を仕掛けてしまった魔王に見切を付けた事。そうした要因が重なった結果だった。
ゼナを拾ったのは、魔王の支配を抜け出した際に見つけたので、今まで殺す事しかできなかった自分が命を育てるのも悪くない。そう思ったからだと、建斗達には優しい声色で説明をした。
「いきなり老いぼれの話をしてすまないな。客人は初めてで少し調子に乗ってしまった」
「いえ。俺も、魔物にはあなたみたいな優しい魔物も居るって知れましたから。いい経験です」
「そう言ってくれると私も嬉しい。それで、魔王の城の仕掛けだったか。あれにはこの大陸の各地にある祠が関係していてな」
母と建斗達の話は退屈だった。フェンリルは全てを話し終えると、建斗達はすぐに魔王の城の仕掛けを解除するために立ち上がったが、既にその時外は暗かった。なので、建斗達はフェンリルの洞窟で一晩を明かすことにした。
その際ゼナはずっと建斗達を警戒していたのだが、建斗達が食事をしている時、建斗が偶々鞄の中にしまっていた携帯を落とした。
その携帯をゼナは目敏く見つけ、それは何かと聞き、建斗はそれに対して適当に説明をしてから実際にゼナに携帯を触らせた。建斗の携帯には偶々オフラインでもできるゲームが入っており、今まで電源を切っていたがために充電があったのでそれをプレイする事ができた。
そしてゼナは携帯ゲームという今までにない遊びを学んだ。
「けんとけんと! これ凄い! 何もしてないのに動いてる!」
「ははは……元気だな、この子……」
「ゼナがまさかこれ程まで人に懐くとはな。やはり中身はまだ子供という事か……」
「ゼナちゃんって歳は幾つなんですか?」
「今年で十五だ。人間の感覚ではもうすぐ成人なのだが、どうしたらいいのか分からなくてな……もう少し育て方を知っておくべきだった……」
「これで同い年……」
ゼナが子供っぽいのはフェンリルの育て方……というよりも彼女がゼナを他の人間と会わせなかった事に問題があった。故に、今もゼナは成長中であり子供っぽい所を多分に残したままなのだ。
そして翌日、建斗とヴィーシャはゼナとフェンリルに見送られて件の仕掛けを解きに戦いに向かい、そしてそれが終わると建斗達は一旦フェンリルの洞窟に戻ってきた。それは、ゼナがした約束があったからだ。
「けんと、ヴィ―シャ! ゼナ、もっと色んな遊びしたい!」
「色んな遊び、か……なら、ちょくちょくここに来てゼナと遊ぶか。そういう息抜きが無いと俺達が参りそうだし」
「そうだね、ゼナちゃんと遊ぶの、わたしも楽しいから、また来ようか」
ゼナが交わした約束。それは、初めてゼナが人間らしい事に興味を持った瞬間だった。
今までゼナは人間を見ても敵とみなしてそれを殺してきた。フェンリルはそれを止めなかった。だが、ゼナは自分より強い建斗とヴィーシャと出会い、二人に人間らしい事を教えてもらい、人間らしくなろうとしている。
フェンリルが教える事のできなかったことを、二人は教えている。そのために二人は何度も何度もフェンリルの洞窟に足を運んだ。
「むぅー…………これ! やった、あがり!」
「だぁクソ! また俺がドベかよ!」
「建斗くん、分かりやすいから」
「ふむ、人の考えた遊びと言うのも面白いものだな。こうも勝てるとは」
「けんと、もう一回!」
「ったりめぇだ! 俺が勝つまでババ抜き止めねぇからな!?」
そして足を運んではゼナは新たな遊びを知る。
時にはトランプを使った簡単なゲームを。時にはチェスのような頭を使うゲームを。時には建斗が偶々持っていたソーラー充電器で充電した携帯を使った一人遊びを。
ゼナは人の娯楽にどんどん惹かれていった。それと同時に、二人に対しても心を開いて行った。
そんな二人とも関係が友達という事に気が付くのは、もう少し先の事だ。
遊びを教えてもらってから、ゼナはずっと建斗達が来ることを心待ちにしていた。フェンリルはそれを良い変化だと思い、建斗達を歓迎した。
建斗達は二人の元へ、時には美味しい食事とゲームを持参し、時には本や芸術品を持ってきて、時には何も持たずにゲームをしにやってきた。
――だが、そんな楽しい日常は唐突に崩壊を起こしたのだ。
「ふん、フェンリル。貴様、我が元を抜け出したと思えば人間のガキなど育て、しかも異界の者を手助けしているようだな?」
「魔王。貴様には最早関係のない事だ。私は貴様の駒ではなくなった。私を殺すだけならばまだいい。だが、私の娘に害を加えようと言うのなら、容赦はせんぞ!!」
「ぬかせ、犬風情が!」
「ゼナ、今すぐ異界の者達を呼んで来い!」
「でも、ママ! ゼナも戦えば!」
「駄目だ! いいから行け! でないと今晩の飯は抜きだ!!」
「っ……!」
そしてフェンリルは魔王との交戦に入り、ゼナは逃げ出した。
自分達よりも強い存在、建斗とヴィーシャに助けを求めるために。ゼナは走り、そして同じように自分たちの洞窟へ向かって走っていた建斗とヴィーシャを見つけた。
「けんと、ヴィーシャ!」
「ゼナ!? 無事だったのか! 今、魔王がそっちに!」
「お願い! ママを助けて! ゼナだけじゃ魔王は倒せない! だからお願い、けんと、ヴィーシャ!!」
「分かってる。俺に任せろ、ゼナ!」
「フェンリルさんを殺させたりは絶対にしないから!」
二人はゼナと共に走り、そしてフェンリルの元へと駆けつけた。
しかしその時にフェンリルは既にボロボロの状態であり、魔王はフェンリルに対してトドメを刺そうとしていた。
それを建斗がヴァリアントソードの真名を解放して止め、ヴィーシャとゼナはフェンリルの元へと駆け寄った。
「ママ! ママ、しっかりして、ママ!!」
「酷い傷……! 神よ、この者に祝福を与えたまえ……!!」
ヴィーシャの祝詞によって奇跡は起こり、フェンリルは回復した。しかし、フェンリルは起き上がる事ができず、ヴィーシャは焦るばかり。
そして、建斗はたった一人で魔王と戦い、互角以上の戦いを繰り広げた。
「異界の者がこれほどの強さを……!」
「そこだ! アルタイルスラッシュッ!!」
「ぐぁっ!? くっ……! 今日の所は引くとしよう。だが、次に相見えた時が貴様の最後だ!」
「ま、待てッ!」
そして建斗は魔王に一太刀浴びせたが、逃げられてしまった。
――彼らが魔王との真の最終決戦に挑むのはもう少し先の事となる。
一方、フェンリルの傷は回復したのだが、今にもフェンリルは死にそうだった。
「もう一度……! 神よ……!」
「もう、よせ。私は、助からん」
「そんな……ママ!」
「老いた身で、無茶をした、せいだ。ただの寿命だよ、ゼナ……」
そう、フェンリルの体に最早生きるための力は残されていなかったのだ。
単純なる寿命。どんな生物も逃れる事ができないその現象は魔物にも等しく表れる。フェンリルは老いた体で激戦を繰り広げ、文字通り命を削って戦った。
その命は使い果たされ、今、消えようとしている。
傷だけならヴィーシャの奇跡で治せる。しかし、寿命と死者だけは彼女でもどうしようもないのだ。
「ゼナ……私の唯一の娘よ……」
「ママ……ママ!」
「お前は、人として生きろ……そのための知識は、あたえたはずだ……」
「でも、ママが居ないと……ゼナは、一人ぼっち……」
「違う、ぞ。お前には、友がいる……だろう? キサラギ・ケント……ヴィクトリア・ハインリッヒ……」
「あぁ。俺はゼナの友達だ!」
「わたしも、です!」
「出来の悪い、娘だが……よろしく、頼む」
「ママぁ!! 嫌だよ、死んじゃやだよぉ!!」
「ゼナ……泣き止んでくれ。私は、お前が笑顔で生きていてくれるだけで、いいんだ……」
そして、最後にフェンリルはそっとゼナに額を押しあてた。
「最後の、教えだ。友と生きろ、ゼナ。後悔をするな。幸せのために、戦い、生き、笑顔になれ。私は、それを……見守って……いるぞ…………――――――」
それが、ゼナの育ての親であるフェンリルとの離別だった。
その日、ゼナは泣き続けた。フェンリルの遺体に覆いかぶさるようにして泣き続け、建斗達もその近くでずっとゼナの事を見守っていた。
そして次の日になってからようやくゼナはフェンリルの亡骸から離れ、彼女を洞窟の近くに埋めると、決心を固めた。
思い出のあるこの地ではなく、友である建斗達と生きる道を。
フェンリルの娘、ゼニア・カサヴェテスという一人の人間として生きていく道を。獣化した状態を常とせず、人としての姿を常とし生きていく事を。
「ゼナは、けんと達についてく。それがママの願いだから。ママに自慢できるくらい、いっぱい楽しい事して、いっぱい笑顔になる。だから、ゼナを連れてって」
そして、彼女は建斗とヴィーシャと共に生きていく。
苦楽を共にし、異世界へと渡り、自分の趣味を見つけて時に楽しみ、時に怒り、時の悲しみながら。
そうして人として友と生きていく事が、彼女の親であるフェンリルの最後の願いだから。
彼女はフェンリルの遺言をしっかりと守り、そして人としての生を楽しみながら今日も生きている。
いささか、フェンリルが苦笑いする程度には人間臭くなりすぎているが。
ゼナの秘密
ゲームが好きになったのは建斗達が原因。実は天才肌であり、フェンリルの力はほぼ独学で身に付けた。
一番悲しい別れを経てから戦いへと身に置いた彼女だが、母が死んでから寂しいと思った事は数少ない。彼女の側には常に信頼できる仲間が。共に笑いあえる友の姿があり、ゼナに寂しさを与える暇なんて与えなかったから。
彼女が建斗とヴィーシャと共に居るのは、二人が強いからであり、恩人だから。だからこそゼナは二人の隣に立ち続ける。恩人を守るため、恩人と戦うため、友を守るために。その気持ちは誰にも引き裂くことは叶わない。