タンポポとお月さま
シマリスの言うとおり、山の向こうの空がほんのりと明るくなっているのがわかります。
なんだかお陽さまがまたもどってきたみたい。タンポポはそう思いました。
だけどその明かりは、元気がいっぱいもらえるお陽さまの光とは、すこしちがうようです。
タンポポとシマリスが山ぎわを見つめていると、すぐ近くから鳥の羽ばたく音がきこえました。
おどろいたシマリスは、体中の毛をいっぺんにさか立てて耳をすませます。
光のとどかないばしょはくらくてよく見えませんが、とても大きな鳥が近くにいるようです。
「ほうほう、シマリスくん。どうやら成功したようじゃの」
「あっ! フクロウじいさん!」
「え? フクロウじいさん?」
どうやら、いまの音はフクロウがたてたものだったようです。
あんしんしたシマリスは、ほうと力をぬきました。
タンポポはフクロウのすがたを見たいと思いましたが、タンポポのまわりは明るすぎて、くらいばしょにいるフクロウのすがたは見えません。
「では、そろそろ明かりは片付けるとしようかの」
「え? この明かりを持っていってしまうの?」
せっかくここまで起きていられたというのに。
タンポポは明かりを持っていかれたら、お月さまを見られなくなってしまうと、ざんねんに思いました。
「それじゃあ、わたしはきょうも夜のお月さまを見ることができないのね」
タンポポがかなしい気持ちでそう言うと、フクロウの金色の目がきょろりとタンポポに向けられました。
目をほそめたフクロウの楽しそうな声がきこえてきます。
「ほうほうほう、タンポポのおじょうさん、もうこの明かりはきみにはひつようないのじゃよ。これがあると、かえってお月さまが見えなくなってしまうんじゃからな」
「ええ!?」
「そうなの?」
おどろいたのはタンポポだけではありません。
となりで話をきいていたシマリスも、ぴっくりして耳をぴくぴくさせています。
「だまされたと思って、見ていてごらん。さぁ、もうじかんのようじゃ。いそいではこんでしまうかの」
フクロウはそう言って羽ばたくと、くちばしの先でランタンの持ち手をくわえて、明かりがとどかないばしょへとはこんでいきました。
タンポポのまわりはだんだんくらくなっていきます。
それとはんたいに、山の向こうの空は少しずつ明るさをましていきました。
ランタンの明かりがすべてなくなると、夜空には、星のかがやきがあらわれました。
それは、ランタンの明かりがあったときには見えなかったものです。
いまはタンポポとシマリスの目にも、夜空いちめんにちらばる星たちのすがたが見えています。
タンポポとシマリスは口をぽかんとあけたまま、星空を見あげました。
山の向こうの明かるい光は、もうすっかり、そのすがたをあらわしています。
山の向こうからのぼってきたのは、まんまるのきいろいお月さまでした。
あぁ、夜のお月さまがこんなにすてきだったなんて……!
お月さまに見とれたタンポポが、思わずためいきをもらすと、がんばって力をこめていた花びらがゆっくりと動きだしました。
タンポポが見た夜のお月さまは、ひるまに見えるお月さまとはくらべものにならないほど、うつくしいものでした。
お月さまは、ちっともひとりぼっちなんかじゃなかった。
うっとりとお月さまを見あげながら、タンポポはそう思いました。
お月さまからとどけられる光に、夜のやみにかくれていたものたちが、やさしくてらされて行きます。
ここからは夜の生き物たちのじかんです。
はれた星空のもと、やさしいお月さまの光にてらされた森や川は、ひるまとはちがったかおを見せています。
しっとりとした空気がただよう中で、夜の生き物たちがささめきはじめました。
お月さまの光をよろこぶように、草むらの上を小虫がとびかいます。
その中にはこのまえおしゃべりをした ガ もいましたが、お月さまにむちゅうになっているシマリスは気づいていないようです。
「まんまるで、やさしいきいろだねぇ。ほんとうだ、夜のお月さまってタンポポさんとにてる! すごいや! ねぇ、タンポポさんも見た?」
うれしくなったシマリスがタンポポに向かって話かけました。
でも、タンポポからのこたえはありません。
「あれ? タンポポさん、もうねちゃったの?」
「ふふ、なんだかぼくもねむたくなってきちゃった。じゃあ、またあしたね。おやすみなさい、タンポポさん」
シマリスがねむるまえのあいさつすると、タンポポはかすかにあたまをふるわせて、そっと花びらをとじました。
この何日かあと、タンポポはひるまのお月さまともそっくりになって、シマリスをとてもおどろかせます。
あたまの花びらをわた毛にかえたタンポポは、たねを風にのせて、空へおくり出すのです。
風にのってとんでいったわた毛は、どこかとおいところで根をおろし、いつかお月さまのようにまんまるくて、きいろい花をさかせることでしょう。
タンポポはもうお月さまににていると言われてもかなしい気持ちにはなりません。
だって、タンポポはお月さまとにていることがうれしくなったのですもの。
お陽さまがのぼっている明るいうちは見えなくても、お月さまのそばには、いつだってたくさんの星たちがまたたいています。
まわりにたくさんのしょくぶつや生き物たちがいる、タンポポとおなじように。
「ほらやっぱり、タンポポさんとお月さまってにてるじゃないか」
木のえだにとまって、タンポポのわた毛がとんでいくのを見ていたホトトギスは、楽しそうにひと声なくと、またどこかへとんで行きました。
おしまい