タンポポとシマリス
「ひどいよ、タンポポさん。いっしょに夜のお月さまを見ようってやくそくしたのに、自分だけねちゃうなんて!」
つぎの日のあさ、タンポポはシマリスにおこられました。
だけど、夕方になってお陽さまがしずんでしまうと、タンポポはどうしてもねむくて、ねむくて、はなびらを広げておくことができなかったのです。
「わたし、ちょっとだけ目をとじたつもりだったのよ? ねむるつもりなんてなかったの」
タンポポはほんとうに、すこしだけ休むつもりだったのです。
けれど、つぎに目をあけたときには、空はすっかり明るくなっていて、自分でもおどろいたのです。
シマリスはタンポポの言いわけをきいても、ぷくりとほっぺをふくらませたままでした。
「ほんとうにごめんなさい、シマリスさん。……これじゃあわたし、夜のお月さまを見ることなんてできないわね」
タンポポがひらきかけのあたまを、しょんぼり下げながらあやまると、シマリスはむうっと、はなづらにシワをよせて何かをかんがえはじめました。
だまってしまったシマリスに、タンポポはあたまを上げてたずねます。
「シマリスさん、まだわたしのことおこってる?」
「まだちょっとおこってるけど、そうじゃなくて。タンポポさんがどうやったら起きていられるかってかんがえているんだ」
シマリスの言ったことにおどろいて、タンポポはひらきかけていたはなびらを、ぽわんとまあるくさかせました。
シマリスはタンポポのことをおこっているのに、タンポポのためにいっしょうけんめいかんがえてくれているのです。
そう思うと、タンポポの心はぽかぽかして、なんだかくすぐったいような気持ちになりました。
「タンポポさんは明るくないとねむくなっちゃうんだよね? だったら、まわりを明るくしておいたら、ねむくならずに起きていられるんじゃないかな」
タンポポはいままで、お陽さまがのぼれば花びらをひらき、お陽さまがしずめばとじるという生活をおくってきました。
お陽さまと同じくらい明るいものなんて、タンポポにはあると思えません。
「ぼくはきのうタンポポさんがねむったあとも、ちょっとだけ起きてたんだよ。だけどあのあとは、くもがでてきちゃってお月さまには会えなかったんだ」
きのうの夜、お月さまのないまっくらな空を見たシマリスは、がっかりしてしまったようです。
つまらなくなったシマリスは、すあなへかえろうと木にのぼったとき、森の向こうに明るい光がたくさんあつまっているばしょを見つけたのだとおしえてくれました。
「あそこから光を分けてもらえたら、タンポポさんだって夜のお月さまがでてくるまで起きていられるんじゃないかしら」
「まぁ、夜になると明るくなるものがあるの? ちっともしらなかったわ」
タンポポがすっかりかんしんしてそう言うと、気をよくしたシマリスはタンポポのまわりを走りはじめました。
「じゃあ、ぼくはあそこから明かりをわけてもらってくるよ。タンポポさんはここでまっててね!」
「えぇ、まってるわ。きっと明かりを見つけてきてね」
タンポポに見おくられながら、シマリスは森のおくへときえて行きました。そしてそのあと何日も、すがたを見せなくなったのです。
シマリスがケガでもしたのではないかと、タンポポはずっとしんぱいしていました。
それから三日目のあさ、目をさましたタンポポのまわりには、見なれないものがたくさんおかれてありました。
「いったいこれは、なにかしら?」
タンポポがふわりとあたまをかしげると、みどり色の箱の向こうに、ふわふわのちゃいろいしっぽが見えました。
うれしくなったタンポポは、大きな声でよびかけます。
「まぁ、シマリスさんなの? しんぱいしていたのよ、いままでどこへいっていたの?」
タンポポの声がきこえたのでしょうか、箱の向こうに見えていたしっぽがくるんとまあるくなりました。
「ふあぁ、おはよう、タンポポさん」
ねぼけまなこを持ちあげて、ぷるぷる体をふるわせたシマリスのすがたが見えると、不安でさびしかった気持ちが、いっぺんにふきとびます。
タンポポはにっこりとわらいかけました。
かおをあらって目をさましたシマリスは、ぴんとむねをはると、じまんげにひげを動かします。
「見てよこれ! これがあればぜったいに、タンポポさんだって夜のお月さまに会えると思うよ」
そう言ったシマリスは、みどり色の箱によりかかって、箱のあたまをぺちぺちとたたいてみせました。
どうやらこのたくさんの箱は、シマリスがここへおいたもののようです。
だけどこのみどり色の箱は、シマリスよりもだいぶ大きいものでした。
いったいどうやって、ここまではこんで来たのでしょう。
タンポポがたずねると、シマリスはあたまをかきかき、出かけていたあいだのことを話してきかせてくれました。
「じつは、フクロウじいさんに手伝ってもらったんだ。ここまではこぶのも、ぜんぶフクロウじいさんがやってくれたんだよ」
フクロウという鳥がこの森にいることは、おしゃべりなカラスやスズメたちからきいているので、タンポポだってしっています。
けれどフクロウは、明るいうちはねていて夜に起きるそうなので、タンポポはいちども会ったことがありません。
「フクロウじいさんはとってもものしりなんだ。タンポポさんが夜のお月さまを見るために、明かりがほしいんだって言ったら、夜のあいだずっと明るいままにしておくべんりなものがあるって、おしえてくれたんだよ」
シマリスが森の向こうに見つけたのは、人間が住む町の明かりだったのです。
シマリスも、町へいって明かりを見つけたまではよかったのです。
だけど小さなシマリスでもはこべるような明かりは、すぐには見つけられませんでした。
こまってしまったシマリスが森へもどろうとしたところで、フクロウじいさんに声をかけられたのです。
フクロウじいさんが町にある人間のいえと、タンポポのいるばしょをなんどもいったり来たりをくりかえして明かりをはこんでくれたのだと、シマリスはおしえてくれました。
「まぁ、フクロウじいさんって、とてもいいフクロウなのね!」
「そうさ。フクロウじいさんは、いいフクロウなんだ。ほかのフクロウみたいに、ぼくをおいかけてくるようなこと、ぜったいにしないもん。これでやっとタンポポさんも、夜のお月さまに会えるね」
そう言ってわらうシマリスに、タンポポもほほえみをかえします。
その日の夕方、お陽さまがゆっくりとかたむきはじめると、タンポポはやっぱりねむたくなってきました。
タンポポはなんだかもうしわけない気持ちになってあやまります。
「シマリスさん、ごめんなさい。わたしやっぱり、きょうも起きていられそうにないわ」
「もう少しがんばって、きっとだいじょうぶ。もうすぐだから」
シマリスにはげまされても、お陽さまの光がかげると、タンポポの花びらは、とじよう、とじようとかってに動いてしまうのです。
「あっ、ほら!明かりがついたよ」
シマリスがうれしそうな声をあげたので、タンポポはねむいのをいっしょうけんめいがまんして、シマリスに目を向けました。
すると、シマリスがはこんできたみどり色の箱のまん中が、すこしずつ明るくなっているではありませんか。
「まぁ、ほんとうに明かるくなった!」
おどろいたおかげで、タンポポのねむけもちょっとだけふきとんだようです。
だけどそこにある光は、お陽さまのあのきらきらとした光にはかないそうにありません。
箱のなかにある弱々しい光は、今にもきえてしまいそうに見えます。
「だいじょうぶ。この光はね、すこしじかんがたつと、もっともっと明るくなるんだから」
「ほんとうに?」
タンポポとシマリスがおしゃべりをしているうちに、あたりはすっかりくらくなっていました。
夕やけもあと少しでおわりそうです。
そして、シマリスの言ったとおり、くらくなればなるほど、みどり色の箱は明るく光っていきました。
それが一つや二つではありません。
ぜんぶで十コもの明かりが、タンポポのまわりに集められていたのです。
それは人間がはつめいした、お陽さまの力を集めておくきかいでした。
ひるまにためたお陽さまの力で、夜に明るい光りをともらせることができるのです。
ランタンの形をしたソーラーライトは、空がくらくなればなるほど、明るさをましていきました。
「タンポポさん、どう? まだ起きてる?」
「えぇ、まだだいじょうぶ。起きてるわ。シマリスさんとフクロウじいさんのおかげで、きょうこそ、夜のお月さまが見られそうよ」
ほんとうは、とてもねむくて、やっとのことで起きているタンポポでしたが、きょうのねむさはこれまでのように、がまんできないほどではありません。
「ホトトギスさんの言った、わたしとにているお月さまって、どんなすがたなのかしら……」
ぼんやりとそうタンポポがつぶやいたとき、シマリスが大きな声をあげてお山をゆびさしました。
「見て、タンポポさん、お山の向こうが明るくなってきた!」