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二遍

 アーネストは元々ドイツのケルン出身の神父だったが、日本の文化に触れて大いに深みに嵌り、転属願まで出して日本に移住して来た。現在で日本に移住して二年程しか経っていないが、日本でも布教すべく日本語版の聖書をひたすらに読み明かし、僅か一年程で流暢な日本語を話す事が出来、方言にまである程度対応出来るようになっていた。

 そんなアーネストが日本に来て驚いた事は、洗礼を受けていない非クリスチャンの日本人ですらも、会った人間の大半は生活様式がしっかりしている事、異様に寛容だったところだ。転属先の教会の隣に住んでいる老夫婦に至っては熱心な仏教信者だが隣の教会の人間に出くわしても侮蔑しないばかりか丁寧に挨拶を交わし、ご近所の好みとして持っている畑から野菜を分けてくれたりする。毎週日曜のミサでも興味本位で訪れる若者でも無下に騒ぐ事はせず、今日が礼拝の日なら、と言う事でその場のノリでクリスチャンでもないのにミサに参加したりしている。同じ地区内にいる寺の住職すらも、特に敵意を向ける事なく地区の催し事にはお互い協力して運営する事も多々あった。どうやらアーネストが転属して来た地区は、外国人の目線からすると“非常に当たり”だった。

 しかしアーネストは日本に来てからの、唯一の悩みがあった。それは日本に赴任して来てそろそろ二年が経とうとしているある日に、それは起きた。夜眠っている時に必ず見る悪夢。狼の頭の皮を被った男と、その男を甚振りながら狂喜する中年女性。その拷問光景をひたすらに直視していて、怖くなってたまらず逃げ出し、螺旋階段を駆け下りて下に着くと景色が回転して、頭痛と共に目が覚める。これが丸一カ月も続き、目に見えてアーネストの顔はげっそりとやつれていた。これに同僚の神父や司祭も心配していた。中には悪魔の仕業と判断して悪魔祓いを行った事があった。しかし、悪魔祓いの際、憑依している何かを呼び出す事に成功したが、聖水やロザリオ、銀製の物品を近づけても何も効果がなく、その取り憑いた何かは祓おうとする司祭達を嘲笑っただけに終わっていた。

 しかし、睡眠以外は特に日常生活には余り支障がないという、どうにも不可解な状況となっており、これに困惑したアーネストは、同僚の八住尊に付き添ってもらい、同じ地区内にある寺を訪れた。

「ようお越しなさった。えらいモン乗ってるなあ」

 開口一番、住職の高野柳音がのんびりと話しかける。

「え、何もしていないのにわかるんですか?」

 アーネストはびくついた。教会では儀式ばった事をしてまで呼び出して取り憑いてる事がわかったのに、この住職はアーネストを一目見て状況を把握したらしい。

「アーネストは日本でのこういう話よく知らなかったよな?この人、相当視える人だぜ」

 尊が返す。

「高野さんの仰る通り、アーネストはどこでもらったかわからないけど取り憑いてる。本場から来たエクソシストにとっちゃ、向こうの悪魔じゃないからある意味専門外だな」

 尊の言動のひとつひとつ、アーネストはどうにも理解が追い付かなかった。エクソシストは確かに悪魔祓いだが、悪霊祓いでもある。でもいくら国が違っても専門外とかあるのだろうか。

「アーネストさん。アンタに取り憑いてるのは悪霊じゃないし、悪魔とは少し違う。日本に昔からいる妖だな」

 柳音が答えると、アーネストを強引にお辞儀させ、急に強く背中を叩き出した。余りの勢いにアーネストは噎せ返った。

「ちょっと、何をするんですか!?」

 アーネストは憤慨した。柳音が好人物なのはよくわかっているが、突然強く叩かれたものだから憤慨するのも致し方ない。

「すまんねえ、寺に入ってから背中に乗ってたヤツがアンタにしがみ付いて離すもんか!って威嚇してたから強引に追い払ったよ。今意外と体が楽だろ?」

 柳音はテンションを変えずのんびりと返す。そう言われたアーネストは、不意に肩が軽くなっているのに気付いた。

「お!顔色抜群に良くなったよ!」

 尊が叫ぶ。人目に見てわかるレベルで、アーネストの体から邪気が消えたようだ。

「だがこれで安心しなさんな。今ソイツに触れて解った事、そいつが何なのか、今後どうなっていくか話す必要があるから、上がりなさい」

 柳音に促され、アーネストと尊は寺の本堂に入った。

 神父の立場上、寺に上がった事がなく、見る物全てが新鮮に感じられ、教会とは違う神々しさを感じた。仏像は金に彩られているが、それ以外は素朴にそのまま防腐剤を塗られた木材にデザインをあしらった飾りが寺の素朴な雰囲気を高めている。畳は日本に来てから何度も触れた事があるが、ここの寺の畳はそこそこ年季が入っているようで、歴史を感じる縁側の黒ずんだ床板とよく見た目が馴染んでいる。

「さて」

 仏像の前で柳音が座る。それに倣いアーネストと尊は対面で座った。

「最初は狐か狸、獏の質の悪い悪戯か、蜃の毒気にやられたかと思っていたんだが、どうにも引っかかるものがあってね」

 ここで柳音の表情が一気に強張った。終始物腰柔らかく、のんびりと受け答えしていた住職の面影が全くなく、アーネストはとても同一人物に思えなかった。

「狐か狸って。日本の悪魔はよくいる動物なんですか?」

 少し和ませようと思ったアーネストは冗談を吹っかけてみた。が、

「アーネスト、日本でのこういう話の時、狐と狸は本気で怖いぞ。特に狐は悪魔の比にならない」

 尊が窘めて来た。尊も妙に表情が強張っている。

「狐はお稲荷様と呼ばれるし、狸も神様として祭られているところもある。獏は昔から悪い夢を食ってくれるし。まず動物の神さんじゃ有り得ない。最近ずっと見ている悪い夢、教えてくれるか?」

 口調は穏やかなままだったが、表情がまだ強張ったままの柳音にアーネストは少したじろいだが、たどたどしく何とか夢の話をした。

「なので、夢は私の故郷の雰囲気によく似ているのに、取り憑いているのが悪魔の類じゃないというのもどうにもおかしいです」

 アーネストはそう話を締めくくった。しばらく柳音は唸り、熟考していた。

「確かに内容がいかにも西洋のホラー話だな、ずっと同じ内容なんだよな?」

 尊が質問した。

「そうだが・・・、最近は見る時間が長くなってる気がする。螺旋階段を下りてから、そこでいつも景色が回転するんだけど、最近回転する時間が長いんだ」

 アーネストの答えに、柳音が反応した。

「それは本当かい」

 柳音が聞く。表情が強張りを通り越えて相当に険しい。

「そうですが・・・」

 アーネストは弱々しく答える。

「こりゃ俺だけじゃ手に負えん。助太刀を頼みに行くから、今晩二十一時に、ここへ来てくれ」

 柳音がそう言うと、座っている隣の座卓にあったメモに走り書きをし、住所を記載したメモを手渡した。

「絶対に昼寝もするなよ」

15年前に書き始めた作品ですが、途中まで書いていた第二話から落雷のショックでPCがショート、その際データが消えてしまいました。それから15年を経て、新しい要素を加筆してこの度完成の目を見ました。

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