7.高木ぃ!
「もしもし高木? 私だけど」
『誰ですか?』
「おっ、そっか、そういうやつか。だーれだ?」
『ツー ツー ツー ツー』
電話切れた。
なんで。
「もしもし高木? 私だけど」
『うわ、また掛けてきた』
「何で切った? 何で電話切った?」
『だって誰か分からないから』
「私だよ! 先輩だよ!」
『あっ、先輩ですか? それなら早く言ってくれれば良かったのに』
「ふざけんなよ! こちとらお前のスマホに掛けてんだよ!」
『え、なんです?』
「出るだろうがよお! 掛けてきた相手の名前が画面に出るだろうがよお!」
『えっと?』
「掛かってきた時点で私からの電話だって分かるだろうがよお! 言わせんな!」
『あ、僕、先輩の電話番号登録してなかったみたいで』
「ふざけんなてめえ! 知りたくなかった事実! ぶち殺すぞ!」
『すいません。次は登録しておくよう前向きに検討しますから』
「何で検討すんだよ! 即決しろよ! 後ろ向きでいいからすぐ登録しろ高木ぃ!」
『すぐ怒る』
「すぐじゃねえだろうがよお! ここまでに二悶着くらいあっただろうがよお!」
『つまり用件は何です?』
「結論を急げる立場じゃねえだろうがよお! 人の機微を捉えろ高木ぃ!」
『はあ』
「いいか高木ぃ! 明日はハロウィンだぞ!」
『何ですかハロウィンって』
「そこからか! そこからか高木ぃ!」
『あっ、カボチャのやつですか』
「多分それだ高木ぃ! そのカボチャのやつだ!」
『明日はそのカボチャのやつなんですか』
「そうだ! だから明日の部活は予定変更だ!」
『えっ』
「明日は部員全員で街に繰り出すぞ! ハロウィンだから!」
『でも明日の化学部、スライム作りの予定でしたよね』
「変更だ、変更! ハロウィンにスライムなんて作ってられるか!」
『僕、スライム作るのすごく楽しみにしてたんですけど』
「スライム作りはいつでもできるだろ! ハロウィンは明日しかない!」
『えっ、でも、カボチャのやつって、毎年ある系のやつではないんですか』
「毎年は、……ある」
『じゃあ来年でも』
「うるせえバーカ! 正論で人が動くと思うな高木のくせに!」
『差別意識が急』
「とにかく明日は出掛けるからな!」
『でも先輩』
「何だ」
『そのカボチャのやつと化学部と、どういう関係があるんですか』
「何の話だ」
『だって部員全員で行くってことは、化学部の活動として行くってことでしょう』
「うん、まあ」
『カボチャのやつと化学と、街へ繰り出すことと、どういう関係が?』
「ある訳ねえだろ高木ぃ!」
『無いんですか』
「そもそも部員なんて私とお前の二人だけだろうが!」
『そうですね』
「そんな状況で、部活として行くのかプライベートとして行くのか、その線引きに果たして意味があるか高木ぃ!」
『あっ、プライベートとして行くんですか? 二人で?』
「例え話! 例え話だろうがよお! やめろもうバカぁ!」
『化学部として行くんですね』
「あー! あー! あー!」
『どうしました』
「どうもしねえよバーカ! 化学部として行きゃいいんだろ死ね!」
『命が軽い』
「とにかく行くんだよ街にぃ! 二人で遊びに行くんだよお!」
『じゃあ僕そこでスライム作ってていいですか』
「高木ぃ!」
『はい』
「何で街に遊びに来てスライム作るんだよ! 明日はもうスライムのやつじゃなくてカボチャのやつの時間だろうがよお!」
『でも化学部として行くならいいじゃないですか』
「高木ぃ! お前昔からそういうところあるぞ!」
『はあ』
「スライムは禁止! お前もうスライム禁止だからな!」
『暴虐』
「とにかく明日は遊ぶんだからな! 化学部として行って、化学に関係ないことをして遊ぶんだからな!」
『その条件呑んだら、スライム禁止令解けます?』
「スライム好きすぎだろ! スライムと私どっちが好きなの、って話になりかねんぞ!」
『えっ、どういうことです?』
「あー! あー! あー!」
『どうしました』
「どうもしねえよバーカ! 手作りスライムと一生いかがわしいことしてろ!」
『唐突なセクハラ』
「とにかく分かったな! 明日はハロウィンだからな! 街で遊ぶんだからな!」
『分かりましたよ。放課後玄関前でいいですね』
「しょうがねーな! それでいいぞ吉田ぁ!」
『ツー ツー ツー ツー』
――ふう。
はあ。
はあああああああああ。
あああああああああああああああ!
「おねーちゃん! ねー、おねーちゃん! 明日おねーちゃんの髪留め貸してー!」
『あっ、そうだ先輩』
「ぎゃっ!? 何で何で何で!?」
『どうしました先輩』
「高木!? えっ、何で!? 今電話切れたじゃん!」
『あっ、さっきのは口で「ツー ツー」って言ったんです。似てました?』
「お前ふざけんなよ! は!? 何なの!? 死ぬの!?」
『それより髪留め借りなくていいんですか? お姉さんに借りるんですよね?』
「あー! あー! あー!」
『どうしました』
「どうもしねえよ! どうもしてないからもういっそ殺してくれ!」
『突発的な自殺願望』
「それより何だよもう! いいから用件だけ言えよ!」
『さっき、もう店でスライム作りの材料買っちゃったんですけど、明日中止なんですよね?』
「そうだ」
『それならせっかくだし、今から作ろうと思って』
「なに?」
『今、先輩の家の前にいるんですよ。先輩の家で一緒に作りましょうよ』
「は!? うっそだろお前!? うっそだろお前!?」
『二階の窓から見て下さいよ。どうせ自分の部屋にいるんでしょ』
「何で把握してるんだよ! そんなに私の生活リズムに興味あるのかよ!?」
『えっ、どういうことです?』
「あー! あー! あー!」
『どうしました』
「どうもしね――うわマジでいるよ! バカじゃないの!? バカじゃないの!?」
『先輩顔赤くないですか? 風邪ですか?』
「うるせえバーカ! そうだよ風邪だよ! 風邪に決まってるだろ!」
『具合悪かったんですね。じゃあ帰ります。お大事に』
「あー! あー! あー!」
『どうしました』
「どうもしねえよ! どうもしねえけど見舞えよ! 見舞わないならスライム作れよ! とにかく上がれば!? バーカ!」
「おじゃましまーす」
「ぎゃあああああ! 早ええよ! 何でもう部屋入ってきてんだよ!? ノータイムで来るなよ!」
「時間がもったいなかったんで」
「仮にも見舞いなのに辛辣過ぎるだろ! 言葉を選べ!」
「あれ、先輩?」
「何だ」
「髪留めしてないんですか?」
「なに」
「お姉さんから借りる髪留め。僕見たかったんですよ。ちょっと借りてきますね。お姉さんどこです?」
「あー! あー! あー!」
「どうしました」
「バカじゃないのお前!? バカじゃないのお前!?」
「お姉さーん! 髪留めってどこ――!」
「ぎゃああああ! 高木ぃ! 高木ぃ!」
「どうしました」
「………………堪忍してぇ……」