1.崇高な想いをお伝え下さる方々にご配慮させて頂いたニュース
スタジオ内には二人の男女が並んで座っている。
女性の清水キャスターが口をひらいた。
「こんばんは、市民ニュースの時間です。今日は市内4カ所の小学校で運動会が行われ、児童たちには『優勝目指して頑張れ』と父母からの声援が飛び交いました」
「あ、ちょっとちょっと清水さん」
「何でしょう小野さん」
「今日から『頑張れ』という言葉は放送禁止です」
「えっ」
「番組をご覧になっている方々から崇高な想いを頂戴いたしまして、『頑張れ』という言葉は、ひどくプレッシャーをかけてしまう無責任なものではないか、ということですね」
「クレームがあったと」
「違います。崇高な想いです」
「えっ」
「改善要求ですとか苦情ですとかそういう意味合いではなく、あくまでも、わたくしたちの番組をより高みに導こうというご厚意ですから、崇高な想い、と申し上げるべきです」
「はあ」
「あと、父母ではなく、保護者さま、です。お父さんとお母さんがいらっしゃるご家庭ばかりではないので」
「ああ、それは、まあ」
「それと、児童というのもやめてください」
「お子さん、とかですか」
「いえ、いずれ大人になられる方々、です」
「あの、今なんて」
「いずれ大人になられる方々」
「一般的にはそれを児童とか子供とか言うのでは」
「子供、と言うとどうしてもこう、大人に比べて軽んじられるニュアンスがあるという崇高な想いを頂戴いたしまして」
「でも小野さん」
「あ、それもダメです」
「は?」
「今日からわたしのことは、それなりの大野、と呼んで下さい」
「何ですかそれ」
「小さいというのは、大きいということに比べて、やはりその、軽んじられる傾向があるという」
「崇高な想いですか」
「そうです、崇高な想い」
「でも、『それなり』って……」
「あくまでも大野ではないけれども、その、ある程度控えめな大野だよと、そういう、ええ」
「まあ、それなりの大野さんがそれで良いなら、私は何も言いませんけど……」
「ちなみに清水さんは、今日から普通水です」
「は?」
「言うほど清くないし、名字が美化され過ぎているという崇高な想いが」
「難癖つけてるだけじゃないですか」
「難癖ではなくて、高度な理解を要する崇高な想い。言い直して」
「でも普通水って」
口を尖らせる普通水をよそに、それなりの大野が番組スタッフから指示を受ける。
「普通水さん、また想いを頂戴いたしまして、運動会という言葉も、ちょっと」
「体が不自由で運動できないいずれ大人になられる方々もいらっしゃるから、とか言うんでしょう、もう」
「はははは、慣れてきましたね」
「ウケてる場合ですか!」
「まあまあ。それでですね、これはちょっと、うーん、何て言えばいいんでしょうねえ」
「外で騒ぐ集まり、とかでいいんじゃないですか」
「デモと被っちゃうなあ」
「それなり付ければいいんでしょ、それなり付ければ」
「ヤケにならないで。うーん、体のなんかかんか動かす集まり、でいいかな」
「そっちの方がヤケじゃないですか」
「でも心臓さえ動いていればカバーできるし」
そして、またしてもスタッフから指示を受けるそれなりの大野。
「普通水さん、もう時間無いから、さっきのニュースもう一回読み上げ直して下さい。それで終わりです」
大きく溜息をついて、普通水は修正原稿を読む。
「今日は市内4ヶ所の極めてそれなりな大学校で体のなんかかんか動かす集まりが行われ、いずれ大人になられる方々たちには、極めて比較的上の方を目指してその調子でいこう、と未成年後見人を含む保護者さまからの声援が飛び交いました」
「はい、それではまた来週」
「今の何言ってるか分かりましたか」
「次の番組は『未成年後見人を含む保護者さまとこの宇宙のどこかで。勿論、必ずしも現在ご同居されていらっしゃらないご家族の視聴を拒むものではない』です」
「何ですかそれ」
午後5時、みんな大好き「おかあさんといっしょ」が始まった。