最終話 二つの道
あれからから1ヶ月。
俺はギルド二階の手すりにもたれかかり、広間を見下ろしている。
ギルドに押し寄せる大勢の傭兵達。
グランツが叱咤の声を張り上げているを眺めていると、無意識のうちに深いため息をついてしまう。
……どうしてこうなった?
俺はあの日を思い返していた。
――
「蜥蜴の尻尾だけどな、ギルドマスターをグランツに譲る事になった。もちろんグランツの了承も得ている」
俺の言葉にみんな押し黙ってしまう。
ティルテュやカルは付き合いが長い分、俺がそう言い出す事に薄々気付いていたかもしれない。
「……ニケルさんはどうするんですか?」
俯いていたウィブが少し震えた声でそう尋ねてくる。
「さすがにこの前の戦いで疲れたからな。もうしばらくゆっくり休んだら……この街を出て行こうと思ってる」
ウィブは今にも泣き出しそうな顔で、ギュッと歯を食いしばって聞いていた。
元々、俺がギルドマスターって事がおかしな話だったんだ。
借金も減ったし、グランツなら俺よりずっと上手くギルドを回していくだろう。
この1年色々あった。
パティはわがままだし、ティルテュはすぐに俺を殴ってくる。
グランツは口煩いし、ウィブは頼り無い。
カルに至っては奔放過ぎてかける言葉がない。
そんなめちゃくちゃなメンバーなのに……思い返せば口元が緩んでしまう。
「……そう、行っちゃうのね」
ティルテュは少し寂しげに笑う。
てっきり「私もついて行くわよ!」と、言われるかと思ったのだが……俺の思い上がりなんだろう。
カルは「ふーん」と言っただけで、いつも通りの反応だ。
そしてパティ。
目に涙を溜めながら、口を一文字に結んでいる。
その様子に気付いたティルテュがいきり立ち、テーブルを激しく叩く。
「ちょっと! パティにも言ってなかったの?」
「……話はしたよ」
そう、パティに話はしてある。
冷たい言い方だが、一緒にくるかここに残るかは自分で決めろと。
答えは聞いていない。
「どうするパティ?」
俺が問いかけると、パティの目から大粒の涙がポロポロと溢れ落ちる。
「……ひっぐ、じ、自分は、ひっぐ、ごのギルドが好きっず。ひっぐ、だけど、マズダーと一緒にいぎたいっず、ひっぐ」
「そうか」
ティルテュはそんなパティを抱きしめる。
あーあ、ティルテュもウィブも大泣きだ。
グランツも目頭を押さえている。
そういえば、この手のものに弱いんだったな。
「グランツ、組合まで行こうか」
「……ああ」
顔をくしゃくしゃにしたグランツは盛大に鼻をかむと、涙を拭いていた。
組合へと向かう道中、それまで黙っていたグランツが話しかけてくる。
「どうなんだ、体は?」
「まぁ、違和感はあるけど大丈夫かな?」
俺は掌を握ったり開いたりしながらその感覚を確かめる。
あの戦い以降、俺は体に変化を感じていた。
思ったように動けないと言えばいいのだろうか?
食事の時にオカズを落としたり、コップを割ってしまったり。階段で足を滑らせるなんて事も何度かあった。
一度グランツと手合わせをしてみたのだが、簡単に負けてしまった。何も出来ないまま、実にあっさりと。
多分もう前の様に戦えないだろう。
俺の傭兵人生は終わったって事だ。
カルが言うには、治療の際に体内に残っていたエーカーの一部が、体に影響を与えている可能性が高いそうだ。
あの突き刺さったエーカーの腕。
その手負いがあったから、俺はギルドマスターを降りる決心をしたし、グランツも引き受けてくれたのだ。
グランツは「たとえ戦えなくてもギルドに残らないか?」と言ってくれた。
きっと俺が戦えなくても、みんないつも通り接してくれるのだろう。
だが、いくらぐうたらな俺でも、ただいるだけの存在にはなりたくない。
――ちょうどいい機会なんだ。
組合二階まで来ると、シェフリアが必要な書類を用意してくれていた。
当然シェフリアにも話は通してある。
「後の手続きはグランツさんですね。……ニケルさん、支部長が話があるそうです。三階の支部長室までお願い出来ますか?」
「ウエッツが? ……分かった」
俺はグランツに後を任せて三階へと赴く。
支部長室の扉を開けると、ウエッツが書類を眺めて待っていた。
「よう」
「やっと来たか、とりあえず座れ」
催促されてウエッツの向かいのソファーに腰掛ける。
もうすぐこの街を出るとなると、このハゲ頭も感慨深いものがある。
「シェフリアから色々ときいた。……傭兵は続けられないそうだな?」
「まっ、そういう事になるかな。こればっかりはどうしようもない」
「はっはっはっ、剣が使えねぇとお前に残るものは何も無いな」
「うるせぇ」
事実そうなんだが、ウエッツに言われるとひとしお腹が立つな。
「おお、そうそう。ちょっと悪いが、そこの箱を持って来てくれ?」
ウエッツが指差したのは部屋の片隅にある、30cmはある木の箱だ。
自分で取れよと言いたいところだが、コイツには色々と世話にもなった。
仕方無い。たまにはお願いを聞いてやるとしよう。
屈んで箱を持ち上げるのだが、予想以上に重たい。
うん、傭兵が出来なくなったからといって、こんな荷物運搬の仕事は選択肢から外しておこう。
「大事なものだから慎重に降ろせよ」
「なら自分で取れよ!」
ゆっくりとテーブルの横に下ろすと、床が軋みをあげる。
「で、この箱はなんなんだ?」
「まぁ、後から見せてやる。その前にこれを読んでおけ」
「なんだこれ?」
ウエッツから手渡されたのは、数枚に渡りビッシリと文字の書かれた紙。
何かの規則のようだ。
「竜の咆哮の一件で、新たに設けられた規則だ。読んでおけよ」
「それって俺に必要?」
「仮にもギルドマスターだろ?」
「元な」
目を通すと、筆頭ギルドに対する抑制規則だった。
C級以上のギルドマスターによって評議会を作るって話なのだが、要は一つのギルドに力が集中するのを防ぐ内容だ。当然俺には関係が無い。
例えばこんな規則だ。
〜評議会第12条〜
C級以上のギルドマスターは1票の有権を持ち、全票数の過半数を持って筆頭ギルドを変更することが出来る。
又筆頭ギルドのギルドマスターの変更にも有権票の過半数の支持がなければならない。
「ふーん。でもD級ギルドの蜥蜴の尻尾には関係ない規則だな。まぁ、グランツに渡しておくよ」
「関係あるだろ?」
「はぁ?」
このウエッツのニヤニヤ顔、見覚えがある。
悪寒が走る嫌な記憶だ。
「先日、C級ギルド以上のギルドマスターの賛成多数で決定したぞ」
「何が?」
「この街の筆頭ギルドに蜥蜴の尻尾が決まった」
思考が一瞬停止する。
このハゲは一体何を言ってるんだ!?
「ち、ちょっと待て。聞いてないぞ」
「そうだっけ? あぁ、蜥蜴の尻尾はD級で会議に出席してなかったもんな」
俺は先程の規則を思い出す。
「も、もしかして、ギルドマスターの変更って」
「評議会の過半数以上の賛成が必要だな。ちなみに満場一致でニケル=ヴェスタのギルドマスター続投が決定した」
「ちょ、ちょっと待て! 大体俺はもう傭兵は――」
俺の言葉に悪どい笑みを浮かべるウエッツは、先ほどの箱の蓋を開ける。
中には黒い物体がギッシリと詰まっていた。
「これが何か分かるか?」
「さっぱり分からん」
ウエッツは嬉しそうに黒い物体の一つを掴むと、その手を放す。
すると鈍い音を立て、床にめり込む物体。
「これはダネル鋼って言ってな、非常に重たい金属だ」
「……だから?」
「ニケルお前、これだけダネル鋼が詰まった箱を持ち上げられると思うか?」
「いや、重たかったけど?」
意味がさっぱり分からない。
「身体能力が上がってるんだよ」
「はぁ?」
「虚弱なお前がこの箱を持ち上げられる訳無いだろ? 俺でも持てるかどうかの重さなんだぞ。つまりお前の体は身体能力が上がった事に対応出来て無いだけ。慣れればそれだけの話だ」
更に続きを聞くとカルからも話があったそうだ。
どうやらカルは俺の身体の変化を解析していたようだ。
力に慣れなくて物を落とす、身体が動きすぎて次の動作が遅れる。
そのうち今まで以上に動けるし、傭兵を続けられると……。
俺はただ乾いた笑い声を出すしかなかった。
――
つまり俺はギルドマスターを続けている。
それも筆頭ギルドのだ!
帰って「やっぱりギルドマスター続けます」って言った時の、みんなの突き刺す冷たい視線は一生忘れないだろう。
で、押し寄せる傭兵達なんだが、これは誰かが言い出したらしい。
「筆頭ギルドがD級って変じゃない?」と。
それが噂で流れるうちに「蜥蜴の尻尾がギルド員を募集してるらしい」にすり替わっていた。
そしてこの有様だ。
応募もかけていないのに、ギルドに入りたいという輩は100人を越えていた。
ここぞとばかりに、出向してきたシェフリア狙いの傭兵が詰めかけた。
グランツやカルに弟子入りしたいと懇願する奴等もいた。
ティルテュが吸血鬼を倒したとの噂もあり、一目その姿を見るや、惚れたと言ってきた奴もいる。
あの戦いでウィブの料理に味をしめた連中もいた。
あぁ、一部A級ギルドのギルドマスターまで「アタイが入ってやる!」と押しかけて来た事もあったな。
だが全て断って、蜥蜴の尻尾は依然D級ギルドを維持している。
このままのメンバーでって、皆で話し合った結果だ。
まぁ、一人だけ見習いが入ったけどね。
ノースだ。
基本は獣人族の村にいるのだが、たまに依頼を一緒に行きたいって事で、見習いとしてギルドに入る事になった。
お供は守護獣一体のみ。残りの一体は村の警備として残る事になっている。
ため息をつきながら執務室に戻ると、机の上の依頼書の束に項垂れる。
筆頭ギルドは組合で不人気の依頼、つまり誰も引き受けなかった依頼をこなす義務があるらしい。
シェフリアに片っ端から太古の太陽や三面六臂、白金の狼などに割り振って貰っているのだが、それでも山のような量が残っている。
とても少人数のうちのギルドが捌ける量では無い。
まっ、そこら辺は下の連中を上手く使っているのだが。
「アタシと難易度Bの依頼に行く人!」
「ティルテュ姉さん、俺がお供します」
「わ、私も」
広間でティルテュが同行者を募れば、いくらでも集まってくる。
「この依頼で経験を積んで来い」
「はい、グランツさん。この依頼を終わらせたら一稽古お願い出来ますか?」
「分かった」
グランツも上手く人を使っている。
共同依頼の暗黙のルールもうちには通用しない。
喧騒を聞きながら思いにふける。
俺の人生何処で間違ったんだか……。
ふと、机の上にある依頼書が目に止まる。
あれから1年か……。
俺はクトゥを手に執務室を出ると、広間で嬉しそうに傭兵達を見ているパティの頭をポンとたたく。
「マスター、どうしたっすか?」
「依頼に行くぞ。またアルツ村にオークが現れたらしい」
「本当っすか。懐かしいっすね。すぐに準備してくるっす!」
パティは目を輝かせると、支度をする為にそそくさと自分の部屋へと走って行った。
「グランツ、ちょっと依頼に行ってくる。後はシェフリアと上手いこと頼むぞ」
グランツは手をひらひらと振って、さっさと行け、と仕草で示す。
いつものでかいリュックを背負って、準備を終えたパティが戻って来ると、満面の笑みで頭を下げてくる。
「マスター……自分、不束者ですが、末永くよろしくお願いしますっす」
俺はその懐かしい言葉に笑い、頭をくしゃりと撫でた。
ベルティ街筆頭ギルド(D級)『蜥蜴の尻尾』
ギルドマスター 「ニケル=ヴェスタ」
ギルド員 「パトリシア=ヴェスタ」
「ティルテュ=クリエスタ」
「グランツ=ブルーラモ」
「ウィブ=タリアトス」
「カル=ユーリス」
魔剣 「クトゥ」
見習いギルド員 「ノース=アルメード」
出向ギルド員 「シェフリア=メイヴィト」
計7名+1本
横に歩くパティを見る。
1年前、パティと出会った日。俺の目の前に二つの道があった。
あの時銀貨に導かれるようにギルドに向かったが、その時の俺に教えてやりたい。
この道も悪くはなかった……かな、と。
あとがき
蜥蜴の尻尾に最後までお付き合い頂き、本当にありがとうございました。
この最終話をもって完結となります。
早いもので連載から半年。
最終章は気持ちだけで突っ走ってしまいましたが、ようやくこの日を迎える事が出来ました。
エタる事なくゴール出来たのは、読者の皆様のお陰です。
完結しておいてなんですが、スピンオフとして「切れた尻尾」という作品があります。
今はまだ一話のみですが、ニケル達の何気ない日常や、構想にあった「食の救世主編」や「パトリシアの学園潜入編」などのコメディ要素の強いものを少々書いていこうと思ってます。
またそちらの方で「蜥蜴の尻尾」の面々の馬鹿らしい話を楽しんで頂けたら何よりです。
本当にありがとうございました。
平成31年4月30日
在り処&蜥蜴の尻尾一同




