73話 家に帰ろう
エーカーを倒すと魔物達は洗脳が解かれたように、蜘蛛の子を散らして逃げて行く。
まぁ、俺としてもこれ以上戦えと言われても無理だ。
魔力を使い果たしたカルを背負い、右腕にしがみつき離れないパティと門まで歩く。
先程のパティは「尻尾が切れたっす」と泣きながら俺に尻を見せて、沈み込んでしまった。
切れた尻尾を大事にしまい、「その内また生えてくるさ」と慰めたのだが、口をへの字に曲げて泣くのを堪えていた。
門前には「討ち漏らした魔物がいないか警備にあたれ!」と檄を飛ばすファミスがいる。
警備隊も疲れ果て傷を負ってる筈なのに、誰も文句言わないんだもんなぁ。
役人ってのは恐ろしい。
ファミスは俺に気付くと、ミケバムに何かを指示してこちらに歩いてくる。
「やりやがったな!」
歯を剥き出しに笑うファミス。
ファミスが握り拳を出してくるので、俺も拳を合わせる。
「何とかね。しかし、さすがに疲れきったよ」
「がっはっはっ。だろうな。あの光の柱を見た時には俺も驚いたぞ。ウエッツはどうした?」
そういえば、ウエッツはどうしたのだろうか?
半分瞼が落ちているカルに聞いてみると、「ふぁぁぁ、知らないよ。はぐれ悪魔を倒した時に「先に行け!」って言われて残してきたからね」と面倒そうに答えていた。
「何!? すぐに探しに行くぞ!」
そう言ったのはファミスだけ。
俺もカルも探す気は無い。
なんせウエッツだ。ほっといても自力で帰って来るだろう。
噂をすれば、パティが雲を吹き飛ばしたおかげで、馬に乗り頭上を光らせる男が遠くに見える。
ありゃ魔導砲を超える光に違いない。
「カル! お前勝手に抜けるな! やばかったんだぞ!」
何やらご立腹のようだ。
「カル、ウエッツに先に行けって言われたんだろ?」
「ふあぁぁ、覚えて無い」
覚えて無いって、ほんのちょっと前の会話だからね?
まぁ、でもウエッツも無事だし。
ウエッツは馬から降りると、パティを眺める。
「最終破壊兵器ねぇ。全く、よくやったな!」
ウエッツは口角をあげると、パティの頭をポンと叩く。
照れているが、実際パティがいなければ街は壊滅していただろう。
そろそろギルドに戻ろうとすると、他地点でも魔物は逃げて行ったのか、ゾロゾロと人が集まり出す。
早く横になって休みたいのだが。
「ニケルさん、感服いたした」
「ねぇー、パパ! 私いっぱい首を刎ねたんだよ! 褒めてくれる?」
「ご苦労様です。まさか本当に倒されるとは。ふふふっ」
どいつもこいつも血だらけ。
クレアに至ってはもはや赤い少女だ。
そりゃ「よくやったな」と褒めてやったが、血を滴らせて喜ぶ姿は猟奇的だ。
あーあ、せっかく「またギルドで!」って別れたのに、ティルテュやグランツが戻って来ている姿も見える。
ティルテュの横にいるのはシェフリアとアンジェリカか?
シェフリアも戦闘に参加していたのか、事務姿ではなく軽装を着込み、髪は乱れている。
そういや昔は傭兵だったって言ってたっけ?
戦うシェフリア……想像出来ないな。
「お疲れ、街民はどうだったんだ?」
俺の言葉に苦虫を噛み潰したような表情になるティルテュ。
失敗したのだろうか?
「無事よ。ニケルに一つ言っておくけど、これから若旦那の依頼は受けないでよ!」
「お、おう」
話の流れが理解出来ないが、ここは素直に従っておこう。
「ちょっとカル! ニケルも疲れてるんだから降りなさいよ!」
「いいんだよアンちゃん。僕の方が疲れてるんだから。今日もアンちゃんは可愛いよねぇ」
「――ば、馬鹿! そんな話はして無いでしょ!」
アンジェリカは顔を赤らめながら説教を始めるのだが、カルは嬉しそうにからかい始める。
だがアンジェリカの猛攻に渋々俺から降りるのだった。
「シェフリアもご苦労さま。シェフリアも戦ってたの?」
「え、……はい」
目を逸らすシェフリア。
不思議に思ってティルテュを見ると遠い目をしている。
一緒に行っていた警備隊は股をキュッと閉じ出すのだが、一体何があったのだろうか?
「ニケル、無事そうだな」
「グランツもな」
グランツは拳で俺の胸をトンと小突いてきた。
グランツの後ろには多数の傭兵が続いている。
富裕層区域の魔物を駆逐して、応援のために来てくれたのだろう。
「ニケルしゃーん!」
小さな男の子が俺にダイブしてくる。
「おっとっと、ノース! お前も助けに来てくれたのか?」
俺にグリグリと顔を押し付けてくるノース。
懐かしい感触だ。
「そうでしゅ、カルしゃんから呼ばれて来たでしゅよ。頑張ったでしゅ」
カルの方を見ると、「何の事?」と言いたげな表情だ。
全くアイツはどんだけ陰で動いているのやら。
そして喧嘩をしながら歩いてくる二人。
「言ったぞ! 絶対に言った!」
「そ、それはイーストリアさんが寝てた時の、そ、そう夢ですよ!」
「ほら、またさん付けに戻ってる!」
痴話喧嘩か。
まぁ、想像するに気持ちの昂ぶったウィブが、何か口走ったのだろう。
死を目前にすると余計な一言を口走るのは、傭兵あるあるだ。気をつけないといけない。
イースに付き添うデンタイが「兄さん、言ってやしたよ」と言ってるのがトドメだ。
兄さんって、結婚の約束でもしてきたのか?
「ウエッツ、もう俺達はいいだろ?」
「仮にも街を救った連中にこれ以上働けとは言わねぇさ。傭兵ども、ご苦労だった。褒賞については後日書面を送る! 今日はゆっくり休んでくれ!」
ウエッツの大声が響き渡ると、傭兵達は帰路へと向かう。
「じゃ、家に帰るか」
皆を見てギルドへと足を向けると、背後から容赦無い一言が飛んでくる。
「シェフリア、お前はこっちだ」
「えぇーっ!」
哀れシェフリア。そういや所属は傭兵組合になるんだもんな。
「シェ、シェフリア、頑張って」
項垂れるシェフリアに励ましの声を掛けると、俺達はその場を後にするのであった。
その日は獣人族もギルドに来ての宴会だった。
とは言っても全員疲労困憊。
簡単な料理に少々の酒で、泥のように眠ってしまう。
シェフリアが帰って来たのは翌日の夕方。
徹夜を感じさせる酷いクマを作っていた。
やけにティルテュが心配していたのが印象的だった。
やはりというか、戦闘よりも事後処理の方が大変だったらしい。
街民への説明に誘導。
街内の魔物の死体の処理や、富裕層区域への対応。
壊れた建物なんかは街が保障するらしいが、なんでも街長の息子が行方不明になったらしく、対応に手間取っているらしい。
街外の魔物の死体については、E級ギルド以下が処理しているそうだ。
その死体から採れる素材が報酬とあって、我先にと死体を漁る傭兵で溢れた。
ウエッツも上手いこと使うものだ。
そして俺達への褒賞についても書面が届けられた。
――
各ギルドには、今回の防衛による褒賞が与えられる。
尚ギルドの級により一律の金額とする。
A級ギルド・一律金貨500枚
B級ギルド・一律金貨300枚
C級ギルド・一律金貨100枚
D級ギルド・一律金貨50枚
――
巧妙な罠である。
人数が少ないとはいえ、古代の巨人を倒し、街民を助け、富裕層区域の門を守り、白金の狼を助けた我がギルド。
いくらなんでも金貨50枚は無いだろ?
いや大金だよ。でも他のA級ギルド並みには活躍したと思う訳だ。
苦情を言いに組合まで怒鳴り込みに行くと、ウエッツは「規則は規則だ」と平然と言ってのけやがった。
俺が「もう二度と手伝わねぇからな!」と文句を言うと、舌打ちした後、渋々借金の半分を組合が持つ事で示談が成立した。
しんどい戦いだったが借金も減った。
きっと俺は一生分は働いたはずだ。
――古代の巨人討伐から10日後……
俺はギルド員全員を広間に集めていた。
「どうしたのよ、改まって」
「ニケルさん、何かあったんですか?」
そりゃそうだ。普段から一緒にいるのに呼び出しているのだ。
不審に思うのも仕方ない。
俺はグランツに目配せして、ゆっくりと口を開く。
「蜥蜴の尻尾だけどな、ギルドマスターをグランツに譲る事になった」




