8話 俺関係ないよね?
「依頼報酬って……俺、関係ないよね?」
呆れ顔になったヘイテスは、俺の目の前に数枚の紙を突きだした。
「よく見ろって。この証文にはシュロムの名前じゃなくて蜥蜴の尻尾の署名があるだろ? つまり支払い義務はギルドにあるって事だ。ニケルが今のギルドマスターなんだろ?」
確かに蜥蜴の尻尾の署名がある。
でもおかしいだろ?
俺がギルドマスターに認定されたのは今日の話だ。
借金をしこたま抱えた日に、別件の債権者が来るなんて、今日の俺は大殺界か?
露店でおばちゃんが売ってた、幸運を引き寄せる水晶を買うべきだったのか?
「さっさと依頼報酬の金貨9枚、銀貨42枚を払って欲しいのよ」
「……ない」
「んっ?」
「そんな金は――ない」
「そうっすよ。このギルドは借金まみれっす。金欠病っす。貧乏神に取り付かれたギルドっす」
貧乏神が誰かは分からないが、何を言われようがないものはない。
開き直る訳じゃないが、どうにもならないのだ。
だが二人は激昂する訳でもなく、その表情には「してやったり」の笑みさえ感じられる。
「だろうな。依頼報酬も滞ってたし、金の事を聞くとシュロムは挙動不審だったからな」
「そうそう。一か八かの合同依頼にも失敗してたし、分かってはいるのよ」
つまり分かってて請求した訳か。
理解があるのは有り難いが、こいつ等の笑みが不気味なんだよなぁ。
お金が本命じゃないとすると土地か、建物か……。いや、思い当たる節がある。
何にせよ聞かない事には始まらないか。
「で、そっちの要求は?」
二人の顔に「その言葉を待ってました」と満面の笑みが溢れる。
「話が早くて助かるよ。俺達はある依頼を受けることになる。それを手助けしてくれ。それでどうだ?」
予想通りだな。未払いの依頼報酬の金額から考えると、難易度CかBの依頼ってところか。確かに二人の手に余る代物だ。
あっちが譲歩の構えを見せてくれている以上、こちらとしては下手に揉めるよりマシだろう。
理不尽な話の気もするが、今朝突然に莫大な借金を背負った者としては、些細な事のように感じてしまう。
感覚が麻痺してるってのは怖いものだな。
「……分かった。もちろん依頼の危険度にもよるが、出来る限りの事はしよう」
「交渉成立だな。明日、依頼書を持ってくる。話はそれからだな」
二人は話を済んだとばかりに席を立つと、ギルドを後にしていった。
パティはギルドの玄関を見つめ、眉間にしわを寄せながら腕を組んで難しい顔をしている。
「マスター、自分よく分からないっすけど、ヘイテス殿とアネッサ殿に払ってない報酬のかわりに依頼を手伝うって事っすか?」
「まぁ、そうなるな」
「でも、それって普通にお金を貰った方が得じゃないんすか? 助っ人ってアリっすか?」
想像以上に物事を考えてるパティにビックリだ。
依頼で他のギルドから助っ人を頼むのはルール違反でもある。ギルドの顔に泥を塗る行為なので、合同依頼は別として、余程仲の良いギルド同士じゃなければまず助っ人は頼まない。
露見すれば除名などの処分をするギルドもあるだろう。
単純に考えれば、そんな危険を冒すより気長に支払いを待った方が賢明だ。
まぁ、あの二人の思惑は見当が付く。
「普通なら無しだろうな。まぁ、俺の推測でしかないけど、あの二人は他ギルドに移ったばかりだろ?」
俺の言葉にパティは首をかしげる。
「新しいギルドに入れば、新人はともかく初期の依頼でギルド内の立場、ランキングが大体決まる。だから俺達を使って身の丈をちょっと越えた依頼をこなすことで、いい立場になりたいんだろうな。もしかすると今が悪い立場にいるのかもしれない」
「それってズルくないっすか?」
「まっ、深く考えるな。金を無心されるよりマシって程度に考えていればいい」
納得いかない顔のパティの頭をポンと撫でると、ギルドの扉を叩く音が聞こえる。
今度こそ配送業者だろう。
「さっ、お待ちかねのベッドの到着だ。さっさと部屋に持ってくぞ」
「そうっすね」
パティは難しく考えることを諦めたのか、嬉しそうにギルドの扉を開けに向かうのだった。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
ヘイテスとアネッサは蜥蜴の尻尾を出て、自分達の宿へと足を向けていた。
ふと、アネッサの歩みがとまる。
「ねぇ、本当に大丈夫なの?」
思い通りに事が運んだ筈なのに、不安の表情を隠せないアネッサ。
二人が入ったのはC級ギルド『笑う道化師』。
入った後は何とか難易度Eや、比較的簡単な難易度Dの依頼をこなしてきていたが、状況は厳しいものだった。
「大丈夫だ。問題ない。何度も言っただろ?」
アネッサの不安を取り払うように、優しい笑みでヘイテスが振り返る。
そう。二人は何度も話し合って来た。
蜥蜴の尻尾が合同依頼で損害を受けた時、二人はギルドを見限った。
依頼報酬も滞っていたし、ギルドとして先は見えていたからだ。
そんな時、優しく彼等を迎え入れたのが笑う道化師だった。
最初は身の丈に合わないC級ギルドからの誘いに不安だった二人も、甘い言葉に誘われてその気になってしまう。
ギルドに入る時に1枚の契約書を書かされたのだが、まさかこんな窮地に立たされるとは知るよしもなかったのだ。
ーギルド規則6条ー
笑う道化師のギルド員となった者は、半年以内に難易度Cの依頼を完遂すべし。
尚、達成出来ない者は戦力外として解雇となる。
解雇の場合、違約金として金貨50枚を請求するものとする。
もちろんヘイテスもアネッサもこの一文を気にして、契約前にギルドマスターとの話し合いの場を設けている。
だがギルドマスターは、
「一応規約には書いてあるけど、ギルドの威厳を保つ為だけの規則だから大丈夫だよ。難易度Cは規則に基づいてやってもらうけど、ちゃんと経験のあるサポート要員もつけるから安心しなって」
そう軽やかに答えていた。
確かに笑う道化師での初依頼となった難易度Dの討伐依頼には、サポート要員としてベテラン傭兵3人があてがわれた。
だが、その後の依頼から雲行きが怪しくなってくる。
以後の依頼にはサポート要員は充てられない。
ギルド内でも使えない存在として烙印を押され、誰も相手にしてくれない。
ギルドマスターに直談判しても「結果を出せ。出来ないなら違約金を払って出ていけ」と手のひらを返したような扱いだった。
この世界ではサインのある契約書は絶大な力を持っている。
いかに逃げようと相手が諦めない限り、死ぬまで付きまとってくるのだ。
そんな時ヘイテスの頭を過ったのが、ニケル=ヴェスタが蜥蜴の尻尾のギルドマスターになるという事だった。
アネッサはともかく、ヘイテスはニケルを評価していた。
たった2回一緒に依頼をこなしただけだが、ニケルと組んだ時と組んで無い時では明らかな違いがあったのだ。
ニケルの行動に派手さや強さは感じない。だがサポート能力とでも言うのだろうか、同じ危険度の魔物を相手しても労力は半分以下だった。
後衛のアネッサには分からないだろうが、前衛であるヘイテスにはその恩恵が痛いほど身に染みていた。
防がれると思った攻撃が当たる。かわせないと思った攻撃が避けられる。
何を行っているのかは分からなかったが、間違いなく数段上のレベルで戦えているのだ。
「大丈夫だ。アイツのサポートがあれば難易度Cの依頼もなんとかなるさ。依頼をこなしてギルドから抜けよう」
ヘイテスは安心させるようとアネッサを包み込むように抱き締める。
「……うん」
「さっ、明日は依頼を貰って準備だ。今日はゆっくり休もう」
日が落ちる中、決して軽くはない足取りで宿へと再び歩き出すのだった。
人物紹介その4
名前 ヘイテス=キーセルム
種族 人間
性別 男
年齢 25歳
身長 181cm
体重 76kg
※両手剣を使う、茶髪、茶瞳のガタイの良い戦士。
アネッサとは幼なじみであり、傭兵になった時からペアを組み続けている。
『蜥蜴の尻尾』の元ギルド員。