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71話 蜥蜴の尻尾




 三人を見送ると、眼前の平野に目を戻す。

 どこから湧いて来るのか古代の巨人(エイシェントゴーレム)の手前には、未だに群れをなす魔物が見えている。


「さぁて、派手に暴れるか」

「ちょっとニケル君、策も無しで突っ込むつもりじゃないよね?」


 失礼な奴だ。

 俺にだって考えはある。


「あれだよ、あれ。カルがドカンと魔法で道を作るだろ、俺とウエッツで残りの邪魔な魔物を排除しながらパティを古代の巨人(エイシェントゴーレム)まで連れてくって作戦だよ」


 俺の力説にウンウンと頷いたのはパティだけ。

 カルはあからさまな溜息を吐き、ファミスは笑っている。

 ウエッツに至っては俺の額に手を当て「熱は……無いようだな」と、ほざいている。


「はぁーっ。ニケル君らしいけどね。無理だよ。消耗が激しすぎるもん。時間が無いから良く聞いてね」


 くっ、馬鹿にされた。

 どーせ俺は行き当たりばったりの男ですよ。


古代の巨人(エイシェントゴーレム)の近くには魔物はいないんだ。後方も殆どいない」

「なんで分かるんだよ?」


 俺の横槍に、カルは当てつけのようにしかめっ面を返す。


「あのね、さっき僕グリフォンを倒すのに空を飛んだでしょ? 流石に敵の配置ぐらい見るよ」

「お、おう」


 ちっ、そういえばそんな事をしてた気がする。


「だから真正面はファミス君たち警備隊に任せよう。僕とニケル君、ウエッツ君とパトちゃんで横に逸れて後ろから突入だよ」

「それって結構な距離を走らなきゃいけないんじゃないのか?」


 あれっ?

 みんなの視線が痛い。

 じょ、冗談だって。


「コイツを使え」


 ファミスの指差した先には馬が三頭、樹木に繋がれていた。

 伝令用の馬だ。

 馬か。自慢じゃ無いが乗ったこと無いぞ。


「時間がねぇ。行け。あのデカブツは頼んだぞ!」

「いや、俺、馬は――」

「ここは任せたぞ、ファミス」

「マスター、行くっすよ! 自分馬に乗るの初めてっすよ!」


 誰も俺の話を聞いてくれない。

 どうなっても知らないからな。


 ウエッツが一頭、カルが一頭、俺とパティで一頭。

 ドキドキしながら馬に跨ると、パティも後ろに飛び乗ってくる。


「こ、こらパティ。馬が驚いたらどうするんだ!」

「えーっ、大丈夫っすよ」


 いやいやいや、ほら、馬がこっちを睨んでるからね?

 そんなやりとりをしてるうちに、ウエッツとカルの馬は進み出してしまう。

 えーっと、確か馬って手綱と足で操るんだよな。

 俺が恐る恐る馬の腹を両足でちょこんと蹴ってみると、馬は嫌そうにゆっくりと動き出した。


「おぉっ、凄いっす!」


 興奮したパティがドンと馬の腹を蹴った瞬間。


「――うぉっあ」


 馬が嘶き上体を上げると急に走り出す。

 危うくパティごと後ろに落ちる所だった。

 ひたすら真っ直ぐ駆けていく馬。

 どんどんウエッツとカルに迫っていく。


「うおっ、おぁっ」

「おっ、ニケル気合い十分だな」

「ニケル君上手だねぇ」


 二人がからかってくるが、こちらはそれどころではない。

 腹と太ももから力を抜くと落ちてしまいそうだ。

 後ろでキャッキャとはしゃいでるパティが信じられない。


 途中でウエッツが仕方無さそうに、馬の操り方をレクチャーしてくれたお陰で何とか乗れているが、予想以上に体力を使ってしまった。

 

 大分古代の巨人(エイシェントゴーレム)から迂回出来たと思った――その時。


「気づきやがったな」


 ウエッツが振り向いた先には、数匹のヘルハウンドがこちらに向かって来ていた。

 悪いが俺は乗馬しながら戦闘は無理だぞ。


 まぁ、その辺りは流石ウエッツとカル。

 魔法と斧で蹴散らしていく。


 二人は追走する魔物がいなくなると、一旦馬を止めてその場に降りた。


「いいな、こっからが本番だ。古代の巨人(エイシェントゴーレム)の後ろから突っ込むぞ。最優先はお嬢ちゃんだ。ニケル、しっかりフォローしろよ!」

「分かってるって」


 そう、正念場だ。

 失敗すれば街は壊滅する。


「パトちゃん。頼んだよ」

「了解っす!」


 不思議な光景だった。

 あのカルが誰かに託す姿なんて見た事が無い。


「いくぞ!」


 再び馬に乗り、古代の巨人(エイシェントゴーレム)の背後を目指す。





 近づくにつれて古代の巨人(エイシェントゴーレム)の大きさは際立っていく。

 周りには殆ど魔物はいない……筈だった。


「くそっ、はぐれ悪魔(デーモン)かよっ!」


 立ち塞がるのははぐれ悪魔(デーモン)三体と数十体の屍人(クレイアン)

 ウエッツとカルがいるんだ。戦っても勝てるだろう。

 だが、時間が無い。

 ここで手こずってしまえば、ファミスや警備隊は古代の巨人(エイシェントゴーレム)によって押し潰されてしまう。


「ニケル君、そのまま真っ直ぐ行って!」

「ぬかるんじゃねぇぞ!」

「――カル、ウエッツ」

「ちゃんと追い付くから大丈夫だよ」


 カルは両手から氷の槍を何本も打ち出し氷の通路を作り上げる。

 その道を塞ごうと動く屍人(クレイアン)を、ウエッツは馬から飛び降り斧で真っ二つに切り裂いていた。


「行けっ!」


 いくらウエッツが抑えに入っても数が数だ。

 こちらに狙いを定めるはぐれ悪魔(デーモン)は当然いる。

 だが襲いかかってくる事は無かった。

 カルもまた馬から飛び降り、はぐれ悪魔(デーモン)と対峙したからだ。


 馬の腹をグッと抑えつける。

 更に加速した馬は氷の通路を通り抜けようとしていた。


 俺は気づいていなかった。

 上空に待機し襲いかかるもう一体のはぐれ悪魔(デーモン)の存在に。


「マスター!!」


 パティの声でようやく気付いた時には遅かった。

 いや、馬の上で無ければ反応は出来ていた筈だ。

 俺の剣より早く打ち出されたパトリシアパンチ。

 後方で光が放たれ、衝撃が俺とパティを上空へと押し上げた。


 吹き飛ぶ中、必死でパティを抱え込み、衝撃に備えるように背を丸くする。

 強い痛みが右半身を襲い、二回、三回と地面を転がった。


「――うぐっ! ――パティ、大丈夫か?」

「大丈夫っすよ」


 俺の胸の中で赤面するパティを見て、とりあえず安堵する。

 かなり吹っ飛んだ筈だ。

 痛む身体を起き上がらせ周りを確認すると、僅か500m先に古代の巨人(エイシェントゴーレム)の巨体がある。


「パティ、魔力は大丈夫か?」


 温存するはずのパトリシアパンチを使用している。

 あれだけの衝撃、かなりの魔力を使ったのだろう。

 幸い回復薬はあるのだが、実はパティが回復薬を飲んだのを見た事が無い。

 なんらかの拒否反応が出た場合、そこで終わりだ。

 いやもう一つ、俺がパティに精気を渡して回復薬を飲む手があるか。


 俺の考えを察したのか、パティは俯くと鉄の胸当てと鞣し革の腰巻を脱ぎ始め――昔見た姿、黒タイツ一枚の格好になる。

 えっ? あれっ?

 手でチューっと吸ったり、口からチューっと吸うんじゃないの?

 動揺する俺に、パティは上目遣いで聞いてくる。


「マスター……魔剣(クトゥ)を貸して欲しいっす」

「いや、いつも精気を吸う時って――クトゥ?」


 予想外の言葉だった。

 そういえばクトゥもまた精気を溜め込んでいる。

 よく分からないが精気のやりとりが出来るのかもしれない。

 俺が柄を向けると、クトゥを手に取ったパティはゆっくりとその刀身を抱きしめる。


 いつも仲が悪かったパティとクトゥ。

 実際には何を喋っていたかは分からないが、周りからはそう見えていた。


「…………っす」


 か細く小さな声でパティがクトゥに話しているのだが、言葉は聞こえない。

 呼応するようにクトゥは青白い光を大きくさせる。


 目の錯覚だろうか?

 不意に白い世界のクトゥが見え、パティと重なり合う。

 溶け込むようにその姿が消えると、パティの身体がほのかに青白く光っていた。


「マスター、ありがとうっす」

「あ、あぁ」


 呆気に取られながらクトゥを受け取ると、パティは自分の身体を確かめるようにクルリと1回転した。


 んっ?


 パティが身に纏っているのは黒タイツ一枚。

 その上身体が発光しているので、パティが回転した瞬間にお尻で光るモノが見えた。

 別にいやらしい意味じゃないぞ。


 お尻から出る細く長い――尻尾。

 今までマトモに見た事は無かったパティの尻尾。


「どうしたっすか?」


 視線に気付いたのか、俺に背後を見せると右手で尻尾を押し上げるパティ。


「えっへっへっ。どうっすか? 自分の自慢っす! やっぱり尻尾が外に出てると身体の動きが違うっすからね!」


 愛しそうに尻尾を撫でるパティ。

 その尻尾は鱗に覆われ、そう、言うならばあれだ。


 ――蜥蜴の尻尾だ。


 俺が手を伸ばすとピクリと跳ね、ゆっくりと指に巻きついてくる。


「マ、マスター、恥ずかしいっすよ」


 耳まで真っ赤にするパティ。

 尻尾からパティの鼓動と体温を感じると、妙な愛おしさを感じてしまう。


 いつまでもこうしていたいと思うが、そんな状況ではない。

 パティの頭を撫で、古代の巨人(エイシェントゴーレム)の方へ向き直る。


「パティ、行くぞ」

「はいっす」


 クトゥを握りしめ、大きく息を吸い込む。

 一度パティと目を合わせ頷くと、古代の巨人(エイシェントゴーレム)へと走り出した。














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