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70話 それぞれの戦場〜ウィブ〜




 ウィブが応援のために地点三に着いた時には、白金の狼(フェンリル)の一団は魔物に囲まれていた。

 防衛は機能しておらず、あぶれた魔物が街中へと侵入している。


 道は二つあった。

 白金の狼(フェンリル)を助けるか、あぶれた魔物を駆逐して街中の侵入を防ぐか……。

 ウィブは迷わず白金の狼(フェンリル)を助けるべく両手の剣を握りしめ突入する。

 警備隊も一瞬の間の後にウィブに続いた。

 本来ならば街中への侵入を防ぐ事が正解なのかもしれない。

 だがこれ以上の応援は望めない。

 仮に侵入を防ごうとしても、どこかで力尽きるだろう。


 ウィブの頭にそんな考えがあった訳では無い。

 魔物に囲まれたイーストリアを見た瞬間に、抑えきれない感情が体を動かしていたのだ。


 ウィブは強い傭兵では無い。この場にいる人間の中で一番弱い傭兵かもしれない。

 せいぜいがC級ギルドの実力。

 いくら巧みに双剣を振るっても、魔物の牙が身体を削り爪が突き刺さる。

 警備隊のフォローが無ければ、死んでいたかもしれない。

 それでもイーストリアの名前を叫んで前に進んでいた。




 イーストリアは戦いの最中、自分を呼ぶ声を微かに感じた。

 ここに居るはずが無いと頭で分かっていても、目頭が熱くなる。


「ウィブ!!」


 空耳かもしれない。しかしイーストリアは愛しい人の名を叫んだ。

 それに呼応して「イーストリアさん!」と呼ぶ声がはっきりと聞こえた。

 イーストリアは涙を堪える事が出来なかった。

 獣化は解かれ、手で顔を覆い隠してしまう。

 白金の狼(フェンリル)のサブマスター、デンタイはイーストリアの前に出て、魔物を押し留める。


「あっしらが道を開きやす。お(かしら)は前にお進みくだせぇ。手前さん達、お(かしら)に道を作りやすよ。もう一踏ん張り働きなせぇ!」


 デンタイが周りを鼓舞すると、傭兵達は「仕方ねぇ、(かしら)の花道だ」と口角を上げる。


 皆イーストリアに拾われて真っ当とは言いがたくも、日の当たる場所で生きていく事が出来た身。

 戦況が変わるわけでは無い、ただ一人の思いを叶えたいだけの為に、傷だらけの白金の狼(フェンリル)のギルド員達は力を振り絞る。


「お前ら……」


 イーストリアの顔は涙でくしゃくしゃに歪んでいた。

 そして一度俯くと身体を震わせ再び獣化を始める。


 地面を蹴り、ヘルハウンドの胴を切り裂き、ケロベロスの喉元に爪を突き刺す。

 もう一度ウィブに会う為に。






 ウィブの前に一人の獣人が戦う姿が見える。

 強く、気高く、魔物を次々と討ち取る戦乙女(ヴァルキリー)

 ウィブはイーストリアの獣化した姿を見た事は無い。

 だがその獣人こそがイーストリアだと疑う事は無かった。


「イーストリアさん!!」


 一瞬の油断……。気が逸れた時、魔犬(ガルム)の大きく開かれた口は、ウィブの肩口に喰いつかんとしていた。


 ――刹那、イーストリアの鋭い爪が魔犬(ガルム)の頭を貫く。


「ウィブ、再会の前に死ぬ気か!」


 叱咤とは裏腹に、イーストリアは狼の風態ながらも泣きそうな、嬉しそうな表情だった。

 そのまま抱きつきたい衝動を抑え、ゆっくりと手を伸ばし、壊れ物を触るように優しくウィブの頰を撫でる。


「応援に来ました」

「……うん」


 ゆっくりしている間は無い。

 たった数秒。それだけで二人は満足だった。

 背中を合わせ、剣を握り、爪を立てて魔物と向き合う。

 お互いの体温を確かめると、名残惜しそうに背に力を入れ、魔物を迎え討つのであった。









 どれだけ戦っていただろうか。

 十分経ったのか……はたまた一時間経ったのかも分からない。

 皆、気が遠くなる程戦っていると感じていた。


 回復薬も尽き、痛みの感覚すらも麻痺している。

 傭兵達は辛うじて立っているものの、気を抜けば倒れてしまう状態だった。


 ウィブも至る所から流血し、既に右腕はダラリとぶら下がっていた。動く左手に剣を持つだけ。

 イーストリアも獣化する力は残っていなかった。


 もう幾ばくも動けない。

 間も無く訪れる死を身近に感じ取っていた。

 でも恐怖に怯えた顔付きではない。どこか満足げな表情だった。


 ウィブはふと、今夜の宴会のこと、料理の腕を振るえない事を思い苦笑した。

 きっとみんな怒るだろうな、と考えると口元が緩んでしまうのだ。


「ねぇ、イーストリアさん」


 ウィブは隣にいるイーストリアに呼び掛ける。

 イーストリアは飛びかかるタイミングを計る魔獣の群れから視線を外さず、少し怒った声をだす。


「ウィブ、もういい加減()()付けはいらないだろ?」


 またウィブに笑みがこぼれる。


「そうだね。イーストリア……もし、生きて帰れたら子供が欲しいね。男の子に女の子……きっと可愛いだろうな」

「――馬鹿っ! 普通人族ならプロポーズが先だと聞いたぞ?」


 イーストリアの左手がウィブのぶら下がった右手に当たり指が絡まる。

 ウィブの右腕は殆ど感覚は無かったが、暖かい気持ちが心に広がる。


「……うん」


 ウィブはただ一言呟いて、ゆっくりと前に一歩踏み出す。

 これが最期だともう一歩踏み出そうとした時、風を切って何かが乱入してきた。



 突然目の前に現れた巨大な二体の魔物。

 絶対的強者の風格。

 ウィブはその姿を見て、思わずその場に座り込みそうになってしまう。


 巨大な魔物は雄叫びを上げると、クルリと身を翻し炎を吐き、鋭い爪で敵を切り裂く。


 いつか見た魔物……いや守護獣(ガーディアン)


「待たせたでしゅ! ノースしゃん参上でしゅ!」

「ノース!!」


 守護獣(ガーディアン)の背から飛び降り、イーストリアに駆け寄るノース。

 獣人族の少年がそこにいた。


「途中に魔物がいっぱいいて手こずったでしゅよ。今、村の皆しゃんも到着するでしゅ! 行くでしゅ、鷲頭(スール)山羊頭(フォメ)!」


 ノースの命令に、対偶の守護者は圧倒的な力で魔物を薙ぎ払う。

 そして一人、また一人と獣人が現れて戦いに加わっていく。

 ある者は戦闘に、ある者は倒れた傭兵に手当てを施していた。





「獣人族秘伝の薬です。人の持つ回復薬とは違いますが、効能は格別のものかと」


 いつの間にか獣人族の長、ウエストがウィブの横にいた。


「……どうしてここに?」


 ウィブの口から漏れたのは素朴な疑問であった。


「今朝、あの守護獣に光輝く文字が浮かんでおりまして、恐らくはカル殿の伝言なのでしょうが、いやはや解読に時間がかかり、遅くなり申し訳ない」

鷲頭(スール)山羊頭(フォメ)がここまで連れてきてくれたでしゅよ。間に合ってよかったでしゅ」


 カルが手を打っていてくれたのだと分かると、ウィブは体の力が抜けていくのを感じた。

 九死に一生を得たと、安堵したのだ。


「助かったね、イーストリア。……イーストリア?」


 横を向いたウィブの視界に、目を閉じ力無く倒れているイーストリアが映る。

 ウィブには理解出来なかった。

 一緒に「助かったね」と笑い合う筈だった。


 ――どうして?


 動かないイーストリアの肩を揺らす。

 触れた手はいつもの温かみを伝えてはくれなかった。


「イーストリア? うっ、うぐっ、イーストリア、ねぇ、起きてよ、うぐっ、ねぇ」


 ウィブに涙と嗚咽が込み上げる。


「ウィブしゃん……イースお姉しゃんはきっと疲れたんでしゅ。眠らせてあげて欲しいでしゅ」


「あっ、あっ……うぐっ、あぁぁぁぁー!!」


 感情が爆発する。

 ウィブは子供のように泣き叫んだ。人目もはばからず大声で。

 それを見たウエストは困った顔で、ウィブの背を優しくさする。


「……ウィブ殿。我等獣人族は極度の疲労やストレスに陥ると、冬眠のように体温を下げ眠りにつきます」

「ひぐっ、ううっ、とゔみん?」

「えぇ、きっと緊張の糸が切れたのでしょう。文字通り寝ているだけですぞ」


 鼻水を垂らすウィブはイーストリアの胸に耳をあてる。

 ゆっくりと、でも確かに鼓動が聞こえる。

 周りを見ても、イーストリアが死んだと慌てていたのはウィブ一人である。

 獣人族はもとより、白金の狼(フェンリル)の面々も獣人の冬眠現象を知っていた。


「そろそろ片付けるでしゅよ!」


 ノースが操る守護獣(ガーディアン)によって魔物は逃走し始めていた。



 ウィブは締まらない顔でイーストリアの横に力無く倒れ込み空を見上げていた。

 少し冷えたイーストリアの温もりを感じながら……。







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