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68話 それぞれの戦場〜グランツ〜

 





 富裕層区域は頑丈な高い塀に囲まれ、その四つある門もまた、防衛に適した十分な造りがされている。

 街民の移動は拒否をした者を除いて夜明け前には完了していた。

 稀に遅れてくる者は、巨大で分厚い門に備え付けられた小さな扉から入る事は出来たが、それ以外では厳重な警備の上、固く閉ざされていた。


 北西の方角で微かな光と、地面に鳴り響く音が聞こえ出して寸刻。門上で見張りの任についていた傭兵は、建物の間から見え隠れする魔物の存在に気づいた。


 傭兵は見間違いかと目をこすり、再び視線を戻すと驚愕の表情を浮かべる。


「て、敵、敵襲!」


 大声で知らせたいのに、カラカラに乾いた喉からはか細い声を出すのがやっとだった。

 腰が抜けそうになるのを堪え、下に待機しているC級ギルドの下へと急ぐのだが、震える足は思うように動かず何度も転びそうになる。


 門の上から聞こえてくる慌ただしい音に、耳をピクリと動かして反応を示したのは獣人の男であった。

 門上へと上がる扉を開けると、滑り落ちてきそうな男をキャッチする。


「おい、どうした? 魔物か?」


 男はコクコクと頷くも、言葉がうまく出てこない。


「落ち着け、俺っちにちゃんと話せ」


 呼吸の浅い男に、獣人は両肩を持って真っ直ぐ見つめる。

 男はゆっくりと息を吐き、状況の説明を始めた。


「ま、街の中に魔物が見えた。た、多分こっちに向かっている」

「数はどのくらいだ?」

「わ、分からない。だが俺が見たのはオーガやオーガロード……ヘルハウンドやハイオークまでいやがった」

「――分かったぜ」


 そう言った獣人はすぐ様仲間の所に戻った。


「見張りからの報告だぜ、魔物が近くまで来てやがる。中にはオーガロードまでいるらしいぜ!」


 その場にいたC級ギルドの面々の顔がひきつる。

 A級ギルドやB級ギルドの防衛戦を突破してきた、自分たちの手に余る魔物。

 外に出れば退避出来る道は無い。このまま籠城しようという思いが頭をよぎるのは仕方のない事だろう。


 その様子を伺っていた審判者(ジャッジメント)のギルドマスター、ピュラハムはゆっくりと口を開く。


「オーガロードがいる以上、手をこまねいて門が破壊されるのを待つ訳にはいかない。腕に覚えがある者だけでいい、打って出るぞ」


 真っ先に前に出たのは獣人の男、サウスマディル。

 それに連なるように一人、また一人と覚悟を決めた顔で足を踏み出す。


「残りの者は魔術士組合と連携を取り、門の上から援護及び空からの魔物の対応にあたってくれ」


 報告にはなかったが、空からの魔物は何よりも厄介なもの。

 軽々と塀を越えて富裕層区域へと侵入してしまう。

 もとより空の魔物に対応する為に、バリスタや魔術士組合の大半を塀上配備しているとはいえ、楽観視は出来ない。


 ここにいる傭兵の約半数、50人程が門の前まで引き締まった顔付きで歩み寄る。


「行くぞ!」

「「おうっ!!」」


 小さな扉を開け、傭兵達は門前へと躍り出るのであった。







 ――――



 警備兵と伝令を連れたグランツが目にしたのは、門へと押し迫る魔物の群れであった。

 ここに来るまでにも魔物との戦闘はあった。

 だが、まるで目的地が富裕層区域だと言わんばかりに集まった魔物に驚きを隠せない。


「あれ程の数か……くそっ、中に魔物を呼び寄せる何かがあるっていうのか?」

「他の情報と照らし合わせても、魔物が集まっているのはあの西門だけです。一番近い北門ですら魔物は殆どおりません」


 奇妙さを考えるに、この西門の奥には魔物を惹きつける物が存在すると考えるのが合理的な答えだ。


「いいか、一点集中であの群れに突入する! 門の前まで急ぐぞ!」

「はっ!」


 突入するのは伝令を残した僅か九人。

 (おびただ)しい数の魔物に、門の上から大量の矢と魔法が降り注いでいる。

 状況からすれば、辿り着けない可能性が高い。


「……すまんな、割りに合わない仕事だ」


 走りながら生き残る確率を考えた時、ふとグランツの口からそんな言葉が漏れた。

 しかし警備兵から返ってきた言葉は悲観したものではなかった。


「何言ってるんですか? あの双剣のグランツさんと一緒に戦えるんですよ。あの世に逝っても自慢できます。俺……貴方に憧れて傭兵になろうかと思ってたぐらいなんですよ!」


 グランツを見た警備兵は誇らしげな顔をしていた。

 事実、およそ10年前のグランツの人気は凄まじかった。


 20歳でA級ギルドのエースとなると、数多くの危険な魔物を討ち取り、王国でも屈指の剣士ともてはやされていた。

 当時、傭兵が人気を博していた事と双剣という心をくすぐる響き、その戦いの華麗さも相まって、グランツに憧れる少年少女は多数存在していたのだ。

 子供の頃の憧れは年をとっても色あせる事なく、心の中で光り輝く。

 その警備兵は歓喜に震えていた。


「ふっ、じゃあ土産話になるように盛大に行くとするか!」

「はいっ!」


 各々は汗ばむ手で得物を握りしめ、魔物の後続へと突入した。








 ――――


「――お、おいっ。あれ」

「んっ?」


 門上で戦いを援護していた傭兵は異変に気付いた。

 最初は魔物の後ろで小競り合いでも始まったのかと思ったのだが、よく見れば魔物の群れを割るように、こちらに向かってくる一団が見えたのだ。

 応援というには余りにも少ないが、確実に門に近づいているのが分かる。


「待て! 魔法の使用をやめてくれ!」


 門上から魔法を放っていた魔術士達は何事かと手を止め、ようやくその一団に気付いた。

 小さくも前進をやめない集団。

 その姿は半ば挫けそうな心に、希望を見出してしまう。


「あの一団の援護は出来るか?」

「問題ない! これより門前及びこちらに来る連中の援護をする! 集中力を切らして味方に当てるなよ!」

「「はい!」」


 魔術士達は影響の広い範囲魔法から、的を絞る単一魔法へと切り替える。

 少しでも早く辿り着くように、少しでも周りの魔物を減らすように。

 集中力が高まり、その精度が上がる。


 門を守り切ったわけではない。

 戦いに勝ったわけではない。

 しかし一団が門前まで辿り着くと、門上では歓喜の声が響き渡った!






 ――――


「た、大将!」


 サウスマディルが見たのは、全身を血で纏ったグランツの姿だった。

 辿り着いたのはグランツを含めて五人。

 四人が道半ばで倒れていた。


「……サウスか」


 門前で傭兵達と合流した事で一息ついたグランツは、回復薬を口に流し込む。

 回復薬は傷こそ癒すが、精神を癒すものではない。

 むしろ急激な体の変化に頭がついてこれず、心を蝕む副作用がある。


 グランツは体と精神の不一致を気力でねじ伏せると、門上に高らかに叫ぶ。


「ここは俺達が抑える! いいか、魔物はこの門に集中している! 門近辺に魔物を引き寄せる――」


 ――違う!

 そこまで発してグランツの目は異質なものを見つけた。

 魔物の群れの中に紛れ込む黒い甲冑を纏った存在を。

 デュラハンや死霊の騎士ではない。

 襲いかかる魔物を捌きながら、グランツはその紅い瞳と視線が交わったのを確かに感じた。


「――っ、おい! あの黒い甲冑の騎士が分かるか! あれを狙え!」


 グランツは門の上に向けて腹の底から声を絞り出す。

 門上の傭兵や魔術士は必死に探すのだが、まるでグランツだけが認識してるかのように黒い甲冑を見つける事が出来ない。


「くそっ! 俺からおよそ30m先、少し左に逸れて広範囲魔法を放て!」

「は、はいっ!」


 魔術士三人がかりによる巨大な炎の球が、グランツの指定した地点へと発出される。

 巻き起こる炎と爆発。

 熱風を受けながらグランツは魔物を盾にした黒い甲冑の騎士を見ていた。


 僅かな逡巡。

 魔物の統制が乱れる。

 つまり黒い甲冑の騎士が魔物を操っている事に相違なかった。


「今の地点を狙え! 一気に攻勢に出るぞ!」

「「おぉぉーっ!!」」


 グランツの双剣が舞い踊る。

 演舞のように流れる動きで、的確に魔物の首を切り落としていく。

 戦線が門から離れ始めると、一人、また一人と扉から傭兵が出始めていた。


 グランツにあてられたのだ。

 抑えきれない高揚が、その行き場を求めて戦場へと駆り立てた。


「大将がいると違うな」

「当たり前だろ? 何言ってやがる、あの双剣のグランツだぞ! 一緒に戦えるだけで血が滾るってもんだ!」


 魔物を前に背中合わせになったサウスマディルとピュラハム。

 ピュラハムはグランツよりも少々年上である。

 だが年下のグランツに憧れていた。

 今いる傭兵の中にもきっと大勢いるのだろう。


 右手と右足を失い引退した時、皆失墜に目を背けた。

 憧れは憧れのままでいて欲しいものだ。

 だが、今目の前には憧れたままの姿の傭兵がいる。

 同じ戦場で先頭を駆けているのだ。

 それで熱くならない者などいない。




「ようやく逢えたな」

「くっ!」


 目標に辿り着いたグランツの双剣が、甲冑の隙間を滑るように流れる。


「がはっ!」


 黒い甲冑の騎士はグルリと回転すると、そのまま地面に伏した。

 魔物達は統制を失い、その動きは鈍っていく。


 富裕層区域の門の戦いは、殲滅戦へと姿を変えていくのだった。








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