67話 それぞれの戦場〜A級ギルド〜
地点ニ〜三面六臂〜
「お、親分! また新手です! くそっ、次々湧きやがる!」
「泣き言言ってる暇があったら、目の前の敵を討ち取りなせぇ」
門の前には羽の生えた醜い化け物――ガーゴイルの死体が積み重なっていた。
だが増え続ける魔物に、じわじわと戦線は後退している。
ヴリトラトは神速ともいえる抜刀術の使い手。
刀と言われる片刃の剣が納刀される度に、ガーゴイルが真一文字に斬られ、その上半身がその場に崩れ落ちた。
だがどれだけ優れた刃でも、徐々に切れ味は落ちていくもの。
そしていくら回復薬があるとはいえ、体力は消耗し精神はすり減っていく。
終わりのない戦いは傭兵達の士気を奪ってしまう。
一度退却して態勢を整えるか?
そうヴリトラトが考え始めると、伝令が新たな情報を知らせた。
「陥穽作戦は失敗! 今より四地点が古代の巨人破壊の為に突入を開始します! しばらく持ち堪えろとの事です!」
大声で叫ばれた内容は、誰も直ぐには理解出来なかった。
「作戦失敗で……それでもアレを潰すって事ですかい?」
「はい! 蜥蜴の尻尾の最終兵器が必ず仕留めると」
「……くっくっく。信じられない話だが――」
その日最速といえる太刀が魔物を通り抜ける。
恐らくは斬られた事すら気づいてないだろう。
ヴリトラトは思い出していた。
7年前、剣士として全盛を誇っていた頃、王国一の剣士を決める戦いが権力者の手によって極秘裏に行われた。
ミッドウィン剣術大会。
噂にさえならなかったその大会で、自分自身が天下無双だと疑っていなかったヴリトラトは、ある少年に天狗になった鼻を根本からポキリと折られた。
何も出来ないまま、一撃で敗れ去ったのだ。
生身の人間が古代の巨人を破壊するなど、出来の悪い冗談でしかない。
だが非常識を身を以て体験したからこそ、僅かな希望に賭けてみたくもなる。
「聞いての通りだ! A級ギルドの矜持を思い出せ! ここが天王山! 今から三面六臂は修羅道に入る!」
三面六臂の面々は身震いした。
命をかけろと言われたのだ。
だが誰一人として恐れた者はいない。
むしろ狂気に似た笑みを浮かべている者さえいる。
たった一言で戦況は大きく変化しようとしていた。
地点一〜太古の太陽
太古の太陽は守衛に秀でたギルドであった。
ギルドマスターのクリシュナが盾使いの名手であったからかもしれない。
だが太古の太陽をもってしても、サイクロプスやギガースといった巨人の群れを抑えることは困難を極める。
いや、太古の太陽であったからこそ、なんとか戦線を維持していられるのだろう。
「ふぅ、きりがありません。ジリ貧ですね。シャスタ、退路を確保しておきなさい」
「はい!」
クリシュナはいくつもの罠を用意していた。
火計に投石、付近の住宅にも狙撃班を配置し、魔術士にも適切な役割を与えていた。
誤算だったのは相手が巨人であった事。
策の効果は薄く、肉弾戦に突入した時点でクリシュナは兵を引く決断をしていた。
「も、もう無理です。逃げましょう!」
今や太古の太陽一の魔術士であるメイティアも弱腰になっている。
以前の彼女ならここまで早く心が折れる事など無かったが、カルに恐怖を植え付けられて以降、その闘争心は萎れていた。
だがクリシュナはメイティアに撤退の意思は伝えない。
退却するにもタイミングが大事だと心得ていた。
「あー、メイティア嬢。カルさん、いえ、絶氷の白髪鬼から伝言を忘れていたので今伝えますね。逃げたらお仕置きだそうです」
「――ひぃっ。そ、それだけは、それだけは」
「だったら全力で立ち向かいなさい」
「ひぃいっ、わ、分かりましたから」
メイティアは愛用の短剣に魔力を込め、炎の蛇を操り巨人を束縛していく。
「まだまだやれるじゃないですか、――おっと」
ギガースの巨大な棍棒をしなやかに盾で逸らしながら、クリシュナの剣がその巨人の喉元を切り裂く。
その時戦場に大声の知らせが入る。
「伝令! 陥穽作戦は失敗。ですが四地点が古代の巨人破壊の為に突入を開始! 各地戦域を広げない様にしばらく持ち堪えろとの事です!」
「正確に伝えなさい。作戦は失敗したのでしょう?」
「はい! ですが蜥蜴の尻尾を中心とした特別隊が突入するそうです!」
クリシュナは様々な思考を張り巡らせるが、陥穽作戦の代案など出てこない。
何を思っての突入なのか。
ただの暴走か?
何か勝機を見出したのか?
賭けに負ければその損害は計り知れない。
引くか留まるか……。
「ふっ。本当は迷わず引くべきなんでしょうね」
クリシュナが自嘲気味に笑うと、戦場で一人別の生き物のように駆け回るクレアがそばにやってきていた。
「ねぇクリシュナ。パパどうしたの?」
「どうやらあの古代の巨人を始末してくれるそうです」
「流石パパね。じゃあ、ここらの怪物の首を全部切り落としたらパパ喜んでくれるかな?」
「えぇ、きっと褒めてくれますよ」
クレアの顔がほころんだかと思うと、その姿は消えていた。
彼女は戦場の風であった。
誰の目にとまる事なく吹き抜ける風。
飛び散る鮮血だけが彼女がそこにいた事を教えてくれる。
クリシュナは思う。
クレアもメイティアも扱いやすくて助かる、と。
「聞いた通りです! ここを死守しますよ!」
クリシュナの声が響くと、あちらこちらから「おぉ!」と返事が返ってくる。
クリシュナの目が遠くにある古代の巨人へと注がれる。
――しかし、あの人達でも一体どうするつもりなんですかね? まっ、一応すぐに逃げられるように準備はしておきましょうか。
万策を講じる男、クリシュナ。
彼は自身の右腕であるシャスタに再度視線を送るのであった。