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65話 魔導砲





 ベルティ街の北西に位置するドナウト平原。

 そこにディオール商会の軍が陣を敷いていた。


 新型と言われる3mはあろうかと思われる魔導砲10基。

 赤い鎧で統一された精鋭300人に赤いローブを纏った魔術士100名。

 人数はともかく、戦力的には王国の連隊を超えるもの。下手をすれば師団並みの戦力。

 装飾された大砲胴体部に水晶のような透明の石が飛び出している魔導砲。その数だけでも、王国が所有する数と同等である。


 その陣の中にある一際大きなテントでは、戦場とは思えぬ優雅な朝食が取られていた。


「お主もわざわざ来る事は無かったじゃろ?」

「何を言います。陣頭指揮をとれば私の権威も盤石なものになるでしょう。残念なのはあいにくの雨って所ですが、そこまでは贅沢な話でしょうね」


 豪華な椅子に腰掛けて、歓談する二人。

 安全が確実なもの。キーガルは名誉を得る為に、セルミネートは己が持つ力をその目で確認する為に、最前線まで赴いていた。


「失礼します。セルミネート様、古代の巨人(エイシェントゴーレム)の姿を確認しました」


 テントの外から衛兵の声が聞こえる。


「どうやら来たようじゃな。行くとするかのう」

「いよいよですね」


 二人が席を立つと天幕の入口が開けられ、大きな傘を持った従者が即席の展望台へと案内する。

 高さ5m程の木造の台ではあるが、屋根も作られており雨に濡れる心配も無い。

 展望台からは報告通り、地平線の上に飛び出る古代の巨人(エイシェントゴーレム)と思える姿が確認出来た。


「ほう、あれが古代の巨人(エイシェントゴーレム)ですか。なるほど……あの地点で確認出来るとなると、確かに大きいのですね」

「よく出来たハリボテじゃわい。そろそろ号令をかけてはいかがじゃな?」


 セルミネートの言葉にキーガルの心は高揚する。

 まるで自分が天才的な軍略家にでもなったかのように酔いしれていた。


「いいか! ベルティ街に災いをなさんと古代の巨人(エイシェントゴーレム)が向かって来ている。だが我々には力がある。その力を遺憾無く発揮せよ! 魔導砲用意!」


 キーガルの言葉に魔術師達が魔導砲の魔石に魔力を注入していく。

 1基あたり10人がかりでおよそ2分。

 取り付けられた魔石が微かな放電を始める事で、発射準備が整った事を知らせる。


 衛兵から手を挙げられ、準備完了を知ったキーガルは自信に満ちた顔で高らかに叫ぶ。


「目標、古代の巨人(エイシェントゴーレム)! 撃てぇぇー!」


 その声だけが虚しく響き渡る。

 誰も動こうとしない。周りにいる魔術士達は狼狽えていたのだ。

 魔導砲から放たれる光の槍の射程は精々が1km程度。

 どう見ても古代の巨人(エイシェントゴーレム)までは届かない。

 だが、理由も分かる筈の無いキーガルは怒りに震えていた。


「撃てと言っただろ! 早く撃てぇ!」

「し、しかし、まだ射程には程遠く」

「――貴様、私に意見するつもりか! 早く撃たぬか!」


 魔術士達は諦めたように魔導砲へ手をかける。

 魔石の放電が激しさを増し、空気を切り裂く音が聞こえると、次々に光の槍が発出される。

 辺りが眩しい光に覆われると、遥か前方で巨大な爆発が起こり、少し遅れて爆発音が、更に遅れて爆風が押し寄せる。


 キーガルはその破壊力に恍惚の表情を浮かべていた。

 一瞬にして火の海が広がっている。

 この兵器さえあれば、ベルティ街の持つ権力は王都さえ口出し出来ない高みに上るだろうと。


 兵士達もまた呆気にとられていた。

 古代の巨人(エイシェントゴーレム)に届いていないとしても、その威力を目の当たりにして、勝負はついたと高を括ってしまっていた。


 それ故に高速で近づいて来るヘルハウンドの群れや魔犬(ガルム)の群れ、空から押し寄せるグリフォンの来襲に遅れを取る事になる。


「魔物だー!」

「全員気を引き締めろ! 魔導砲の充電急げ!」


 既に陣形は崩れて乱戦になっていた。

 集められていた兵士は精鋭。A級やB級の傭兵に匹敵する程の力を持っていたが、あまりにも浮足だってしまっていた。


 連携を取ることも出来ずに、一人、また一人と魔物の餌食になっていく。

 魔物は明らかに魔導砲を標的にしていた。

 3基が落とされたが、それでも残りの7基の充電が完了する。

 だが魔物に向けて使用は出来ない。至近距離で使えば自分達も巻き添えになってしまうからだ。


 ただ一人、展望台で大局を見ていたセルミネートだけが、既に射程範囲内に入っていた古代の巨人(エイシェントゴーレム)を捉えていた。

 彼にとってその破壊だけが欲するものだからだ。


「魔術士ども魔物は衛兵に任せて魔導砲を撃たぬか! 古代の巨人(エイシェントゴーレム)が近づいておるじゃろうが!」


 その言葉に魔術士達は姿の大きくなった古代の巨人(エイシェントゴーレム)に標準を合わせる。

 そして再び戦場を切り裂いて、光の槍が発出された。

 光が一筋の線を描き、その巨大な標的に次々と命中する。

 先程よりも大きな音が鳴り響き、着弾地点は一面煙で覆われる。


「でかしたぞ!」


 セルミネートは狂喜した。

 古代の巨人(エイシェントゴーレム)さえ破壊出来れば、後はどうでも良かったのだ。

 本来味方である筈の魔物が襲って来るという異常すら忘れてしまう程に。


 そしてその笑みは途端に姿を消し、予想を覆す事実を突きつけられる。

 雨が煙を洗い流すと、少々形が歪になっただけの古代の巨人(エイシェントゴーレム)がこちらへと向かっているのだ。


「う、嘘だろ? 直撃した筈だ!」

「ひ、ひぃー、こ、ここはもうダメだ!」


 一人、二人と逃げ出す兵士。

 それに釣られるように魔術士達も退却し始める。


「ば、馬鹿者! もう一度じゃ、もう一回充電せぬか!」


 いくら雇い主とはいえ、所詮は金の繋がりでしかない。

 死を目前とする中で、セルミネートの言葉に耳を傾ける者など誰もいなかった。

 キーガルは腰が抜け、股を盛大に濡らしながらセルミネートに問いかける。


「セ、セルミネート殿、は、話が違うでは無いですか。な、何故魔物が襲って来るのです?」


 セルミネートは近くに佇む黒衣の騎士を睨みつける!


「どうなっておる。エーカーは何をやっとるんじゃ!」

「……貴方の望み通りに古代の巨人(エイシェントゴーレム)をお持ちしたではないですか。我が主も魔導砲による実験結果に喜んでいるでしょう」

「――貴様、裏切るつもりか!」


 食ってかかろうとするセルミネートを素通りして、展望台を下りた黒衣の騎士は優雅に一礼する。


「それでは御武運をお祈りしますね」


 そう一言挨拶すると、何処かに消えていってしまう。

 もう兵士達はその場にはいない。

 死んだか逃げたかのどちらかだ。

 展望台の周りにいるのは血に飢えた魔物の群れ。


 キーガルは視点の定まらぬ顔で「あーぁぁ、あぁぁー」と呻いているだけだ。

 セルミネートは怒りと屈辱に身を震わせている。


 だが不思議と魔物が展望台に上がって来ることは無かった。

 そこに上がることを禁止されているように、取り囲むだけ。


 地響きを立て、古代の巨人(エイシェントゴーレム)が展望台付近に辿り着くと、二人はその巨大さに慄く。


「あばぁぁわわぁぁ」

「ひっ、ひぃーっ!」


 その手が空へと掲げられると、展望台は虫の様にくしゃりと潰された。






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