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64話 足手まとい





「ねぇ、誘導が始まったわよ」

「……あぁ、今行く」


 夕方近くになると中央区にあるキーセルム雑貨店にも、富裕層区域に移動するようにと指示が入ってきた。

 傭兵組合からの突然の知らせに、街中はパニック状態とも言える。

 圧倒的に人が足らず、十分な説明も無い。

 それでも全てとまではいかないが、大勢の人が富裕層区域へと移動を始めていた。


 ヘイテスは傭兵時代に愛用していた剣を握りしめ、今朝の出来事を思い出していた。



 ――――


 まだ開店していない時間帯、キーセルム雑貨店にニケルとパティが訪れてきた。

 回復薬を全部買いたいと告げる二人に、ヘイテスは何事かと問いただし、街が置かれている危機を初めて知ったのだ。



「……そうか、分かった」


 ヘイテスは店の倉庫に赴き、在庫全ての回復薬を袋に詰め込んだ。

 そして、使うことは無いだろうと大事に保管していた剣と鎧を装着し始める。

 店に戻った時、その姿を見たニケルは怪訝な表情を浮かべていた。


「……ヘイテス何のつもりだ? 頼んだのは回復薬だけだ」


 ヘイテスはオスカーを抱いたアネッサに一度視線を向けると、一度眼を閉じゆっくりと口を開く。


「……人手が足りないんだろ? 腐っても元傭兵だ。何かしら力になれるだろう。アネッサ……オスカーを頼む」

「ヘイテス殿……」


 オスカーを抱き締めるアネッサの手に力がこもる。

 止めることは出来ないと、そう考えたからだ。

 だがニケルの返事は辛辣なものだった。


「悪いが間に合ってる。というか足手まといでしか無い。フォローする労力が勿体無い」

「――くっ」


 ヘイテス自身も分かっている。

 所詮はD級レベルの力しか無い事に。

 だがこの街を、アネッサやオスカーの住むこの街を少しでも守りたいのだ。


「マスター、ちょっと言い過ぎじゃ無いっすか? ヘイテス殿だって――」


 パティの言葉を遮って、ニケルの手が喋るなと制止するように広げられる。


「ヘイテス、お前はもう傭兵じゃ無い。キーセルム雑貨店の店主であり、アネッサの旦那であり――オスカーの父親だろ? もう、為すべき事が違うんだ。ヘイテスがすべき事は、二人の側で二人を守る事だ。違うか?」

「……分かっている。だが俺は危険をお前達にだけ押し付けて退避するなんて事は」


 ヘイテスは力無く項垂れ、それを見たニケルは表情を緩める。


「ヘイテス、俺達のギルドの名前……知ってるよな?」

「蜥蜴の尻尾……だ」

「あぁ、お似合いの名前だろ? 危険を受け持つのが俺らの役目だ。……勘定を頼む」


 ニケルに肩を叩かれてても動こうとしないヘイテス。

 そして何かを振り切ったように顔を上げる。


「代金は今度払いに来い。必ず払いに来い」

「あぁ、たっぷり利子つけて払いに来るよ」


 ニケルは回復薬の入った袋を担ぐと、もう一度ヘイテスの肩を叩き店の外へと出て行った。

 パティはアネッサに近寄り、はにかみながらオスカーの顔を覗き込むと「可愛いっすね。また来るっす」、そう言ってニケルを追いかけて行った。




 ――――


 ヘイテスは剣を腰に括りつけると、アネッサと共に店を出る。

 小さく一言「絶対に死ぬなよ」と呟き、富裕層区域へと向かうのであった。


















 ――――――――――



 晩飯時間に近づくと、何故か他の地点からゾロゾロと傭兵達が集まりだす。

 どうやらクリシュナやイースがウィブの料理の腕を触れ回ったらしい。

 皆一様に死ぬつもりなどないが、戦いの前にせめて美味い飯を腹一杯食いたいというが心情なのだろう。


 ウィブが作っているのは手の込んだ料理ではなく、味噌を練りこんだ肉を野菜と炒めただけの簡単なものだ。

 あとはスープに女性陣が握ったおにぎりを出している。一番人気はやはりシェフリア産のおにぎりのようだ。

 そんな簡単な料理の筈なのに、あちらこちらで感嘆の声が上がっている。


「美味ー! なんだよこれ!」

「不思議だ。心が癒される」

「俺、こんなに美味い飯が食えるなら、警備隊辞めて傭兵になろうかな」

「やばい。シェフリアさんの愛を感じる」


 まぁ、食で癒されるのはいい事だ。

 ウィブの料理はバランスが絶妙なんだろうか?

 何が違うのかは分からないが、店で食べるものよりも美味しいのは間違いない。



 流石に警備隊も含めると300人の料理。

 作り終えたウィブはクタクタになっているのだが、追い討ちをかけるようにイースにまとわりつかれていた。


 他地点の傭兵達は腹を満たすと持ち場へと帰って行くのだが、各A級ギルドマスター達は最終会議を行うべく、この場に残っていた。


「果たしてディオール商会はうまくやってくれますかね?」

「分からん。だが、なんとかして欲しいものだな。魔導砲が効かないとなると、王都の精鋭すらお手上げかもしれん」


 クリシュナとファミスの話を聞いていて、ふと思いついた事を口にする。


「いっそ破壊を諦めて、でっかい落とし穴でも作っておくか。そのままバサって嵌ってくれるかもよ?」


 俺としては何気に呟いただけなのだが、みんなの視線が一斉に集中する。

 えっ、何?

 俺まずい事言った?


「や、やだ、ニケル。古代の巨人(エイシェントゴーレム)が、そんな子供騙しの方法で何とか出来るわけ無いじゃない……?」

「まっ、穴を掘るだけの時間も有りませんし」

「……僕なら10m四方程度の穴なら何とか作れるよ。パトちゃんもパトリシアパンチでいけるんじゃない?」


 場に沈黙が訪れる。

 いや、冗談だよね?


「……第ニ案は決まったな」


 ウエッツの一言で作戦の一つに組み込まれてしまう。

 落とし穴大作戦……本当に大丈夫だろうか?












 雨音で目が覚め外に出ると、既に装備を着込んでいる連中が多い。

 少し肌寒い。

 雨が空気を冷やしたのだろう。


 俺も外套をまとい、ウエッツやファミスがいる所へと向かった。



「人がいないと静かなもんだな」

「あぁ、違いない。それに誰もいない街ってのも寂しいもんだ」


 雨足が弱まり出した頃、遠くから爆発音が聞こえだした。

 音の方向を見れば、微かな光が明滅している。


「……始まったな」


 ファミスが剣を持ち立ち上がると、場に緊張感が張り詰める。


 ――それから間も無くして、魔物の襲撃が始まった。






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