63話 集合
「おーおー、いるいる。ってこの街の傭兵ってこんなに多いのか?」
「スゴい人っすね」
傭兵組合横の広場には、人がごった返している。
数える気にもならないが、2,000人は楽にいるんじゃないだろうか?
ここに集まっているのは荒くれ者たち。喧騒の中、あちらこちらでつまらない衝突が起きているようだ。
目立たないように集団の隅に座っていると、人混みを散らして駆けてくる傭兵がいる。
「ウィブー!!」
この雑踏の中、迷うことなく一直線で向かってくるのだが、あの女にはウィブセンサーでもついているのだろうか?
次第に声が近くなり頭の一部分が見えたかと思うと、一気に跳躍し目標に向かってダイブしてくる。
ウィブは「うゎっぺ」などと新たな鳴き声をあげながら身柄を確保されてしまった。
人目を憚らなくなったイースは無敵だな。
「おい、時と場所を考えろ」
「ちっ、分かってるって」
グランツの言葉に名残惜しそうに立ち上がるイースだが、ウィブに背後から抱きつく態勢へと変化しただけで、やはり離れるつもりは無いらしい。
「蜥蜴の尻尾は殿だろ? こんなところにいないで前にいなきゃダメだぞ」
「えっ、そうなの?」
よく分からんが、とにかくイースについて行く事にする。
まぁ、さすがは成り立てとはいえA級ギルドのギルドマスター。
イースの前の人混みが割れていく。
そして「なんだコイツらは?」と怪しみの目に晒されると、ポツリポツリと声が聞こえてくる。
「あ、あれっ、グランツさんじゃないのか?」
「えっ、あの双剣使いの!? 引退した筈じゃ?」
「あれってもしかして絶氷の白髪鬼!?」
「ダメよ、目を合わせたら殺されるわよ!」
「俺、あの女知ってるぜ。恐ろしく強ぇーんだ。拳に炎を纏ってハイオークを一撃だぜ?」
ウィブやパティはともかく、グランツ、ティルテュ、カルは一目を置かれているようだ。
「で、一番後ろのアイツは誰だ? 気の抜けた顔してるな」
「荷物持ちじゃねーのか?」
「あれだな、虎の威を借りるなんちゃらってやつだな」
くっ、俺一応ギルドマスターだからね!
荷物持ちじゃないからね!
広場の前まで来ると、記憶は不確かだが昨日の会議にいたと思われる連中が揃っている。
まぁ、知ってるのはクリシュナとクレアぐらいか。
場違いな思いでいると、ボサボサの髪を後ろで束ねた、いかにも堅物そうな中年の男が俺の前にやってくる。
「拙者は三面六臂を束ねておりますヴリトラト=アズールと申す。挨拶が遅れてすまぬが、以後良しなに頼み申す」
「あっ、ええ、よろしくお願いしますね」
腰を落として肩幅に開いた膝に手を掛けて頭を下げてくるので、俺も頭を下げるのだが、そういえば何度か見た記憶がある。
確かA級ギルドの人だよな。
「ヴリトラトは偏屈そうに見えますが不器用なだけなので、よろしくお願いしますね」
「うわっ」
いつのまにか横にはクリシュナがいた。
そういえば仲が良いって聞いてたな。
クリシュナやヴリトラトと話をしていると、小高く設置されたステージにウエッツとファミスが現れる。
一瞬にして場の雰囲気が張り詰める。
「いいか! 昨日各ギルドに伝達した通りだ。現在ディオール商会の新型魔導砲が街の北西5kmの地点に配備されたと連絡があった。現時刻を持って住民の避難を行う。各区リーダーの指示で円滑に行動してくれ!」
拡声器も無いのにけたたましい声が響き渡る。
「なぁグランツ、この街の人口って何人だっけ?」
「確か12万人くらいじゃ無かったか?」
「えっ、そんなにいたの!?」
そんな12万人もどうやって避難させるのだろうか?
年寄りや子供もいるんだ。無理があるだろう。
「これは賭けだ! 市民全員を富裕層区域に誘導する。全員の退避完了後は全ての門を閉める! C級以下のギルドはすぐに行動に移ってくれ!」
その言葉と共に組合員を中心としたグループがいくつかに分けられ、この場を後にしていった。
残ったのは200人程度か。
しかし街から退避するのではなく、富裕層区域に退避するとはな。
確かに富裕層区域は城のように頑丈な塀に囲まれているし、出入り出来る門の数も少ない。
防戦には持ってこいの場所だろう。
古代の巨人を除けばだが。
「これからお前らには四つに分かれて貰う。今魔術士ギルドの方で北西に結界を張る作業が行われている」
ウエッツが話し出すと、警備隊らしき男二人が後ろで大きな見取り図を抱える。
「効果の程は分からんが、魔物を結界の無い方向へと誘導出来るそうだ。魔物の侵入路は四つ。この一の場所には太古の太陽、二の場所には三面六臂、三の場所には白金の狼、四の場所には国境警備隊が配置される。B級ギルドは各々が後見ギルドの指示に従ってくれ!」
おぉ、何やら作戦らしきものは立ててあるようだ。
「自分達は三の場所って事っすね?」
「そうだな、一応後見は白金の狼だからな」
「ウィブ良かったじゃない」
ティルテュがウィブをからかっていると、シェフリアがやって来た。
昨日の事があるから顔をまともに見れない。
「蜥蜴の尻尾は四の場所でお願いします」
「うちだけが四なの?」
「ウエッツさんからのお達しです。『蜥蜴の尻尾は他ギルドと連携を取れそうも無いので、国境警備隊と一緒の方がマシだろう』との事です」
ティルテュと話すシェフリアに向かって、唐突にガバリと頭を下げる。
「シェフリア、昨日はごめん」
「――やめて下さいニケルさん。悪かったのは私の方ですから」
俺が頭を上げると、シェフリアは悪戯な笑顔で「じゃあ、お互い悪かったって事で水に流しましょう」と人差し指を自分の口に当てる。
良かった。久々に穏やかなシェフリアを見た気がする。
そんなやりとりをしていると、ウエッツとファミス、ミケバムがやって来る。
「全くお前らは緊張感が無いな。明日死ぬかもしれんのだぞ」
「はっはっは、それだけ肝が座ってるって事だろ? こっちも気が抜けて丁度いい」
「皆さん、お久しぶりですね」
カル以外はファミスもミケバムも知った顔だ。
一気に話に花を咲かせ出す。
「ねぇ、ウエッツ君。ある程度は昨日シェフちゃんに聞いたけどさ、かなり無謀な策じゃ無いの?」
ウエッツはピタリと笑いを止め、急に真面目な顔付きになる。
「そうだな。あくまで魔物対策でしか無い。古代の巨人はディオール商会任せだ」
「第ニ案は?」
「……まさしく逃げるしかねぇが、アレが何の為にこの街に向かってるかが分からねぇ。それさえ分かれば対策も打てるんだがな」
……古代の巨人の目的か。
「なぁパティ。飛竜討伐の時の事は覚えてるだろ? あの時みたいな音って聞こえるか?」
「あの頭の痛くなる笛の音っすか? 聞こえないっすよ?」
流石に飛竜と同じカラクリでは無いか。
いや、実際獣人の村では魔物を操っていた奴がいたんだ。
古代の巨人が操作されている可能性もあるか。
「ちょっとニケルが真面目な顔で考えてると怖いんだけど」
「確かに不気味だな」
ドン引きな顔で茶々を入れるティルテュとグランツは無視だ。
何か引っかかるんだよなぁ。